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人生の選択を考える

為末大学 Tamesue Academy10:55

Transcription

た大学の質問コーナーです。質問ですね。何かを、これはですね、戦略は短所からといことに対しての、え、ご質問です。ね。追いかけて何かを自分で意図的に縛りつけるという部分をもう少し深掘りして解説して欲しいです。現代は情報に溢れていて興味が散らばってしまいやすいので、いかにして自立的に規制するのかが気になります。

はい、これですね。おっしゃる通りで、え、ま、これ、あの努力っていうのを調べると、とっても面白い。昔調べた方の話を聞いて、とっても面白かったんですね。それ何かって言うと、努力っていう概念っていうのは結構最近のものなんですね。で、それより前はですね、ま、例えば、え、ま、忍耐とかですね、柔軟を、受けるとか、なんかそういう感じの表現だった。そうなんですけど、これ要するにどういうことかって言うと、ま、主には、あの、活版印刷が広がってから、ま、あの文章っていうのは西洋にさん溜まってましたから、それ、Googleかなんかで結構追跡調査して、過去の文献とかも含めて単語の品質、あの、え、品質頻度みたいなものを調べたそうなんですね。

で、それ何と相関するかって言うと、結局、中世の、ま、頃ってですね、ヨーロッパで、まず、移動の自由がそんなないわけですよね。自分がどっか隣の町に行こうと思っても、認められないといけない。で、それから職業も選べないと。ま、階層もあったでしょうから、貴族と、ま、民と、ま、もう少しいくつか、え、階層があって、それの移動も基本的にはできないと。いうことで、自分自身の人生っていうのを、選ぶことてのが、それほどできなかったと、思うんですね。と言われてますね。で、村の中に生まれて、村の中で生きていくってのは、ま、基本的な人生だったという感じだろうと思います。で、役割をこなして、え、自分の親がやってた職業を自分もやると。そうなってくるとですね、夢っていう言葉がまずなくなるわけですね。で、自分の人生ってのは使命を受けて生まれてきて、で、それをこなしていくということになると思います。ま、か、あの、キリスト教ってのは、ま、キリスト教が強かったですから。で、そうすると、ある絶対的な神様を想定するわけですね。で、絶対的な神ですから、え、全てはご存知であるということになるわけですね。で、全てがご存知であるっていうことは、自分が何を考えて何をしようとしてるかも神様はご存知であると。ま、さらに言えば、それらを神様自体が最初からデザインしているわけですから。そうすると、え、それもまたデザインされたものの一部であるっていう風に、当然考えるわけですね。ある、ある機械時計を作った時計士が、機械時計の中で起きてる出来事が、一つ一つがまるで自立的に動いてるように見えたとしても、それは機械時計を作った職人によってのデザインの一部であるっていうことに考えられますから、ま、そんな感じで、え、捉えられていたそうなんですね。

で、これがところ、が、そこから少しはみ出ていって、ある種の自由意思を認めていくっていうか、人間には意思があって、自分の意思をこう、夢を持ったり、こうなりたいとかですね、こうなるぞって言って決めて、そのなるために努力をして、なりたい自分になっていくんだ、なりたい自分に自分がなっていくんだっていう、このことと努力って概念がくっついていくわけです。ね。で、初めてここにおいて、ま、ちょっと西洋だけが世界ではありませんけれども、ま、おそらく階級の縛りみたいなものは、どの国にもあったでしょうから、ま、この辺りからですね、人間っていうのが、なりたい自分になるんだっていうようなことが、ま、起きていくということだろうと思います。で、そうなっていった先にですね、じゃ今度どんどんどんどん、なんて言うんでしょうね、あの、人間の、あの、選択が増えていくとなりたい自分になるんだから、え、努力すれば慣れるんだと。で、一方で、ということは、慣れなかったら努力不足であるっていう話になっちゃうわけですね。当たり前ですけれども、なりたい自分に努力すれば慣れるんだから、慣れなかったんなら、あなたは努力不足でしたと。しかし、これ辛いですよね。やっぱり自分自身がもし頑張れば慣れてたのに、慣れなかった。この人生、叶わなかった。この夢ってのは自分を苦しめるってことになりますから、これ非常に辛いわけですね。

