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限界まで走る練習に意味はありますか?

為末大学 Tamesue Academy6:53

Transcription

はいた大学の質問コーナーです。

私の質問です。ちょっと待ってください。はい。

え、たさん、いつも様々な話題、楽しく聞いております。ありがとうございます。私は中学で三種競技Bをやっていましたので、1次元の、中学記録を持ちの、たさんのトレーニング動画では、中古時代の練習についても語られているものがあり、そのあたり含め、いつも参考になります。ありがとうございます。

私は中学記録を持ってましてですね、これが配信になりましたので、永遠の中学記録保持者っていう、三種はですね。はい。

え、続きですね。現在私はマスターズで100mと、さらに最近は高校時代にやっていた3段跳びもやっています。マスターズで一人で練習するようになり、時間的猶予もないため、本当に自分に必要と思うものに重点的に取り組むようになり、中高時代の自分の練習に反省点が見つかる日々です。

中高時代、チームで同じメニューをやっていったため、決められた本則をこなし、最後の1本までなんとか走れるようにと、無意識に力を抜いていたのではないか。そのために、力いっぱい走るような本番を想定した力が思いについていなかったのではないかと考えるようになりました。

そこで質問です。中高生時代の練習において、フォームを改善するようなドリルのようなもの以外の練習で、当初設定されたタイム設定や本数を守れず、途中で乳酸がパンパンになったりするなどして脱落するようなことは、たさんはありましたか。また、そのようなことは許されましたか。出しきれないまま設定タイムや本数ギリギリを攻める練習よりも、きちんと追い込める少ない本数の方が効果を感じている今日この頃です。

最近、地元の<bos>中学生と一緒に走るようになったので、自分だけではなく、改めて中高生にとっての練習についても考えており、たさんのご経験や考えを聞かせていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。ありがとうございます。

えっと、多分おっしゃりたいのはですね、えっと、ますごい練習で限界まで追い込むぞっていうことよりも、ま、ちゃんと走れる範囲の余裕を持って練習するのと、どっちがいいんですかみたいなことなんじゃないかと推測しました。

で、私はですね、結論から言うと、え、もうこれ無理だって限界までってなって、最後に走らないってことはなかったですね。基本最後まで走りきってました。だ、それは条件がちょっと違ってですね。私、中古時代ってやっぱりチームから頭抜けて総力があったので、私のタイムでいくと他の選手はみんなバテてっちゃうわけです。なんから常に自分が一番こうリードをしているっていうな走り方だったので、あんまりそういうことはありませんでした。

で、大学に入るとですね、逆に私より総力がある人たちと走ることが増えまして、ここでは脱落はありました。で、そこの経験から申し上げるとですね、要するに大学に入って私はスランプになりましたね。それで。

で、これ面白い現象なんですけど、中高時代ですね、それぞれトップ選手で結構走れてた選手が大学でみんなに恐縮するとですね、競い合ってレベル上がるだろうっと、思われがちなんですけど、これ案外とですね、え、高校よりも走れなくなる選手ってのが出てくるんですね。今分かんないですね。僕らの時には結構ありました。

で、なんでだろうと思って、私もそうだったんでね。で、自分もなんでか悩みましたし、他の選手も見ながら、どうしてあんなに高時で走れてた選手が大学に来て、質も量も増えたはずなのに走れなくなるんだろうと思って、よく観察しているとですね、ま、結局限界まで走るという、ま、こう100まであるとしますよね。で、高校時代は自分たちそれぞれのチームのエースなんで、みんな100まであるもの、80、90ぐらいでずっと走ってるものが、え、100まで行くわけですね。で、この90から先の100までのこの10のところにですね、みんな変な走り方になるんですね。ここがちゃんと走れてる選手ってあんまりいなくて、大体みんなもがくような走りとかが出てくるんですね。

で、どうも私が思うに、この90から100までの練習効果よりも、ここでフォームが崩れてしまって、それが次の走りに残っちゃったりとかですね、変に疲労が残ることのデメリットの方が大きいんじゃないか、って考えるようになりました。だから、それぞれのトップで自分がリードをして、他の選手よりも走ってる選手ってのは、ある趣味余裕がある中でずっとやってますけれども、ま、余裕がない中で走って出てきてしまった技術が自分に身につくことのデメリットが大きいんじゃないかと思ったんですね。

私自身も中高時代ってそういうことはなかったわけです。で、意識してなかったわけです。自分より早い選手ってたら、ま、広島だったんですけど、広島自体にい、ませんでしたから、まずっと自分がリードして、これ楽勝楽勝って感じでやってきましたけど、いざ質を上げたらいいかっていうと、そういうもんでもなかったりするわけですね。

これなんでそうかって言うと、実はランニングっていうのは他の競技に比べてですね、技術要素ですけども、でも多分やられず分かってくと思うんですけど、結構技術的な競技ですよね。だ、うまく踏む瞬間に力が合うとかですね、手足のタイミングが合うとか、そういう複雑なものの中にスプリントってのは構成されていて、これがちょっと崩れるとですね、ちょっとやそっと筋力が強くなることよりも、この崩れたデメリットの方が強く出るんじゃないか、という風に思うんですね。

で、これが守れる範囲の中の限界、つまり自分の動きが守牌の中の限界を見つけに行くってのが、ま、私は大事なんじゃないかな、という風に思っています。

ま、そういう意味で、え、ま、何でしょうね、あの、ご質問にこう答えるとですね、やっぱり限界パンパンになるまでして脱落するって、いう練習はやんない方がいいんじゃないかなと思ってます。ただこれじゃ全くやんなくでいいかって言うと、これ自体のメリットもあるんで、やったらいいと思うんですけど、ただですね、これ比率をよくよく、え、決めていくのがいいと思います。例えば2週間に1回とかですね、ま、多くても1週間に1回、え、または1ヶ月に1回とかですね、なんかそんな風に、特に中高生の間はそんな限界までバンバン走るもんじゃないと思いますので、やっぱそうやってよく抑えながら、今日はその日とだけど、普段はちょっと余裕もって走るんだっていう、このバランスを決めていくのがいいんじゃないかな、という風に思っています。

私の実体験でですね、限界まで本当にここれでも買ってまで走っていた時よりも、そうじゃなかった時の方が400のタイムが出てたっていうのは、私の自分の競技人生の1番の学びであって、つけりゃいいっていうもんじゃない、という風に私は考えていますね。

はい、ご質問ありがとうございました。あの、こちら試せ大学で皆さんの質問でですね、成り立っておりますので、質問がありましたらどうぞお寄せください。