Transcription
今回のライフインタビュー企画では、1人の60代男性にお話をお伺いさせていただきました。
その方は、ここトラノモの大東京で大企業に30年以上努め上げてきた、いわゆるエリート街道を歩んできた男性です。その一流サラリーマンというキャリアを積んできた男性は、就職について、仕事について、お金について、そして人生についてどのようなことを考え、今どのように感じているのか。
そして、その男性はインタビュー最後にはなんとステージ4の癌であるということを打ち明けました。その長く生きることができるという保証がない男性の言葉を重く深く、そしてこのチャンネルの理念である「人生より良く」その機会に必ずなり得るはずです。
そして、この素晴らしいチャンネルをさらにさらに幅広い人に拡大していくために、動画でも高評価、是非よろしくお願いします。では、早速いきましょう。YouTube、意味ある時間に。
本日の動画はショットバー魔王の提供でお送りします。魔王は都内中心に約30店舗を展開するバーです。詳しい店舗情報、そしてフランチャイズオーナー募集については、是非概要欄からご相談ください。改めまして、ショットバー魔王様、ご提供。
「してもいいですか?」
「60です。」
「60歳。」
「はい。」
「どうですか?60歳はなんかどう感じるのかな。」
「これはね、分かったんですけど、59と60と1年しか変わんないんですよね。」
「はい。」
「でも何が変わるかというと、世間の人が60歳を見る目が変わります。」
「うーん。」
「つまり59か60、体は普通で、どんどん頑張ってやれますよっていう風な、何にも変わらないんですけど、60になると昔はそこで定年ですから、いいさの中身なんですね。ですから、まだ頑張ってやれる自分といや、もうご苦労さん、そろそろこのもう丁寧フェードアウトする時だよねっていう、老齢に入ってきてるねっていう世間の実、これがミスマッチを置く年ではあるなと思いますね。」
「それでご自身はもっともっと定年とかではなくて、やっていきたいっていう。」
「そうですね。今までずっと大手の金融機関に務めて、同じようなことしてたんですけど、今ちょうど独立した形の、ま、小さい形なんですけど、はい。ま、スタートアップって言えんのかなっていうところで、あの、営業やってます。」
「何年務勤めてっていうところなんですけど、大企業に。」
「大企業で38年。」
「38年務められて、本当に2年前、ベンチャーに行ったってこと。」
「あの、1ヶ月前ですね。1ヶ月。」
「あ、そうですよね。そこはこうかなり、はい。こう勇気のいる決断なのかなと。」
「どうでしたか?」
「そうですね。あの、結構割と自分の中では、ま、やっぱり当然大手の場合で名前も通常しますよね。なんとか会社って言うと、おおっていう。ベンチャーの場合はなんとかって言うとその通用しないどころか、疑問に思われるていうか、ま、不安に思われるというかってこなので、ま、そういうところも踏まえて、あとそれと、ま、当然年齢的な部分で、え、20、30であればさであれば挑戦して失敗ってこれあり話なんですけど、さすがに60のね、人が失敗と結構国形かなと思うんで、そこら辺の、ま、プライド的なものもありましたね。」
「うん。」
「そこをこうなんで踏み出していけたのかっていうのは、もう心の声に従ったじゃないですけど。」
「どうなんですか?」
「ま、そうですね。やっぱり挑戦し続けた人生でもあったので、はい。40歳の時に、40代の時に日経企業から外資系に移ったんですね。」
「はい。」
「ここが非常に大きな自分のターニングポイントだったなって思います。」
「うん。」
「なぜかと、日経企業っていうのはそこに自分が属してて、で、年数を重ねることに会社が自分で道を作ってくれるわけですよ。どこそこ視点に行きなさい。どこそ部署に行きなさい。あんたは頑張ってるから部長だよ。課長だよってなるわけです。」
「はい。」
「ですけど、外資系企業の場合は自分で道を作、ま、作っていかないとだめなんですね。」
「はい。」
