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【共通テスト】古典文法を50分で完全攻略

PASSLABO in 東大医学部発「朝10分」の受験勉強cafe50:06

Transcription

学びのためにどうもパラボのせ孝です。

さあ、本日の動画では古典文法を一挙に解説していきます。

ところで皆さん、古典の勉強って好きですか?そんなわけないじゃんと思ったそこのあなた、この動画ぴったりですよ。

ていうのも、今回の動画は古典が苦手だよっていう人、あるいは得意にしたいんだけどどうやって勉強したらいいのか分からない、そんな人に向けて動画を作成しています。

で、この動画から初めてパスラボの動画を見るよという方に向けて、簡単に僕の自己紹介をいたします。

現在、僕自身は東京大学の法学部で勉強しております。現役の受験生時代は共通テストの古典で9割、そして東大の二次試験レベルの問題では7割から8割の点数を安定して取ることができていました。

そんな僕ですが、別に高校時代から古典が得意だったわけでも好きだったわけでもありません。

実際に東大や兄弟、阪田や名古屋代など様々な大学の過去問をのべ100年以上解いてく中で、自分なりに古典文法の勉強の仕方、そのノウハウを蓄積していくことで古典の理解というのを深めていきました。

今回はそのノウハウを皆さんに余すことなく無料でお伝えしていきますので、必ずこの動画を最後までご視聴ください。

ただ、パスの動画って見て終わりではないですよね。必ずこの動画で学んだこと、あるいは自分で整理できたことはコメント欄でアウトプットするようにしましょう。

それはただ皆さんの頭の中がよく整理できるからだけではありません。全国で古典を勉強してるライバルたちがどういう風に考えてるのか、どうやって勉強してるのかも知ることができるからこそ、みんなで勉強することができるんですよね。

なので、コテを勉強してるパセラボの視聴者の皆さん全員で一眼となって勉強していきましょう。

この動画で皆さんの古典の才能を必ず開花させますから、皆さんも逆に本気でこの動画に向き合って、何回も何回も復習しながら古典の勉強っていうのを進めてみてください。

それでは早速本編に参りましょう。レッツゴー!

まず古典文法の勉強したい人にお勧めなのは、助動詞と敬語表現を勉強することです。

というのも、古文の表現で重要になるのは主語と述語であることは言うまでもありまん。この述語の意味を決定するのが助動詞、そして主語の意味を決定するのが敬語表現であることを踏まえると、この2点を勉強することは非常に大切です。

そのため、今回授業動画では助動詞、変と敬語表現の2つに分けて説明をしていきます。

ただ、これだけではなかなか今まで教科書や参考書、問題集で古典を勉強してきたのに点数が伸びにくかったよという人は、なかなか勉強しにくいのではないかと思いますので、助動詞や敬語表現が面白いほど分かるパスラボオリジナルのアプローチでまとめた整理表についても、動画内で扱っていきます。

例えば、これは無知図というものですね。僕自身が助動詞を整理する時に使っていたものです。

こういった内容については、助動詞の解説のえまでご紹介いたしますので、是非最後までご覧ください。

それでは早速助動詞の解説に入っていくんですが、その前に皆さん、助動詞の接続と活用の違いって分かっていますか?

お恥ずかしながら僕は高校2年生の時まであまりこれ理解できてなかったんですけども、接続と活用って一体何が違うんでしょうか?

まず助動詞というのは接着剤のようなものだと思ってください。助動詞の上にも下にも単語がつく可能性があります。単語と単語が結びつく時は、このイラストがあるようにパズルのピースのように凹凸があります。この凹凸がずれてしまうと言葉と言葉がうまく重なり合わないので、必ず形を変化させる必要があるんです。

で、この助動詞を上の単語に合うように変化させるのがこの接続、そして助動詞を下の単語に合うように変化させるのが活用の部分になります。そのため、接続という風に言われたら上の単語を、そして活用と言われたら下の単語を見ればいいんですね。

それではまず早速ルーラルといった助動詞から確認していきましょう。

助動詞の活用表は基本的には覚えるべきなんですが、一つ一つ手で書いてるのでは間に合いません。特に覚えにくい助動詞の活用に関しては、声に出しながら覚えていくのが有効です。声に出して覚えた方がいいところに関しては、僕自身も発音しながら活用を皆さんにお伝えいたします。

それではまず一つ目のルーラルです。

助動詞の意味を覚える時は、今回のルーラルのように自発、受け身、可能、尊敬と4つをそれぞれ個別で覚えるのではなくて、一つの怖イメージを掴むのが楽です。ルーラルであれば、怖イメージは「自分ではどうしようもないこと」という風な意味になります。

これを一つ一つの意味に即して考えてみましょう。

まず自発です。自発というのは心情語や近く動詞とともに使われることが多い表現です。自発というのは「自ら発せられる」と書きますから、自然と湧き上がってくる気持ちのことを言います。例えば、皆さんが映画を見た後に自然と感動してしまった、自然と涙が出てしまった。こうした感情というのは自分でコントロールできないものですから、「自分ではどうしようもないこと」のルーラルの怖イメージと合致するんです。

そして2番目の受け身。受け身と聞くと、自分ではコントロールできないものというのがなかなか理解しにくいかとは思うんですが、日本語の受け身とは英語の受け身と少し違います。例えば英語の文章で「this book was read by me」(この本は私によって読まれた)。こういった言い方は日本語ではあまりしませんよね。むしろ日本語の受け身とは被害の受け身であることが多いのです。

