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欲望と理性との付き合い方はどうしたらいいでしょうか?

為末大学 Tamesue Academy10:00

Transcription

た大学の質問コーナーです。質問です。え、昔の動画にすみません。熟達論拝読しました。とても気づきの多い1冊でした。ありがとうございます。え、こちらこそありがとうございます。後書きの中で息子さんとの会話、「言われた通りにしなければ」と「従いたくない」という気持ちの揺れ動きについてが高祖に役立ったと読みました。とても深い問いで、大人の私も非常に気になっています。素直さとユニークさ、そのバランスでしょうか。か、お時間がありましたら取り上げていただけると幸いです。ありがとうございます。

これは軸達論というですね。私のま、もう渾身の一冊と言っていいと思うんですけど、私の教育人生の学びって いうのをま、まとめた本になりますね。全ての、ま、主にはですね、身体を扱うような技能系のものには同じような熟達プロセスがあるんじゃないかというのをまとめた本ですね。

で、この中で私の息子がですね、え、ま、私はこうし なさいっていうので、ま、勝ってんだけどやりたくないっていう気持ちで自分のここが割れそうになってるんだっていう風に息子が私に説明したことがあるんですね。で、こいつなすごいなと思いながら、まだ5歳か6歳ぐらいだったんでね、聞いてましたけれども、ま、その時のあの何が起きてたかっ ていうご質問だろうと思うんですね。

で、要するにですね、私たちていうのは常に、え、この葛藤抱えてるんだろうと思うんですね。ま、シンプルなことで言うと、と、え、毎日好きなもの食べたいっていう気持ちと、で、好きなもの食べたら太っちゃう、病気になっちゃうっていう風に頭で分かってる気持ちと、ま、これ多くの場合は頭と心で我々表現しますけれども、この間で葛藤動きますよね。こうしたいと思ってる私、そうすべきだと思ってる私、がコンフリクトする。で、これどっちかバランス取るわけですね。

で、多くの場合はですね、こうしなければならないが勝つこと が大切だという風に言われています。え、例えばマシュマロテストって有名なテストですけれども、子供たちの前でマシュマロを置いてて、マシュマロをあと30分とか1時間かな、待と2つ食べられるよっていう風に置いておくんだけど、ま、その場のものをすぐ食べちゃう子もいるし、我慢できる子もいるっていう。で、これがま、要するに食べたい、でも我慢すれば将来もっと大きなものがもらえるっていう、これれを自分を抑える欲求ですね。ある種の認知的なこのカットを我慢して頭で抑えると分かってるけど、今我慢するんだっていう風に自分の意識で抑えるっこが、え、表現されたようなテストだと言われています。

で、このマシュマロテスト的なものが我々の人生ずっと付き合って いくわけですよね。こうした方がいいのは分かっ、こうしたいと、だけどそうしたらま、堕落しちゃうとかですね、うまくいかなくなる。勉強したくないで勉強した方がいいんだとか、ま、これずっとやっていって、ま、基本的にはこの打ち勝つ、頭で打ち勝って自分をちゃんとコントロールしていくってのが大切だという風に言われてますますね。

で、一方ではですね、その抑えられた自分っていうものはどっか に消えるのかっていうと、これ私いるんだと思うんですね。こっから先はいろんな人の考え方あると思うんですけど、私は抑えた欲求もまた自分の中から消えるわけじゃ ないという風に思ってるんですね。で、抑えきれるものでもないっていう風に考えてます。

それなぜかていうとですね、やっぱりま、2つ理由がありまし て。例えばですけれどもね、本当に意思が強い人がいて、自分をずっと抑えていくと、そうしたいという自分はそうすべきじゃないってこってずっと抑えていくと、ずっと抑えて抑えて抑えていって、え、いざ60ぐらいになった時にあなた癌になりましたよと。で、もう嫁は半年ですって言われた時に、最後 までこれ抑えていきますか?それとも最後の最後、あ、だったら自分が本当にしたかったことしようと思うかって言うと、後者の選択する人の方が多いと思うんです。

で、なんでそうするかって言うと、だって人生の終わりが見えてるから、最後はもう自分のやりたいようにやるんだと。じゃあ、自分の人生から逆算して、一体いつから自分の欲望解放するのが正しいんですか?っていう問いも成り立ちますよね。これ終わりが見えたから解放するわけで、でも終わりますから必ず我々の人生じゃいつから自分の欲求って解放するんですか?で、これはいやいや、あの若いうちは頑張ってやってね、引退したら海外旅行行くんだとかって、670まで行きますけども、あの特だねって いうので、私倉さんで司会者のですね、小倉さんに大変お世話になりましたけど、小倉さんが後年書かれていたコラムで素晴らしいのがありまして、それはあのいつか行こうと思ってる海外旅行は年を取ると行けなくなるよと。ま、美味しいもん食べようと思っても、美味しいもが食べられるような体じゃなくなるよと。だから若いうちにやっときなさいっていうものなんですね。

