📱

Get Our Mobile App

Take your business learning on the go!

Download on the App StoreGet it on Google Play

科学的根拠がないトレーニングはすべきではないですか

為末大学 Tamesue Academy9:23

Transcription

大学の質問コーナーです。

大学で学生を直しています。え、最近活動4年目にして自身の予想の後に論文を参照すると、予想通りな結果が出ているものが多くなってきた印象です。私が考察する中には、探した限り論文に書かれていないものについても考えたりします。その場合、私が予想するものを指導するべきなのか、科学的根拠がないという理由で指導するべきではないのか迷っています。

ためさんなら、どのような考え方で指導方法を選択するのでしょうか?

はい、これ悩みますね。え、指導する際に、え、ま、おっしゃっているところはですね、え、いわゆるエビデンス、科学的根拠が取れているもの、え、ま、より強いものですね。そのものに支えられたトレーニングをするべきなのか、こうじゃないかなんだけれども、ま、エビデンスはないというものを指導すべきなのかって、この境い目どうしたらいいんだろう、バランスどうしたらいいんだろうみたいな悩みじゃないかなと思います。

ま、まずあの前提としてですね、あの非常に素晴らしい、真摯な姿勢だなと思います。我々の世代なんていうのは、ま、科学的根拠は愚かですね、ま、経験則でやっているということが結構多かったわけですよね。この指導者の方のですね、ま、それに比べるとですね、随分今の選手たちもですね、指導環境も皆さんリテラシーが上がって素晴らしいなという風に思ってます。

で、これはですね、私、どなたかが聞いているかによってアドバイスをおそらく変えると思います。この類いはですね。でも多分ま、えっと大学にも行かれているんですかね。で、あのアダイヤ君が規制トレーナーですからね。ですので、ある程度リテラシーがあるという前提でお話ししたいなと思います。もしそうじゃない場合ですね、なんかあのスポーツを普通に教えているというと、ま、エビデンス大事ですよと科学的根拠があるものやっていきましょうねというお話をすると思います。

で、まず前提としてですね、え、現場で行われている知見の多くは、え、科学には踏み込めていないということなんですよね。つまり科学で分かっているエリアというのは、全体の中の、ま、この画面が全体が何か真実っていうんですかね。あの、人間がパフォーマンス高まっていくための真実としたら、このぐらいのエリアなんですよ。科学で分かっているエリアというのは。

例えばですね、ウサイン・ボルトはなぜ早いのか、え、早くない可能性はあったのかという問いを立てるとしますね。で、ま、早い理由は色々ありますよね。足が大きいとか、ま、じゃ、生まれた環境がどうだったんでしょうねとか、ま、持って生まれたものもあったんでしょうねとか、自動環境も良かったんじゃないでしょうか。両親の育て方も良かったかもしれませんとか、色々な理由があると思うんですね。で、これ再現性あると思いますかって言うと、再現性がないわけですね。で、一体そこからどんな学びを我々得られるのか。ま、科学ですけど、やっぱ再現性だと思うんですよね。あの、つまり一定の環境下において誰が同じことをやっても同じ結果が出るというのは、やはり科学の前提だと思うんですけど、ところがですね、ほとんどの場合ですね、スポーツで起きる結果というのは1回性なんですね。つまりその人その瞬間でしか起きない出来事であ、なるわけですね。で、同じ状況を求めることができないわけですね。ま、厳密に言えばですね、環境が全く同じで揃うことなんてありえませんから、スポーツにおいては。

ま、そう考えていくとですね、どこまで行ってもですね、よく分からないんですね。ま、これ長くやればやった人であればあるほどですね。例えば研究者の方であっても、現場のコーチングをやりたり来たりした人であればあるほど、結局よく分からないという傾向にあると思います。ま、私は良い指導者ほどそういう風に言うなということを感じてますけど、なぜならばエビデンスが取れるってどういうことなのかっていうことを考えてみると分かりやすいと思うんですね。

ま、先ほど申し上げた通りですね、再現性が大変重要であると。で、1例じゃまずいわけですね。やっぱ複数の例も必要であるとかですね。そう考えていくと、いろんな条件、AとBというグループをあの分けてですね、同じ条件で比較をするとかですね、そういうことやっていった結果、ようやくうっすらそうかもしれない。うっすらこの傾向があるかもしれないと言えるのが、ま、あの本当に誠実な科学の世界なんだろうと思うんですね。