被害の受け身とは何かと言うと、例えば雨に打たれた、交通事故に巻き込まれたといったこういった表現が被害の受け身に該当します。例えば雨に打たれた。これを能動体にすると「雨が私を打った」となって非常に違和感がありますよね。あるいは交通事故に巻き込まれたは「交通事故が私を巻き込んだ」となってしまいます。このように、被害の受け身と言われるものは本来能動体というのを想像しているのではなく、単純に自分たちのネガティブな影響を表現するために生まれたと言われています。こうした受け身に関しては、古典においても同様で、対象や被害というものが明記された形で日本語独特の受け身の形で表現されるんです。こういったものは自分たちでコントロールできるものではありませんから、「自分ではコントロールできない」というルーラルの怖イメージと合致するんです。

で、続いての可能はですね、よく参考書や問題書とかでも誤解を招きやすい範囲なんですが、実際にこのルーラルの可能は「不可能」の意味に当たります。というのも、このルーラルの可能の意味になる時は、多くの場合打ち消し語や反語を伴います。つまり意味が逆転するんです。なので「不可能」、自分ではどうしようもないということと完全に合致するわけです。

そして最後の尊敬に関してですが、尊敬の念というのは自分たちでコントロールできるような感情ではありませんよね。例えば「あの先生を尊敬してしまう」というのは、自然と自分の心の奥底から出てくる感情ですから、自分たちでコントロールすることはできないんです。そういった意味でも、この4つの意味というのは全て「自分ではどうしようもないこと」という意味を表しています。

そして実はこの後米印のところが非常に重要になっております。「レタもラレタもは尊敬の意味にはなりません」。これどういうことかと言うと、「レとラレのところ」に尊敬の意味あったよね。だから「レタモラレタモ」を二重敬語だとして考えてしまう受験生が一定数いるんですが、これは間違いです。どういう風に考えるべきかというと、「レタモラレタモ」は多くの場合は受け身の意味になります。なぜかと言うと、自発の場合には視覚動詞や感情語を伴いますし、可能の意味の場合には打ち消し語や否定語を伴いますから、多くの場合受け身の意味になるんですね。そういった意味でも、「レタモラレタモ」が出たらこれはもしかしたら受け身の意味かもなと思って解釈するといいと思います。

それでは続いてはスーサスシに移ります。

このスーサスシに関しても、実は怖イメージは同じです。「自分ではどうしようもないこと」という意味になります。まず刺激を考えてください。例えば皆さん、コモの先輩想像してみてください。例えばですよ、そんな先輩から「あそこにある荷物取ってこい」と指示されたとしましょう。そしたら、おそらく皆さんは「あ、すいません」と取ってきます。素直に従ってしまうんじゃないかなと思うんですけれども、刺激というのは結局自分の意思ではどうにかできないと他の人に指示されるから、その人が言うように自分がおくことですよね。それって自分ではどうしようもないことにあたるので、刺激の意味がスーサスシの怖いイメージと合致するわけです。

で、そして2個目の尊敬に関しても、先ほど申し上げた内容と一緒です。特に気をつけて覚えて欲しいのが米印の1個目のところです。「セタモさせたも、これに関しは多くの場合は尊敬の意味になります」。これが先ほど「レタモラレタモは尊敬の意味にはなりませんよ」と受け身の意味であることが多いよと言ったこと対象的ですよね。「セタモさせたも」は本当に海外の場合は尊敬の意味になります。しかし、ここの説明に書いてあるのは、もし特定の人や物というもの対象が設定されていたら、それは刺激の意味になることもあるよという話です。ただこれは例外的な内容ですので、まだ古文の勉強に慣れてないよという方は、「レタモラレタモ」を見たらそれは多くの場合は受け身だと、「セタモさせたも」を見た場合は多くの場合は尊敬だという風に理解してしまうといいと思います。

その隣に書いてある「サ立松ラのようにツサスプラス健常後の場合はこれは刺激の意味になるよ」というものがありますが、余裕のある人が勉強してみてください。

それでは続いてはキケリの説明に移ります。

キケリの怖イメージは「過去を想起すること」です。これ想起というところがポイントになってますので確認してください。今回は活用がかなり不規則ですので、読み上げます。「キ、正丸、キシ、しか丸」です。これに関してはですね、面白い覚え方がありまして、「迫る騎士しか丸で花壇」。皆さん聞いたことありますかねえ。この「正丸、木、しか丸」とか「背丸、木、シシ丸でカタン」と言われるような、この木の活用に関してはですね、非常に活用が不規則であることと品質であることからしても、皆さんこれは必ず覚えた方がいいので、皆さん是非発音してみましょう。「正丸、KC、シカ丸」。

はい、この活用を覚えた上でですね、次の木蹴りの意味の説明に移ります。

まず木です。木は過去の意味を表すんですが、過去は過去でも直接経験した、体験した内容を説明する時に使います。一方でケリ。これに関してはですね、間接経験の階層とということで、伝聞、つまり人から聞いたような過去の情報に関するデータです。木は主観的、ケリは客観的な過去であることが多いのです。

で、それに加えてケリには気づきのケリとか言われる予報があります。それがAたです。過去の想起なのに、なんでAたなのと思われる方もいるかもしれませんが、Aたというのは例えば1年前は良かったなとかっていう風に、過去のことを思い出してはそれが良かったとか悲しかったとかっていう風に感情を付加する行為ですよね。これも結局Aた何かをま嘆いたりだとか、あるいは何か良かったなという風に干渉に浸るのっていうのは、過去を想起してるんですね。だこういった意味で、キキの怖いイメージまさにそのものですよということです。

