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はい、YouTubeの皆さんこんにちは。安倍広代です。え、今日はですね、あの俺がペラペラ喋るだけの、あのラジオ動画ということで、あのゴロゴロねっこがりながら聞いてください。
えっと、内容はですね、あの今現在進行形で進んでるんですけどうんと、筑波大学の俺が所属してる大学院、えっと現代文化学っていうとこにいるんですが、あそこでですね、あの公開講座、外部の人向けの公開講座っていうのをやっていて、で、ま、それ俺がオーガナイズしてるんですけど。で、連続講座なんですが、え、その5人ぐらいに喋ってもらってて、その第1回を、あの、えっと、ね、全体のタイトルは「文化研究とアカデミックライティング」っていうタイトルでやってるんですけど、あの俺が初回やって、で俺の会は、えっと「大学院と期末レポート」というタイトルだったんですよね。
で、ま、それもうやったんですけど、その動画もま手元にあるんだが、えっと、ま、それ大学の企画なんでね、あの、そのまんま自分のYouTubeにあげるのもどうかなと思って、ま、なんか聞いたら別にいいって言われるかもしれないけど、ま、別に喋ればいいんでね、あの喋ろうと改めて喋ろうと思ったという次第です。その内容をま、もうちょっとコンパクトにね、あの喋るという内容です。
で、えっと、ま、「大学院と期末レポート」というタイトルで何を喋るかというと、あの俺がよくTwitterとかで言ってるですね、あの「期末レポートで本気を出しなさい」ということ、あのよく言ってるんですよ。もう昔から言ってるんだけど。で、ま、それだけ聞くとね、なんかあのサボるなとか、あのまただのなんかストイシズムとかね、あの根性論とか聞こえると思うんですけど、ま、実際はそのシンは結構違うので、ま、そのことについてすごい重要なことなんでね、あのそのことについて語っておくと。で、それをま、自分のYouTubeチャンネルに置いておこうと思ったという次第ですね。はい。
で、えっと、ま、どういう順番で喋ろうかな。うん、とま、どのようにしてそのそういう、どういうきっかけでね、そういう風に思うに至ったかという話をしようかな。で、うん、とま、俺、あの日本にいた時、あの院生時代、ね、日本にいた時は、今日本にいるんだけど、あの留学前ってことですね。留学前にその東大で5年半ぐらい院生やってたんですが、で、えっと、修士と博士違うとこにいて、で、修士はですね、現代文芸論ってとこにいたんですけど、で、その後学習院にとって、えっと、英米文化ってとこに映ったんですね。で、修士まではですね、柴田元幸先生っていう先生に習っていて、で、柴田先生の元ではですね、ま、主に短編小説を読んで、20ページぐらいのね、短編小説を読んで、それについて、うんと、2000字ぐらいだと 思うんですが、のレポートを書くという、えっと、練習をメインにやって、ま、それが柴田ゼミの内容だったんですけど、それを本当1、2、3、4、5年間て多分100本ぐらい書いたと思うんですけど、ま、それ非常にうまく、なりましたよね。
で、同時にあのその時アメリカ文学をやってたんですけど、卒論も修論も、えっと、短編じゃなくて長編を論じたんですよ。で、ま、全然うまくいかなかったんですよね。ま、短編の論じ方と長編の論じ方ちょっと違うんだな、その時は思ってて、ま、今だったら別に一緒じゃないって言うかも知んないが、ま、ともかくね、ともかくあの長編論じられなかったわけで、短編はかなりうまく論じられてて、長編全然論じられてないという状況になっていて。