これ言い換えると、若いうちにもっと欲望を解放しときなさいっていうことでもあるわけですね。で、一方で若いうちに欲望解放さ せていくとですね、ちゃんと自分を抑えて勉強するとかですね、こうトレーニング社会で成功していくってことはできなかったりするわけです。このバランスどうすんのって いうことなんですよね。

であんまりにもこの欲求を抱えていくっていうのもこれもこれ で問題を起こすと思ってるんですね。あの、ま、最近だとですね、教育虐待って言葉があったりしますけど、私の周辺にもま、あの、大変優秀な方たちでですね、幼少期聞いたらうん、それ教育虐待ギリギリだなみたいな人いますけどけも、やっぱりなんて言うん でしょうね、何とも言いがい傷を抱えてますよ。ね。それつまり自分の本来の自分を解放することに対しての罪悪感を持っていたり、まだそれだったらまだマシなんですね。罪悪感があるぐらいだから、本当の自分はこうしたいと思ってる、でもそういうものなんか出しちゃいけないって気持ちなんですって いう説明ついてますから、私の息子と一緒です。よね。自分はこうしたい、でもなんかこれできないとなんでかっていうと、ちっちゃい時から親にそういうのは言っちゃだめとか言われたからみたいな。でももうちょっと深刻なものは自分が本当は何をしたいかすら分からなくなってるパターンもあるんです。

そから幼少期の早い段階に、ま、その教育虐待的な状況とか、または自分が適をせざるを得なくて、その環境に自分の気持ちを押し殺して、自分はこうすべきだっていう振舞をしていって、それがあまりにも人生の早いタイミングでやりすぎるとですね、それ が自分のやりたいことだっていうのとよくわかんなくて混ざっちゃうわけです。そうすると自分の本来の欲求っていうのが表現できない、認識できなくなっちゃうわけです。認識できないんだけど、何かあると自分の中に、で、ずっと自分の中でなんかモヤモヤしてるとか、ごちゃごちゃしてるっていうか、苦しみがあるっていう、こういう状況が出来上がったりするわけです。

だからとにかく自分は何をしたいかを、知っているってことと、適度にそれを爆発さ せられる、解放させられるっていうこと、そして3つ目大事ですけど、なるべく健全な形で解放させられると。自分の身の破滅を招くような欲望の解放のさせ方じゃなくて、まあまあこれだったら共有範囲かな、ちょっと眉はしめられるかもしれないけど、まあでもいいじゃないかと、人間なんだから、ていう自分なりの解放の仕方を覚え るってことですね。

あの同じような欲求の出し方でもですね、やっぱケーキをどか食いするのもあれば、私みたいになんかちょっと2日よになるぐらいまで酒飲んじゃうって のもあれば、あとはドラッグやるってのもあるわけです。で、2つ目ぐらいまでは許容されるけど、3つ目からは違法行為に入り ますよね。他者に攻撃的になると。だこういう風に自分のでもみんなダイレクトなわけじゃないわけです。つまりケーキが食べた いっていうのは何らかの欲求をケーキに表してるわけなわけです。なぜならケー キっていうものなかったわけですか、人類士 の昔は。でも昔から人間の心の中に欲求って のがあって、その欲求が景気の形で現れてるっていうのは私の見方なんですね。

で、その元になってるものじゃ一体自分はこう何を内側に抱えてるのか、それが表出されたものがこの社会に出てるわけで、逆にそっちに換気づけられてるわけですね。つまり普通に生きてたら別にケーキ食べたくないけど、ケーキ屋さんの前を歩くと、あ、ケーキを見てケーキが食べたいって自分が換気づけられて、ケーキっという欲望が湧き上がってきてるって、これ外からピックアップされてよう な感じですよね。で、この出会いなわけですね。つま自分の中にある何かと外界にある刺激と か結びついて、そこの中に自分の欲望や あるも解放のさせ方がやってきてると。ま、これをよく知っておくってる、コントロールして、なるべく健全な形に落とし込んでい くってのが大切なんだろうという風に思ってます。

ま、ですので、え、私は適度にま、解放さ、どっちかっていうと私はそっち派なんで、もういいじゃないかと、解放しちゃえって いうのを健全な形で、でそれをま、私は伝える側にそういうの推奨すると思ってますけども、でもそれ とま、一方でちゃんと自分を抑圧していくっ てのも大切なことで、このバランスなん だろうという風に思ってます。で、このバランスの取り方が上手になっていくっていうのが自分を扱う技術の1番の根幹で、その技術の1番根元にあるのが自分は何をってるかを知っている、自分は何が足りないかを自分が知っていると。それは表面的なケーキが食べたいとかそんなものじゃなくて、そのもっと奥の方にある自分の欲求の根源を知っておくと。それを買いなせるようになるっていうのが、買いならすって いうのはひたすらに首ね捕まえわけじゃなくて、時々野原に解放してあげたり、折りん 中に入れたり、どうどうどうってやったりです、こういう扱い方を知ってい るってことが自分を扱うということなんだろうと思ってます。

で、私も息子のこの話を した時に、え、自分の扱う技術っていうことを息子に話をして、それと一緒に今後ずっと生きていくんだっていう話をしましたね。はい、ということで、え、ご質問での回答でございました。素晴らしいご質問ありがとうございます。