これに関してはですね、具体例を見ながら確認していきましょう。

まず木。「皆人子供なり」。これは「その時は誰も子供がいなかった」という風な意味です。これ元々土佐日記っていう文章から取っていて、今日から土佐に下った時は誰も子供もいなかったよって話なんですけど、まこれもですね、今の少子高齢化してる日本だったあと50年もしたらもしかしたら同じような文章書かれてるかもしれないですよね。

で次、蹴り。「竹取の大きなというものあり蹴り」。これは非常に有名な文章ですよね。「竹取の大きなという人がいました」あるいは「いそうだ」という風な意味ですね。これも人聞きなので、自分が見ているわけではないよということは注意してください。

そして最後。「最後は沖縄ロにこそあり蹴り」。沖縄ロというのはですね、これ犬の名前でして、「沖縄ロであったそうだ」という風な日本語訳になります。

それでは続いて参りましょう。

さあ、続いては無図に参ります。こっからは説明するのはですね、ここに書いてあるコノの助動詞です。で、このココスの助動詞を勉強する前に大枠を掴んでおくことで勉強がしやすくなります。

まず皆さん、未然形、連用形、終止形それぞれがどういった特徴を持っているかって考えることがありますか?これはですね、まず未然形が「未だしからず」と書くように、未然形は非常に漠然としたものを表します。で、それがですね、未然、連用、終止、連体、已然といきますと、已然はすでに「しかり」という風な意味ですので、最初は不確定だったものが最終的には確定するんですね。つまり未然から連用へ、連用から終止へという風に、この接続が変化することに応じて意味がより確定的なものにより脅威なものになっていくんです。

実際にですね、これ未然形、連用形、終止形には時代の区分もあると言われています。未然形は主に未来に関すること、連用形に関しては主に過去に関すること、終止形に関しては主に現在に関することという風な区分があります。つまり終止形である現在に行くほど、より確かなものであるということですね。これよく考えてみれば分かるんですが、未来と過去比較した時、どっちの方が確かでしょうか?確かに過去というのはもう記憶から抜け落ちていたりだとか、記憶が改ざんされることはありますけれども、ただ一度少なくとも見ている過去ですよね。一方で未来というのは、ある程度の推測ができたとしても、誰一人として見たこともないし、聞いたこともないわけです。そういった意味では、過去と未来を比較した未来の方が中小的だし、漠然としているからこそ未然形が未来に対応しがちだし、連用形に関して は過去、そして最も分かりやすい現在、皆さん が見ている知っているような世界は現在ですので、終止形が現在に対応するよという意味です。

この点を踏まえながらですね、無を 中心に助動詞を勉強していくと非常に分かりやすいので、こっから確認していきましょう。

まずムムズです。このムムズの怖イメージは「漠然とした未来思考」です。で、この漠然とした未来思考って言われても、なかなか想像がつきにくいと思うので、皆さん是非雲想像してみてください。皆さんがもし手で掴もうとしたら、一瞬で消えてなくなりそうな、ふわんふわんした漠然とした雲ですね。で、そんなイメージを持ってるのがムムスです。

で、このムムズにはですね、たくさんの意味があるんですが、皆さんは3つに絞って覚えてみてください。それが意思、適当、推量です。これ実は覚え方がありまして、この漠然とした未来思考が一人称なのか、二人称なのか、三人称なのかによって意味が変わります。つまり自分のことなのか、相手のことなのか、第三者なのかということですね。

まず自分の感情がふわんふわんしてて定まってない状態というのは曖昧な意思です。一方で相手に対しての曖昧さ、相手に対して何か言う時に曖昧であること、これはですね、なんとなくの勧誘であったりだとか、なんとなくの誘いに当たりますね。これが適当です。最後、第三者に関して、なんとなくというものを当てはめると推量という風な意味なんですね。

で、これ抽象的な話をするよりも具体的に考えてみた方が分かりやすいと思います。例えば古文を勉強するということを考えてみてください。自分の意思であったら、「なんとなく古文勉強してみたい」なという風な意味になりますから、これはなんとなく弱い意思ですよね。相手に対して「古文の勉強をしてみなよ」っていう風に言うのは、ま勧誘ではありますけれども、もっと弱いですよね。「なんとなくやってみたら」だから、これは適当。「これいいんじゃない」という風な意味です。で、逆に自分でも相手もない他者に対してコブの勉強を当てはめるんだったら、「あの人はおそらく古文の勉強をしてるんじゃないかな」というような漠然とした推量になります。

こんな風にですね、同じことを説明するんでも、自分なのか相手なのか、第三者なのかによって意思なのか、適当なのか、推量なのかというものが変化します。

そして米印のところ見てください。「ム+体言は遠曲の意味で、ム+助詞は遠曲か家庭」。ありますが、これ覚えやすいやり方があります。まず体言というのはこれ名詞のことですね。名詞というのはそれぞれ意味を確定させる枠組みがあるわけです。例えばリンゴって言ったら、リンゴという言葉が示せる範囲があるんです。でもその範囲というのを、先ほど申し上げたようなふわんふわんとした枠組みで、つまりそのの枠組みというのをですね、曖昧に輪郭をなくしていくわけです。そうすると遠曲、つまり直接その物事を言うんじゃなくて、なんとなくオブラートに包んだ言い方で伝えることができる。これが遠曲なんですね。

