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心が満たされても努力する人はいるのでしょうか

為末大学 Tamesue Academy7:34

Transcription

え、質問コーナーです。質問です。心が満たされていても努力し続ける人は存在しますでしょうか?存在するとしたらどのような人でしょうか?私の周りにいるよく働いたり努力したりする人は漏れなく心が満たされていないように見えてしまいます。ただ生さんのお知り合いであればそうではない人もいるのではないかと芋に思いご質問させていただきました。いつもブログや動画を楽しく拝見させていただいております。ご回答いただけますと幸いです。

これは大変観点ですね。よくあのよくある質問というかですね。あのですけれども、あの、これはですね、うん。簡単に言うとですね、努力とは何のためにするのかっていうことですよね。努力。ま、これ実はなんか努力とは何かとかってよく問われるんですけども、私たちが何かこういう抽象概念っていうんですかね。概念的な言葉を使う時には、ま、ある現象を私たちがそれをど、ま、どういう風に捉えるかっていう感じのことなんですよね。ま、それ程度に過ぎないっていうか、ま、それ努力っていうか夢中って同じ行為をですね、努力っていうか夢中っていうか、まあ人によって当たり前に言うかもしれないですよね。あの、日本人が当たり前のようにやることっていうのは結構アジアの国にゴミ出しとかですね、人からするとすごい難しいらしくてですね。それ一生懸命日本人はなんであんなに朝から一生懸命できるんだって見えるかもしれないですね。我らにとっては週慣の一部だけど。ま、そんな感じでかなり主観的だっていうのが前提にありながらお話ししますけど、多分ですね、これおっしゃってることはですね、人間はなぜ努力するのかってことに由来すると思うんですね。人間はなぜ努力するのか。それはなりたい自分になるからだと。またはいありたい。こういう風に、ま、こうでありたいなっていうことに、なるからな。に目指すものになるために努力するってことですね。で、この世界観はひっくり返してみるとですね、え、完璧なものがあり、未来にこうなりたいものがあり、そしてそう慣れていない自分がいるというこのギャップを見るのが努力であるっていう考え方ですね。つまり今の自分が足りないわけですね。完璧な自分と比較するとだ、これを努力によって埋めていくんだ。これが努力なんだと。だから、えー、働いたり努力するって人は心が満たされてないんじゃないか。それを完璧になることでなろうとすることで、え、埋まっているものを埋め、埋まっていないものを埋めていってんじゃないかということがおっしゃってることなんじゃないかと理解をしました。

で、でですね、え、結論から言うとそうじゃない人も多くいるでしょうね。というのがですね、これ必ずしもそのなんか将来こうなりたいなだけど今自分こうだからこのギャップを埋めていかなきゃいけないんだ。だ今の自分は足りないんだっていう風に思う人もま、そういう見方もあるんですけど、なんて言うんでしょうね。ま、突き詰めると人間って完璧になんてならないわけですよね。完璧なもって何なのかって問いは、ま、これは一心教の方が多分みんなそう問い続けたんだと思うんですよね。ま、取り続けてか信仰なので問うことはないかもしれないですけど、あの、神は全地全脳であると、つまり完璧なんですよね。で、完璧であれば、え、全てご存知であると、つまり今から自分が起こす愚かなこともご存知であるという、ま、そう考えたけど、人間が行う行為には自分の自由意思はないんじゃないか。なぜなら全部ご存知の神様なんだから、それ神様もう決めてるでしょっていう運命論っていうんですかね。そういう考え方もできるわけですよね。ま、いずれにしてもこの完璧であるっていうことっていうのは極めて的で人間が生み出した人口的な概念なんですよね。完璧っていうのはか何に対して完璧なのかって話なんですよね。完璧っていうのはす、ま、私から見るとま全地のもそうかもしれないですけどな完璧なんだっていうことっ て何に対して完璧なのかっていうことなんですよね。例えば宇宙は今インフレーションで調しておりますよね。それからエントロピーが増態していき、最後はあるところに到達するって完全なカオスになるって言われてますけど、完全なカオスが完璧なのか、このカオスになってくプロセスの何かが美しいのかっていうのは、まあ正直もうな、何て言うんでしょうね。物はいいよって感じなんですよ。だから私たちがなりたいと思ってる姿もですね、これが理想だと思ってるもの、あれは素晴らしいと思ってるもの、全て我々が生み出している概念で、その概念に対して今の自分が足りないどこっていうのもこれもまた私たちが生み出してる概念ですよね。ま、みたいなことをぐるぐる回ってるってことだと思うんですね。で、未来を強く見て、今の自分の足りないものを強く見る人はおっしゃってるように満たされないから頑張る人ですね。これモチベーションになりますから自分がもっと良くなりたいとかですね。足りないものを埋めたいっていう。で、一方で、え、ま、例えばうん、なんだろうな。うん。植物がですね、育っていく時に、ま、ある意味最終到達点にその木がですね、ま、偶然ある形になったとすると思うんですけど、そうなろうとしてその木は頑張ってたかって言うと、そんなことないわけですよね。ま、我々人間だけがこの未来予見能力っていう未来から逆算して考える能力が、え、長いって言われてますけど、でも他の生き物ってのは基本的には今今の連続であるところに到達するわけです。で、それを一通りその生物の人生を終わりった時に、あ、ここがピークだったな。これがこの生き物としてのなんかあるべき姿だったな。そのプロセスの途中ぐらいは未熟だったなっていう、こういうもののみ方をするわけですね。でも最後まで行ってみないと何がピークだったか何が良いことだった。まだピークもまた主観ですからね。自分にとってのピークと世間が決めるピークも違いますから。それもわかんないわけですよね。で、そういう概念を生きていくと、まあ毎日を一生懸命生きていき、え、たどり着くところにたどり着いたって考えるような人もまだ私 は日比較的それに近いんですけど、そういう人にとってみると満たされないものを埋めるってよりも日々に興味があることや、ま、自分自身を一生懸命生きるっていうことをやっているんだっていう感じなんですね。そのことに対して一生懸命、それをよく働いてたり努力してるように見えるかもしれないですけど、ま、自分からすれば目の前のことを一生懸命をやっていってるっていう感じに、ま、正直近いというところかなと思うんですね。

ですのでな、何て言うんでしょうね。うん。こう目標からの逆算で足りないものを埋めていくっていうことだけではなくて、まあ今の自分にを一生懸命やっていったらなるほどこが私の人生でしたかという風に思うような生き方もあるんじゃないかなと私は思ってますね。ま、周りにはそういう人は比較的ま、これ年齢かもしれないですね。ある年齢行くとみんな大体そうなるんじゃないかって勝手に思ってますけどという気が出しますかね。はい。ま、あの、こちら試し世代では皆さんの質問に回答するという形で、え、運営しておりますので、もしご質問がありましたらこちらにお寄せいただければと思います。