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夢中の対象を選ぶことはできますか?

為末大学 Tamesue Academy5:28

Transcription

た生大学質問コーナーです。いつも興味深いテーマをありがとうございます。質問です。好奇心や夢中の対象は選べると思いますか?

自分は上達したいと思うものにどこか義務感を感じてしまい、夢中になれない。一方で、逆に自然な好奇心から気づくと夢中になれてしまうものがあります。違いを発見し、面白がる心、遊びの意識などを持とうとして、上達したいものを何とか楽しもうとするのですが、やはり自分を夢中にさせようとしているという不自然な感覚はえません。そもそも夢中とは、気づいたら何々していたというように無意識的な心の動きであり、そこに意識して持っていこうとすること自体が何センスなのでしょうか?たさんのご意見をいただければ嬉しいです。

はい、素晴らしい感性お持ちていうか、ことても心の奇々に敏感な方ですね。特にこの無意識的な心の動きっていうところの辺りをよく感じてらっしゃるんだろうと思います。えっと、私のですね、回答としてばですね、ま、夢中っていうのは私は遊びのあのハイクラスっていうか、遊びの没入体験が夢中だという風に思ってるんですけど、ま、夢中が持っているですね、遊びが持ってる1番のポイントはですね、あの意味に頓着しないと無意味であるっていうことなんですね。つまり、意味があるから遊ぶわけじゃなく、て遊び意味を持つこともあるわけです。私にとって、400mハードルみたいにま、ある程度まで行くと、なんかこれが社会的な成功につがったとかいうのは言えるんですけど、しかし、やっぱりそれ自体面白が るっていうのは無意味性なんですね。ま、逆に言うと、即事報酬っていうか、行為事体から喜びを得てドライブしていくってのは、これが夢中の状態ですよね。でおっしゃるように、夢中に役に立つから夢中になるってのは、そもそも矛盾があって難しいんだろうと思います。で、逆に夢中になる心境っていうのは何かって言うと、意味とか意義とか義務感から離れて、ただただ心の動きに従うことが夢中になりやすいっていう状態なんですね。ところが厄介なことにですね、これ私たち食ってかなきゃいけないですし、そうすると社会的に意味があることをやると夢中になるってことは一致することなんて稀なんですね。で、基本的には私たちは生活を営むために、自分の心の動きとは関係なく、自分がやってることをやらなきゃいけないと。ま、この辺りがま、私たちのま、大体これがある年齢までくと揺れるわけですね。の人生がいいのか、好きなことやってく人生がいいのか、それともこの求められていて義務感を感じるけれど、も大事なことやっていくのか。ま、この辺りで悩むわけです。ね。で、ま、ですので、結論からしてしょうがないですよね。という心の動きに従う、そういうことですから、といってのあるんですが、ま、もう一方でも、ちょっと夢中と夢中じゃない状態はそんなクリアじゃないと私も思うんですね。つまり、全然心は踊らないのか、もうこれはどっぷりっていう、この間に結構大きなエリアがあると思ってます。で、自分がやってる仕事行為を、それなりに夢中にな るっていうことも可能だと思うんですね。で、それは、え、ポイントはですね、適度な難易度、え、それから、あの近いところにおける目標、でもう1つはフィードバックですね。この3つがすごく重要なんだろうと思います。で、適度な難易度ってのは、やってもやってもうまくいかないと面白くないけど、誰でもできるも面白くないということで、ま、適切な難易度ってのを儲けるってのは大事だと思います。でもう1つは、目標が遠すぎる、と人はそこに向けてて夢中になれないんで、今日のラインとかですね、今日っていう、ま、身近なところに目標を置くことで、今日はここま行こうとか、で、それを繰り返していくってことで、ま、比較的夢中の状態入りやすいと。でもう1つは、あれ、もう1つ何だっけ、あ、フィードバックだ。やっていくことがうまくいったかどうかのフィードバックが早く入ると、人は夢中に成りやすいっていうことなんですね。で、これを自分で設計するっていうことだろうと思います。で、このような人が夢中になるシステムを最もよく考えている世界ってのは、ゲームとギャンブルの世界ですね。これは人がそこに夢中になることによって周得る世界なので、どのぐらいのタイミングで刺激を与えたらいいのか、どのぐらいの難易度であればいいのか、で、目標達成、それからフィードバックのこう強さとかですね、ま、これを非常によく研究しているわけです。で、非常によく研究されたところに、自分がポコンとはまって夢中になることを経験していくと、これは夢中になってるんじゃなくて、夢中にさせられている、遊んでいるんではなくて、遊ばされているという状態に入るわけです。残念ながらこれだとクリエイティビティっていうのは発揮しがいと私思っていて、やはり自分から遊びに行く、自分自身を少しメタ認知して、こういう枠組を作ると、自分はこう心が踊るんだっていうことを作っていく、それを完全に委ねてしまわない、ということが私は非常に重要だっていう風に思って、あの、います。ま、それこそが自分の人生を生きてる感とか、自発性とか、ま、もう1つは、え、そのパターン認識から、いろんなクリエイティブなものが生まれてくるってこになるんじゃないかと思っていいます。まいずれにしてもですね、あの夢中に なる無意味ですからっていのは乱暴なとこなんですけど、もうちょっと間に夢中になりやすい設計っていうものがあるんじゃないか、と私は考えています。