一方でムプラス助詞の場合 はどういうことなのかというと、助詞にかかってしまうので文章自体が曖昧になるわけです。つまり今から自分が話をする内容は現実のことではないよ、家庭だよ。家庭というのは実際に存在してないような問題だから、頭の中で雲の吹き出しが出てくるようなイメージですよね。で、そういったものなので、どこを曖昧にするによって遠曲にもなるし、家庭にもなるし、あるいはそれが自分なのか、相手なのか、第三者なのかによって意思、適当、推量も変わるんだよということです。

それでは次に参りましょう。

続いてのベシですが、このベシというのは先ほどのムの確定度合いが増したものだと捉えてください。そのため、怖イメージは「明確な現在思考」ということになります。で、今回の意味3つ主に上げられてるのが意思、当然、推量だと思い ますが、これムと非常に似てますよね。先ほどのムは意思、適当、推量でした。で、このベシの場合は意思も当然も推量も、意思、適当、推量の強化バージョンだと思ってください。

まず意思に関しても、先ほどは弱い意だよ、ムの場合は漠然とした意だという話をしました が、ベシで使われる意はより強い意になります。また、ムの時は適当だったもの、「何々した方がいいよ」だったものは、ベシになると「当然、何々するに決まってるよね」という風に意味の度合いが強まります。そして最後の推量に関しても、ムの時は漠然とした推量でしたが、ベシの推量はより確かな推量になっていきます。

ベシの覚え方で「スカ透明」って皆さんやったことありませんか?この「スカ透明」とは、「ス、水量、い、意思、か、可能、と、当然、目、命令、手、適当」ということで、ま主な6つの意味をですね、「スカ透明」というゴロで覚えているようなものなんですが、これ別に皆さん覚える必要ありません。というのも、当然と適当と命令とかていうものは、これ程度の差であって意味はほとんど同じなんですね。例えば先ほどの古文の勉強の例であげますと、「君、古文の勉強してみたら」→「古文の勉強してみるといいよ」。これ適当ですよね。勧誘ぐらいのレベルです。一方でこれの確定度合いが増しますと、「古文の勉強するのって当たり前だよね。なんでしないの?」これ当然のレベルですね。さらにこれが確定度合いが強まると、「古文の勉強しなさい」ということで命令になるんです。

ということで、結局意味してる内容は一緒なんけれども、その確定度合い次第で日本語の名称、適当なのか、当然なのか、命令なのか変わっていますので、ベシに追加、透明全てを覚える必要はないよということです。で、また可能に関してはですね、ルーラルの時にやったように、打ち消し語や反語を伴った時に「不可能」の意味として登場することがあります。これだけは非常に例外的ではあります が、基本的にはですね、意思、当然、推量を抑えておくことで対応できますので、追加、透明とかあらゆるものをですね、一気に網羅しようとするんじゃなくて、主要な意味、一人称、二人称、三人称に使われるものを抑えるといいと思います。

それでは続いてまいりましょう。

続いては打ち消し語に続きます。先ほどムとベシのえ助動詞を確認しましたが、ムにもベシにもその打ち消し語が存在しています。それを今から確認していきましょう。

まずは一般的な打ち消し語「図」についてです。「図」はですね、活用が難しいことで有名なので、一度読んでみますね。「ずー、ざら、ずー、ざり、ずー、ぬー、ざれ、ねー、ざれ、ざれ」。これ呪文のようですが、ここ「図」3段あるの分かりますか?まず1段目「なにぬぬねね」というような、え、この1段目に関して はですね、え、古から使われていたものが多いんです。例えば100人種をやってた方だったら分かるかもしれませんが、「道の のしのぶ持ち去りたゆに、乱れ染めにし我ならなくに」(自分のせいではないのに)というですね、え、「我ならなくに」というのは自分 のせいではないのにとことでして、自分 のせいではないという風に打ち消しの ためにな、というようなひを使っていたんですが、え、それ以降はですね、ほとんど使われなくなってしまったので、え、かっこで「な」とに絵が含まれております。

で、「図」の段に関してはですね、「ず、ず、ず」なのでそれしか活用されません。一方で「ざら、ざり、ざり、ざる、ざれ、ざれ」というような「ざら」の段に関しては、これはラ変型の変換されてい ますので、え、これも覚えやすいんじゃないか なと思います。しかし何せ3段ありますので、3段をですね、まとめて音で覚えてしまうのがいいと思います。今からもう一度読み上げますので、皆さん もリピートして是非耳で覚えてみましょう。「ずー、ざら、ずー、ざり、ずー、ぬー、ざれ、ねー、ざれ、ざれ」です。「ずー、ざら、ずー、ざり、ずー、ぬー、ざれ、ねー、ざれ、ざれ」です。このように「図」の活用に関して は基本的ですので、まだ覚えてないよという方いましたら、ここで覚えてみましょう。

で続いてですね、「字」については、これは先ほど勉強した「無」の否定系です。なので詳しいこと勉強する必要ありません。先ほどの意思や水量の打ち消しバージョンだと思ってください。

