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質問コーナーです。こんにちは。いつも楽しく拝見しています。質問です。様々な競技で外国の指導者に指導を受けに行く、外国で練習する選手が増えてきました。結果を出す上で思考錯誤は必要かと思っております。具体的には、今の海外の指導者にあって、日本の環境や指導者にないもの、足りないものってどんなところでしょうか?分かる範囲で教えてください。
はい。え、これは最近多いですね。多いご質問ですね。あの、ま、海外って言ってもですね、これ私が知ってるの、滞在したことがあって、交流もして知ってるのってのは、アメリカのま、西海岸のみですね。ま、ちょっとフロリダにありましたけど、ま、サンフランシスコとかサンディエゴのチームに行ったことがある。それから、え、オランダのハーグってところに行ったことがある。ま、海外のコーチとちょっと交流はしたことがあるっていう程度ですね。ま、その前提でですね、え、ま、だから海外って言っても、ま、かなり対応ですよっていう前提で、ま、日本の特徴って何ですかていう言うとしたらですね、私は日本のコーチのレベルは世界で比べてかなり高いなという風に思ってます。特にジュニアの指導者ですね。もちろんばらつきがあるわけですね。その、ま、なんていうかな、部活動システムってのありましたので、全国に陸上、全国ってか全国の学校の結構な割合に陸上の指導者がいるってこんな国ないですから。ま、相当あの、それは、いろんなばらつきがあると思うんですけど、その中でも素晴らしいって言われてる指導者の方は本当に、え、ま、なんてでしょうね、質が高いっていうか、よく選手を見ていて、トレーニングをよく組んでるというところがあるかなと思います。で、トップ選手もそうですね。なので、私なんか選手の時に、ま、言語の問題さえ超えたら、日本のコーチがジャマイカの選手教えるのが一番世界で早くするのにじゃないかと思ってましたけども、ま、そう思ってますね。
で、その前提で、じゃあ何があ、海外にあって、何が日本にないかっていうと、これ実は逆かなと思っていて、何が日本にあって、何が海外にないかっていうものなんですね。で、私が一番思うのはですね、日本の指導のシステムの一番の思想の根幹は、人を育てているっていう風に日本は思ってるんですね。あの、スポーツを通じて私たちは人を育てているっていう、ま、ある種、一億総教育者みたいなところが日本ってあるんですよね。で、それはとっても良い点で、ただただ、あ、なんていうかな、あの、技能を教えればいいだけじゃなくて、そのことを通じた上で人間育成っていうか、そういうものをやろうという意識がとても強いんだろうと思うんですね。で、これがトップのレベルまで行ってもそうである。ところがですね、これ、選手への介入がどうしても強くなるんですね。なぜならば、例えばグランドを出たところで、選手が何をしているかっていう生活がありますけど、この生活も競技に影響してくるんだっていう風に考えがちなんですね。で、ま、コントロールしようと思ったらできるかもしれないですけど、までもそれってその選手のこう個人の時間なわけですよね。だ、もうちょっと海外のコーチの、もう、もうちょっとなんかドライに行ってしまうとです、ま、これトップですね、ジュニアじゃなくてトップのコーチのドライに行ってしまうと、強くなりたいのはあなただから、それのお手伝いはするけども、脱落するのもあなただよねっていう、そういう前提があるわけですね。救おうとしないっていう感じですね。だからなんか基準を設けていて、そこをクリアしていったらどんどん伸びていくんだけど、それを自ら、ま、例えばこうクリアしようとしなかったら、あ、それはそれであなたの選択だからって言って、そのままリリースする感じがあるんですね。
