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【正義という猛毒】特権階級が「ポリコレ」を推奨する本当の理由 ラグジュアリー・ビリーフ

神のみぞ知る27:31

Transcription

多陽性を認めよう。不法移民は違法じゃない。不法な人間なんていない。伝統的な家庭なんて古い。最近テレビやSNSで、こうした進歩的でキラキラした正義を語る著名人や政治家を見て、何か言いのないモヤモヤとした違和感や強烈な拒絶反応を覚えたことはないでしょうか?

そうと言っても、現実でしばしば困るのは私たちなんだよ。そんなあなたの心の叫びを、彼らは共感がないとか時代遅れだとののしります。つい先日、世界的な歌姫だと言われるビリー・アイリッシュがグラミー賞のステージで放った言葉が、アメリカだけじゃなく世界中で猛烈な炎上を巻き起こしました。彼女は不法移民の相関を進める政府に対し、こう言い放ちました。「盗まれた土地に不法な人間なんていない。」

確かに、先住民から奪ったものですからね。会場を埋め尽くすセレブたちは、ごく一部を除いてスタンディングオベーションで活況を送りました。僕にはこの光景が公開マスヒョンにしか見えませんでしたが、もちろん画面越しの現実を生きている一般市民たちからは激しい怒りが紛しました。「まずお前がロスサンゼルスに構える数百万ドルの豪邸を解放してから言え。24時間体制のセキュリティに守られ、壁に囲まれて住んでいるお前に国境の壁を語る資格があるのかと。」ついには外国人がビリー・アイリッシュの家に住む計画を公表し、波紋を呼んでいます。だって彼女は言ったんですから。「盗まれた土地、不法な人間なんていないって。」

もちろん、彼女はフェンスもドアもとっぱらい、無料で食事を提供し、医療費も払ってあげて、彼の家族が生まれたら育児費用を負担し、家から彼らを追い出そうとするセキュリティたちは解雇して、彼らを追い返そうとする法執行機関に対しては強く抗議するんでしょ。だって自分で言ったじゃないですか。加えて、彼女の住むロサンゼルス一体の先住民トング族も生命を出し、「確かに彼女の住む場所は元々私たちの土地です。でもビリー・アイリッシュから不動産について私たちに一言も連絡をいただけておりませんが。」とのこと。しかもこの流れにLAの立ち退き分野弁護士が反応し、「無料で彼女を自宅から追い出す」と生き舞いています。最高に盛り上がってきましたね。

なぜ彼女の語る正義がこれほどまでに人々を魚し、腹を立たせるのか。それは彼女の言葉が庶民には決して手の届かない究極の贅沢品だからです。今回はケンブリッジ大学の心理学博士ロブ・ヘンダーソンが名付けた「ラグジュアリー・ビリーフ(贅沢な信念)」という概念についてご紹介します。今の時代、高級時計や宝石で身を飾ることはもはやステータスではありません。真のエリートたちは今、自分たちは決して代償を払わずに進む社会的に有害な思想。これを掲げることで自らの地位を孤持しているんだと言います。不法移民への寛容はそのたる例です。厳重なセキュリティの中に住むセレブにとって、不法移民の流入は多様性という名の美しいスパイスに過ぎません。しかし、壁のない街角で治安の悪化や公的リソースの逼迫にあえぐ一般市民にとって、彼女のフェイスという叫びは自分たちの命を削る暴力そのものなのです。

この贅沢な毒は移民問題だけにとまりません。それぞれ後半で詳しくお話ししますが、例えば伝統的な家族観の否定。エリートたちは「結婚は古い、家族の形は自由だ」と説きますが、統計を見ればそう語る彼ら自身の離婚率は極めて低く、自分たちは今な家族の絆に守られて成功を掴んでいます。このチャンネルでは何回も言うように、血縁による助け合いは原生人類ホモ・サピエンスの最強の武器です。エリートたちはそれをよく理解しているため、未だに一族という概念で固まって行動しているんです。他には警察予算の削減や薬物の自己決定権。武層にとってこれらは個人の自由というファッションです。しかし、その発言通りに警察が消え、薬物が溢れた町で子供たちを暴力と中毒から守る術を持たないのは常に持たざる者たちなのです。継承者のロブ・ヘンダーソンは誰よりもこの残酷な構造を理解しています。なぜなら彼は3歳から10箇所もの里親を転々とし、全財産をゴミ袋に入れて運んでいた。まさにラグジュアリー・ビリーフによって破壊された側の出身だからです。そんな彼が日国もイエール大学やケンブリッジの頂点で目撃したのが、偽善という名の階級闘争でした。弱者を救うふりをして弱者を踏み台にするというエリート層支配者階級の周悪な生存戦略だったのです。