そして続いて「マジ」についてです。この「マジ」というのは、先ほどの「字」が無の打ち消しであったように、「マジ」は「ベシ」の打ち消しになっております。で、これですね、意味、先ほどベシの時に確認した意思、当然、推量を打ち消しているという風に考えてください。またですね、先ほど「スカ透明」の話もいたしましたが、可能、適当、命令をひっくり返すと、不可能、不適当、禁止になります。不可能、不適当は分かりやすいと思うんですが、なぜ禁止かと言いますと、命令の否定系ですよね。つまり「その芝生には入ってはいけません」というように、ネガティブな命令は禁止です。実質的には同じ意味を持っています。なので「マジ」単体を勉強するとよりかは、「ベシ」の意味をまず抑えた上で、その打ち消しだと考えると分かりやすいと思います。

enjoy

そして続いてはケムです。先ほど無というものを勉強しましたが、それの過去バージョンだと考えてください。過去の意味として木とケリをやりましたね。ケムというのはムプラスケリだと考えてください。怖イメージは「漠然とした過去思」です。

これはですね、まず一つ目の意味として過去推量があるのに加えて、具体的な事実をですね、ぼかす。つまり無の時に申し上げた通り、漠然としたイメージですね。ふわんふわんとした雲のようなイメージを持っていただければ、2個目の分、遠曲の意味になることが分かると思います。

で、まず伝聞推量に関してはですね、そもそも自分が見えてないような過去のこと、つまり自分の頭の中で想起されるようなことに対して使われますよ。一方で伝聞や遠曲の時はですね、もしですね、下に名詞がついていたら、その名詞のフレームワーク、ボキャブラリーの教会線をですね、曖昧にするということで遠曲の意味になることもあ るよということです。これに関してはですね、無の過去バージョンだと覚えれば非常に分かりやすく制できますので、後は具体例を確認しましょう。

まず一つ目が「思わざりけむ」。え、「思わなかっただろう」という意味ですね。

2個目が「かの池にありけむ飛び」。ということで、この池にいたという飛びということですね。この「ありけむ」の「けむ」に関しては、え、伝聞という風に判断することができます。これなぜかと言うとですね、ま伝聞と遠曲というのは、え、文法的に判断できることではなくて、文脈上判断しなければならないことなんですよね。ただ「かの池にありけむ飛び」て、そもそも「飛び」っていうのがですね、具体的な鳥の名前です。からこれが遠曲になることはあまりないと思われますよね。例えば「なんとかのような鳥」みたいな風にジェネラルな単語が並べられてたら、もしかしたらそれ遠曲な可能性あるかもしれません が、具体的な名前出てますから、おそらくは伝聞の意味だろうという風に考えることができます。

それでは続いてはラムについても確認していきましょう。

先ほどのムケムに続きまして、ラムの場合は「漠然とした現在思考」です。なのでケムの現在バージョンだと考えてください。で、これに関しては意味が非常に似ております。現在推量、伝聞、遠曲ということで変わりはありません。これがですね、実際に現在のことについて言及している場合 はケムではなくラムを使うという程度の差です。

それでは具体的にえ例文を確認してみましょう。

まず現在推量に関してです。「君が一人こゆらん」と。これはですね、自分が見えないところで、あなたがおそらく今頃山を超えているのであろうという風に、え、推量しているものでございます。で、隣の伝聞遠曲に 関しては、「人が言うラムこと」ということで、ラムの下に「こと」という体言がついてますよ ね。ということは、この「こと」という概念をオブラートに進んでいるわけですので、これは遠曲の表現になります。

続いてはラシ、メリーなりという風に推定の助動詞について説明をしていきます。

皆さん、推量と推定の違いって理解していますか?先ほどまで説明してきた無やベシ、あるいはケムやラムというのは全て推量でした。しかし、ここに書いてあるラシ、メリ、なりというのは推定です。一体何が違うんでしょうか?

推量というのはですね、「押し測る」と書くように、具体的な根拠や理由というものを書いた状態で、なんとなくの状態で推測することなんですね。一方 で推定というものは何かと言うと、根拠や理由に基づいて何かを推測するということに なります。で、そういった意味で根拠がある、なしというレベルで確定度合が異なります。ですので、ラシーメリーなり。これに関しては終止形、接続ですよね。一方で無などは未然形接続でした。こういう風に無地図のところでも説明した通り、未然、連用、終止、連体、已然という風に、え、接続が変化することによって確定度合は変わるんだよっていうのを押さえておいてください。

で、この中でも推定で有名な のはラシの推定です。これは根拠のある客観的な推定の時に使われますよと。それに加えて具体的にどんな根拠なのかによって、メリやなりというものが登場してきます。まずメリ。このメリの目は皆さんの目ですね。この目というのは視覚的な情報に基づいて使われる推定です。一方でなりのな。これは音のなるという風に覚えてもらえば分かりやすいですが、音がなるような聴覚的な情報に基づいた推定。これに対してはナリーを使います。

これ具体的にですね、あの例文確認する方が分かりやすいんですが、まずラシ。え、客観的な根拠ということなので、「夏来たるらしい」ということで、え、例えば植物であったり、気候を見たりすることで、夏が来たのだということが分かりますよね。そうした客観的な推定。そしてメリ。これに関してはですね、「鼻立てまるメリ」ということで、花をですね、立てまってる вотところを、ま、目視したと、え、それをですね、様子として感じ取ることで、穴を立てまるようだという風に考えることができるわけですね。一方でなりの場合は、音を元にした情報ですから、「イラふる声すなり」と いう風に書かれていたら、「イラふる」というのは答える声ということですから、そういった声がするようだということで、あくまでも耳で聞いた情報だよ、ていうことを示すことができます。

こういう風にですね、推定に関しては、ただの客観的な推定だけじゃなくて、視覚情報なのか、聴覚情報なのかによってメリと なりを使い分けることができるんです。ここ まではですね、一気に無の親族として覚えて しまうと非常に分かりやすく整理できるん じゃないかなと思います。

