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試し大学の質問コーナーです。質問です。自分から楽しんでいる状態と、エンターテイメントなどの理論によってですね、ま、外的環境によって楽しまされている状態があるとすると、楽しまされている状態を自分なりに理解して、自分に対して自分で楽しませる仕組みを作り続けて楽しんでる場合、それは自分から楽しんでる状態にカウントされると思いますか?
先日、楽しんでいる状態と楽しまされてる状態についての動画、とても興味深かったです。た瀬さんの考えをお聞かせください。よろしくお願いします。
これはあの、好きなことにはまった結果、何も残りませんでしたっていう参照動画タイトルへの、え、アンサー質問ですね。これ非常にありがたい。私、このアンサー質問と私がこれどうですかねって疑問やってこう思いますみたいな。この往来がですね、あの大好きなので、こういうことは非常にありがたいなと思います。皆さんも是非、あの送っていただければと思いますが、これはですね、ま、本当に肝だと思いますね。楽しむっていう行為を考察する上で、え、楽しまされてるか楽しんでるかの境めってのもう本当に気になると思うんですけど、私、結論から言うと、これは楽しんでる状態にカウントされると思うんですね。
これ要するにどういうことかって言うとですね、え、自分自身が楽しまされてる状態っていうのは、え、自分自身が、ま、それを楽しいわけですけども、え、何によって楽しんでるのかっていう、こう外からの視点というか、自分を含んでいる周辺環境が自分に与えてる影響は何なのか、それによって、ま、自分が何らかの関係を持ってですね、それを楽しんでるわけですよね。映画でも、映画っていうものを自分が資格的に見て、この間に楽しむって行為があるわけです。で、つまり周辺の環境とか外的なものと自分っていうものの間に楽しいっていうことが生じるわけですよね。
で、楽しまされてる状態ってのは、この外的なものの視点がないままに、こちらから生じてる楽しいっていう感情だけをま、そこ追っかけてる状態ってことなわけですよね。で、これって考えてみていただけるとお分かりの通りですね、若干動物的な反応なわけです。つまり起きてる出来事に対して自分が、ま、そうだという風に、ま、そう引きずられてると。で、これのすごい大げさなバージョンが私は依存症っていうやつだと思うんですね。つまりアルコールとかドラッグとか外部的な刺激によって、それを自分が楽しいとか何らかの心地よさをですね、覚えて、でその快感を覚えるからそれを求めていくっていう。で、ひたすらになんか繰り返されていくと、だんだんだんだんこれによって自分がコントロールされるようになってきますよね。この外的環境によって。なぜならそれが欲しくてしょうがないので。で、こういう経路が1回できてしまうと、あとは自分がちょっと下べのようになっていって、刺激をずっと追いかけ続けることになっていくと。これ楽しむ、つまりこれらが楽しまされてる状態ってことだと思うんですけど、
楽しませてる視点っての何かって言うと、一体何をすれば自分っていうものが反応して、それを面白がるのか、興奮するのか、好奇心を持つのかっていう、この関係のこっち側が見えてるわけですね。こちらが見えない時にはひたすらにパッと見えてるものをこうやっていくんですけど、それを外から自分を見て、どうしてこれをやると自分面白がれるんだろうか。もしかしてこれをチューニングすると、え、変わるんじゃないかっていうことができるようになっていくわけです。で、こっち側で自分自身をコントロールし始めると、1つメタになりますよね。で、メタになりますし、これは当然自分もなんですけど、自分っていうものがカテゴリーに含まれる日本人とか人類っていうものもこの見てるわけですね。つまりある程度自分が楽しいなら、人類も普遍的に楽しい可能性が見えるわけです。そこで要するにエンターテイメントを作る方達ってのは、基本的にはこの視点を持っていて、ま、人は大体みんな面白いと思うんじゃないか。ま、日本人は面白いかもしれないとかですね。その範囲はそれぞれでしょうけども、そこに向けて視点があるので、人を楽しまさせることができていくんだろうと思うんですね。