「例えば選ぶとこからそうだし、で自分でやっぱりこう人事道なんてありませんし。え、やめるか残るか世界なんで、そこを自分で考えていけなきゃいけないと。だ、考えていって首任せにしなかったっていうとこから大きいと思いますね。」
「うん。」
「そこの子が今あるからこそこ自分でこう決断をしてベンチャーに行こうっていうのに行ったっていうことですよね。そこの日経の方に行ってたらそのまま染められてたっていう感じ。」
「そうですね。50代のところでやっぱりだんだん会社の中では窓際に追いやられてきますよね。」
「へえ。」
「役職定年という形で、大体55個超えてきたら、とりあえず公人に道を譲らなきゃいけないわけですよ。それはいい悪い置いといても、なんで会社がそれをやっていく。そうすると自分で置いていく訓練をしないといけないわけですよ。俺は追われたと思うっていう。その中で慣れていくとそれでどんどんどんどんリズムがくって、私はもう自分人生の人生でフェードアウトだなってやっていかないといけないわけですよ。」
「そっちの道じゃなかったという形ですね。」
「はい。」
「それはどっちがいいとかではなくてっていうところですよね。」
「そうですね。どっちがいいっていうわけじゃないですけど。あ、ですけど私は今の道自分で選んでいく、刺激のある方を求め、挑戦していく方を選んだ方がで良かったなと思います。」
「うん。」
「そこでこうさっきの話のこの日経の方に行かれて、はい。うーん。役職、はい。を取って、その会社が道を作ってくれて定年として退職していくっていう方々の方が、本当にまさにこのオフィス外で多いっていうことですよね。」
「はい。」
「そうですね。」
「その方たちはこうどういう思いを持ってるっていうのはご自身こう周りの方々見てても、うーん。どうですかね?」
「いや、同世代で、はい。大企業を得てきた人間っていうのはいろんな人いると思うんですよ。」
「はい。」
「人いるんですけど、得して昔を懐かしむで一緒にいたその友達同士でこう寄り休まるっていうか、どちらかというと、まあ、なんて言うんですかね、こう挑戦するっていうよりは、あ、だんだんだこう、まあ、終焉に向かって、終焉に向かって、え、こうボルテージを落としていくっていう形のものが多いので、自分としては、ま、正直言葉を選ぶに言うとあんまり気持ち合わないですね。」
「うん。」
「むしろ挑戦していってるその若い人とか、あるいは若くなくても挑戦していってるオの方と、え、企業経営者の方とかという風な人の方が合いますね。」
「うん。」
「僕のチャンネルが大きい反響を呼んでる理由ってそういうこう年上の方々が、はい。こう、それこそこう自分がこう丁寧に退職して、こうポジションがなくなるというかで、こう寂しさだったり周りの人はどう思ってんだろうとか、こういう共感を呼んでると思うんですけど、その人たちのこう一番の苦しみとかどういう部分があるんですかね、どういう悩みを抱えてんのかなっていう。」
「あ、あの、そういった方ですね。」
「はい。」
「うん。」
「会社っていうのはあのいわゆる年末行くとポジションが与えられたりとか、会社の中での要は信用力ってつきますよね。」
「はい。」
「名刺の威力ってありますね。」
「ところが、会社が追われいって退職すると、それはなくなるわけですよ。」
「うん。」
「そうすると、その地元とか家庭とか、そういったところでの自分の信用力っていう風なが試されるんですけど、はい。」
「これは残念ながらないですよね。」
「確かに。」
「ええ。」
「今まで大手号と私は部長でこうだっつってやめられたわけですから、語ったところでしょうがない。」
「確かに。」
「むしろよりそれよりもずっとこの町の掃除しててですね、長年積み合ってきた方で、え、そんなにそのサラリー多くないのかもしんないけども、社会地は高くないかもしんないけども、みんなにこう一緒にやって雨配ってたおじさんの方が信用力高いわけですね。その中にどう入っていくか、自分としてどう組み立てていくかって別の問題なんですね。ここは非常に大きいと思いです。」
「そう。」
「はい。」
「へえ。」
「例えばその地元で大企業じゃなくてもやられてる。」
