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僕はコミュニケーションに対して不安が大きく、特に年上の方との会話は接し方・距離の縮め方が分からず少し恐怖を感じてしまいます

為末大学 Tamesue Academy11:47

Transcription

た大学の質問コーナーです。質問です。僕はコミュニケーションに対して不安が大きく、特に年上の方との会話は接し方、距離の縮め方が分からず、少し恐怖を感じてしまうほどです。普段は身につけたいスキルや習慣が生まれた時、何をすれば達成できるかぼんやりイメージできるので、あはやるだけなのですが、コミュニケーションに関しては全くイメージが浮かびません。年齢に関わらず人と深くなる瞬間というのは、どのような条件が揃っている時なのか、たさんの考えをお聞きしたいです。

はい、え、ご質問ありがとうございます。メンバーシップの方ですね。あの、ありがとうございます。え、素晴らしいご質問で、ま、これ多分疑問なんて言うのかな、不安に思われている方は結構多いんじゃないかと思いますね。コミュニケーションが全く不安じゃないって人って、私はそんなに知らなくて、みんな、え、例えば小人数はいいけども、大人数の前での不安とか、ま、色々ありますよね。例えば英語はま、得意じゃなかったら外国人、の前で喋るの不安とか、ま、そういうのはあの、色々あると思うので、まあ、みんな大なり小なりシチュエーションとか状況、あの、ね、変われば不安だろうと思います。

で、これお答えしたいんですけども、実はお答えする前に、え、ある種の、一つの答えをも、既に書いてらっしゃっていて、ですね。これ文章もう一度見てみますと、ですね。僕はコミュニケーションに対して不安が大きいということを、恐怖を感じてしまう、接し方、縮め方が分からないという書き方をしてるわけですね。で、最後になんて言ってるかというと、どうすればコミュニケーションが上手になりますか、ではないんですね。年齢に関わらず人と深く、深くなる瞬間というのは、どのような条件が揃っているのか。つまり、コミュニケーションというのは人が、と深くなることであるという風に考えてらっしゃるんですね。多分ね。で、つまり、コミュニケーションに対して相当に、私はに、考えてらっしゃるし、深く真摯に、コミュニケーションっていうものを、捉えようとしてるんじゃないかと思います。これもうちょっとチャラいとですね、どうすればコミュニケーション上手になって、わーって楽しい感じできますかねっていう話なんですね。ま、楽しくないにしても、その場やり過ごせますかねって感じだと思うんですね。

これ実はコミュニケーションに対して真摯に考える人ほど、相手の気持ちとかに敏感であればあるほど、コミュニケーションが怖くなるっていうのは、あの、ま、何でもそうですよね。大事なものほど人は怖く、適当なものは怖くないわけです。で、ま、なので実はそれなんだということ、まずあの、考えられるといいと思います。もっと適当な人は世の中にたくさんいる中で、どうもコミュニケーションに対して向き合おうとしてるっていうことを、まずはあの、思われるといいかなと思います。

で、これコミュニケーションのテクニック論って世の中にたくさんあると思うんですけど、私はどれも、なんて言うんでしょうね、ま、それでうまくなるのは全然いいんですけど、ま、そういういうことじゃないんだよなっていう気は思うわけですね。で、私自身自身の廃棄言うと、そんなにコミュニケーションが昔から好きだったわけじゃないんですけど、好転的に、ま、なんか足が早くなったり、オリンピック出たり、いろんな人と会うようになったんで、獲得した感じだと思うんです。だから内向的な人間が好転的に訓練すじて社交的になったタイプだろうと思ってます。で、そういう人間からするとですね、実はコミュニケーション取りながら非常に自分自身の後ろから自分も観察してるようなところがあるんですね。

