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「我に帰る」現象の正体を考えています

為末大学 Tamesue Academy8:55

Transcription

た大学の質問コーナーです。質問です。我に帰る現象の正体を考えています。私は学生時代にテニスをしていました。優れた成績を上げることはできませんでしたが、それは自分の内向的な性質が影響していたと感じています。競技経験の中での印象的な体験に、試合中に我に帰るという現象がありました。それまで飛んでくるボールや相手の動きに意識を向け、体が自然に反応していたのに、突然「あれ、自分はなんでこんなことやってるんだろう」という違和感が生まれ、それまでコートとプレイヤーだったものが、平凡な、あ、平凡でいいんですかね、平凡な広場に立つ人間にしか見えなくなってしまいました。その後は再度集中しようとしても上手くいかず、パフォーマンスも下がり、試合にも負けてしまうことはほとんどでした。私はこの我に帰る現象を避けるため、プレイ中に表情を作り、声を出し、ジェスチャーを出していたのですが、どこか自分を騙している感覚もあり、やはり冷めてしまうケースも多くありました。先日、佐々木正さんのアフォーダンスを読んでいった際、動きの近さ、自分が動くことや物体の動きや視認できることが弱くなった時に、我に帰りやすくなるのではという仮説を持ちました。これについては今後も色々と考えていこうと思います。仕事や競技において、我に帰らないことが良いパフォーマンスを生み出す秘訣だと感じます。佐々木さんがそのような現象をどう考え、どう向き合っていたのかお聞きしたいです。

いや、もう素晴らしい感と観点ですね。これはまあ、パフォーマンスの私は本丸だと思いますね。あの、技能を向上するっていうことと、ま、パフォーマンスて2つに大きく分けると準備ですね。トレーニングをして、試合の前にできるだけ準備をしておくと。で、試合の最中にパフォーマンスをする。こっちの本丸は我に帰らないようにする、夢中になるっていうこと。夢中を解かないようにするってこれですね。このことおっしゃってるんだろうと思います。

これ、言い方変えるとメタ認知しちゃったって感じですよね。プレイの最中にふっと俯瞰してしまったと。見えているものがふっとなんか外から客観的に見えた気がしてて、まるで人形に見えたりとかありますよね。道具に見えたり、あの、ちょっと固形に見えるっていうかなんかただ人間がこうボール打ってるだけに見えちゃうとか。ま、そういう感じなんじゃないかと思うんですね。ま、それはそれで非常に大事な能力だし、そういう視点をお持ちなんだろうと思うんですけども、ま、試合の最中にそれになっちゃうとですね、夢中になれなくなって、で、ま、集中できなくなるって言いますけど、そういうことになったんじゃないかと思います。

で、え、ま、私自身もですね、これについて答えがあるわけじゃないですけど、とても大事だなと思ってます。で、ま、アフォーダンスでもです、ま、アフォーダンスってなんか外的環境に対して自分の身体がこう合わせていくような、ま、そういう概念のことは確かアフォーダンスで言ったと思うんですけど、ま、それもう1つ、このアフォーダンスの流れが止まった時に我に帰りやすくなるってのも確かかなと思います。

この我に帰る現象を苦しむスポーツの、私はもう最大のスポーツて何かって言うと、テニスとゴルフだと思ってるんですね。これ、なぜかって言うと、まずプレイとプレイの間に時間がある。試合時間が長い。この2つの特徴が、我に帰ることが致命的になりやすいスポーツだと思ってます。実は陸上競技でですね、我に帰る現象悩む人ほとんどいないんですね。なぜならば、ピストルが鳴った後はですね、ダーっと走ってボールまで行って、途中でプレイが途切れないです。でもテニスとゴルフって打った後にしばらく止まって、戻って、その間に頭で考えちゃいますよね。この一旦起きた流れが止まって考えて振り替えられる瞬間が、え、その我に帰るものが入り込む余地があるタイミングだと思うんです。これゴルフも同じことだと思います。イップスが生まれやすい競技もテニスゴルフがやっぱり2強なんですね。イップスってのはなんか動きがこってうまくできなくなるってことなんです。だからどうもこの今思われてる直感的に思われてる動きの近さですね。で、これはもうちょっと正確に言うとこれが弱くなった時ですけど、もうちょっと正確に行くと流れが途切れた時。ある動きが一連のリズムを刻んでる時にピタッと止まって、もう1回何かを始めなきゃいけない。この狭にどうも我に帰る現象が起きやすいんじゃないかっていうのが、私は仮説として成り立つと思います。