ここでもう一度無地図を振り返ってみましょう。

一番冒頭でも指摘しましたが、まず無が基軸になっています。無の主な意味が推量と意思でしたね。これを打ち消すものが字でした。なので字に関して は打ち消し推量、打ち消し意思でしたよ。ね。そしてですね、その次にベシとマジについても着目していただきたいんです。まずここ黄色囲まれているところに関しては、四角形の関係が成り立ってますよね。無を強化することでベシになります。で、そのベシを否定するとマジになります。また、無を否定すると字になりまして、字を強化するとマジになるということで、ここはですね、変換可能な四角形が生まれているわけです。こういう風に考えると、今までは皆さんが別に覚えていたようなジアム、マジアベシというものも、一回で覚えることができるので非常に有用です。

その次着目するべきはケム、ラムのところです。ここに関しては元々無の推量というのは、元々無が漠然とした未来推量であるから、未来に関する推量の要素が強かったのが、過去推量となったり、現在推量となることで、未然形の未来、連用形の過去、終止形の現在というのと繋がって、接続が変化してるよってことがおさえできたかなと思います。

そして最後の確定度上昇と書いてある推定についてです。推量というのは「押し測る」ということで、漠然とした理由や根拠に基づいていたものが、客観的な根拠であったりだとか、視覚的情報、聴覚的情報に基づけば、終止形まで、つまり1段階え、スキップするわけです。それだけ確定度合が上がると、ラシアメリなりを使うことができるんだよということでした。

ここに書いてあるコノの助動詞は本当にこの無地図を何回も何回も見直しながら、え、体系的に覚えていきましょう。

そして続いてはツヌですね。

この助動詞に関しては連用接続で、怖イメージに関しては「確定させること」という風な意味を持っています。で、これ確定という言葉を使うことで、実は皆さんがよく完了とか学術とか、あるいは脅威とかって言ってたものが一つで考えることができるようになります。

まず完了。これはですね、え、何か例えば過去から物事が続いていたものに終止符を打つ、つまりここで終わりだよと確定させることですよね。それを完了というわけなので、この確定させるという怖イメージと完全に対応しております。で、この完了の意味になる時は、木蹴りなどの過去の助動詞、すでにやりましたよね。この気質の木、蹴りなどをこういった木蹴りと一緒に使われることが多い特徴があります。つまり過去のことですよという風に木とケリを使って示した上で、それが終わったことであること をつやぬを使うことで示すことができるわけです。

一方で脅威に関してですね、この脅威というのは確定させるということですから、あえ過去に終了していなかったことであっても、現在のことや未来のことであっても、ほぼ終わりよねというぐらい、その事実を確定させようとすることを脅威というんですね。例えば無やベシなどの推量の助動詞と一緒なことが多いって言ってるのは、これどういうことかと言うと、推量ってことは「おそらく何々だろう」という風に緩やかな判断基準ですよね。それに対してつやぬがつくことできっと「ほにゃららだろう」とか「必ずほにゃららするだろう」という風に、ほぼほぼほぼ100%だよという風な意味を示すことができるんです。これが脅威の意味です。つまり推量だったものを、ほぼ確定させに行こうとすることっていうのが脅威なんです。で、そういった風に理解すると、このつやぬというのは完了、脅威の意味になってることが分かりやすいと思います。

そして米印の3つ目見てみてください。「米印の3つ目であるテム、ナム、つぬ、しなどは脅威の意味になるよ」。これどういうことかと言うと、つやぬの下に無やベシなどの推量の助動詞が来たとしましょう。そしたらその上に来た、つやぬはこれは絶対完了の意味にはなりませんよということです。これなんでかって言うと、無やベシというのは、無は未来思考、ベシは現在思考でしたよね。ということは、これまだ過去思考ではないので、終わってないことなんですよ。終わってないことなのに、勝手に終止符を打って100%終わりにすることはできないので、限りなく近づけるよという意味での脅威しか使うことができないんです。

で、これ具体的に例文を使いながら確認してみましょう。

まず完了の方。「絵をも落として蹴り」。ということはこれは「手蹴り」ということなので、過去と完了がセットになっているパターンですよね。帽子というの は平安時代の規則がつけていた帽子のこと で、それを落としてしまったということです。過去に起こったことだし、その状態が続いていると過去完了ということですよね。

で一方 で脅威の方を見てください。「特に重要です。紙も意味じく長くなりなん」。ということで、これは「な」の下に「無」。これは推量の助動詞がついていますよね。つまりこれは紙が非常に長くなったという過去のこと言ってるのではなく て、未来のことを言ってるんです。でもこれは長くなったよという宣言ではなくて、おそらく長くなるだろうという風な予測で あって、ほぼ100%だよという風に確定させに行ってるから、これ脅威の意味になるわけです。

このテム、ナム、つぬ、しって試験で品質です。なぜかと言うと、これを皆さん完了の意味と履き違えることが多いからなんです。だからこそここよく差がつきますから、何回もこの部分見返して、なるほどねと、テム、ナム、つぬ、し、ベシがなぜつややぬのところが脅威の意味になるのか、これは皆さんの中でももう一度復習してみてください。enjoy