「はい。」
「うん。」
「そういう風な方美容してやられてる。」
「はい。」
「地元に出してやられてますよね。で、地達だてもしんどいと思うんですよ。でも信用力があるので抜群に友人友達環境多いんです。」
「うん。」
「で、そういう人は別に60代70であろうがあ、全然気持ちが落ちない。」
「はい。」
「ですよね。」
「え。」
「だ、そういう違いだと思います。」
「なんかめちゃくちゃこう大企業のリアルかもなと思ってきて、こう確かにこう僕がこう解釈として得たのはこう社会的地位をこう30、40ってなると働いてる時は、はい。はい。僕たちもあ、あの会社のあの方ですねてなるけど、そこが一気に外れるっていうのは、こう一気に空虚感じゃないですけど、はい。こう自分自身に帰ってくるみたいなものが大きくて、はい。そこでこう悩みだったり不安だったり周りがどうっていうのが見えてきてしまうっていうこと。」
「はい。」
「はい。」
「で、言い方がいいのか悪いのかそこしかなかったっていうこととも言えるんですかね。」
「だからこそご自身はこう自分で挑戦していって自分でこう作って積み上げていくっていう。」
「そうですね。」
「はい。」
「そっちの道を選んだってね。」
「でもその大企業の方もやっぱりこうそこで努勤めてしだけでなく、そのがなくなっても経済的にはやっぱり余裕はあるんです。メリットとしたら。」
「そうですね。おっしゃる通りで、今結構大引否定的な話をしましたけど、その余裕がある割時間があるので、その中で例えばもう1回リスキリングで学び直そうということであるいは趣味をじて、え、峠の道から峠芸なと思ってる人とか、そばが、そばが好きだからそば落ちにやって、え、飲食店やってる人も色々いますから一概には言えない。」
「そうですよね。」
「だから人によって、あの、そこはどの興味を持ってそれを進めていくかっていうところでまた変わってくると思うんですね。」
「はい。」
「そこを伝えることにこう意味があるなって思っていて、こう僕の視聴者の方がって3、40台の方が1番主張として多く見てて、で、多分そういう方々ってこうどうしようこれからて思ってるみたいなこう社会的な不安を抱えてる人が多いと思うので、うん。そこのこうのリアルを伝えるっていうのはこうとても励みになるなと思いますしね。」
「そう。」
「うん。」
「うん。」
「だめながらもそういう道をやっぱりこう選んで1つプしていくって大事じゃないですかね。」
「はい。」
「なんかそうこう僕から映ってこうやっぱこの年代でチャレンジをしてこう自分自身で何かを開拓しようみたいな方はこうなかなかいないなって思う中でこうご自身で大事にしてることとかなんかこう心がけてる教訓みたいなものはあるですかね?」
「ああ、そうですね。」
「あの、ま、自分として色々思うんですけど、はい。」
「やっぱりずっと思ってのはこう素直に生きていくってことだと思いますね。」
「素直に生きていく。」
「はい。」
「うん。」
「やっぱ素直に生きていくっていうことがやっぱり、え、自分としての強みっていうか強さだし、ま、ちょっとこう相明さって言うんですかね。そこが全てだと思うんですね。これは例えば燃料と経験もあるし、どちらかというと上から下に行ってみうんですね。で、成功体験が多いといやこれがせ全てだと思っちゃうんですね。でもやっぱり違う道もあったりとか、あるいは年下の人でもものすごく頑張ってる人もいたりとかして、そういう参考になるところそこはやっぱり素直な心を持ってないと入ってこないんですね。」
「うん。」
「だから素直な心を持ち続けるかっていうのは僕は大事だったなと思います。」
「うん。」
「あ、そこはこうずっと持ってたのか、そこの素直さが大事だと思った瞬間があったのか、経験上。」
「ありますね。何回でもありますね。」
「お。」
「はい。」
「なんか1個どういう経験が。」
「そうですね、あの私が日経から外し系に行った時に、はい。マネージャーとして行ったんですけど、その時に日経のマネージャーっていうのは例え数字は当然出していく、で、そこでリーダーシップ取っていく、俺の背中についてこいっていう形が結構あったと思うんですね。率戦反していくなんてね。」
