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【認知心理学】これが“幼稚な大人”の正体。「精神年齢が低すぎる人の特徴」5選

大神さんの謎解き部屋11:46

Transcription

温かいコーヒーが美味しいのはこの国に四季があるから。寒さを美味しく味わえる日本の冬に感謝。で、おなじみ狼さんでございます。

突然ですが世の中には年齢を重ねるほど幼くなる人がいる一方で、年齢を重ねるほど大びていく人がいます。この動画ではその正体を精神年齢という分かりやすいラベルを用いて、心理学的根拠を元に解説していきます。題して「精神年齢が低い人の特徴」。

各言う私も偉そうに精神年齢に関してお話していきますが、過去を振り返ると恥ずかしくなるくらい未熟な選択を繰り返していました。だからこそ今回は誰かを見下すみたいな話ではなく、自分はどこで止まっていて、どれくらい成長の余白があるのかという広い視点でご覧いただければと思います。

それでは早速、最初の精神年齢が低い人の特徴は感情をコントロールできないのに正しさだけ主張する。精神年齢が低い人に共通して見られるのは、感情と判断を分離できていないという認知の特徴。

「起こった」「傷ついた」「不快になった」。この感情が生じた瞬間、それがそのまま結論になる。つまり「私が嫌な思いをした。だから相手が間違っている」という短絡的な思考パターン。この思考パターンは、認知療法の創設者アロン・ベックが定義した「感情的推論」と呼ばれる、いわゆる認知の歪みです。

この感情的推論とは、自分がそう感じたという主観的体験を事実や正しさの根拠として扱ってしまう思考。この状態では何が起きたのか、何が事実なのかという検討が行われません。本人は正直なだけ、本音で生きていると感じている場合が多いのですが、しかしそれは成熟ではありません。成熟とは、感情が出た後に「これは事実か?それとも私の気分か?」と一度立ち止まれる技術とも言えます。この「一呼吸」があるかどうか、それが精神年齢の差として現れてしまう。ゆえに結論。精神年齢が低い人は感情をコントロールできないのに正しさだけ主張する。

続いての精神年齢が低い人の特徴は、他者に指摘されると人格否定だと勘違いする。精神的に未熟な人は、行動への指摘と自分そのものへの指摘を切り離して考えることができません。

他者に「ここは改善できると思う」「その言い方は少し違うのでは」といった行動レベルの指摘が、本人の中ではいつの間にか「自分を否定された」という意味に変換されてしまう。心理学や家族療法の分野では、この状態を「自己肯定感が低い状態」あるいは「自己概念が十分に整理されていない状態」と説明します。つまり、この自己肯定力が低いと、「私は価値ある存在だが、間違うこともある」という、生きていく上で非常に大切な感覚を持てません。そのため、他者からの行動の修正を促す発言=人格の否定として受け取ってしまう。

人も成長と共に、自分の意見、行動、感情と自分の存在そのものを分けて扱えるようになります。しかし、この成長が不十分だと、助言や指摘は全て脅威になります。反論が強くなる。すぐ感情的になる。相手を攻撃したくなる。そうです。これは自分を守るための防衛反応。成熟した人たちは、他者からの指摘は情報として処理できます。未成熟な状態では、指摘は自分が壊される感覚として処理される。ゆえに結論。精神年齢が低い人は他者に指摘されると人格否定だと勘違いする。

続いての精神年齢が低い人の特徴は、反省よりも言い訳を先に探す。うわあ、これは間違いないですね。精神的に未成熟な状態では、失敗や指摘に直面した時、反省よりも先に言い訳探しが始まります。「でも仕方なかった」「環境が悪かった」「自分だけの問題ではない」。これは単なる責任逃れというより、心理学的には「合理化」と呼ばれる防衛反応。

ここで言う合理化とは、自分の価値や自尊心が傷つかないよう、出来事の意味付けを後から作り替える心の働き。厄介なのは、指摘を受けた時に本人は言い訳をしている自覚がありません。むしろ冷静に説明していると感じています。しかし、この状態では自分の行動を見直す反省がそもそも生まれません。逆に成熟している人は、反省は自分を否定する行為ではなく、次の挑戦の精度を上げるための情報だと考えます。まさに未成熟な状態では、失敗や指摘そのものが脅威に見える。ゆえに結論。精神年齢が低い人は反省よりも先に言い訳を探す。

