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この天才はわずか13歳でビジネスを始め、たった15歳で月収50万ドルを稼ぎ、その3年後には高校生になって5億円を稼ぎました。彼はどうやってこんなわずか短期間であらゆるビジネスを展開していったのか。その前貌に迫りましょう。
ダニエルビトンは2007年キプロス共和国の西コアに生まれました。彼の少年時代はと言っても2025年時点で彼はまだ18歳なので早速本題に入りましょう。全てが始まったのは5年前。ダニエルが13歳の時、当時コロナウイルスが深刻に蔓延し、世界はパンデミックに見舞われていました。通っていた学校は急行になり、暇を持て余していました。
ダニエルはいつも通りYouTubeを見ていると、グラフィックデザインの動画を目にします。そしてその頃、とにかく暇だった彼は「これで稼げたらフォートナイトに死ぬほど課金できんじゃん。」そうと決まれば行動は早く、彼は数多くのチュートリアルの動画を見て勉強に励めましたが、この時まだ13歳の彼には内容が難しすぎて1mmも理解ができませんでした。
そこで彼はあるアイデアを思いつきます。それはTwitter上でプロフィール画像やバナーの作成を求めている人を見つけて連絡し、交渉が成立すれば10ドルを受け取り、その制作をFiverrというサイトで職人を見つけ、半分の5ドルで外注するという方法でした。ちなみにこのFiverrは日本ならココナラが1番近いでしょう。つまり彼は依頼者とデザイナーをつなぐ仲介役として立ち回ったのです。そしてこのやり方はうまくいき、最初の2、3週間でおよそ100ドルの利益を上げることに成功します。
「知識がなくてもこんなに稼げるってやばいな。本格的にスキルを身につけたら俺どうなっちまうんだよ。」そう考えたダニエルは仲介会社のビジネスを中断し、今度は動画編集をすることに関心を持ち始めます。「大好きなYouTube見ながら金まで稼げるってこれ以上に最高な仕事ない。そう、時代は動画編集だ。」
実際、彼は以前から動画を作ることが趣味で、友達とマジックに挑戦する様子など自作の動画を何年も作り続けてきた経験があり、編集の基礎の理解はこの時点でもありました。そこでダニエルはYouTubeの解説動画を教材にしながら本格的に編集スキルを磨くことにします。数ヶ月にわたり解説動画を見ながら編集を学び、ある程度自信がついた彼は再びTwitterで編集の募集を探し、編集者を必要としている人たちに片っ端から連絡を取りました。
何日もかけて何百人という相手にメッセージを送り続け、ついに初めてのクライアントを獲得します。ただ、その仕事は完全に無報酬で一銭の支払いもありませんでした。しかし彼は気にしませんでした。彼には明確な考えがあったのです。報酬ゼロのまま数ヶ月間働き続けましたが、無料で人々のために働くことで自分の名前を大きく広め、その分多くの経験を積むことができたのです。
その努力の結果、ダニエルのDMには24時間で100件近くの依頼が届くようになり、手が回らなくなった彼はこれを機に初めて有料で仕事を受けるようになります。初めての報酬は20ドル。決して大きな額ではありませんでしたが、これはこれまでの信頼の結晶であり、彼の実力が誰の目にも明らかになった証でした。その後、報酬は次第に増えていき、1件あたり100ドルから500ドル、長尺の動画では1000ドルを超える依頼も舞い込むようになります。
こうしてダニエルは非常に若い頃から動画編集の世界に飛び込み、普通のサラリーマンに比べてもかなりの収入を得るようになりました。14歳の時点で月に34000ドルを稼ぎ、現代の基準で見ても10代の副業としては驚くべき金額です。しかしこの時、彼には1つの不満がありました。それは費やす時間と稼げるお金が完全に比例すること。依頼が増えればその分作業時間も増え、彼はほぼ毎晩のように徹夜をし、この頃には自分の生活を楽しむ余裕がほとんどなくなっていました。
「これ時間を変えてるだけじゃないか。俺は不労所得になりたいのに。」そう思ったダニエルは編集から離れ、別の方法で収入を得る道を探し始めます。彼はこの時相変わらずフォートナイトやマインクラフトといったビデオゲームに熱中しており、そんな中で数多くのYouTuberがそうしたゲームのプレイ動画で毎月何万ドルもの収入を得ていることに気づきました。「動画編集は世界で1番最悪の仕事だ。あんなの思い出すだけでノイローゼになる。これに比べてゲーム実況ってゲームプレイするだけ?これ以上の仕事ないでしょ。」