「ところが、その外資系に行ったらそれじゃダメなんですね。」
「うん。」
「で、どうだめかと言うと、基本的に外資系の人っていうのはやっぱりそのみんな目標持ってやりますから。その各人がやることに対してどうサポートできるか、どうサポートしていったらいいのかっていうのはマネージャーなんですね。だ、マネージの仕方が全然違うんですよ。ま、日経でも最近変わってきてると思うんですよ。」
「で、そうした時に自分がこうやったら成功体験だっていう風なものをおこう伝授したっていうかやってきた若者がいきなりやめるって言い出したんですね。」
「うん。」
「自分としてはそれを受けるのに結構時間かかりました。」
「うん。」
「でもそん時にやっぱり素直にあ、自分として間違ってたんだなっていうことを反省して受け入れたんで、そのうちに外し系としてのマネージャーとしてもやっていけたと、うん、いう形ですね。」
「そこをこう1回素直に受け入れなかった場合、そこのこうまく今後も行ってなかったっていうところがこうあるなっていうのを感じるからこそ素直さが大事っていう。」
「お。」
「うん。」
「それは組織としても個人としてもっていうことですよね。」
「お。」
「ですね。」
「はい。」
「確かに。」
「はい。」
「そこにこうつなげるとこうその素直さだったり自分のプライドみたいなものを、あります。大事にしていく積み上げていくとそこがこう上がっていくと思うんです。」
「そこでこうご自身がこう若い時に気にしすぎたとか悩みすぎてたとかに注意をしすぎてたみたいなもので本当は必要なかったなみたいなもの何かありますか?」
「なるほどね。これ流れが難しいですけどね。確かに若い頃はとんがっていいと思うんですよね。で、プライドを持ってどんどん頑張っていいと思うんですね。」
「はい。」
「でもこれが行きすぎる瞬間というのがあって、あの、例えば家族ですとか、あるいは友達ですとか、あ、もしかしたらカスタマーお客さんのかもしんないですけど偉そうにしちゃうっていうケースが結構あるんですね。」
「ああ。」
「うん。」
「何でも知ったかぶりいっていう。これが行きすぎるとダメなんで。」
「で、そん時っていうのは必ずシグナルが出てると思うんですよ。例えば、あ、周りの人がっていくとか。」
「はい。」
「あるいはご家族がなんて怒ってしまうとかね。」
「はい。」
「え、お客さんが離れていくとか。」
「うん。」
「そういう時は素直りもう1回自分を帰り見るってことは大事だと思う。」
「ああ、それがやっぱ素直さみたいなところが1番こう。」
「そうシルが絶対出ると思いますから。」
「はい。」
「うん。」
「そこをこう僕のせいじゃないって突っ張るんではなくて、僕がこう何かやったんじゃないかっていうのを素直にこう見るおしかったですのが大事っていうこと。」
「成功体験とかあるとね、どうしても否定ですからね。そこをどう自分である意味指定していくかっていうのは、あ、どっかで試されるとこだと思います。」
「なんかこう僕から見るとさっきのこうマネージャーになる時に何か苦労をしたっていうのもあげられたと思うんですけど、僕としてはこうこの年代になるまでうまく上がってるように見えるんですけど。」
「そうですね。」
「なんかそこをこうなんて言うんだろう。まずこうお金を稼ぐっていうところに対してどう義してるのかなっていうの。」
「これね、若い頃はお金を求めましたね。」
「うん。」
「うん。」
「追求していく。これ今でもそうで渡りことじゃないとは思うんですけどね。」
「うん。」
「ですけども、お金を追求していったところでさっき言ましたけども、その先に幸せとか満足ってあまりないんですよね。」
「うん。」
「100億持ってたら100億のお苦しみはあるし、はい。不満はあるし、はい。満足あるし幸せはないんですよね。」
「はい。」
「はい。」
「ですからバランスだと思いますね。」
