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た大学の質問コーナーです。こちらはですね、実はYouTubeで撮ってなってるんですけど、ま、動画制作うちのチームがですね、TikTokに短くして流してくれたり、それから音声にしてポッドキャストやボイシーっていう、え、とこれプラットフォームにも流してるんですね。実はそちらでも質問を受け付けてるんですけど、初めてですね、ボイシー側で頂いた質問に解答してみたいと思います。いつも楽しく拝聴させていただいてます。質問させてください。面白がる、自分を騙す、自分に嘘をつくの違いの線引きはどこにあると考えられますか。物事の捉え方は全て自分次第かと思いますが、全て面白がろうと思えば面白がれるのではないかと思う反面、それは自分を騙す、自分に嘘をつくとも言えるのではないかと思っています。もしお考えがあれば是非お聞かせいただけると嬉しいです。
はい、とても面白い問いかけです。ですね、おっしゃるようにですね、これ大体、えっと、人間はま、何か面白がるのが大事だって結論には大体、ま、多くの人が合意するんですね。こう物事うまくなる人が成長するっていうと、やっぱ好機心大事、面白がるの大事と。でも面白いことだけやってちゃだめだよね、で、やってることを面白がるのが大事なんだと。ま、なぜなら多くの場合は全部自分では選べなくて、組織であればここにアサインされるしまあ、ま、普通にやっていても好きな仕事だけとか好きなことだけ選べないと。ま、その中で自分の、ま、なんて言うんでしょうね、え、やってることを面白がっていくのが大事だっていうことなんですね。
で、その時にま、大体2つで、え、1つはですね、人生は短いんだから、で、やめたって代わりはいるんだから、好きなことだけやって生きていこうぜと。面白いことだけやって生きていこうぜ、面白くないと感じることやめちやおうぜっていう、いわゆる、ま、スーパー自由マッチョモデルですね。マッチモデルじゃないな、自由人モデルですね。
でもう1つはですね、いやいや人生って制約あるよねと。選ぼうと思っても選べないことも多いし、え、ま、人間ってのは置かれた場所で咲くみたいなとこもあるよねという考え方。じゃあ、やってること面白がろうと。これ面白がるかどうか全部自分次第なんだから、自分の工夫で面白がらないとダメだよねっていう、マチモデルですね。その場モデル。ま、自由モデルかその場モデルか。全部は自分の、というか、その場モデルではですね。で、自由モデルっていうのは、いやいや自分、自分にフィットしてるものはとにかく探していこう。自分に合うものを探していこうっていう感じですね。
で、ま、多くの場合はこの間のグラデーションのところに皆さんいると思うんですけど、じゃあ結局自分次第だよねっていうのは、面白くないんだけど面白くなるようにやっていく時に、いや本当面白くないなと思ってる自分を騙してんじゃないかってことだと思うんですですね。
で、これはですね、もう端的に言うとっていうかせ整理するとですね、人間はあの、本当の意味で自分の、の中に明確な自分がいないってことなんですね。と私は思ってます。つまり、明確な自分がいるんであれば、これをやると楽しい、これは楽しくない、これは好き、これは嫌いっていう風にピタッとフィットすると思うんですけど、実はそんな自分すらちょっと曖昧であると。だから何が本当に自分が楽しいと思うかは、やってみるまで分からないってところなんですね。
で、このやってみるまで分からないってことまた厄介でですね、あの、自分がやることが対象が、え、の中にいろんな要素があって、その全てにはまるなんてことはないので、その要素の中のどこかにはまって楽しいと思ったり、好きと思ったりするわけです。私はあんま推しの感覚分からないですけど、でも推しする人もなんかグループなり人なり全部推してるわけじゃなくて、どっかのきっかけから入っていって、こう推していくってことだと思うんですね。こ、そんな風に人によって違うわけですよね。それがだけど、1回そのモードに入ると、それがなんか色々全体的にも面白くなってきちゃうっていう。で、この自分自身も実は曖昧である。そしてやろうと思ってる対象も曖昧である。で、その間の中で接点を探して、あ、これ面白いかもと思う瞬間を自分の中で見つけて、そこをちょっとクローズアップして拡大してみると、だそうすると、なんか全体が面白く感じてくるってい、これが自分が面白がっていく工夫のメカニズムだと思ってるんです。
で、ですから結構自分の曖昧さをでかく捉えて、対象の曖昧さもでかく捉えるような人は、全てはた、全ては楽しめるかどうかっていうのは自分次第だっていう風に考えるわけです。で、一方で自分がはっきりしてるっていうモデルでいる人は、比較的自分がそれで、はまんないんだったら、それは自分に合わなかったんだっていうモデルを選ぶこと多いですね。で、実際にこういう自由モデルを選ぶ人は、ま、自分の中に結構自分、その人の自己認識する自分が結構明確で、俺はもうこれ好き、これが嫌い、私はこれダメてなってる人の方がこの選ぶモデルを選びやすいですね。だから自分が結構明確な人って感じですかね。または明確だという自己認識を持ってるっていう人ですかね。なので、ま、この辺りはそのバランスを決めてやってくんだろうと思います。
でも私は、あの、実はあんまり自分がはっきりしてない人間なので、ま、大体面白く感じちゃうタイプなんですね。だから、ま、考え方次第じゃないっていう風に、ま、比較的捉える人間ですけど、でも、ま、そうじゃないモデルもきっとあるんだろうなというのはちょっと思いますかね。だから自分を騙すていうのは、これ非常に興味深いことおっしゃっていて、まあ、全部自分騙してるっちゃ騙してるわけですね。努力するとか、もうやりたくないっていう自分に対して、ま、いいからちょっとやってみて、将来きっと後悔しないからって自分で自分に説得してるわけです。その瞬間騙してると。でも長期的には納得するからっていう感じで、この、一体騙すていう行為は短期で見ると騙すなんだけど、長期で見ると親切だったりもするわけですよね。ま、大体ほとんどの前大人は子供たちにそういうつもりで教育を提供したりするわけですから、なんかこの辺りの加減、ダマスとはそもそも何なのかっていうのは非常にあの、興味深いトピックで、これはこれでまた別の回にお話しできたらいいなと思います。
え、ま、こちらた性大学ではですね、ま、ボイシー、ポッドキャスト、ティワ、何でもいいんですけど、本当にはコメントで書けるプラットフォームのコメントは私が全部読むようにしてまして、で、そのコメントに対して回答するっていうモデルでやっております。もしこんなこと聞いてみたいとか、え、これこれって何なの、みたいなものがあるとしたら、いただけると私の方で考えて回答してみたいなと思います。