で、えっと、その英米文化ではですね、あの俺らが、あの多読って呼んでいたあの授業があって、それ何かって言うと、えっと、ワンセメスターで、うんと、長編小説を何本、たんだろう、3、4本だと思うんだけど、4で、それについて院生が、えっと、論文書いてきて、そのまま読み上げるという、あの授業だったんですよ。で、ま、つまり長編小説について論文書くっていう授業そのままの授業だったんですよね。で、それまさに俺ができるようになんなきゃいけないことだとM2の時の俺が思っていたことだったんで、あの博士課程に進んでからはもう本当それが生活の中心にあるという感じで、あの生活してたんですよ。で、最初全然できなくて、で徐々にね、あのもちろん何本も書いてるうちに徐々にできるようになっていって、ま、どんな長編が来てもとりあえず1万字ぐらいは書けるというような感じにはなったんですよね。
で、えっと、それはいいんだけど、それはめでたしめでたしなんだが、それと同時にですね、あのD2の秋にですね、そのま、気づいたことがあって、であのタイミングがそれだってんだけど、なんでそのこのタイミングになんでそういうこと思ったのかってのは正確に覚えてないんですが、あの多分先輩になんか言われたんだと思うんだけど、あの我々はその院生時代に、えっと、全国誌と呼ばれる、うんと、学会誌ね、学会誌に論文を載せなきゃいけないんだということ、ま、知ってたっちゃ知ってたんだと思うんだけど、ま、その時のその時ようやくですね、なんていうかこう媒体の名前とか、あのレベルとかが俺の頭の中に、あのしっかりとインプットされたっていう感じだった。物心ついたみたいなもんだね。ていうのがそのDの秋ぐらいだったんですよ。
で、ま、アメリカ文学研究だと、うん、と、国内の媒体は、えっと、アメリカ文学研究ってまさにタイトルの媒体と、英米文学研究っていう、あの、ま、2種類が2トップで、ここに在学中に乗るといい。ま、実際はね、実際は今現状知ってるわけですけど、実際はほとんどの人乗らないんだよね。で、ここに、もう2本も乗ったら、あの全国トップレベルです。ま、なんですが、あの、ま、このことも知って知ってたっちゃ知ってたんだけど、ま、みんな乗ってないから俺も乗んなくていいだろって話がなんないんでね。あので、その先輩乗ってた乗ってた先輩もいて、で、ま、つまり数年以内にそこに届くような実力をつけなきゃいけないんだということを、ま、結構リアルにその時、あのちゃんと理解したということですね。
で、それと同時にですね、っていうことはまずいなという風に思い始めたんですよ。で、何がまずいかというと、そのその載ってる論文とか読んでみたりとかしたんですよね。で、実際ですね、あの、ま、俺には到底書けないなというレベルだった。で、それそりゃそうだよなって、だって、あのようやく1万字の、あの文章を書けるようになったっていう段階だったんで、当然そうなんですけどね。なので、当然自分はその全国に載せられる実力が今ないってこと自体はもちろんまずいけど、それがまずいと思ったんじゃないんですよ。
で、例えば、ま、数字適当ですけど、その全国誌論文100点満点だとして、全国誌論文に乗るのが何点かっていうと、ま、適当に80点だと考えよ。で、当然今の自分に80点のものを、どんだけうまくいっても80点のものを書く実力はないと。で、それはいい。で、同時に、えっと、例えば授業で書いているその発表原稿ありますよね。で、発表原稿はそのまま全国誌に乗るわけないんですよね。で、ということ、80点ないわけだ。で、ま、何点ぐらいなの かって言うと、70点なのかって言うと、70点ないよね、さすがにね。大体何点なのかって、数字適当ですけど、ま、40点ぐらいだったと思うんですよ。
で、えっと、そこに差があるっていうのはいいんです。それは当然なんですけど、ここで思ったのは、我々はその40点、ま、失敗すると30点、うまくいくと50点ぐらいかもしんないけど、それぐらいの文章を書いて、で、授業中に、あのすごい先生に厳しいこと言われて、で、えっと、その仲間打ちであの批判し合って、で、41点、42点っていう風にしていくにはどうすればいいのかっていうようなディスカッションをするのが、その授業の内容になっていたわけ。皆さんもそういうことやってると思うんですけど、大なり小なり。で、ここで思ったのは、けど俺らの目標って、最終的に80点のものを書くことだ。