「あ、ですからお客様に喜んでもらうで社員と共にそれを成長を分かち合ってる。会社の発展で分かち合ってる。そん中でもらってるサセサラリーがある。」
「はい。」
「このバランスが大事だと思うんですね。」
「はい。」
「そこの幸せ。」
「はあ。」
「そ、そうなんですね。」
「でもやっぱり若い時ってお金を僕も求めちゃいがちな時はあるので、はい。はい。」
「確かにそこのバランスみたいなところは大事ですね。」
「確かにな。」
「あの若いうちはね、求めていいと思います。」
「あ、いいですか?」
「いいと思います。」
「でもそれが例えば増えていく過程の中で30、40になっていく段階で気づくと思います。」
「ああ、お金を持っててそれを追い求めても幸せないなって気づくと思います。」
「うん。」
「あ、そこをこうもっと深っていくと幸せはどう提してるんですか?」
「これは幸せって何って言われた時になんだろうねと思うのは幸せだと思います。つまり何かと言うと、平凡な毎日を送れるっていうのは幸せだと思います。」
「ああ。」
「はい。」
「ことが起きると思うんですね。家族っていうのも起きる時も思うし、仕事でも起きると思うし、いろんなことが起きるんですけど、それを乗り越えて今がある、今生きてる平和な日々を暮らせてるっていうのが私は幸せだと思いますね。」
「うん。」
「はい。」
「そうですね。なんか僕もそれは分かっていつつも、これはただの僕の意見なんですけど、やっぱりこう東京っていう町は刺激も多くて、はい。平穏の幸せに気づけることが、しきれない。自分が僕はいるなっていうなんか、はい。例で言うとやっぱドーパミンとセロトニンってあって、セロトニンの方が幸せはいいよねって思いつつも、やっぱ東京にいるとはい。めちゃくちゃお酒を飲んだりどっかで遊びに行ったりみたいな、やっぱり東京は刺激の町なので、なんかそこの平穏さみたいな、いいですね。幸せをなんかなんかストレートの引き方になるとどうやって気づけるのかなみたいなところは。」
「それはどんどんどんどんお金を追求したら先に見えることだと思うんです。」
「ああ。」
「はい。」
「あの、まず追求しないとその手持ちに金がないんだね。いや、金がないから私は幸せだっつっても、それはなかなかロジック買わないのでどんどん追求してみたいがいいと思いますね。」
「うん。」
「で、どんどんやっていく中でバランスを、つまりお金がどんどん増えていってもなんか自分として寂しいな、心寂しいな。どんなに高い店てで、どんなに高い、え、酒飲んで、どんなにいい生活してもなんか寂しいなと思う瞬間があるずなって。だからその生活が先に来るのかお金が先に来るのか分かりませんけど、まず追求してみることは大事だと思いますね。」
「こうそうですね、こう樽を知るっていう言葉が、はい。あるけども僕のこう1個の意見としたらまだ知らないのに樽を知るっていうのは僕はナンセンスだなって僕自身も思ってるんだ。やっぱり今のうちはお金を求めて行った先に初めて樽を知るっていう考え方。」
「いやですか?」
「私はそれでいいと思います。」
「ああ、本当ですか?」
「はい。」
「それでそれでいいと思いますよ。」
「うん。」
「私の年齢それやってるちょっとどうかなと思いますけど、あの全然若い方、むしろそれの方がより近道だと思います。」
「うん。」
「今お若い方でもね、どうですかね。ま、お金じゃなくて生活が大事だっていうワークライフバランスを取っていかれる方、結構多いと思うんですよ。間違いじゃないと思うんですけど、それって結構難しいので、あの、いわゆるその先を考えたら難しいので、まずはお金を追っていく方が私は近道だと思いますね。」
「何が難しいんですか?」
「要するにバランスを取って生活していくことは、うん、悪く言いばどちかずなんなんですね。」
「確かに。」
「はい。」
「確かに。」
「そんな若いうちから巨満の富があるわけでもなく、相族があれば別ですよ。だ、生活ってそれに合う生活しかないわけです。それミニマムな生活なんですね。で、それを持って満足だっていう形のものをやってたとしても、じゃあそれが40、50、60になった時に満足が生活か。やを買うためにやも必要なんですね。だからそういう意味頃の自由って結局ま、そこら辺で寝泊まりしながらバックパックやりながら暮らして安やって、それも1つだと思います。だ、それを50、60でやれないですよね。」