で、実はこの楽しま、自分を楽しまさせる仕組みが作れる人っていうのは、簡単に言うと人間を非常に深く理解して、人間のあるこう感情、人間のある感情にこう刺激を加えることで、人の行動を変えたりですね、人の気持ちを変えるってことはできる人なわけですよね。これめちゃくちゃ強いですよね。で、楽しいっていうことに関してこのアプローチありますけど、この恐怖とか、人がつい動いてしまうような枠組みたいなもの使えると、ま、これいよいよあの独裁者の入り口っていうかですね、こう人をコントロールすることができるようになっていくわけです。ま、私あんまり好きな考え方じゃないんですけど、ま、ただこれ強力なんだろうなと思うのは、あの、影響力の武器っていう本がありまして、人間っていうのはいかに、えー、こう人にによってある影響を受けてですね、その行動が取ってしまってるか、ま、一応分かりやすい性ですかね。変性だったと思うんですけど、変の、え、理論ってのがありまして、それは簡単に言うと、人に何かをされるとお返ししなければならないと思っ てしまう感情が私たちにあると。だからなんか最初にこれをあのただですからどうぞって言って渡されて、スーパーでウィンナーを食べさせられるとなんかウィンナー買わなきゃいけないって気持ちになる。あれ決して美味しいから買うってよりも、なんか罪の意識を持つ人が一定数いてですね。私もそうなんですけど、そういう人がま、それを買うように促していけ るっていうことも含まれてるわけです。
だ、この視点でよく見てみるとですね、なぜ企業が最初にプレゼントをするかとかですね、え、ティッシュを配るかとかですね、ま、ちょっとした詐欺師的な人が1番最初に親切にするかとかですね、それ が非常によく分かってきた。で、この仕組みをよく分かってないと、人間ってのはそうしてしまうもんだっての分かってい ないと、よかれと思ってとか自分が正しい振る舞いをしてると思って、このぐらいされたんだからお返ししないと思って、ついついえ、なんか入っちゃうとかサービスに入っ ちゃうとか、そういうことしてしまうわけです。
ま、これは変性なんですけど、これを楽しませるって世界にもやっぱり人を楽しまさせる仕組みってのはいくつかあって、ま、こういうものが非常によく洗練されてるのは多分ソーシャルゲームの世界とかですね。それからパチンコみたいなのもそうかもしれないですけど、なんで音がなんなに大きくなってなきゃいけないとか、光がビカビカするのかとかですね。え、当たった瞬間のなんか演出の感じとかです。あの、やっぱり人間のこう興奮させるっていうか、刺激で興奮させることによって、それに対してはまりやすくなるっていう仕組みをよく知ってるんだろうと思うんですね。
ですので、え、質問にこうストレートにお答えすると、ま、まさに自分を楽しませることをうまく設計できるっていうのは、もう楽しんでる状態の肝ですし、さらに言えばこれが本当にできるようになるっていうことは、社会に対してある一定の影響を与えられるっていうことなわけです。私は言葉の世界の人間ですけど、講演会とかもよくしますけど、基本的にはこですよね。あの、私自身が言いたいことがあるんではなくて、え、なんて言うでしょうかね。いつもイメージするのは、私にあるメッセージがあるんじゃなくて、みんなになって欲しい心の状態があるっていうことを考えながらやるわけです。ま、それは気づきなりですね。え、気分もありますよね。楽しい気分もありますし、前向きになるってのもありますし、え、いろんな状態がありますけど、それは私の言葉と私の存在ってのはあくまで媒介とか刺激であって、ま、森に行ったら木を見て気分がいいなっていうのと同じですよね。私っていうのはただのその人にとってみるとただの外的環境なんで、だその外的環境がどんな風な働きかけをすれば、その人の心の中にええ、こうなったらいいなと思う状態が生じるか、っていうのをま、それを考えて基本的にま、多くの言葉の世界の人はそうすると思うんですけど、そうしているとなので、え、言葉っていうのが自分の考えを伝えるのではなくて、相手になって欲しい状態をを引き出すための外的なこう取りであるという捉え方をすると、また見え方変わってくるんですけど、ま、これと似てますよね。楽しいっていうのもどういう状態を作り出すと、その楽しいってのがうまく引き出せるかってことを思いついていくようになっていくことかなと思います。
あの、私の教育師は息子に、ま、ゲームでも何でも自由にどうぞなんですけど、なんでこれ面白いと今思ってるかっていう質問をよくするんですけど、このメタな視点が生まれるかどうかが、私はあの人が人のこうにうまく影響与えたりですね、いい影響を与えるってために大事なことなんじゃないかなと思ってます。ま、ユーモはもう1つこれに関わってくると思いますけどね。というのは私の回答でございました。え、皆さんはどんな風にお考えでしょうか。