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【サイドFIRE】自由になれる資産額は?NISAで変わる生活を解説

投資の灯台27:47

Transcription

経済的な自由という言葉ほど多くの人を惑わせるものはない。仕事をやめて二度と働かずに生きる。南の辺で何もせず配当金だけで一生暮らしていく。そういうどこか現実離れした夢の話としてファイアという言葉は語られてきた。だがそれは大きな誤解だ。

完全に働くことをやめて1億円もの資産でゆったり暮らす。そんな極端な姿を思い描いて自分には一生関係のない話だと君は早々に船を降りてしまっていないだろうか。今日私が君に渡したいのはもっと手前にある現実的なゴールの地図だ。サイドファイアという考え方がある。完全に労働を手放すのではない。働く比率を自分の意思で選べるようになる状態のことだ。そしてそのゴールは君が思い込んでいるよりもずっと近い場所に静かに佇んでいる。

ポンチャンネル投資の東大は歴史に名を刻んだ偉大な投資家たちの哲学を紐解く場だ。ただしその解説には私個人の主観や解釈、偏りが多分に含まれている可能性がある。決して未来の利益を保証するものではない。投資に関する最終的な判断は必ず君自身の責任において行ってほしい。

今日のようは話を文字でもっとゆっくりたどりたい人のために私はノートという場所でも同じ東大の名前で書いている。投資とお金、そしてお金と人生との距離の取り方について動画とはまた違う角度から静かに言葉を綴っている場所だ。声で一度流れて消えていく動画と違い文字なら自分の暮らしに当てはめながら何度でも読み返せる。お金にまつわる考え事は本来そうやってゆっくり育てていくものだと私は思っている。概要欄にリンクをまとめてあるのでこの動画を見終わった後もう少し違う角度から考えてみたくなったらそこを開いてみるのもいい。

さて、今日の公開で君に渡したい地図は大きく分けて三つだ。一つ、目指すべきゴールは一億円という遠いいただきではないということ。二つ、資産の額が増えるにつれて君が選べる自由がどうに変わっていくのか。三つ、そのゴールに近づいたものほど足元で滑ってしまう罠があるということ。順に光を当てていこう。

まずファイアという言葉の誤解を丁寧に解いておきたい。世間で語られるファイアは大抵リタイアを指している。一分の生活費を資産だけで賄わない。二度と働かない。そのために必要な額は人によっては一億円を軽く超える。例えば年間の支出が四百万円ならその二十五倍、つまり一億円を貯めてその四パーセントを取り崩しながら生きていく。これが完全なファイアーの計算だ。

だが冷静に考えてみてほしい。一億円といういただきはほとんどの働くものにとって手の届く目標とは言い難い。そしてたまた運良く届いたとしても二度と働かないという生き方が本当に君を幸せにするとは限らない。収入の蛇口を完全に閉じ、ただ資産が少しずつ減っていくのを眺める日々は想像以上に人の心をすり減らす。とりわけリタイアした直後に大きな暴落が来れば資産は一気に目減りし、安いところで売り捌かざるを得ない事態にもなる。完全な引退とは実はかなりもろい橋を渡る選択でもあるのだ。

なぜ多くの人がファイアーという言葉に憧れながら一歩も動き出せないのか。理由の一つは最初に掲げる目標があまりに大きすぎることにある。一億円。その数字を見た瞬間人は心のどこかで諦めてしまう。自分には無理だ。別世界の話だと。そして目標が遠すぎるせいで今日の千円、今月の壱万円を投じる意味さえ見失ってしまう。

だがゴールを手前に引き寄せれば話はまるで変わる。届く場所にゴールがあるからこそ人は今日の一歩を踏み出せるのだ。そこでより賢明な考え方が出てくる。それがサイドファイアーだ。労働をゼロにするのではない。資産が産む収入で生活費の一部を支え、足りない分を軽い労働で補い合っていく。嫌な仕事に歯を食いしばってしがみつく必要はなくなり、働く時間も働く内容も自分で選べるようになる。完全な資本家になるのでもただの労働者でい続けるのでもない。労働者と資本家のハイブリッドな状態だ。

そしてこのハイブリッドという形にはもう一つ大きな強みがある。暴落への強さだ。完全に引退したものは市場が大きく沈んだ時も生活費のために値下がりした資産を売って現金に変えなければならない。安いところで自ら資産を手放すことになる。だが軽い労働という収入の柱を残しておけば暴落の時期は資産を売りそびれ回復を静かに待つことができる。働き続けることは自由を手放すことではない。むしろ嵐の海で船を沈めないためのもう一つの錨になる。