続いてはなりたり。この怖イメージは「存在を断定すること」です。

これ活用表を見て もらえれば分かると思うんですが、ナリとタリ。基本的なところはラ変活用と大して変わりがないんですが、なぜか連用のところに「2」と「と」がありますよね。これはナリが元々は「2あり」、タリが元々は「とあり」という言葉から省略されてできたという由来に禁しています。なので一応例外的に「2」と「と」も覚えておく必要はありますが、基本的にはラ変活用として覚えてください。

で、まずナリに関してです。これ存在と断定って全く違うようなものに感じるかもしれませんが、非常に似ています。まず断定は「ほにゃららである」という事実を断定してるんです。事実。一方 で存在というのは「何々にある」という存在の事実を断定してるんです。だほぼ同じですよね。似あるなのか、出あるなのかの違いだけです。なのでこれ具体的に例文確認すると分かりやすくて、「年小ばかりなる男の笑わ」という風に書いてあった時に、ここの「ばかり」というのは、これは存在していることなのか、それとも事実なのかというと、事実なので断定の意味になるよねと。一方で「春がなる三笠の山」って言った時に、「春が」という事実があるのか、「春が」という存在があるのかというと、存在の方に当たりますよね。なので「春がにある三笠の山」になるんです。

こういう風に存在と断定っというのもかなりですね、境界線曖昧で、え、ほぼ互換可能のように活用することもできますので、今回の怖イメージである「存在を断定すること」を抑えてください。そして谷に関しては断定の意味が残っております。「何々である」という風に事実を断定します。具体例では「ショとたる人」。ショトって皆さん古文単語で覚えてますか?これ兄弟という意味ですよ。つまり「兄弟である人」という風な意味になります。

続いてはタリです。怖イメージは「存続」です。よくですね、完了存続の理とかっていう風な言葉聞いたことあると思いますんで、皆さんも知っていると思います。これですね、存続で考えると非常に怖イメージとしてくりやすいので、あえて存続と書いています。

まず存続の方の意味。これはですね、ある状態が完了せずに継続していることを表します。これ具体例見ると分かりやすくて、「筒の中光りたり」。筒の中が光っているという状態なんですが、光という のはですね、常にですね、光ってる状態っていうのが続いてるわけですよね。1回光を放ったら終わりではなくて、その状態がえ、完了せずに継続してるわけです。だからこそこれは存続の意味になりますし、完了の方もですね、これよく考えてみて欲しくて、これはある状態が完了したという状態が続いてるんです。意味分かりますかね?これ例えば例文だと「歌ひねりいせり」ということで、輪を考えてる時にですね、なんとか無理やり1個いいものを考え抜きました。そしたら考え抜いたという事実が残り続けるわけなので、ある意味で状態が存続してるんですよね。で、そういった意味では存続、完了もかなり似ていた意味ですよということを抑えておいてください。

米印の2個目着目してください。ここ非常に大切です。非常に大切なので、時間のない受験生もここだけはしっかりと集中して聞いてください。まずこの完了存続の「リ」は左辺動詞の未然形と余談活用の動詞の已然形に接続します。これどういうことかと言うと、左辺活用動詞の未然形は「せ」ですね。一方 で余談活用の動詞の已然形は「え」で母音が終わります。つまり完了存続の「リ」は左辺動詞だろうが、余談活用の動詞だろうが、「ラリルレ」の上には必ず「E」の母音で終わるものが来ますよということです。

で、これですね、色々 な覚え方がありまして、「寂しいリカちゃんは続くよ」とかですね、まいろんな語があると 思いますが、え、これ結局ですね、一番大事なのは、左辺の未然形と余談の已然形というところではなくて、隣の「A+ラリルレ」はこれ必ず完了存続の「リ」になるよというところです。この「A+ラリルレ」は完了存続の「リ」っていうのを覚えとけば、選択肢問題とかでかなり簡単に後頭を切ることができるようになりますし、本文中にも大体1回2回はこの完了存続の「リ」が出てきますから、非常に便利です。「ラリルレ」をですね、本文中で見つけたその上が「E」の母音になってるかどうか確認するだけで、意味が一気に確定できますから、これはかなり覚えておくことをお勧めします。

そして続いては女動詞の「マ」です。これはですね、英語で考えると分かりやすくて、仮定法の「if」だと思ってください。で、これ活用え、難しいので一緒に読み上げましょう。まず「マシ」。「マシ、か、マシ、マシ、マシ、か」です。もう一度読み上げますよ。「マシ、か、マシ、マシ、マシ、か」です。

で、この「マシ」というのは「反実仮想」の意味を持っています。で、反実仮想ってこれ言葉だけは難しいんですが、噛み砕くと結局仮定法だよねということでして、事実に反することを仮に想定することです。現実とは違うものということですよね。例えば例文では「我が身一つならば安らかならましよ」ということで、実際には自分の身一つだけなんてことはないんだけど、それをあえて仮定すると、そうではない世界線を考えてるので、反実仮想という風に言います。あるいはですね、この反実仮想というのは、現実とは違うことをあれこれ考えてるので、頭の中にですね、白い吹き出しがいっぱい出てるような状況です。よね。つまりこれは言い回しと躊躇やためらいを表すことだってできるんです。例えば「いかにせ」。「これどうしたらいいんだろうな」。その悩みも結局は「もしこうしたら」「もしああしたら」ってい風に足らレバを色々考えるわけです。だからこそこれは反実仮想の意味の「なれば」、場合によっては躊躇、ためらいを表すこともあるよということ です。