で、コミュニケーションって、あの、多分ですね、一番大切なことていうのは、あの、結局聞くことなんだと思うんですよね。話すことではなくて聞くことで。で、距離を詰めることや仲良くなることでもなくて、相手が何を言ってるかを聞くっていうのが、コミュニケーションの私は本質じゃないかなという風に思ってます。ま、中にはですね、選定をでこあの話すことで笑わせて場を和ませるっていう人もいるんですけど、でもこれって上手になりすぎるとですね、その場を支配するんですね。あの、振り返ってみていただいてですね、あの、学校、中学校とクラスで目立つ人とかですね、リーダー格の人ってみんなを笑わせる人でしたよね。そしてあの経験が見られたことがあったりするかもしれないですけど、誰かをいじめる人もまたですね、人を笑わせる人だったりするわけです。笑いを握る人間っていうのは、その支配を持って、そのコミュニティの中で誰をスケープゴートって言うんですか、誰をターゲットにするかも決められるパワーを持つわけです。これ面白くない、ただの権力者ってのは実はそこまで私は本質的に人できないと思ってて、笑いを交えてやるからこそ、非常に、ま、厳しい状況に人追い込めるんじゃないかと思うんですけど、ま、それ置いといてですね、とにかく、ま、そういうところがある。だからこれはただリードする方向ですよね。でもこういう人たちとの、あの、コミュニケーションで深くやっていくっていうのは、実は相手こ上手にその場はなるんだけれども、そんなに深いコミュニケーションが行われてないんじゃないかって私思うわけです。

ま、これテレビに私出たことも、ま、何回かはありますし、でもちろん実家の田舎のおばあちゃんのとこに行くこともありますし、それからまあ、結構な、なんて言うんでしょうね、まま、ブータンのコがいらっしゃった時の晩餐会に出たりとか、ま、いろんなレベルの会食とか、出たりしますけども、ま、基本的に会話ですよね。コミュニケーション。それ以外の、ま、ボディランゲージとかもありますけども、でもその中でやっぱりどこまでディープに行くかってのが、ずっといろんな場所で調整されていて、え、すごい上手に言葉がやり取りされるんだ、けど、一切深いコミュニケーションを行わない、それが大事なんだって場所もいっぱいあるわけですね。むしろその方が大事かもしれないですね。

で、特に私がテレビに出て思ったのは、これはなんて言うんでしょうね、状況をいかにうまく転がし合うかっていう技能の披露の場であって、コミュニケーションの場所じゃないっていう風に思ったんですね。だからテレビに出て深く人の話を聞いて考え込むとすごい浮くんですね。でもこれ居酒屋とかだったらいい風景ですよね。誰かパッと話した時に、で、10秒ぐらい考えて、ああ、あなたそういう人生だったんですねって言ったらいい風景ですけど、こういうの非常に作りにくいんです。テレビラジオ的な、ラジオなんか放送事故になりますか、10秒黙ってると。だ、つまり喋り続けなきゃいけないプレッシャーがある場所っていうのは、常にコミュニケーションが円滑で、ポンポンポンポンと飛んでくようなバレーボールのような場所なんですね。ところが本当の意味のコミュニケーションて私は沈黙に宿ると、思っていて、誰かが話すのをずっと静かに沈黙しながら聞いて、深くしみるところまで聞き、そしてその人に本当の意味で興味を持つっていう、これが私はディープなコミュニケーションで、これはそんなに世の中に成立してないと思いますね。そしてこれやる人もいないですよね。そこまで他人 に興味持ってる人そんなに多くないの で。

でもし、あの、ポンポンポンポンっていうそのコミュニケーション上手にその場を回すってものを求められるんであれば、多分いろんなテクニックがあって、それはバカずと上手な人のいっぱい見ながら色々実験してみるってことかなという風に思います。