と、論文をね、大学院生って論文書のが仕事なんで、80点のものを書くようにならないといけないと。それが我々の、ま、ほぼ唯一の目標ですよね、大学院生。で、それ80点のものを書けるようになるための勉強っていうのは、に一番近い実践的なものっていうのは、このその長編小説を論じて、えっと、レポートを書く、でも発表原稿なんだけど、を書くっていうのが一番それに近いわけだ。で、そこで俺は毎回30点から50点ぐらいの文章を書いてる、ま、40点、40点の文章ばかり書いていると。で、この40点の文章を何本も書いて、41点、42点にするにはどうすればいいかって話を毎回してても、いつまでこれやっても80点のもの書けるなんないだろうと思ったんです。401点、42点、43点、44、45、47、48でやってって、これ8に到達しないぞと思ったんですね。
で、この40点のものをどうすれば少しでもベタにできるか議論はすればいいんだけど、同時に、同時にそもそも40点の文章しか書けないで、本気出しても60点の文章書けないと。で、ここの状況をどうすればいいか。つまり、せめて60点ぐらいの文章をまず書くにはどうすればいいかっていう勉強も別でやっていかないと、この40点の文章を書いて、ひひ言いながら書いて、で、それを授業で批判されて、厳しいこと言われて、へこむみたいなこと。で、一見するとすごい頑張ってるように思えることに、それがルーティン化してしまって、そこで批判されるってことに、あの甘んじてしまい、本当は80点のものを書けるように実力を縦にこう伸ばしていかなきゃいけないのに、そこから目を背けて、あの授業でその80、40点のものを書いて満足するっていうことになってしまってるんじゃないかということに今気づいたわけです。
で、これ俺がよく言ってるその、あの修士と博士で研究室映った方がいいですよってよく言うんだけど、これそういうことで、あの同じとこにいるとまぐれてくるってこと。まぐれてくるってどういうことかって言うと、その日々の、あの厳しい院生生活っていうものがあのそのコミュニティ内のカルチャーを内面化してしまって、で、要はだからその外部にある、本当は80点取るなきゃいけないってことを忘れてしまう日々にはまっちゃうってことだね。で、そうなるとマジでこれ危険なわけですよ。なんでかて言うと、気づいたら2年ぐらい経ってるわけです。であの院生の期間ってのはそんなに長くないわけです。で、我々はこの長くない、本当はね、そんな忙し必要な本当はないんだけど、けど、あの現実問題として、我々は5年とか、あの、ま、長くてもね、5年とかですよね、ま、俺の場合は留学者なすごい長かったんだけど、5年とか、ま、短いと3年で書くわけですよね。その間に、えっと、全国誌に載せられる実力をつけなきゃいけない。で、今は40点しか取れなくて、80点取れるようにならなきゃいけないんだから、我々は、あの実力を縦にこう50点、60点って伸ばす、伸ばしていくにはどうすればいいかっていうことにもっと脳のリソースを咲かないとやばい。そのこと忘れてしまうっていうのがまぐれてしまうってことなんですね。ま、他にも色々あるんですけどね。
で、ま、このことにDの時に気づいたわけです、俺は。で、そこでま、まず何をやったかというと、いきなり80点目指してもしょうがないので、まずは60点、ま、この数字適当だけどね、数字適当だけど、60点。で、60点何かって言うと、紀要ってのがあるでしょ。であの、その時俺が書いていた発表原稿、40点の発表原稿っていうのは、そのそのまんま紀要にも乗らないようなレベルだったんですよ。であの、例えば参考文献もついてなかったんでね。なので、あのその時のそのゼミ内のカルチャーを完全無視して、1人だけ、あの参考文献が25本とかついた、あのそのまんま、あの紀要に載せられる論文、ガチ論文ですよね、を、あの書いて発表するという風に決めて。で、何を、決めたのかって言うと、自分はもう60点以下の文章は書かない。1本も書かないと、いう風に決めたんです。