ま、プラス、現代においては情報爆発で、インターネット上に山ほどこんな人生ありますよと。こんな豊かな人生もありますよ。選択ミスったらおしまいですよ。大学の選びの時点で失敗したら、もう人生決まりますよ。就職が全てですよ。最初に入る社会が全てなんですよと。ま、こんな言説がいっぱい溢れていてですね、怖いですよね。やっぱりそうすると、情報集めなきゃいけないと。でも、集めれば集めるほど、山ほど集まってきて、どれも魅力的にも見えるし、どこにもリスクがあるように見えて、一体自分は何をやればいいんだろうか、よくわからないと。で、朝起きったら、すごいわっとビットコイン上がりましとかですね、なんかいろんな情報でやってくると、え、しまった。僕はあれやっとけばよかったんじゃないかとか。ま、未だに私、10年前ぐらいに、10年前かな、数年前にビットコインていうのがあったんで、せ君て言って、そういうの買ったらって、ま、本当こういうスポーツ選手ね、こういうのはいっぱい来て、もう僕も本当にあの苦しい思いもあるんで、あの、そういうのはちょっと取って言って、何度、あの時買わなかったビットコインをしたかと思いますけど、ま、それ取ってもいいんですが、ま、ともかくです。ね。情報が多くて気が散るわけですね。で、人生って一瞬ですから。ま、多分、なんて言うんでしょうね、本当にある領域を積み重ねようと思った10年ぐらいだと思いますね。だ、スポーツも大体10年って言われるんです。私、ハードル始めたのが、え、18歳で、ま、28がピークと、ま、大体そんな感じなんですね。ま、そう考えていくと、それ5やったら50年ですよね。で、20歳から5かやったら、もう70歳になってても、大体そこで人生だ。その後もま、あるでしょうけども、ま、ある修行性的な世界ですよね。ま、そう考えていくと、どうやって自分自身を、どの領域に縛るかっていうことの、ま、これ9割運ですよね。で、でも、で、1割はま、自分の選択なんですけど、でも運なんだけど、そこを間違えたとこに化したと言っても、不幸せかって言ったら、私全然そことないと思っていて、ま、大体の領域で、私言葉が好きなんですけど、大体の領域の言葉はあるし、ま、よっぽどとんでもなく嫌だじゃなければ、ま、ほとんどの世界で楽しめると思うんですよね。ま、そういう意味でもう決め打ちだと思うんで、ここだと思うとこに自分化して、それをやっていくっていうしかないんだろうと思うんですね。で、その時に一番自分に合うもの、自分が成功できるものを選びましょうっていう風に、世の中に言葉があると思うんですけど、私は多分それかなり嘘だと思うてて、そんなこと分かる人ほとんどいないわけですよね。多少終盤は選べますけど、あ、自分はこれまでのキャリアこうで、自分が好きなことこうだから、掛け合わせるとここかなとか、そのぐらいありますけど、前半は無理なんですよね。で、そう考えていくと、ま、まずでも何かそ、そうは言っても探してる間は積み上げられないので、何でもいいから1個積み上げるしかないと。私も本当に広島のしょうもない中学生だったんで、この陸上競技ってのにたまたま興味があって、縛りつけて自分を25年積み上げると、ま、それで自分が出来上がったようなところがあるので、こので、当時はでもサッカーの年収とかわかんないですね、野球とかね。で、陸上が世界で行くのがどんだけ難しいかとも知らないですし。でも、それ知ったところでって感じで、ま、ともかく最初は、何でもいいから興味があるとこに自分を縛りつけて、そこをやってくってのは、なんじゃないかと思うんですね。で、そのことの縛り、縛りつけるので大事なことっていうのが、ま、ビジョンだったりとか、ま、ミッション、それから自分自身のなんか呪いもありますよね。なんか影をつけたとかですね、なんか、広島に生まれて、広島なんだとかなんかそういう風に自分を縛って、最初はそれが窮屈で嫌なんだけども、ま、最後の方になってくると、ま、みんなそういう何らかの縛りがあって、本当の意味での自由な人なんていないんだってことに気がつくと、この縛りを極めてみようか、っていうことになるんだろうと思うんですね。で、これを意図的に縛るか、それとも環境的に縛られるかあるんですけど、これは結構私は人生の終盤には曖昧になっていくものだという風に思っていますね。

というのが、私が陸上始めたのは、陸上がいろんなもの選んで好きだったわけじゃなくて、姉がたまたま言って、足がたまたま早かった私が、それと出会って、足が早いのは別に私の努力じゃなくて、母親私をそう産んでいて、で、母親私私は母親から生まれたんじゃなくて、母親が私を産んだんですね。I was bornなわけです。私は受け身で生まれてくるわけですから、生まれたくて生ま、生まれるって選択をして生まれた人いないわけです。が、その時点から受動的なわけです。自分の人生自体が自動的に始まっていて、夢は能動的であるってのは、私はどうしてもロジックが納得いかなくて、実はかなり人間ってな受け身で始まっていき、まるで能動や主体的な選択をしたんだっていうバーチャルなものをそこに組み込みながら、なんか自分の人生らしいものを作り上げていくんだろうと思うんですね。で、その上で積み上げていくんだけども、でもやっぱりいろんなとこに振り分けにいかなくて、ある程度ギュっとしたとこにやった方が高さが出ていくので、土台もしっかりしますし、これを何で縛るのか、それは自分で糸で縛っても、ま、最近はそういう言い方が多いですけどね、社会は自分の夢を持とうとか、でも、社会が縛ってもいいし、でも何かの領域に一生懸命特化して積み上げていくと、え、ま、そに何かが生まれてくるっていう、そんなことをお話したものですね。これが可能性は無限大だったいう若い時にはあんまり分からなかったことで、私が本当に運が良かったのは、ADHDでも多分ありながら、え、注意散漫で勉強もできなかったけども、たまたま陸上競技にはまって、たまたま陸上の才能があったので、25年そこに積み上げていくプロセスで、ま、何か得たものっていうのがあったんだと。これが私にとっての本当にラッキーな点だったなと思っています。

はい、ま、こんな感じで試大学ではですね、皆さんの質問いや、ちょっとこれわかんないとか、こう思うみたいなことも受けながら、それに対してこうやって一緒に議論しながらですね、あの考えを深めていくと、ま、良い問投げかけるっていうのは私の役割だと思っていますので、是非こういうごご質問いただけるとありがたいなと思います。