加えて軽い労働を残しておくことにはお金には換算しにくい価値もある。人との繋がりや社会の中で役割を持っているという手応えは完全に仕事を手放した瞬間に思いがけず失われやすいものだ。資産が君の生活を支えてくれるからこそ君はお金のためではなく本当にやりたい仕事や誰かの役に立つ働き方を選べるようになる。サイドファイアが残す労働とは生きるための労働ではない。自分で選び取った意味のある時間だ。

なぜここまでして資本の側に回る必要があるのか。資本主義というゲームの中では労働で得る給料の伸びよりも資本が生み出す富の伸びの方が長い目で見れば大きくなりやすい。これは過去の歴史が繰り返し示してきた傾向だ。働くだけの側に立ち続ける限り君は構造的に富を持つ側との差を静かに広げられていく。サイドファイヤーとはそのされる側から自分の足で選べる側へと片方だけ踏み出す行為だ。一発逆転ではない。だが確かな一歩だ。

そしてサイドファイアのゴールは一つではない。人によって必要な金額はまるで違う。例えば毎月の暮らしに二十五万円かかるものがいるとしよう。その半分の十二万円ほどを資産からの収入で賄えれば残りはずっと軽い働き方で十分賄える。これがその人にとってのサイドファイアの目安になる。月に十五万円あれば穏やかに暮らせるものもいれば家族を抱えて月に三十万円必要なものもいる。だからこそ君がまず決めるべきは他人が掲げる一億円という数字ではない。自分が自由になれる金額は一体いくらなのか。その問いに君自身の言葉で答えること。それが全ての出発点になる。

ではここからは実際の数字でその地図を書いていこう。まず君が今どの辺りに立っているのかを知ってほしい。各種の家計調査を見ると二人以上の世帯で金融資産を一千万円以上持っている割合は二十代では数パーセントにとどまり三十代で一割台、四十代で二割ほど、そして五十代になってようやく三割前後になる。そして平均という数字には注意がいる。一部の大きく持つ人が全体の平均を引き上げてしまうからだ。本当の真ん中、つまり中央値で見れば多くの人が立っている場所は平均よりずっと低い。だからこそ他人の華やかな数字や世間の平均に怯える必要はない。君が見るべきは平均でも他人でもなく自分が今いる場所とこれから自分が向かうべきゴールだけだ。

この数字を君はどう受け止めるだろうか。五十代でも一千万円に届いている世帯は三割ほど。裏を返せば残りの七割はまだそこに届いていない。だから一千万円というのは決して当たり前の額ではない。だが一部の天才や幸運なものだけが届く不可能な額でもない。地道に続けたものがたどり着ける現実的な場所だ。そしてここに到達したものにだけ見える景色が確かにある。

一つは複利のブーストだ。資産が一千万円の時、年五パーセントで増えても一年で増えるのはたった五万円だ。少し良い食事を何回かすれば消えてしまう額かもしれない。ところが資産が一千万円になれば同じ五パーセントで一年に五十万円が増えていく。額が大きくなるほど資産が自分で稼ぐ力は加速する。君が眠っている間も遊んでいる間も君の資本が君の代わりに働き始める。その最初の地点がこの一千万円なのだ。この五十万円という数字を君の月給と並べてみてほしい。年に五十万円ということは月に鳴らせば四万円を少し超える。何もせずとも毎月それだけのお金が君の資産から静かに生まれ続ける。投資していないものがその四万円を稼ぐために貴重な休日に汗を流して働いている横で君の資本は君が眠っている間にそれを生み出している。投資をする側としない側とで同じ五十代でも景色がまるで違ってしまう正体はこの小さな差が何十年も静かに積み重なっていくことにある。

そして同じ一千万円でもそれを現金のまま眠らせているか市場にさらしているかで未来はまるで違ってくる。現金や預金口座で眠る一千万円は増えないどころか物価が上がっていくこの時代にはその価値を年々静かに削られていく。一方で市場にさらした一千万円は上下を繰り返しながらも長い目で見れば雪だるまのように育っていく可能性を持っている。同じ額を手にしていてもその置き場所一つで十年後、二十年後の景色ははっきりと分かれてしまうのだ。