19世紀の社会学者ソースキン・ベブレンは「夕敢階級の理論」において、不裕層が自らの地位を証明するために行う「事的消費」の正体を暴きました。その時代、富の証明は極めて物理的かつ老費的でした。つまり、どれだけ無益なことにリソースを避けるかというマウントです。手入れに膨大な人手を要する広大な庭園、同じく膨大な時間がかかる銀食器の数々、そして労働に従事していないことを象徴する汚れ一つない白い手袋。これらは「私は非生産的な労働力を所有している。私は生きるための労働から完全に解放されている」というシンボルでした。当時は物の希少性が高く、それを持っていること自体がそのまま階級の境界線となっていたのです。

しかし21世紀の現在、この教会戦は崩壊しました。大量生産技術の向上とインターネットSNSの普及、そしてローンという名の未来の切り売り。え、今や地方のフリーターであっても何十回か払いで最新のiPhoneを持ち、中古のベンツに乗ってブランド品のバッグを抱え、港区の成功者と同じような写真をInstagramにアップできてしまいます。ロブ・ヘンダーソンはエリート層にとってこれが耐えがいシグナルの汚染になっていると指摘しています。自分たちと必死に背伸びをしている庶民たちが見た目上で区別がつかなくなったのです。

ここでエリートたちが始めたのが「ステータスシグナルの不可と脱つ物質家」です。まず現れたのが「クワイエッド・ラグジュアリー」です。直訳すると「静かなる贅沢」とでも言うんでしょうか?例えば一見何の変哲もないグレーのTシャツ。しかしそれはロゴこそないものの、限られた層しか知らない超高級ブランドの限定品で価格は15万円(税抜き)。「どれが効果であると気づけない人間は最初から私たちの仲間ではない。」彼らはロゴを消すことで庶民には解読不可能、暗号による選別を始めました。しかしこれすらもまだ甘い。情報の伝達速度が上がった現代では、どんなにニッチなブランドもすぐに特定されてidiされてしまいます。

ここでエリート層がたどり着いた最終的なステータスシンボルこそが、ロブ・ヘンダーソンの言う「思想、ラグジュアリー・ビリーフ」なのです。思想には目に見えるロゴもタグもありません。それ手に入れるには名門大学での教育、リベラルな社交会での対話、そして何より社会の治安を損なう思想を叫んでも自分は安全な場所にいられるという圧倒的な安全権の確保が必要です。

ヘンダーソンがこの発見に至った背景には、彼自身の持たざるものとしての違和感がありました。苦しい環境の中で社会を見てきた彼は、やがて空軍を経て恩恵軍人援護法を利用してイエール大学へ入学します。イエール大学では教室を埋め尽くすエリート学生たちが「警察予算を削れ」「家族という制度は古い、壊すべきだ」と進歩的だとされる過激な意見を口ぐに叫ぶ。その様子はヘンダーソンの目にはかつての貴族が庭や食器を自慢するのと全く同じステータスゲームに見えたと言います。彼にとって警察がいない町や崩壊した家庭は、ゴミ袋に荷物を詰めて逃げ回った地獄の日常そのものでした。しかし安全なキャンパスにいる学生たちにとって、その地獄を肯定する思想は自分がいかに進歩的で、いかに特権的な教育を受けているのかを証明するための最高にクールなアクセサリーだったのです。

ヘンダーソンが定義したラグジュアリー・ビリーフの恐ろしさは、そのコストを誰が支払うのかという点にあります。ウェブレンの時代の贅沢は金という自分のリソースを消費するものでした。しかしヘンダーソンが唱える現代の贅沢というのは、自分が掲げた思想によって社会が壊れたとしても、その代償は自分ではなく常に自分より下の階級が支払うという極めて非裂な構造を持っているのです。今彼らは他人の人生を犠牲にできる思想を持つことで、自分たちが神に近い存在であることを孤持しているんです。