そしてちょうどその頃、スウェーデン人のとある底辺YouTuberの影響でMinecraftが再びブームになり始め、14歳だった彼はMinecraftのチャンネルを始めてみようと決心しました。しかし、単にゲーム実況をするだけの普通のやり方ではありません。実はここでダニエルにとある師匠が現れます。この時彼が入っていたDiscordのコミュニティ上で、過去にいくつもYouTubeチャンネルを運営し成功を収めている人に会ったのです。ダニエルは彼に「これからゲーム実況を始めたい」と伝えると、師匠は彼に非常に魅力的な提案をしました。「よしダニエル、よく聞け。わしに今後の君のチャンネルの収益の一部をくれるなら、あらゆるYouTubeに関するノウハウを教えてやろう。」
当時全くの未経験だったダニエルは、このチャンスを逃すまいと心に決めました。こうして彼らは二人三脚で週に1本の動画を作ることからスタートします。最初は地道なペースでしたが、ダニエルはYouTubeについて多くを学び、一つ一つ動画を投稿するごとに動画の再生数は1万再生、5万再生、次第には10万再生と伸ばしていきました。やがてチャンネルが軌道に乗り始めると数千ドルの収益が発生し、登録者も2万人以上に達していました。
ここまで来ると師匠が語ったノウハウがすごく気になりますが、そんな矢先に事態は思いがけず振り出しに戻ってしまいます。「ずっとこれが自分のキャリアになると思っていたダニエルでしたが、現実は違ったのです。」数ヶ月にわたってMinecraftの動画を作り続けるうちに、彼がマンネリを感じ始めていました。そしてダニエルは自問します。「おい、俺全く楽しめないゲームの動画を作り続ける。そんな人生本当にいいのかよ。」彼は思い切って、せっかく伸びていたマインチャンネルから身を引き、次なる大きな挑戦を探す日々が続きました。
一時は情熱を注げば大金を稼げるチャンスを自ら捨ててしまったことに落ち込みましたが、数ヶ月かけて気持ちを立て直し、その間に彼はとある動画編集のネットコミュニティに入り、多くの動画編集者に出会う機会がありました。そしてその時出会った人物の1人が、後にダニエルのビジネスパートナーとなるルークです。
ある日ルークからある提案がありました。「おい、ダニエル。YouTube一緒に本気で始めてみないか?」そして新たな挑戦を探していたダニエルはもちろんこれを承諾します。こうしてダニエルとルークは自分たちの全エネルギーを注ぎ、新たなチャンネル「スラムダンク」をスタートさせました。これは話題の時事ネタや有名人を扱うチャンネル。ダニエルは動画の編集とネタ探しを担当し、ルークがナレーションと脚本を手掛けました。面白いネタを見つけると二人はチャットでやり取りをし、すぐに動画を仕上げて公開するという流れです。
そしてこのチャンネルは開設からわずか42日で登録者数が10万人を突破。しかしこの時はまだYouTubeショートには収益化制度は導入されていませんでした。しかし彼らはこのチャンスを何とかお金に変えたいと思い、Snapchatを始め活動の場を広げます。Snapchatは日本ではあまり知られていませんが、現在月間9億人のユーザーを誇るショート動画メインの人気アプリ。日本のショート職人はYouTubeにあげた動画をTikTokに再利用するのが一般的ですが、TikTokすら収益化がされていなかったこの時、彼らはSnapchatに目を向けました。
Snapchatは当時収益化制度が初めて導入されたばかり。しかし、アカウントを収益化するには公式から承認を受ける手間があり、多くのクリエイターがこのアプリには手を出していませんでした。そこでダニエルとルークは、知人がすでに参入しているという噂を耳にし、自分たちもチャンネルを解説し、その波に乗ることに成功します。今までYouTubeにあげていたものを再利用するだけで、最初の月からいきなり50万ドル以上の収益を上げ、ついでにその年の5月には彼らの運営するスラムダンクというYouTubeチャンネルは登録者数100万人を突破。ちなみにこの時点でダニエルはまだ15歳です。