でも本質的には校舎の方私はもう好きで、校舎をやるっていうのは、じゃどうすればできるかって言うと、まずあの、あんまり魔を恐れないっていうことですね。30秒1分黙っててもあんまり気にしないと。これが一番大変なんですけど、自分が喋る時も10秒黙ること気にしないと。例えば私はこうやって話していって、やっぱり、ぐらいの、ま、は恐れてことですね。これ案外いけるんで、これでね。でもこれをなんか、早く埋めないととかって思うと、あの、全てのコミュニケーション自分 が喋ることってのは時間を埋めるため、その場を取りついための言葉になるんで、そうじゃなくて本当に深く自分に入っていって、言葉を喋ると。で、相手の喋ることもずっと、これを待つっていうことですね。コミュニケーションが上手な人で待てない人っているんですけど、私はこの人は、あの、この人たちと話して2人で話してやると、ものすごい調子が狂って混乱するって場面がよくあるんですけど、それなぜかって言うと、私が40秒でも50秒でも静かにしながらその人の話聞いたりするんで、なんかもうちょっとこう盛り上がってポンポンポンってのを求めると、それで混乱するんですね。だからま、それはそれで繰り返しますけど、テクニックとしてあるんですけど、やっぱディープに入るにはやっぱりその人の話をよく聞くって魔を恐れないっていうことしかないんじゃないかと思います。

でもう一つ怖いですねコミュニケーションが怖いっていうこの心理ってどっから来るのかって言うと、それは結局、え、自分自身を知られてしまうことの恐れなんだろうと思うんですね。なぜならコミュニケーションがうまく行かないとか下手くそだったとしても、それ自分ですから。ま、それもそれで知られてしまって、がっかりして、なんであの人話面白くないよね、もう自分なんですよね、結局ね。で、そう思われたくないというと、コミュニケーションは怖くなるんですけども、これらも全てしょうがないじゃないかと、だってそうそうなんだから自分が、と思いながら本当に解してしまって、ていうのは私はコミュニケーションの本質じゃないかなと思いますね。なので、え、ま、まずはよく相手の話を聞くっていうことと、そしてま、理想はですね、なんかこの人鋭いなと思う人と1回でもいいんで話をして、みるってことですね。ま、そういう人はほとんど見抜かれてしまうので、あ、隠してもダメなんだっていうようなところまで腹落ちすると、ま、本当の意味で下手くそな話が下手くそな私も含めて、知らせることができるんじゃないかなという風に思います。

であまりなのでテクニック的なことじゃなくて、どか人の話を聞くのが大事なんだって私は思ってるんですけど、一つだけもし、え、テクニック的なものでね、なんか試すといいかなと思うのがあるとしたら、え、自分がいろんなことやってくことをちょっと喋ってみて欲しいなと思うんですね。例えばコミュニケーションやる時に、え、次何言っていいかわかんないっていう時に、ああ、次何言っていいかわかんなくなっちゃったって言ってみてください。1回、あの話せる場所何でもいいので、ああ、やばい、これどうしていいかわかんないんで緊張してきちゃいましたって言ってみてください。この自分が心のの中で思ったことを隠そうとすることから始まる恐れってのはやってくるんですけど、これを言葉にして出してみる。あ、何言うか忘れちゃったとかですね、こういう癖をつけていくと、実はそのこと自体が相手をむしろ、相手も緊張してかもしれないですから、相手をリラックスさせる可能性があり、え、突っ込ま、突っ込む可愛いやつだなって思わせる可能性もあったりするわけです。

つまりコミュニケーションってのは、がお互いが隠し合うものを隠していくのか、その場を上手に取りつくものなのかと思ってる限りは怖さは抜けないんですけど、コミュニケーションっていうのはもうどうしようもないんだってギブアップした上で、お互いに興味を持ち合いながら、それぞれに対して心を通わせるもんだと思っていくと、ま、もうしょうがないじゃないか、こんな自分なだから、ということができるんじゃないかと思っております。ま、私テクニックノウハウ嫌いなんで、ま、そういう話になりますけども、とにかく静かに相手の話を聞いてみて、もらえると少しは違うことが起きるんじゃないかなと思っています。