なんでかて言うと、あの実力を縦に伸ばすっていう、つまり今40点、本気出しても40点、50点ぐらいのものしかかけないで、最終的には80点の実力が必要で、時間があまりない。ということは俺はもうほとんど全ての時間をこの実力を縦に伸ばすていうこと、に使ってすらこの80点取るっていうのに間に合わないかもしれないので、間に合わないかもしれないという状況がまずあると。で、にも関わらずこう授業でレポート書いたり、期末レポート、あの発表原稿書いたりってことは、どっちにしろやらなきゃいけないってことは、この授業での期末レポートとか発表原稿とかをやっつけ仕事で片付けて、それ以外の時間で実力伸ばすていうことをやっていったら間に合わないと思ったんですよ。どうせ書くんだから、このどうせ書くっていうところで本気を出して、そのどうせ書くものを自分の実力を少しでも縦に伸ばすための機械に使わないといけない。そうしないと間に合わないからだと思ったんですね。
これが俺があの期末レポートできちんと本気出しなさいって言ってる言ってることの、あの意味です。なぜなら間に合わないから。院生は時間があまりない。みね、本当気づくとD3とかになっちゃうわけです。で、そっからあの焦ってやり始めてももう遅い。ま、遅いて遅いって言うとあれですけど、あの間に合わないかもしれないわけですよね。な ので、あの、ま、博士課程に、ま、修士からでもいいけど、入ったら、あの必ずですね、授業でこれを言うとその授業の内容って自分の専門ど真ん中じゃないから、そんなガチ論文だって書けませんよってよく言われるんだけど、それね、前回この、この1つ前の動画だと思うけど、で、えっと、なんだっけ、中くらいの中規模の理論を勉強失せよみたいな、あの動画を出しているんですが、その話と繋がっていて。あので、全く関係ない授業を取るってことはないでしょ、さすがに。で、どっかで繋がってるわけですよ。というか、その授業を取るということの目的は、あの自分の研究をなんかこうな、なんて言うんですかね、こうスコープをこう拡大するために取ると、いう風に捉えて欲しいんですよ。で、その授業の期末レポートはその自分の研究につげちゃえばいいんです。というか、授業ってそういうことをする場だと俺は思ってんだね。むしろね、その自分が知らないトピックに取ったり、あのただただ知識を仕入れたり、あるいはその自分の指導教員がずっとあの惰性でね、開講してる授業をただ取って、あのそで発表原稿書いたりとかって、いうことをしても全然実力伸びないわけです。なので、それを実力を伸ばす、ま、というかその自分なりに勝手にやってくればいいんですよ。それともかく、その例えばその毎回その本当に全国誌に乗せられる、あの論文を書けるかどうかみたいなってのっていうのは、分野によって結構差があると思うんだよ。ね。なので、その皆さんも毎回その全国心せれる論文、あの授業でかけましょうって、いうのは全員には多分当てはまらない、あの、アドバイスになっちゃうわけなんですが、それもっとジェネラルズすると、あのともかくともかく、どうせ書く、どうせやらされる作業をちゃんとやって、自分の研究の小野にするってことだね。を目指そうということが、あのこの期末レポートで本気出すってことの、もう少し抽象的なアドバイスかということになりますね。
なので、その時俺はあのD2の秋からそういうことやり始めて、であの毎回紀要に乗るものをかつまり、手抜き手抜きをしてる暇がないってことだね。ま、そそれはいいとして。であの毎回60点、ま、数字だけど、そのつまり紀要に乗るっていうものを、あの書くようになって。で、俺なんかよくその紀要というものはくだらないので、そこに乗せるべきじゃないって、いう風に考えてるという風に勘違いされることが結構あるんだけど、あの俺の、俺は紀要に7本も書いてるですよね。で、7本ってうちの分野だとめちゃくちゃ多いんですよ。で、なんでこうなってるかって言うと、今言ったように全部それ発表原稿全部です。多分7本あるんだけど、多分全部だと思うんだよね。全部、えっと、発表原稿だからですね。なので、紀要のために改めて書いた文章ってのがないわけです。