二人はSnapchatの波に乗り続け、さらにYouTubeの長尺動画にも興味を広げていきます。彼らは新たに「ジェネシス」というチャンネルを立ち上げ、3本目の動画で早くも100万回を超える再生数を記録しました。その動画1本だけで2000ドル以上の収益を得ることができましたが、この時Snapchatでの成功があまりにも大きかったため、結局このチャンネルが本格的に動くことはありませんでした。しかし結果的に2023年は彼にとってまさに夢のような年で、数年の努力が身を結んだことを大きく実感できました。
しかし2023年が終わる頃には、このSnapchatは気づけばすでに多くのクリエイターが参入し、ショート動画の広告単価自体も大きく減少傾向にあり、「このビジネスは永続的じゃないな。新たな収益源を考えなきゃ。」そう考えた彼は、成功に限りが見え始めてすぐに再び新しいビジネスモデルを探し始めました。「本物の企業家ってのはこんな成功じゃ止まんないさ。俺はそこら辺のフェイクじゃない。2度3度成功してリアルだって証明してやるよ。」
そんな中でついにYouTubeショートにも収益化制度が実装されることになります。この制度はまさに彼らにとって革命的でした。ダニエルたちはスラムダンク以外にもあらゆるチャンネルを解説し、すぐにYouTubeで月3万ドルから4万ドルもの収益を突破。一見すると彼は有言実行し、再び成功を掴んだように見えましたが、数ヶ月前までSnapchatで50万ドルを稼いでいた彼にとって、この結果は満足できるものではありませんでした。「誰しもが15歳のガキが何言ってんだと思いますが、彼は逆にこのまま一発屋で終わり、どんどん数字が落ちていくことに不安を抱き、焦りまで感じていたのです。」
そんな途方に暮れるのか、彼に天気の気差しが訪れます。それがジョーダンウェルチとのコラボ撮影です。ジョーダンウェルチは彼と同じく若くして大金を稼いだ企業家で、彼については前回動画を作ったのでよかったら見てください。ダニエルはマイアミに飛び、ジョーダンの動画で自分の成功談について語りました。そして撮影が終わった後、彼はジョーダンの紹介でソフトウェア業界に身を置き、数億円規模の複数の会社を所有するアーブという人物に出会います。
彼らはすぐに意気投合し、何度も会話を重ねる中でアーブからあるアイデアを持ちかけられました。「おい、ダニエル。最近ショート動画が流行ってきたよな。でもあれは誰でも作れるわけじゃない。そこでみんなが簡単 に動画を作れるツールを開発してみたらどうだ。」こうしてダニエルは16歳になった頃、この大きなプロジェクトを指導します。このチームに参加したのはこちらも若くして大金を稼いだムーサと開発者であるアニーム。他にも合計6人の優秀な人材で構成されました。
数ヶ月の開発期間を得て、このサービスには「クレオ」という名前がつけられ、いよいよ一般向けにリリースされました。ダニエルはこれが自分の人生を変える次なる大きな切り札になると確信していましたが、その自信はすぐに打ち砕かれることになります。公開してすぐに多くのバグやトラブルが発生し、サービスに遅延が発生したり、期待していたほどの性能が出なかったりとユーザーから不満の声があいついだのです。その結果、最初に得られた利益はわずか6000から7000ドル。確かに少なくない利益ですが、6等分して考えてもとても理想の結果とは言えませんでした。
しかしここにいるのは、若くして大金を自力で稼いできたたち。決して諦めることはありません。彼らはすぐに状況を打開するべく全力で動き出します。会社全体の問題点は明白だったので、可能な限り全ての問題を修正し、ユーザーからの改善点をもとにリリース前よりもツールを使いやすいものへと改善しました。そしていざ再びリリースすると、ユーザー全員から多くの賞賛のフィードバックが寄せられ、チーム全体は必要だった自信を取り戻し、他者にはない機能を次々と追加していくことで、会社の利益も一気に跳ね上がりました。
そして現在、このクレオの利益は月に少なくとも30から40万ドル、年間で5億近く生み出す巨大企業へと成長しました。これは脅威的な数字ですが、ダニエルは来年までに月刊100万ドルを超えると見込んでおり、今この動画を作っている私自身も口が塞がりません。かつて実質で映像編集に明け暮れていた少年が、わずか2年で50万ドルを稼ぎ出し、今では月数十万ドル規模の収益を生み出す巨大企業を立ち上げるまでになりました。
ダニエルは現在まだ18歳ですが、すでに複数の事業を動かし、コンテンツ発信にも大きな影響力を持っています。彼の勢いは止まることを知りません。では、次回の動画でお会いしましょう。