続いての精神年齢が低い人の特徴は、相手の立場を想像する前に自分の感情を優先する。精神的に未熟な人は、他者理解より先に自分の感情を処理します。

というのも本来、対人関係では相手はどう感じたか、この状況をどう受け取るかを一度考えた上で言葉を選び発言します。しかし、精神年齢が低い状態では、何かが起きた時に最初に出てくるのが自分の感情。「今私は不快かどうか」「今私は傷ついたかどうか」。この基準が最優先になると、発達心理学ではこれは「自己中心性」と説明されます。これは幼少期に強く見られる特徴で、視点の切り替えが十分に機能していない状態。もちろん大人になるにつれて、人は自分とは異なる視点が同時に存在することを認知できるようになります。しかし、この機能が弱いと他人の立場を想像する前に自分の感情だけで反応してしまう。

さらに関係するのが「共感の2段階モデル」です。というのも共感には、相手の状態を理解する「認知的共感」。相手の感情に反応する「情動的共感」。この2つがあります。精神年齢が低い場合、後者の情動的共感だけが先に立ち、相手に寄り添う認知的共感が追いつきません。その結果、「分かって欲しい」「察して欲しい」という要求だけが強くなる。ゆえに結論。精神年齢が低い人は相手の立場を想像する前に自分の感情を最優先する。

続いての精神年齢が低い人の特徴は、成長よりも今の自分が否定されないことを守ろうとする。新しい視点を取り入れる。自分の癖を修正する。間違いを認める。これらは本来、社会の中で生きる上でごく普通の成長行為。しかし、精神的に未成熟な状態ではこれが学びではなく「評価」として処理されます。

つまり、行動を直す=能力が低いと認めること。間違いを認める=自分に欠陥があると証明することと受け取ってしまう。この思考の背景にあるのが「固定的なマインドセット」です。この固定的なマインドセットでは、能力や人格は生まれつき決まっていて、基本的に変わらないものだと認識されてしまいます。その前提に立つと、間違いは改善点にはならず、今の自分そのものの価値を図るテストと認識されます。だから修正が怖くなる。だから否定を避けたくなる。結果として、成長の機会よりも今の自分が否定されない状態をどうにかこうにか守ろうとする。そして挑戦を避ける。指摘を拒む。変化を嫌うという状態に陥ってしまう。

成熟した状態では、否定と成長は両立します。未成熟な状態では、否定=崩壊と感じられる。この違いが年齢ではなく精神年齢の差として現れる。ゆえに結論。精神年齢が低い人は成長よりも今の自分が否定されないことを守ろうとする。

最終結論。精神年齢が低い状態では、感情をコントロールできないまま正しさを主張し、指摘を人格否定だと受け取り、反省よりも言い訳を先に探し、相手の立場より自分の感情を優先し、成長よりも今の自分が否定されないことを守ろうとする。

はい、これは私の持論ですが、逆に精神年齢が高い人は、シンプルに傷を負っているがゆえに強くなった人だと思っています。ま、分解すると、人生が揺らぐ精神的ダメージを経験した後に、誰かを攻撃する方向ではなく、自分の内側を深くする方向を選んだ人という感じです。これなんとなく分かる方いらっしゃるのではないでしょうか。その痛みを理由に世界を歪めるのではなく、その痛みを通して世界を理解しようとした人みたいな。なので、言ってしまえば傷を負わなければ精神的な成長はできないと私は考えています。

そして、だからこそ本当の意味で優しいんですよね。これも自分を守るために優しくするという防衛の優しさではなく、人生経験から滲み出る相手の文脈を理解する知的な優しさと、様々な壁を乗り越えてきたがゆえに身についたメンタルの強さ。この2つの要素が垣間見える「余裕感」に近いですね。なので、余裕感がある人って成熟して見えますよね。逆に余裕感がない人って幼く見えませんか?ま、例えばSNSのコメント欄で怒っている人たちが人間的に成熟していると思いますか?思いませんよね。つまりはそういうことです。

なので結論、何が言いたいのかと言うと、人生という名の輝くナイフによって、その後その傷を優しさに変換できた人が精神年齢が高い人だと私は思っている、というただの感想です。あなたはどう思いますか?

はい、このように快適な日常をデザインするヒントを日々配信しています。是非チャンネル登録をよろしくお願いいたします。私の日常は概要欄のSNSから覗けます。メンバーシップでは独自の思想や持論、何気ない日常の気づきなどを静かに配信しています。それではまた次回の動画でお会いしましょう。いつも私の動画にお時間を使っていただき感謝しています。

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え。