ではここから彼の研究についてもう少し詳しく見ていきましょう。彼がまず検証したのは、エリート層の間で熱狂的に支持されていた「警察予算の削減」という主張です。エンダーソンはこの主張の支持層を詳細に分析した結果、驚くべき帰りを突き止めました。この運動を最も熱心に支持していたのは、日国も年収10万ドル(日本円で言うと年収が1500万円以上)の裕福なアメリカ人たちで、支持率は32%にも達していました。これは当時のアメリカにおいて所得上位およそ20%以上に相当する、全体で見ればアッパー層の方ですね。一方で年収5万ドル以下の層では支持率は22%にとどまり、明確な拒絶反応を示していました。ヘンダーソンはこの帰りの理由は生存に関わる実数値にあると言います。アメリカの司法統計局が発表したデータによると、年収1万5000ドル未満の貧困層における暴力犯罪の被害率は人口1000人あたり39.8人。対して年収7万5000ドル以上の層ではわずか16.9人です。つまり、貧困層は不裕層に比べて2.3倍も暴力犯罪の標的になりやすいという現実があります。言葉や価値観の共有がされている人々が比較的多く進む地域に住んでいたり、セキュリティ付きのマンションに住むエリートにとって、警察は不要な抑圧かもしれませんが、教会戦のない無法地帯や危険な一角に住むことしかできないものにとっては、命を守る最後の盾なのです。自らは代償を払わない教者が弱者の防御手段を奪う。これが数字で示された第1の疑慢です。

次にヘンダーソンが目を向けたのは「薬物の非罪」。このラグジュアリー・ビリーフが社会に対して具体的にどれほどの物理的な破壊をもたらしたのか。物語の始まりは2000年。このチャンネルでは珍しく100万回再生を超えたアの歴史動画で触れた通り、おしの組織的なら巻きが始まった頃、全米で家庭から引き剥がされて里親度へと送られた子供は年間で26万9382人でした。そのうち親の薬物使用が原因だったのは全体の14.5%、人数にして3万9130人です。しかし、依存の対象が司法薬から安価なヘロイン、そして史上最悪の死神フェンタニルへと進化を遂げたことで状況は絶望的な局面を迎えます。16年、この年はCDCの統計においてフェンタニルの過剰摂取による死がヘロインや処方薬の死者数を上回り、フェンタギルがアメリカを支配する第1の殺人者へと君臨した最悪の転換点となった年です。この2016年、新たに里親制度へ送られた子供の数は27万3497人。全体数は2000年と大差がないように思えます。しかし、その中身は劇的に変貌しています。親の薬物使用を理由に家を追われた子供の割合は34%へと跳ね上がり、その人数は実に9万2988人にまで膨れ上がっていました。およそ4万人から9万人、毎年新たに5万人以上もの子供たちが追加で家庭を失うようになったということです。さらに絶望的なことに、2000年から2017年までの累計では116万2668人もの罪のない子供たちが親の薬物中毒という理由で家から引き剥がされました。なぜこれほどの惨状を前にしてブレーキが踏まれなかったのか?ヘンダーソンはその要因の一つが、エリートたちが掲げるラグジュアリー・ビリーフだと言います。研究所の調査によれば、全ての薬物の所持を非罪化すべきだという過激な主張を支持するのは、大学院の学歴を持つ層で13%に達する一方、高卒以下の層ではわずか6%にとどまっています。高学歴は低学歴に比べて2倍以上の割合で薬物の解禁を望んでいるんです。彼らがフェンタギルという、たった2mgで人星にいらしめる猛毒に対してこれほどまでに寛容でいられるのは、月額700万円以上を支払い専門のケアを受けられる高級リハビリ施設という名の究極の贅沢品を隠し持っているからです。自分たちは安全な特等席からフェンタギルの津波を個人の自由というファッションとして眺めていられますが、防波堤を持たない仮想階級の家庭では、その津波に飲み込まれて物理的に消滅してしまいます。お互いが日常的に見ている生活圏の景色もまるで違うでしょう。エリートたちが自分たちの高結さを証明するためにGUという名のアクセサリーを自慢し合っている裏で、累計100万人以上の子供たちの人生がゴミ袋に詰め込まれていたんです。