あの、ま、このお話してるところで1番詳しく書かれたのは実戦とミハエル、ミハエル・チクセントミハイが書いたフロー体験ってやつですけど、ま、その中でもあの、ま、物事に対して注意が外れるとか、そんな表現だったと思うんですけど、それがま、あの、フローが途切れる瞬間とかってあったと思うんですけど、ちょっとそれに近いかなと思うんです。

ですので、やっぱり何か一連の流れの中に自分が染まっていて、で、意識レベルとしては、なんていうか半覚醒状態って感じだったんですね。私の場合。つまり寝てるのと覚醒してる状態の間ぐらいを保つ、半面に近いって感じですかね。目でいくとこう覚醒してんじゃなくて半面に近いっていう、半覚醒状態のこう、なんかし、なんて言うんでしょうね、外界への意識としては普段はこういう意識ですよね。で、内政するとかこういう意識です。なからこの間をこう漂っていて、意識の覚醒レベルもこのぐらいの状態っていうのが1番私はパフォーマンスが良かったんです。夢と現実の間、え、が外と内を向くこの間、ま、こんなところにいる時に私は非常に良かったわけです。で、この漂いが去ってしまう時がありますよね。で、それがいわゆる、で、こっち側に行くと、もうひたすらに夢中の世界があり、覚醒レベルが高くて、こっちに行くと危険を察知してこうなってる世界があり、で、この抑制レベルが下がるとちょっとぼーっととする世界がある。ま、ほとんどの世界はこっちの覚醒にみんな選手持ってこうとするんですけど、私はこの覚醒レベルが実はちょっと低いようなところが1番パフォーマンスが高かったんじゃないかと。思ってるんです。で、そこを探るってのは私のま作業だったんです。集中。

で、この我に帰るっていうことってのは、夢から冷めるにもちょっと私近いんですね。私の言葉で言うとですね。そうなっちゃうと現実の世界でやんなきゃいけないんで、ま、そうするとちょっと注意が散漫になるよねと。で、で、私はなんかこの辺りでいつも意識していたのは、どうやってこのぼーっとの世界に入って動かさないように、そこの世界に漂い続けるか、続けるかって言うと、やっぱり例えばなんて言うんでしょうね、車でドライブしていて夜ですね。で、それである街中を走ってると、バっと街灯が光があって、これがこうやって抜けてきますね、車の時に。でも運転目の前にしてるんで、そのままこうずっと運転していって、運転していくと次第にが目に入ることを分からず、ただぼーっと前を見ながら危険が来たらこう察知するような状態が出来上がりますよね。ああいう状態になんか自分がプレイをしなが浮かんでくるアイデアみたいなもの浮かばさないっていうスーパー集中の覚醒状態ではなくて、浮かんでくるんだけど、それを掴まないっていう感じですかね。なんかこうやってハードルと飛びながらでもこれハードル今日の風どうなんだろうなと思って、あそう思ってんなと思いながら、まさにこの街灯が流れていくように自分のアイデアがこう流れていく頭をですね、これを意識しながら捕まえてそれに囚われな いっていうことをやってたわけです。

で、この雑念って言ってもいいと思うんですけど、街灯にあたる雑念が浮かばないことを目指すのはあんまり現実的じゃなくて、人間ができるのは雑念は浮かぶんだけども、それに囚われない、ま、話していくみたいな感じですかね。そのアイデアをアイデアにぐっと興味を持ってそこに入り込まないで、なんか聞こえるんだけど、ま、なんて、なんて言うんでしょうね、イメージで言うとこうやって仕事してるんだけど、横で話しかけられてきて、うんってやるんだけど、こっちまではいかないっていう感じですかね。こうやってうんって聞こえるんだけど、あ、そういうことなんだって言ってまたこっちの世界に戻る。で、聞こえるんだけど、そういうことなんだって戻る。で、やってくうちに全く周りの声が聞こえなくなるような状態が出来上がって、それがいわゆる私は没頭状態だっていう風に認識をし。で、そこに入るプロセスの中で、この外からやってくる刺激に対してどういう風に無視するでもなく、聞き入るでもなく、流していく状態をどう作れるかっていうのが、ま、私はとっても大事だったなという風に思って、ます。

だいぶ話がそれちゃった気がしましたけど、まとても興味深いあのご質問なんで、ついつい長くお答えしてしまいました。