もう一つの景色は心の余裕だ。一千万円を自分の手で積み上げたものはその長い過程のどこかで市場の激しい上下を経験している。評価額が大きく沈んだ夜の恐怖と戦い、それでも手放さずに耐えた経験を体で覚えている。だから投資を始めたばかりの頃に比べて不安や恐怖はずっと小さくなっている。最悪仕事がどうしても辛くなった時、半年くらいは立ち止まってこれからを考えてもいい。そう思えるだけの土台ができる。これこそが人生で最初に手にする小さなサイドファイアーだ。

そしてここからが本当に面白いところだ。最初の千万円はとてつもなく遠く感じる。だが、一度そこに到達すると次からのスピードははっきりと加速していく。例えば毎月十万円を年五パーセントで運用し続けたとしよう。あくまで一つの資産だが、最初の千万円に届くまでにはおよそ七年かかる。ところが次の千万円、つまり二千万円に届くまではおよそ五年。さらにその次三千万円まではおよそ四年だ。同じ千万円を積みますのにかかる時間が坂を下るようにどんどん短くなっていく。なぜか?すでに積み上げた資産が新しく入れるお金とは別に勝手に増え続けてくれるからだ。

偉大な投資家ウォーレン・バフェットは人生を雪だるまに例えた。大事なのは十分に湿った雪と長い坂を見つけることだと。ここで言う雪とは投資の元手のことだ。坂道を転がし続ければ最初は手のひらほどの雪玉も転がるほどに大きくなっていく。一千万円という資産ができれば後は同じ坂を転がし続けるだけで雪は加速度的に厚みを増していく。一千万円はゴールではない。爆発的に増えていく旅の本当のスタート地点なのだ。その加速をもう少し噛みしめて欲しい。最初の千万円に七年かけたものがもしそこをゴールだと思い込み、気を抜いて積み立てを止めてしまえばこの加速の恩恵を丸ごと捨てることになる。逆に千万円をスタートと捉え、同じ坂を黙々と転がし続けたものは七年、五年、四年と加速しながら次のいただきへ進んでいく。同じ地点に立ったはずの二人の未来はその後のわずか数年で取り返しのつかないほど開いていく。一千万円という場所は心地よい休憩所ではない。人生の別れ道なのだ。

ではその先にある三千万円にはどんな景色が広がっているのか。野村総合研究所が発表している富裕層ピラミッドというデータでは純金融資産が三千万円以上の世帯は日本全体のおよそ二割ほどしかない。そのうち三千万円から五千万円の層をアッパーマス層と呼ぶ。大衆という大きなマス層からはっきりと一本抜け出した地点だと言っていい。この三千万円がサイドファイアの現実的なゴールのひとつになる。

四パーセントルールという世界で広く使われている目安がある。資産の四パーセントを毎年取り崩しても運用を続けていれば長期的には資産が大きく減りにくいという考え方だ。これを当てはめると三千万円なら年に約百二十万円。つまり月に十万円ほどを資産側から得られる計算になる。もちろん市場は上下を繰り返すから、これはあくまで目安であって約束された金額ではない。だが月に十万円が資産から入ってくるという事実は人生の景色を確かに変える。想像してみてほしい。三千万円という資産を持った君の朝はどう変わるだろうか。けたたましい目覚ましに追い立てられ、満員の電車に詰め込まれ、気の進まない会議へ向かう。そんな日々を週に五回ではなく三回に減らせるかもしれない。空いた二日で学び直しに時間を使うものもいれば、長く後回しにしてきた家族との食卓を取り戻すものもいる。資産が生み出す月十万円は贅沢な暮らしを約束する金額ではない。だが君の時間という二度と戻らないものを少しずつ買い戻してくれる金額なのだ。嫌な仕事を手放し働く比率を自分で決める。これこそがサイドファイヤーの本当の入り口だ。

そして上位二割という場所に立つと人の関心は静かに移り変わっていく。それまではいかに資産を増やすか、その数字ばかりを追いかけていた。だがここまで来ると増やすことよりもその資産で何を取り戻すかという問いの方が重みを増してくる。お金は増やすこと自体が目的ではない。自由と安心を手に入れ、自分の人生を自分の手に取り戻すための道具だ。三千万円という地点はその道具がようやく十分な力を持ち始める場所でもある。

