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同じ議論が繰り返されるのはなぜですか

為末大学 Tamesue Academy7:42

Transcription

え、ダメ世代大学の質問コーナーです。今日もですね、昨日に引き続きなんですけども、ま、ちょっと最初にご説明するとですね、こちらのチャンネルではランニング陸上競技、え、それから体に 関すること、え、どうやったらうまくなっていくのっていう、ま、この何かをうまくなっていくとか何かを探求していきたいっていう体に関することをですね、そういうことを主に発信していた、ま、ある意味身体探求チャンネルみたいな、え、ものだったんですけど、そこにプラスしてですね、事事問題とか私が興味あるどうしても好奇心が炸裂しちゃってですね、いろんな人の話を聞くってのは最近増えてるんですけど、これちょっとブれてるねっていうことに車内的にもなりまして、今後はこちらのチャンネルはこのランニングを中心とした体チャンネルに、え、なって いきます。

で、それ以外の部分っていうのはこれお引っ越しをしてまた別で進めていきます。こちらの整理を今週中に行って、来週から少しドーンが変わって、この、ま、あんまりやること変わんないんですけど、トレーニング動画とかですね、こちらではランニングや体に関することをやっていくというものになると思います。それ以外の興味で来ていただいた方はまたお引っ越し先をご説明しますので、そちらに行っていただければと思います。

さて、え、質問コーナーですね。質問です。ま、このテーマあたりがまさにお引っ越しするテーマだと思うんですけど、私は大好きな んですけど、え、世の中には昔からよく議論されているテーマというものがあると 思います。例えば量より質が大事や不関係ならお金と合が大事、スポーツなら筋トレと競技練習どちらが大事かなどがあります。昔からあるテーマで今更語る必要もないように感じる時もあります。このように使いふれされたような議論を繰り返すことにどれだけの意味があるのでしょうか? さんも同じような質問に対して何度も答えることが多いと思われます。さんの考えをお聞きできれば幸いです。よろしくお願いし ます。

ありがとうございます。大変興味深いご質問ですね。え、まずですですね、議論には私世の中にはあの、あ、2つっていうと大げさかもしれないけど、ま、仮に2つあるとしますね。おっしゃってる議論はですね、どちらがよりいや、ちょっと再てよ、言いすぎだな。すいません。それ、ま、あの、いろんな種類があると思うんですけど、今おっしゃってるところはですね、領率が大事とお金とはどちらが大事、筋トレと競技どちらが大事であるんですけど、1つ目はですね、ある程度の心理の追求ですね。で、2つ目は価値観の追求。3つ目も心理の追求だと思ったんですね。つまり、え、ま、もちろん人間個性がありますから人によって両派の人も質の人もいると思うんですけど、いずれにしてもこの一定程度ですね、我々同じもの共有してますから、え、2速方向の人体っていうのはですね。このような答えは量をやった方がいいのか、人をやった方がいいのか、どちらがパフォーマンス伸びるのっていうその真実の探求をみんなで議論しようです。

2つ目はですね、お金とどちらが大事ってこれ完全に価値観ですね。あなたはどっち?私はどっちというものですね。これは絶対に着実しません。着実しないっていうか、あ、そうですかしか言いようがない話ですね。で、3つ目は筋トレと競技練習。これも個別さはあるんですけど、ある一定の風遍的なものを探求しましょうかっていうことができるわけですね。ま、言い換えるとですね、1つ目と3つ目は科学になりやすくて、2つ目は科学になりにくいとテーマとしてですね、なぜなら個別の価値観じゃねえかという話。もちろん、え、世の中の調査をしてですね、お金どちらを重視してる夫婦がより長続きしましたかとかそういうのは出せると思うんですけど、ま、そんな程度ですね。で、1個目と3つ目は出せると思うんですね。ま、そんな風にですね、この議論していくのもですね、終わりがないっていうか、ま、答えが見えてない話だし、答えも出ない話なんで、不縁的なものを抑えられても最後は個別性でしょっていうのは出てくると思うんで、ま、一定程度それはそうだろうなという感じが出し ますね。

で、もうちょっとでも多分質問されたいことはですね、違うことじゃないかと思って、なんでこの何度も議論されてるテーマが出てくんのってことだと思うんですけど、これやっぱ考えられるのは2つあって、1つは、ま、その都度新しい情報が出てくるとこの議論がもう1回変わるわけですよね。前提条件が変わると、あの、アップデートされていきますよね。例えばですけど、なんだろうな。うん。私が好きなのは自由意思みたいな議論なんですけど、あの、いろんな心理学とかですね、ま、行動経済学分かりですかね。経済学ってのはある程度条件与えれば経済の最大化、利益の最大化に合理的に判断する人間っていうものを前提として作られてたわけですね。ところがここに心理学と少し混ざったものなんだそうなんですけど、行動経済学って分野が出てきて、これ要するに人間ってのは思ったより不合理ですよね。と、え、こっちの方が儲かるって例えば理屈で考えればうん、なんだろうな、10年後の何十倍ものお金のほうが今もらえるものよりも大きいのにについ目の前のお金を取っちゃうってのはこれ合理的に考えてありえないけどでもそうい風に選んじゃうのは人間だよねと。そうい風に選んじゃう人間の集合体が経済であれば今のモデル変えた方がいいんじゃないっていうのが行動経済薬なんだそうなんですね。これもまさにある程度客地しそうだった議論が実は人間って不合理な状態なんじゃない、不合理な存在じゃないのっていう新しい情報が出てくることによって前提条件が変わりますから色々変わったと、ま、こういう風に議論が蒸し返されるっていうのは1つですね。

もう1つのパターンはですね、え、新しく生まれてきますから人は。そうすると人は情報を入れた状態で生まれてきませんから同じように学ぶわけですね。そうすると、ま、人生のどっかのタイミングでせ、先人たちがやった議論をもう1回やっちゃうっていうことは、あの、十分あり得るし、ま、そうすることでより先にすると、ま、基本的には科学ってそういう風になってると思うんですけど、ま、そういう風なものなんじゃないかなと思うんですね。

で、私はでもこのような話、あの、自分でするのはあんまり嫌いじゃないんですね。なんでかって言うとですね、え、正確にはどっちが大事かって議論よりもですね、どういう問を立てるのかってことが私はとっても大事だと思っていてうん。例えばうん、なんだろうな。筋トレと競技練習どちらが大事かっていう風な問なんですけど、筋トレとは何か?競技年収とは何か?例えば、えー、重いスレッドってかソリをですね、つけてスタートダッシュをするのは競技練習っぽいですよね。でもこれが5kgだった重りが60kmになるとかなりすなんとか斜め方向に向かうスクワットみたいになるわけですよね。そうするとこれは筋トレなんじゃないかっていう風に実はこの間に曖昧なものが結構あるとあのどっかではっきり分けるように分けられるように見えていてですね、いろんなものがあるよねっていうことなので実は量と質っていう時には量とは何か質とは何かえ筋トレとは何か競技練習とは何かとかそういうことが議論できるわけです。私はその定義が大好きなんで、そういう風に考えていくと、ま、尽きることはないし、ま、生涯にわたっての娯楽の1つになり得るんじゃないかなというのが私の考えですね。

はい、以上が回答でございました。