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え、ため世大学の質問コーナーです。え、私は料理教室を主催しております。食生活にかかる時間は1日の中でもかなりの時間的ウェイトを占め、複雑さもあります。私の考えとしては暮らしを楽しめるもしくは苦なくやってのける人はとても幸せなのではないかと感じています。それを料理教室で伝えたいのですが、本来は自行してどう感じるかは人それぞれで良くて、こう感じて欲しいと考えるのはでは私の英語ではないかとも思います。ため勢さんがおっしゃられてた私にメッセージがあるのではなく、みんなになってほしい心の状態があると考えて講演するとは全社の違いは何で具体的にどのようにアプローチするのかを教えていただきたいです。せさんが人に怖ってほしいと伝える時に大切にしていることは何ですか?
うん。はい。これはですね、ま、まずあのおっしゃるところ私100%同意で生活、ま、例えばですね、え、ま、庭があったりとかプラントでもいいんですけど、そこになんかバジルが生えてて、そのバジルがだんだん育ってきたなと思いながら、あの、バジルが育ってきたらなんかバジル切ってありますよね。スパゲッティ、バジルあえてやる。のスパゲッティ作ろうかなとか、そん時にあ、じゃああそこの白ワイン飲もうかなって思いながら生活するのが幸せの1番大事なポイントだと思うんですよね。うん。と思います。私は料理は人の幸福感に結構大きな影響じゃないかと。自分がする、料理を好きでするのでよく思いますね。
で、本題なんですけども、じゃ何が違うんだろうと、私がメッセージを出すってことと相手になってほしい心の状態があるっていうこと何が違うのかってことなんですね。うん。これはですね、多分、え、ひな、何て言うんでしょうね。うん。1番はこれ宗教って括りで言っていいのかわからないですけど、またせの西洋の東与も乱暴だと思うんですけどででも例えばですね化する世界ではメッセージが変わるっていうのは非常に理解されがいことなんですね。つまりどういうことかって言うと名文化しますからルール化するんですね。で、ルールは全ての場所において適用されなければならないですよね。例えば嘘はついちゃいけないっていうことはAっていう場所でも嘘はついちゃいけないし、Bでも嘘はついちゃいけないという風に考えるわけですね。で、これが名文化の世界ですよね。
で、一方で私が思うちょっとま違うんですけど、ま、例えるならこうなってほしい心の状態があるっていうのは嘘をついちゃいけないっていうのはその嘘をつくってこ行為そのものではなくて相手のことを裏切っちゃいけないとかですね。え、事実が云々んじゃなくて相手をこうなんて言うんですね。あ、うん。なんて言うかな、相手を馬鹿にするじゃないけれども、自分は知ってて相手は知らないとか、相手をこうコントロールしてるとかそういう状況が良くないっていう風に思う感じが嘘ついちゃいけないの。奥に込められてると私は思うんですね。だから例えばある方が亡くなる間際に嘘をついちゃいけないならあなたはがですよっていうことを申告した方がいいのかどうかっても嘘ついちゃいけないんだら癌って知ってるんならって言わなきゃいけないんですけれどもでまその人になってほしい心の状態があると思ったらがだと知っていてもそうじゃないっていうこともあり得るんじゃないかと。もちろんそういうこともあり得るけど、それは全てその時の環境がどういうものかによって決まるんじゃないかっていう関係依存的な考え方をするわけです。ま、一般的にはですね、西洋の方が関係依存的じゃなくて、トヨの方が関係依損的なコミュニケーションを取ると言われますけど、ま、私は多分そっちが強いんだろうなと思うんですね。
で、そう考えていくとなってほしい心の状態をイメージするってどういうことかと言うと、そうね、私はこういう風に思うんだっていうあの話。私はこうなんだってメッセージを言う言うんですけども、ま、言わざるを得ないんですね。たくさんお前にしてるからそう言うんですけど、ででも感じとしてはそのそこにいる1人の1人 の人がある心の状態、それは決して言語的にはっきりしたアイデアの状態じゃないんです。こういうメッセージを受け取ってこうしていこうっていうメソッドとかhowウトtoとか、え、知識の形になってるものじゃないのを伝えたいって私はずっと思ってるんです。それはある心の状態っていうか、なんかみんなの心がカラっと晴れた改正のようになってほしいとかそういう感じですね。前向きになってほしいとかそういう心の状態に持っていくために言葉を使っている。まあなんなら言葉じゃなくて実は自分もそう使ってるって感じなんですよね。自分っていう存在は陸上やってきて、ま、その他にもいろんな、まあなんかメディアで発言したりもあるし、ま、いろんな背景がある。その人間がな、何て言えば相手の心の状態を作れるのかっていう風に使ってるって感じですね。だから同じ言葉でも私じゃない人方が人が言った方がいいことがあればもしそれができるんであればその人に質問することでその人にその言葉を言った方が社会にとっていいこともありますしね。私が言うよりもって感じですね。だからなんな何て言えばいいんでしょうね。これをね。だからなんかイメージで言えばここにあってこうあってメッセージってのはこういうもんだと思うんですけどまたこういう放射線上のもんだと思うんですけど私はある物事があるこのネットワーク上のなんか広電気みたいなものビビビビってこう広がってますよね。で、この電気みたいなビビって広がってるものがなんとなくこうふわっとしたこういう状態を作りたいって時にいろんな状況を使いながらそこを作っていくっていうそんなイメージなネットワーク上っていうか全体の関係性の中にそれを扱いたいみたいなイメージなんですね。相手の心の状態も含めてですので。で、そうが1番相手の自発性に踏み込んでない気分になるんですよ。つまりメージって相手の考えを変えに行ってる感じはしてて、ま、変える時もあるんですけどでも本当にその人の中に生まれてくるアイデア心はその人のものなんで、それは相手に委ねることでそのための前立てをするっていうようなやり方をまたは響き合うに近いかもしれないですけどね。ま、セッションみたいなもんなんで、それをいつもイメージしてる感じです。相手がついそうしたくなってしまうような感じの言葉は何なんだろうかとかっていうのを考えてる。ま、その何をしたく なるか相手次第なんだけど、ある心の状態ができればその人がその人なりのあ、おそらく選択をしていくんだろうと。なぜなら全ての人は違いますしね。全ての人が置かれてる状況も違うし、フェーズも違うんで、それは全員に共通するメッセージなんてないんだけれども、そうなんじゃないかと。
ま、考えてみればですね、成長のフェーズでメッセージなんて思いっきり矛盾しますよね。例えば素人の人だったら、あ、今いいから言われたことやった方がいいよって言いますし、でもある程度やってきたらそんなに肩にはまらないで自分の思うようにやったらって言いますよね。ででも同じ人に対して全く真逆のメッセージを成長のフェーズにが違えば違ってくるわけですから、それらがこれだけのなんかな、たくさんの人口がいれば全員に対してのメッセージが本来変わるはずなんです。そして同じ人に対しても来週のメッセージも変わるはずなんですよね。で、それらをやってるっていうイメージですかね。だいぶすいません。なんか伝わったかわかんないですけど。ま、そんな風に世の中を見ていますし、人と人との関係もそんな風に見ていて、何ひつカチっとした固定されたものがあって、一貫したメッセージがあるとも思ってなくて、ずっとそういう風に漂続けている世の中のこうある種のこう揺らめきみたいなものを見ながらできたらこういうゆらめきの方がいいんじゃないかっていう方に促していくってのは私のやり方かなと思ってますね。お料理教室頑張ってください。Ja.