で、えっと、その後もちろんだ、60点の文、最初はもちろんだ、書けないわけだ。があの60点のものがコンスタントに書けるようになると、いう風になって、その後、えっと、もちろん次何が起こるのかというと、60点どうやって、も60点ぐらい取れるようになったので、次は80点コンスタントに取れるようになるにはどうすればいいか、という風に、あのレベルが上がるわけです。で、なのでそう いうことやったので、えっと、ま、それでそれで順調に上がってくかどうかってのは、ま、また別の話としてあるわけだがあの、なので、えっと、俺は全国誌論文というのが今ちょっと何本あるのかわかんないけど、多分5本ぐらいある。ありますよね。で、それそれも終わって、で、そのさっき言ったその2大学会誌でどっちも新人士取ってもここに出さなくていいということになって、で、その後海外誌を目指すようになって、で、海外の中誌に、その留学中に、留学中に書いてわかんないけど、あのだ、それ全部論文になってるんです。で、最終的にはそれその期末レポートそのものがトップジャーナルに乗るというところまで、ま、行ったという感じなんですよ。
で、あの紀要論文7本あって、その後のその、なんていうか、あの学会全国誌論文以後は今正確に何本あるのかわかんないですけど、10本ぐらいあるんですよ。で、これうちの分野だとめっちゃ多いんですよね。さっきも言ったけど、2本あったらすごいぐらいなので、それ10本あるんですよ。で、それも全部、全部多分全部だと思うが、全て期末レポートなんですよね。期末レポートそのまんま出し て、あの留学中に、ま、それただの変なルールなんだけど、留学中はそのその授業をやってる教員にレポートを出すのと同時に、あの必ず、えっと、ジャーナルに投稿するって決めてたんですよ。で、で、なので2年、最初の2年間で6本出したのかな、6本ぐらい書いて、で、えっと、その後も何本か書いて、で、まだ手元に期末レポートが残ってるんですよね。で、さらにその他に博士論文書いたんですよ。博士論文からの論文ってのはまだ1歩も出て、4に出てないんですけど。
こうなると、あの業績作りとかがあのもう、なんていうか超楽なんですよね。そん、あのうちの分野はね。ただその業績をいっぱい作る必要ってのは実はないんですけどね。本当はない。別に俺は書くのが好きなんでいっぱい書いてるだけなんですけど。だから業績をたくさん作りなさいっていう話ではない。ただただ、あのもしアカデミックポストを目指すんだったら、業績ってうちの分野多分3本最低必要で、つくばなんて5本本当に必要だった。紀要をカウントしちゃいけないっていう、あのルールで。なのでガチでね、全国誌以上の論文が5本必要だったっていう、うちの分野だ、そんな人ってもうほぼ皆無なので、かなりきつい、あの条件がついてるんですけど、ま、ともかく、あの就職したいと大学に就職したいと思うんだったら、あの現実問題として、あの、えっと、業績ってのは当然必要なので、あの、ま、そこう、いう方針でやっていくと、ま、その負担が結構減るということですね。はい。
ま、そのような感じでですね、あの皆さんもそのなんだ、え、期末レポートで本気を出すことによってですね、あの、ま、そもそもその、まだから俺がよよくて究極目的を見失っちゃうみたいなことにちょっと似てますけど、あの期末レポートで本気を出すというコンセプトを元にですね、あの、なんて言ったらいいんでしょうか、あの、ま、優れた研究者になるってことですね。ということについて、ま、改めて考えて、ま、日々の勉強というか、ま、授業への取り組み方だと言ってもいいが、ま、それを、あの改めて考え直して欲しいな、考え直してくれると嬉しいなと思ってるという感じですね。はい。
はい、というわけで、え、今日12月27日の今何時午前5時です。が、えっと、というわけで、あのこれ、あの2024年最後の動画になると思うんですけど、あの、というわけで皆さん良い落来年もよろしくお願いし ます。というわけでバイバイ。