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どんな人生を美しいと考えますか

為末大学 Tamesue Academy6:30

Transcription

[音楽] 試大学の質問コーナーです。どんな人生を 美しい人生と言えますか?私は人生とはせ をどれだけ実感できるかで満足度とか 変わり、その生きている感覚は使命感に あると思います。子供の頃は遊ぶことが 使命ですが、大人になるにつれて行動に 意味や意義を求めていくと思います。その 意義や意味が使命であり、何かのために 生きることが美しいと考えます。 チンゲール ジャンヌダルクシバイツ宮沢健チ1筋に 使命官に来た人は美しいと思います。 ため生さんはどんな人生が美しいと考え ますか?見解を聞かせていただきますと 幸いです 。

素晴らしいですね。この自分の、え、 意見とそれからそれにあの設問の立て方 ですね。問の立て方が、ま、美しい人生と は何かっていうことだと思うんですけど。 で、私はですね、どんな人生をまず私個人 のですね、美しい人生って何かって思う かって言うと、使命感っていうことかも しれないんですね。ま、私本当に使命感 持ってる人の話を聞くと感動するので、 それは素晴らしいなと思います。で、私の 場合は使命感とちょっと似てるのかもしれ ないですけど、もう少し大きなもので、な 、何というか 、大きな流れに添い切った人生って言うん ですかね。それ、ま、私東洋人かつ日本人 なので、ま、全的なものとかですね。ま、 タオイズム、ま、個人的にタオイズム みたいのは好きなんですけど、そうすると 使命感ってのはつまり自分に自身に与え られた何か役割があるんじゃないかと。で 、これが、え、おそらくビジョンと使命の ミッションの違いって、まあなんか縦に 並べること多いんですけど、私結構違うと 思うんですね。ミッションはパッシブだと 思っていて、で、ビジョンは、えっと、 こっちポジティブっていうかな、この主体 的って言うんですかね。自らが生み出し てるようなニュアンスを持つんですよね。 で、つまり使命っていうのは、あの、私が どのように感じるかとは関わらず、ここに いてこのような私と社会的な環境とか歴史 の文脈から見るとこれをすべきではないか という風にいても立ってもいられなくな るっていう。これが私は使命感だと思って ます。そのことを自覚するっていうのが 使命感ですね。で、ビジョンというのは、 あ、こういう社会がいいなと思う。突然 ですね、自分自身のこの文脈とかを、ま、 関係なくてもある場合もありますけど、 関係なくともこういう社会以外、こういう ことをしたい、こういう風にしていきたい んだっていうのは私はビジョンなんじゃ ないかと思ってます。ま、もうちょっと これ未接におそらく関係するんでしょう けども、ビジョン、ミッション、 valリューって聞くと結構違いますね、 人によって解釈が。だから、ま、自由で いいんじゃないかと思ってるんですけど、 私はミッションというのは受けみであり、 ビジョンというのは主体的であるという風 に考えてます。

で、その前提で、じゃ私は 何なのかって言うと、このミッショッショ ンっていうのは世の中に期待されてるもの を自分が自覚するっていうことなんだろう と思うんですけども、意識的ですよね。 つまり自分の頭がそのことを理解したって ことですね。このいろんなものを分析した 結果、自分はこれをやるべきなんだと意識 的に理解したっていうことですね。つまり 私のような人間から見ると、あの、 ミッションとは脳で自分の役割を理解する ことだという感じがするんですね。で、 じゃあ私にとってのタオは何かって言うと 、タオイズム的なものは何かって言うと、 身体を持って自分自身が何をすべきかを 理解するということなんですね。で、それ は自分の頭で考えてももはやよくわから ないと。でも自分の体がそうしてしまうん だっていう。そしてそのことが大きな何か 流れに沿ってるんだみたいな感覚のことが 私は美しい人生だと思うんですね。ちょっと 聞くと怪しくなるんですけど。で も、ま、考えてみると、例えば、あの腸と 脳って相関がしてますよね。で、農長相官 っていうそうなんですけど、だ腸のこと 私たちは意識的に理解してるかとしてない と。で、一方で腸は影響与えてるって言う と、一体何が私たちのこの感覚に影響与え てるかっていうと身体なわけですよね。 そして身体は外に開かれていて、外の影響 を向けている。このうん、よくわからない んだけれども身体が感じ取ってきたものが 私にそのように感じさせるっていうことを 抵抗なく受け入れその通り行うとま、そう いう意味ではミッションに近いかもしれ ないですけど少なくとも理解したっていう 世界とそのように立ち上がってるものを 受け取ったっていう違いが私はミッション 的なものとタオ的なものの違いとしてある んじゃないかと思ってるんです。私は身体 の人間なので、この身体が受け取った、 これまでに育ってきて、世界を受け取って きたその結果、私はこのように生きる、 生きるべきっていうか、このように生きて しまうんだよねって言って抵抗しようが すまいがっていうあるがまま的な生き方 みたいなものを私は美しいって表現して いいかわからないけど、 何かうん、意味を感じるっていう感じ なんですね 。で、私にとって見るとこの美しい人生と はそういうところかな。ま、これ美しいっ てでも表現するのかな?そうありたいって いう感じもしますけどね。私の場合。

ま、ちなみにこれ美しさって言うと、あの 、おそら心理学みたいな世界で、ま、あの 、美学ってのはありますからね。美しさを 考える。これ身の哲学なんだそうなんです けど、それとは別に心理の世界だと ビクトルフランクルってのが夜と霧りの中 で、ま、美しい人生とは何かとか美しさに 美を感じるその感性について語ってるわけ ですよね。それが人の生きる時の最後の 寄り所になるっていう風にだからその綺麗 とかそんな感じじゃなくて、そのもう ちょっと根本のせを支える何かとしてBを 見てるわけですよね。フランクルがこう いう感覚もなんか分かる気がしますね。 ただ生きてると諦めてしまう時がある けれども美しく行きたいとか私はこういう 風に行きたいとこうであってはこうであり たくないみたいななんかそれが最後の 寄りどになる感じもしますね。ちょっとは さっきの私の話と矛盾するようですけど、 ま、とても面白いあの問いなんで色々考え させられましたけど私としてはそんな感じ かなと思ってますが皆さんはどんな風に 考えでしょうか?あのめにこれ質問 いただくと私は答えるってシステムになっ てましてですね、質問が来ないと答えられ なくなっちゃうんで是非質問いただければ と思います。