例えば何でしょうね。え、うん。ま、栄養学なんかではですね、バランスよく食べるのが大事ですよとかっていう風に言ったりするわけですね。ところがあのケニアの選手と一緒にトレーニングしたりする人分かると思うんですけど、彼ら下手すると8割9割炭水化物だったりしますよね。いと鶏肉食べてあとは何ですか?あのもちもちしたやつですね。ああいうものとパンしか食べなかったりするわけです。で、オートミールとか明らかに、え、いわゆる一般的な栄養バランスからすると崩れているんだけど、そういう選手が金メダル取ったりするわけですね。もちろん反論としては、ちゃんとした額抑えてれば彼らは金メダルのさらに上だったかもしれないと言えるかもしれないと。ま、でもそう言うと、それ言っちゃうと全部そうですね。つまり正しいことやればもっと上に行けたはずなんて。で、なぜそれを正しいとするのはなぜかって言うと、それはそれが正しいからだっていう程度にしかならないわけですよね。

つまり一体何が本当にワークするのか機能するのかっていうのは永遠に分からないまま終わっていく感じなんですよね。あまりにも競技人生短すぎますからね。コーチをやっていたってせぜ数千人ぐらいですよね。あル選手ってのは。ま、数千人の傾向なんて正直大したことはないわけですよね。本当に意味があるエビデンスを取ろうと思ったらそんなレベルじゃなくて、もっと徹底的にですね、調べ尽くさなきゃいけない。最近出ていて非常に面白かったんですけど、あの、ま、薬がですね、どの程度効くかってのやった時にどうしてもですね、あの、成立ちがヨーロッパから来ているものですから、あの、西洋人を、おそらく中心に被験者にしてやったんでしょうけども、改めてアジア人とかアラブ人でやるとですね、結構比率が変わっちゃったっていうのはこないだデータで出ていて非常に面白かったんですけど、ま、そんな感じなんですね。

つまりエビデンスという言葉が世の中に出ているのは、これ非常に素晴らしいと思うんですけど、その中身を分けてみると何なのかっていうと、はっきりこうだって言えるもんなんてほとんどないっていうことなんですね。そうかもしれない。そのような傾向がありそうだって感じなんですね。それでも全然ないよりは圧倒的にいいわけですよね。で、1億数千万年に日本人にはかければエビデンスがある方に向かって行った方が全体としては確率は高まるわけですね。で、これを拾っていくのはもう間違いないんですけど、ま、それでもですね、やっぱり限界があるわけですね。特に個別性が強い。例えばダメ世代っていう選手を教えるとして、この選手の広島生まれのちょっと性格がなんかおかしいなとか、骨格こうだとか、いろんな条件のもにトレーニングさせるんですけど、ため盛大に効くトレーニングっていうものなんてないわけですね。

あの、多少エビデンスが取れているものと自分でこう組み合わせながら性格を見ながら、ま、アートのようにですね、作り上げていって出来上がるのがそのコーチングなんで、え、繰り返しますけど、これは決してエビデンスを軽視したり、科学を軽視しましょうって話じゃなくてですね、これめちゃくちゃ重要で、ま、それのおかげで日本のスポーツはここまで来たのは間違いないんですね。間違いないんですけれども、決して論文を読んでいっても金額リストを作る方法は書いてないっていうことなんですね。ある程度のところまではみんなを連れていけるんだけど、本当に1人の人間が自分自身の才能を開花しきろうと思ったら、やっぱりそこはアートの世界に入っていかざるを得ないわけですよね。これAIが出てきたってあなた用のあの明確に正しい答えなんてのは出してくれなくて、我々この複雑な世界を生きているわけですから、なんで体の調子の悪いのかっていうと、昨日友達と喧嘩したからかもしれないし、子供の頃のトラウマが出てきたからかもしれないし、もうありとあらゆる自分を含む環境の複雑さがこの身体に宿ってパフォーマンスに影響してるわけです。で、それをなんか個別のこの事象だけ局で取り除いてですね、この傾向があるんだってやるのは分からないより絶対分かった方がいいんですけど、でもあくまで極種を切り取った1つの見方であるということを前提とするのが大変重要なんじゃないかなという風に思ってます。

ということで、私であればちゃんとそういうデータを抑えつつ、一方で現場では自分の頭で考えながらやっていって、あのそれを反照するようなですね、論文が出たらあ、失敗しまった。じゃあこれは考えを変えないとっていう風に、ま、そうやってやりながら進んでいくしかないんじゃないでしょうかというのが私の考えになります。

え、こちらあの世大学のQ1デコーナー皆さんの質問をいただいて答える形でやってますので是非質問があればどしどしお寄せください。