も、繰り返しますけど、海外って言ってもいろんな世界中ありますから。東アジア圏、韓国とか中国行くとちょっと日本と近いウェット感があるとか、アジア圏は比較できそうだなと思うんで、ま、今陸上競技も陸上の話だと思いますけど、陸上競技の世界っていうのは、ま、あの、あ、でも様々な競技って言ってますね。ま、こと陸上だけでちょっと話しますけど、ヨーロッパアメリカが強いので、この北米欧州圏においてはそれがちょっと強いかなと思います。で、それの良くない点は、なんか冷たいんですね。で、ダメな選手をも救い上げないと、いう感じあるんですけど、良い点は、あの、選手の自主性っていうのが育つわけですね。よく自主性を育ちましょうっていう風に言って、どうやったら自主性が育つようなアプローチができるかって議論するんですけど、自主性が育つ一番いいアプローチは放置ですね。放置して、ま、例えばキャンプ場みたいな、やったか無人島に連れて行ってですね、あの、誰かになんかやってもらおうと思ってる人間が一人で置かれて、三日も経つと死んでしまうわけですよね、いろんな理由で。で、その時に自分でやらないと生きていけないんだって思うと、自主的に何かを見つけに行ったり、食べ物見つけたりするわけですけど、これだと思うんですね。自性の本質は、自性の本質はほっておかれた時に自分でなんとかするしかないって思うことだと思うんですけど、このほっておく、で、本当に最後の最後まで救済しないっていう、なんかドライさが日本のスポーツ会はあんまりないんですね。なんか最後の最後、先生が手を差し伸べてくれるんじゃないか、最後の最後誰かが助けてくれるんじゃないかっていう、なんかセーフティネット感があるんですね、スポーツの指導な。それとっても、繰り返しますけど、いいことだと思うんです。あったかくて、え、才能があるない関係なく救い上げられるんですけど、でも海外のチームに入って、やっぱりドライだなと思ったのは、その、だ、脱落する自由もあるんだよね、君にっていうか、うん、そんな感じなんですね。あ、練習来ないの?あ、いいよ。でもしばらく来なくて、で、そしたら忘れられてるみたいな感じなんですね。あ、そういえば来てなかったねって いう、ただただ存在がなくなっていくって感じなんです。このドライさっていうか、これは、あの、す、あの、ジュニアにもいいと思わないし、みんなにとっていいとも思わないんですけど、でもトップ選手を育てる上では非常に重要で、やっぱこの目、め、っていうんですかね、自分でやるしかないんだっていう、で、自分が自分でコーチを選ぶんだ、て、コーチが自分を選ぶんじゃないだ、いう、この自己中心感、自、自主的に生きていく感じ、これがあるかないか大きい気がしますね。で、それを生み出すために突き放しがあるわけですけど、この突き放しってのが育てるためにあえて突き放しておいて、選手が気づいた時にお前もようやく気づいたか、みたいないわゆる日本的漫画のようなアプローチじゃなくて、本当にただコーチが忘れてるって感じなんです。あ、いたのみたいな、あの、いるってこと示すなる、ちゃんと実力発揮しないとね、みたいな、なんかそういうこ、どう言うんでしょうね、なんかその実力主義的な感じって言うんですかね、ま、シンプルでいいんですけどね。介入もされなくて、私は心地良かったなと思うんですけど。だ、つまり、日本の指導者には愛がありすぎるんじゃないかってのが私の、愛っていうかな、なんか救い上げの感覚がありすぎるんじゃないかなと思います。で、これ繰り返しますけど、ジュニアにはとても良いし、全体にとってはいいことだと思うんですけど、ことトップ選手を育上では、ちょっと自性を鍛える上で突き放し感が弱いなという印象がありますかね。
すいません、かなり乱暴な分類なんで、ま、実際にいろんな世界を指導者見た方はまた違う観点もあるでしょうし、え、また違う見方もあるかなと思いますので、ま、私の1意見ということで、あの、一つ聞いてもらえればいいなと思います。あの、こちら質問コーナーでは、質問に私回答するんですけど、ま、こういうものはまさに私自身もよくわからなくて、多分こうじゃないかなと思うんですけどねって いうのを回答しますので、是非皆さん、俺はこう思う、私はこう思う、こんなこともありえんじゃいか、こうは逆にこう考えるとこれって何だと思いますか、みたいなやり取りが起きるといいなという風に思っております。