「うん。」
「その違いだと思います。」
「じゃ、こうご自身の意見としたらこうお金を若い時求める派ではあるっていうことですよね。そのどっちでもいいけどっていうとこです。」
「いやいやいや、それをもう若い時はもし金を求めるんだったら、あ、そ、金求めた方がいいと思うですよ。」
「ああ。」
「今の若い方はそれじゃなくてバランスを取るっていう形が多いので、あえて私そういう話をしただけで。」
「そう。」
「です。」
「僕自身はこう、はい。」
「正直むちゃくちゃ悔しくて、なんか、なんだろうな。霊勝文化じゃないですけどお前頑張ってんのはみたいな、はい。その幸せしかわかんないよねみたいな今社会なんですよ。」
「ああ。」
「だからこそ国力も下がってると思いますし、若い人たちは情報が溢れて頭でっかちになって頑張る。あ、俺はいいやっていう人が多くる中で僕は若い時はお金を稼いで本気でやった方がいいよっていうのを派なので、なんかそういただけて本当にそうだよなっていうのは思う。」
「うん。」
「うん。」
「それはもう大事なことですよ。」
「うん。」
「私はそれの方がより近道でよりまあなんていうかな、あの王道だと思います。」
「ああ、そうなんですね。」
「うん。」
「それはめちゃくちゃそうですね。僕もじゃあ頑張らないとなと思います。」
「こうもう1個人生のところに戻るとこう様々ろんな経験をされてきてきた中でこうあえてでもいいので教えて欲しいんですけど今までの人生の1番のま失敗だったり後悔みたいなものはありますか?」
「これはね、うん、非常に逆的に聞こえるかもしんないですけど若いうちに仕事一ぺと過ぎたなと思います。」
「うん。」
「そん時に、ま、この趣味だとかそういったものもやっとけばなと。私、あの、最近去年ぐらいから55でサーフィン、で、59か50、その前かな、スノーボードやってるんですけど、へえ。もっと若い頃からこういうのやっとけばその道で人が知り合いが広がったりとか、ああ、できたなと思うんで、そういうのやってる同性だもるんですよ。」
「うん。」
「で、その人がじゃ福岡というとそうでもないですね。」
「うん。」
「だから生きる道の違いではあるんですけど、もうちょっとこのそういった違う目線も持ちながらやるところがあった方が良かったかなとは思います。」
「うん。」
「後悔っていうのかもうちょっと加えた方がいいのかなっていうような形ですね。それ以外は私は後悔はないですね。」
「はい。」
「そこの時間があることによってそこのコミュニティが生まれたかもな、もっと違う楽しさを若い時に知れたかもなっていう。」
「そう、そうですね。」
「お。」
「です。」
「ね。」
「はい。」
「そこは思います。」
「今こう20歳に戻るその時に戻ったらこうどういう仕事との付き合い方をしますか?そのまま行きますか?」
「も行きますね。」
「ああ、そうなんですね。」
「僕20代は思いっきり行きます。20代思いきりで、30代になって走り出して、30から40の時にちょっと考えます。」
「考えるっていうのはそこでもうちょっと生活のアロアンス出していきたいなと思いますね。」
「はい。」
「そこでさらに仕事に踏み込みすぎると今のようになっちゃうんで、そこで考えますね。」
「じゃ、経験上ご自身こう20代から30代までぶわって突っぱってきたっていうことなんですね。僕自身それめちゃくちゃかっこいいなとも思いつつも、そういう今振り返るとそう思うってことはそうなんですね。あと僕がこう受け取ったのは僕21歳なんですけど、やっぱ20代アクセル踏み切るっていうのはやっぱ大事なんだな。」
「大事です。」
「ああ。」
「その好きなものやりたいものがあれば会社員でも何でもいいんですけど、そん中でアクセルを踏むことは大事。」
「うん。」
「踏み切るこう領域を決め切れてない子たちが多いと思うんですけど、こうそこに関してはどう思いますか?」