そしてヘンダーソンが最も深く切り込んだのが、エリートソンが好んで解体しようとする家族制度です。イエール大学の学生たちは「結婚なんて不自然だ。家族は抑圧の装置だ」と貢言していましたが、実際の行動データは何を示していたのか。アメリカの統計によれば、大学卒業以上のエリート層では実に85%の子供が実の両親が揃った安定した家庭で育てられています。ところが高校中体操に至っては、両親と共に育つ子供はわずか15%未満まで落ち込みます。また、一般的な労働階級の家庭でもその割合はおよそ30%に過ぎません。この数字の意味は明白です。エリートたちは安定した家族こそが成功を掴み、一族の成功を維持するための最強の武器であること、これを誰よりも理解しており、自分たちの階級ではそれを支取しているんです。この一方で、自分たちの有意性を孤持するために仮想階級に対してだけは「家族という武器なんて持たなくていい。自由になれ」と毒を吹き込む。これこそがヘンダーソンが定義した現代の最も非裂な階級闘争の正体です。彼らは自分が掲げた思想によって社会が壊れても、その代償は自分ではなく常に自分より下の階級が支払うという構造を匠に利用しているんです。自分たちは高い場所からはしごを独占し、下から登ろうとする者たちのはしごを正義という名ので切り落としているんです。

警察を嫌う不裕層、薬物を解禁従がる高学歴、家族を否定するエリート。これらが単なる偶然や勘違いではないことを証明するために、ヘンダーソンは3つのサポートラインを導入しました。それを見きすると、確かに彼らの偽が自らの地位を守るための生存戦略である可能性を感じることができます。非常に興味深いので見ていきましょう。

まず生物学者アモッツ・ゼハビーが提唱した「ハンディキャップ理論」です。くのオスはなぜ重くて邪魔で捕食者から目立って危険なだけの鮮やかな羽を持つのか。それはこんな不利な荷物をしっても平気でいられるほど、私は狂人なんだというシグナルをメスに送るためです。これを現代のエリートに当てはめると、警察予算の削減や薬物の非罪化という社会を不安定にする思想こそが、彼らにとって苦雀の羽になります。治安が悪化しても薬物が蔓延しても、私は安全な高級住宅街に進み最高のリハビリを受けられる。この思想で社会が壊れても、私はビクトもしないんだという圧倒的な余裕を案に孤持しているというのです。つまり、彼らの思想が社会に害をなせばなすほど、それを掲げられる自分の特権性が際立つという歪んな論理が働いているという見方ができるんです。

2つ目。ヘンダーソンはウェブレンが解いた「銀の食器は社会的な安定へと置き変わった」と言います。エリートたちは家族、規律、伝統、いわゆる社会の安定、社会的な安定という目に見えない公共罪を老費しているんです。自分たちの成功を支えた安定した家族を自分たちだけは支取しながら、あえて公の場では家族制度を抑圧的だと否定して見せます。成功に不可欠な土台をあえて捨てる、捨てるふりをするという究極の老費。俺こそがかつての銀食器に変わる現代の最高級の贅沢なのだという見方ですね。

最後がアンリ・タジフェルが提唱した「社会的アイデンティ理論」です。人間には特定の相言葉を共有することで内団の結束を高め、外団を排除するという心理的メカニズムが働きます。ダクジュアリー・ビリーフは最新かつ生活を破壊する思想。これを解読できるかどうかで仲間かどうかを瞬時に判別する選別装置として機能しているとヘンダーソンは言います。例えば、先ほども出たフェンタニルの地獄。これを知る人々にとって、薬物の解禁は正気の沙汰ではありません。しかしエリートたちは「ハーム・リダクション」といった洗練された言葉を使い、この地獄を人道的配慮という暗号に置き換えます。この暗号を使えない人間は意識の低い層として見下し排除する。彼らにとって思想とは社会を良くするための道具ではなく、自分たちの階級膜を維持するためのフィルタリングなのです。

さて、これまで見てきたラグジュアリー・ビリーフという毒は、もはやスラムや里親制度だけの問題ではありません。それは今、皆さんが劇場で見る映画がコントローラーを握るゲーム、そして職場の会議室にまで「多様性」という名の美しい放送士に包まれて侵入しています。ヘンダーソンが大学のキャンパスで目撃した清掃員のエピソードは、この構造を何よりも有便に物語っています。特権階級の学生たちは社会正義を叫んでキャンパスをゴミや落書きで埋め尽くしますが、抗議が終われば片付けもせず去っていきます。その後に残された正義の後を黙々と掃除するのは、彼らが救おうとしているはずの労働者階級の清掃員たちでした。ヘンダーソンはこれを「セイバーシアター(救世劇場)」と呼びました。彼らは弱者のために戦う救世主という道徳的なステータスを無料で手に入れられますが、その活動によって生じた物理的なコストは常に自分より下の階級に押し付けられるのです。

