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意識的に行っていると無意識に行っているの境目を言葉にするとどこですか?

為末大学 Tamesue Academy5:39

Transcription

た大学の質問コーナーです。質問させて いただきます。意識的に行っていると無意識 に行っているの境い目を言葉にするとどこ ですか。

はい、これも非常に興味深い質問で、え、ま、私、たち、これよく私話しますけど、私たちが 何か行為を行う時に、え、無意識に行ってる ことと意識的に行うことありますよね、ということですよね。で、その境目は何でしょう か、ことだと思います。

ちょっとま、あの、ざらっと初めてお聞きする方のためにお話すると、例えば我々が歩く時にですね、考え事し ながら歩いていても、自分の足は勝手に歩い て動いてますよね。これは無意識でもちゃんと足動いてってる。え、ところがコップ を取る時に、「あ、コップ取らないと。あ、これ ちょっと水が溢れそうだな。そっと取らない と」みたいなのは意識的に動いてますよね。で、これの境い目何でしょうかってことなん だろうと思います。

私はですね、どちらかっていうと、ま、まずなんか全体感、どういう風に 捉えてるかっていうと、私たちのほとんどは 無意識で行ってるっていうことなんですね。 で、その中で意識ってのはサーチライトの ように、自分が何かどこかにライトを当てる ことで、そこが意識的に行ってる感じがする けども、ま、それがトリガーのようになって ですね、「あ、コップだ」となって、その、そのこと から連想されて、自分の身体がえ、無意識に 勝手に制御されていいくということの イメージですね。つまり、その意識、コップだと 思ったら、そのコップに付随していろんなもの がタカタカと動いて、いつの間にか コップを描いて飲んでいくと。ま、もう ちょっと言うと、喉が乾いたって言うと コップを見つけて飲んでいくということが え、体が無意識に動いてやっていくってこと になります ね。

で、これはあのマビミスっていう人が心の 社会の中で階層上で説明するんですよね。 人々の行為の、え、ま、なんか階層があって エージェントみたいな感じで説明するして たと思いますけども、ま、そういう欲求があっ て、それに対して対応するものがあり、それら がまえ、作られてんじゃないかっていう話だったと思うんですけども。で、私が ですね、今このご質問で何が意識的に行っ てると無意識に行ってるの境い目かって言う と、ま、つまりほとんどは無意識に行っ てるんだけども、私たちは言葉上でそれを行 うって言った時には、それは的なもんなん だろうと思うんですね。つまり、無意識に行っ てることは、我々は行ってるという風に表現 しないんじゃないかという風に思うんです ね。

で、さらにですね、これ逃げてるようで申し訳ないんですけど、実は意識と無意識の間に私たちはくっきり え、ま、便宜上ですね、何か線を見ている気が するんですけども、実はここは混在一体とし ているあの世界じゃないかかと思っていて、 ま、私たちが意識があるって前提だし、意識的 っていう風に思っているので、そこに意識的 なものがあるって想定してますけど、実は この意識的なものも相当無意識的だし、これ らが混ざってるんじゃないかってのは私の ま、本当の思ってる意識と無意識の定義なん ですね。で、そう考えていくと、ま、その行為は 意識的に行ってもいいながら、無意識的に 行っていって、境い目を作るのが非常に 難しいなっていう風に思ってます。

ま、もう ちょっとだけもしこの言葉の境い目をする としたら、意識的に行えるのは全て え、身体が ある程度統合された何か大きな目的である という風に考えてます。指足指か手の指の 人差し指の第1関節を動かそうとしている みたいなことってのは極めて稀な、私たちの 意識の世界で、ほとんどの意識ってのはある 目的やま行為を漠然と捉えた、バクと捉えた を動かすとか、ま、これも相当複合的ですよね。 ま、そういう風に統合された世界が意識的な 行為の世界で、それらの会に行われてるもの は無意識の世界だっていう風に整理をして いいんじゃないかなという風に思って ます。

私が思う最もいいパフォーマンスの 状態を、この無意識と意識の混然一体とした 世界が、さらに身体と閉じないで、外部の 環境 との間のバランスもとって、ま、自分の身体 とそれ外以外の世界すら混然一体とし、そして その相互の環境と自分の身体のやりたりが 一定の往来をを持ちながら、うまく リズミカルに動いているっていうダンスが できてるようになっていくってのが私の 最も良いパフォーマンスの状態だという 感じですね。その時の私の意識状態ってのは 非常になんてうまく曰く説明しがいんです けど、伊さんていう方がですね、伊豆と彦さん ですかね、意識と本質っていうの中で、ま、この ような意識の状態みたいなものを確か イスラム哲学の方だった気がするんですけど、東洋哲学の中でなんか名いてる名付け てあった気がするんですね。そういう風に本 で書いてた気がするんですけど、ま、もしかし たらそのような意識の中のこの混然一体と した、ま、もう少しもやっとしたっていうか、私 の身体すら んこうはみ出たようなある意識状態がある んじゃないかなという風には私は思って おりますけどもね。

すいません、ちゃんと答えてないかもしれ ないですが、ま、ご質問から早期したものは そんな話かなと思います。