そして五千万円まで届けば選べる自由はさらに大きく広がる。同じ四パーセントの目安なら年におよそ二百万円になる。これだけで贅沢な暮らしができるわけではない。だが最低限の生活の土台を資産が支えてくれるなら君は働き方をほぼ自由に設計できるようになる。やりたい仕事を選ぶ、働く量を選ぶ、あるいはしばらく完全に休む。その全てをお金の不安にせかされてではなく、自分の意思で決められるようになる。働くことが生きるための義務から自分で選ぶ行為へと静かに姿を変えるのだ。

ここではっきりと言っておきたい。君が目指すべきは一億円のいただきではない。多くの人にとって自由は三千万円から五千万円というもっと手前の地点で既に静かに始まっている。届くかどうかも分からない一億円という遠すぎる目標を掲げて最初の一歩で躓いてしまうくらいならまず自分が自由になれる金額を見定めてその坂を転がり始めた方がはるかに賢明だ。

だが、ここで安心して気を緩めるのはまだ早い。皮肉なことにこのゴールに近づいたものほど足元で滑って転んでしまう罠がある。今日は特に危ないものを三つ君に手渡しておきたい。

一つ目の罠は含み益の錯覚だ。市場が好調な時、資産は君の実力以上のスピードで膨らんでいく。実際に自分が入金したお金は六百万円なのに評価額がいつの間にか一千万円になっている。そんなことが起きる。この時人は静かに勘違いをする。この一千万円は自分の実力で築いた自分自身の確かな財産なのだと。だが市場は上下を繰り返す。やがて評価額が沈んだ時、せっかく儲かったのにという強烈な喪失感が君の心を襲う。達成感と喪失感を市場の気分に握られてしまうのだ。これを防ぐ方法は一つだけだ。日々動く評価額ではなく、自分がこれまで入金してきた額を見ること。増えた分はまだ天から借りているくらいに思っておくとちょうどいい。

二つ目の罠は見栄だ。資産が増えると自分はもう上の川に入ったのだと気が緩み始める。少し良い車に乗りたくなる。高い腕時計が欲しくなる。人から見られるために本当はいらないものを買い始める。だが人の目のために払う金ほど君の未来を削るものはない。それが自分の心から望んだものなのか、それともただ周りに見せるためのものなのか。そこを一度立ち止まって言葉にしてみるといい。生活の水準は一度上げてしまうとなかなか下げられない。気遣のうちにせっかく積み上げた資産がそこに小さな穴の開いた船のように静かに水漏れしていく。

三つ目の罠は焦りだ。一千万円に届くと、もっと早くもっと上へと欲が顔を出す。そしてよくわからないハイリスクな商品にまとまった金を一度に投じてしまう。一発で大きく増やそうとした瞬間に足元はもろくも崩れやすくなる。思い出してほしい。君がここまで来られたのは派手な儲けに勝ったからではない。淡々と同じことを続けてきたからだ。そのペースは何一つ間違っていなかった。だからこそここで行動を変える理由などどこにもない。

君がどうするかは君次第だ。だが私なら評価額の派手な上げ下げに一喜一憂するより自分がコツコツと積み上げてきた額を静かに数える方を選ぶ。

最後にもう一度だけ確かめておきたい。サイドファイアとは働かなくなることではない。働く比率を自分で選べるようになることだ。お金のために生かされるのをやめ、お金に人生を支えてもらいながら自分の時間を少しずつ取り戻していく。その入り口は一億円という見上げるほど遠いいただきにはない。一千万円という最初の芯を作り、三千万円という現実的なゴールへと雪だるまの坂を転がし続けたその先にある。焦る必要はない。今日からでも決して遅くはない。大事なのは他人の掲げる派手な数字に振り回されず自分が自由になれる金額を自分の手で決めることだ。その一点さえ見失わなければ君の足元の坂はもう静かに転がり始めている。

君のゴールはどこにあるだろうか。働かされ続ける人生の終わりではなく、自分で選べる人生の始まりを君はどの地点に置くだろうか。その問いに自分の言葉で答えられた時、最初の狩りはもう始まっている。

ここまで付き合ってくれた君に最後に一つ。私はこの動画とは別にノートでも文章を書いている。お金と暮らし、そして人生との向き合い方についてすぐには答えの出ない問いを時間をかけて言葉にしている場所だ。概要欄にリンクを置いておく。君が自分の地図を描く時、その片隅に小さな手がかりとして役立つことがあるかもしれない。