この救世劇場はハリウッド映画やNetflix、大手のゲーム会社、巨大企業の経営人という新たな夕刊階級の遊び場になっています。なぜ近年の作品がファンが望む面白さを捨ててまで積極臭い正義をねじ込んでくるのか。その答えもまたラグジュアリー・ビリーフなのです。ただし、ここで忘れてはいけないのは、現場で式を取る経営人やクリエイターたちは所詮、巨大なスポンサーの移行に従う手駒すぎないという点です。彼らの背後にはブラックロックやバンガードといった数千兆円を動かす超巨大な機間投資家たちが控えています。彼らが突きつけるESGスコアという評価軸こそが、ラグジュアリー・ビリーフを強制する真のエンジンです。企業の経営人にとって、作品の面白さや売上以上に価値があるのは、スポンサーが求める進歩的な暗号を発信し、資金調達のパイプを維持すること。彼らは売上を犠牲にしてまで正義を優先できる自分を演出することで、スポンサーへの中を誓い、スポンサーや経営人は庶民には真似できない究極の老費を王化しているというわけです。

ところが、2024年から今年にかけてこの構造に亀裂が走り始めました。世界中で起きている対策映画の記録的な失敗やポリレを最優先したビデオゲームの爆死。その売上の少なさや赤字幅が許容範囲を超えてきたのです。これはエリートのステータスゲームに付き合わされることに疲弊した大衆によるお財布を使った氾濫です。ラグジュアリー・ビリーフとは常に代償の外部化によって成り立つ亀裂な構造です。私たちがこの正義が巨大資本の理見ゲームであることを見抜いた瞬間、その魔力は消出し、真の価値を求める戦いが始まります。

さて今回はロブ・ヘンダーソンの視点を通じて、現代社会を支配するラグジュアリー・ビリーフという名のステータスゲームを見てきました。なるほど。彼らの動機は複合的であり、これだけが全ての動機ではもちろんないでしょうが、多くのことに共通する観点なんじゃないかと思います。ですが忘れないで欲しいことは、犠牲になっているのは彼らの金ではなく私たちの未来だということ。エリート層たちが安全権で正義に酔い知れている裏で、そのし寄せは常に庶民である私たちに押し寄せます。では、私たちはこの偽前の時代をどう生き抜くべきか。一つの戦略はこうです。彼らがぶち負けたゴミを、彼ら自身が自らの手で掃除する覚悟があるかを常に見極めること。自分のゴミは自分で片付けろと彼らが黙るまで、そのゴミを彼らの喉元に突きつけ続けるんです。

彼らの疑慢が物理的な現実に敗北した象徴的な事件がありました。2022年から2023年にかけての出来事。アメリカのリベラルな不裕層が住む都市や高級リゾート地の人々は、自分たちも不法移民を歓迎する誠意だと自称していました。国境から数千km離れた安全な場所から、不法移民の強制相関は非人道的だと正義のアクセサリーを身にまとっていたのです。しかし、不法移民問題に現実で直面しているテキサスやフロリダの知事たちが、この不法移民たちを実際にバスや飛行機で彼らの正域のど真ん中に放り込みました。「それほど歓迎するなら、お前たちが直接面倒を見ればいい。」まさにラグジュアリー・ビリーフのコストを発信者本人に強制的に支払わせたのです。結果はどうなったか。リゾート地ではわずか数十人の移民が到着しただけで、富裕層のリベラルの方々はパニックに陥り、修平を緊急証集して到着からわずか48時間で彼らを居住エリアから追い出しました。また、ニューヨークやシカといった大都市でも移民の流入によって公共サービスがパンクし、かつて歓迎を叫んでいた住民たちが今や手のひらを返して相関しろとか、国境封鎖を求めてデモを行っています。彼らの語る誠意がどれほど洗練されていても、どれほど巨大なスポンサーに守られていても、そこに彼ら自身の代償が伴わないのであれば、それは一延の価値もないゴミと同じです。たちのステータスゲームのために、私たちの文化や私たちの未来を、そして子供たちの未来を差し出す必要はありません。自分のケツは自分で吹かせるんです。自分でケツが吹けないなんて、そんなのヘンダーソンなんちゃって。どうもありがとう。

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