「うーん、やっぱりこうあれですよね。それも分かるんです。何やったらいいかとかわかんないとかね。」
「うん。」
「そういうのがあるんで、そこを模索しながらですけど、その場合はとりあえず組織に属してみるとかね。」
「うん。」
「例えばどっかの会社に入ってみるとか、何らかの行動を起こしてみることが大事ですね。」
「ああ、とりあえず行動を起こして自分がこうこにちょっとこう重きおいてやってみようかなって思うところを掴む努力をするって大事だ。」
「ああ、そこの努力が大事ていうことなんです。」
「はい。」
「はい。」
「最後にこう何かごのこう生きる意味みたいなものは何ですか?」
「生きる意味ですね。」
「うーん。」
「ま、これあんまり言えないですけど、プライベートの話なんですけど、はい。」
「実は私が元患者なんですね。」
「はい。」
「え、大腸癌で今ステージ4なんですよ。」
「はい。」
「ステージ4の5年間生きる確率って18% 今日2割切るんですね。」
「はい。」
「ですから人生短いなと思ってます。」
「ああ。」
「うん。」
「だから別に明日死ぬわけでもないし、仕事できてるんで何の必要もあるわけじゃないんですけど、どっかで玄関が来るのが出の人よりも早いなと思わざる得ないところもある。」
「うん。」
「ですから1分1秒を大事に、うん、行きたいなという風には思ってますね。」
「はい。」
「その変化だったりそういうことをこう多くの人が感じれない。この1分1秒大事にっていうのをご自身がこう実感として感じれる。だからこそこう視聴者の方々今迷ったりこうどうしようって考えてる自分よりも年下の方々に何かこう最後伝えれる人生のアドバイスみたいなものをカメラにいただければ。」
「人生って非常にこうなんですよね。辛い時もありますし、時に面白い喜びなところであります。ですから楽しいんです。で、そのためには何が大事かというと、仕事をまずトライして楽しんでみる。で、そうですね、趣味も捉えして楽しんでみる。で、多分将来、え、家庭を持つでしょうから、その時に、え、家庭生活を楽しみにです。から仕事軸に家庭とか趣味とかそういったものをうまくバランスを取りながら楽しんでく、これが人生を楽しむ私は1番の最大 の、ま、コツだという思います。是非頑張って欲しいなと思いますね。」
ご視聴ありがとうございました。何か少しでもいい。心が動いたら高評価、スーパーサンクまでよろしくお願いします。過去に様々な経験をし、そして今病気だと知ってるからこそ言葉の重み深さが違ったと思いますし、皆さんは必ず何か受け取ったものはあるはずです。
その男性だけでなく様々な方はインタビューしてくださってる中で過酷な経験をされたからこそ今生きてることの感謝、人生の大事さ、命の尊さよくメッセージをしていただきます。ですが、この目の前のことに追われる現代、やることがたくさんだからこそ毎回毎回命の尊さ、この時間の大事さ、それを感じることは難しいと思います。
その中でこのチャンネルがその機会に少しでも慣れたら嬉しいです。そしてその機会を与え1人でも多くの人の人生をよりよくしていく。そしてその先に僕自身はこのチャンネルのチャンネル登録者10万人を目指しております。是非応援してくださる方、サポートしてるくださる方、このチャンネルを視聴してるくださってる方の7割ちょっとはまだチャンネル登録、未なので10万人の手助けをよろしくお願いします。
そしてこのライフインタビュー企画出演以来もお気軽にお待ちしておりますので、概要欄チェックしてください。動画最後に生きる意味は1分1秒を大事にすること。これは間違いない事実だと思います。今生きれてることに感謝し、命の尊さを感じ、一緒に人生より良くしていきましょう。ではまた次の動画でお会いしましょう。ありがとうございました。
「長い間。」
「いえいえ。ありがとうございました。お松でございました。」
「いやいや。いや、本当僕自身も多く学ばせていただいて。」
「いやいや、何もしましたから。」
「いやいやいやいや。」
「何をしました。ありがとうございます。」
「楽しかったです。ヒもいただい」