これ英語の仮定法にも公式があるように、反実仮想にも公式があります。「マシカバ、マセバ、マセ、アマ」ということで、4つ主に公式があります。この「マカマ」とか「セマ」とか「マセバ」とか「アマ」っていうのを見たら、その段階であれこれ反実仮想だなと反応できるようになってないとまずいですので、この「マシ」は少し助動詞の中でも特殊です。特殊の部分、この「マシカマシマシマシカ」の活用と、「マシカバ、マシマセば、マシセバ、マシアバ、マシ」のこの4つの公式は皆さん覚えれるようにしておきましょう。

enjoy

はい、そしてこれついに助動詞最後になりますね。魔法師、足しです。これは非常に単純ですので覚えやすいかなと思います。これは一言で言うと「希望」を表します。この希望というのはですね、英語で言う「would」と全く対応しますので簡単かなと思います。

これですね、ま一応細かいこと言いますと、魔法というのはこれ未然形接続です。一方 で他市に関しては連用形接続で、なんでこれが違うのって言うと、元々魔法というのはこれ意思の助動詞の無、え、推量の助動詞の無が昔はですね、魔と言ってたんですが、その魔がくっついたものだから、もも未然形接続の無に影響されて、魔法は未然形接続、他市は元々通り連用形接続という風に分かれているよということです。何何にしたいとかっ ていう風な現代語にも残ってる通り、他市の 方が新しい単語なんです。なので他は平安時代末期に誕生したため、平安時代以前の文章では魔法士が品質って書いてあるのはそのためです。

さあ、ここまでで助動詞が一通り終わりました。ここからは敬語表現に移ってまいります。

それではですね、敬語表現を確認していきましょう。まずこの動画の冒頭で敬語表現が必要な理由は、主語を特定するために必要だよという話をしました。それだけではなくてですね、実は敬語表現っていうのは、主語と目的語に該当する人物を特定することが可能なんですね。

え、ここにですね、イラストを書いておきました。次の文字の文というのは、これはですね、会話文で はないとです。ナレーションみたいなところですよね。そこにおいて使われている敬語表現は、尊敬語、健常語、丁寧語の3つの可能性があり得ます。で、まず動作をですね、例えばえ、赤色で書いてある「みや」が青色で書いてある「三門」に対して何か動作をしたという状況を考えるならば、動作主、つまり動作のえ、主語に対しては尊敬語を使います。一方でその動作を受ける側、これは目的語になるわけですが、の方に対しては健常語を使います。一方で動作には全く関係してないんだけれども、書いた文章を読むような私たち読者に対しては丁寧語を使います。こういう風な3つの使い分けがあるよということはまず押さえておいてください。

で、これは文字の文が会話文になっても、実はそこまで構造には変化がなく、まずですね、会話部の場合は書き手が話し手に、そして読者が聞き手に変わりますが、尊敬語、健常語、丁寧語の矢印のベクトルは変化しません。で、これ気をつけて欲しいのがですね、え、今回は間接的にえ、自分は関係してない動作の話をしていますが、例えばですよ、自分と皆さん のように1対1の関係になったら、また尊敬語や健常語の使い方は変わります。例えば「今から皆さん に大切な情報をお伝えします」という風にお伝えするという言葉を使った時は、僕が皆さんに対して敬意を払っているわけです。健常語ですよね。これ は一方で皆さん が今お聞きになっている「この動画は」という風なお聞きになるというような言葉を使った時を、「ほにゃららなる」というのは、これは尊敬語ですよね。つまり皆さんの動作を僕が皆さんに対して敬意を払うことで立てているわけです。え、こういう風に尊敬語や健常語というものはですね、誰と会話してるかによって流動的に変化します が、ここに書いてある表をまずは理解しましょう。話し手というものは大体はその偉い人と偉い人の動作同士を記述することが多くあります。なので例えば皇后が天皇にとか、天皇が皇后にとか、そういった会話の時は尊敬語や健常語や天皇語が全てミックスされるんですね。で、そうした時に丁寧語や健常語や尊敬語の順番に関しては、健常語、尊敬語、丁寧語の順でつなります。これに関し てはですね、この後また確認していきましょう。

まず一つ目、敬語表現ということで、本動詞の尊敬語を見ていきましょう。ここに書いてある表は全て覚える必要絶対にありません。尊敬語というのは皆さんが使えるようになる必要はなくて、むしろ書いてあった時にそれが尊敬語なのか、健常語なのか、丁寧語なのかを分かればいいです。あらかじめ黄色い枠を振っておきましたが、黄色い枠の中の単語はよく間違いやすいし、感動しやすいところです。逆に黄色の枠で振られていないところは皆さんそこまで勉強しなくても、おそらく尊敬語だろうと推測つきやすいと思うんですよね。で、一応これ全て読み上げます。読み上げる中で皆さん、もし意味に不安があったりだとか、覚えれてないなというところがあれば、必ずメモしてくださいね。

それでは行きます。「おわす、いらっしゃる」「おわします、いらっしゃる」「まし ます、いらっしゃる」「のたもう、おっしゃる」「のたもう、おっしゃる」「おす、おっしゃる」「たもう、おわいになる」「たす、おいになる」「タブ、おわいに なる」「おぼす、お思いになる」「おぼしめす、お思いになる」「ご覧ず、ご覧になる」「きこしめす、お聞きになる」「きこしめす、召し上がる」「遊ばす、なさる」「大人のごもる、お休みになる」「ししメス、知っていらっしゃる」「ししメス、大雨になる」「メス、お呼びになる」「立てまる、お召になる」「立てまる、お乗りになる」「立てまる、召し上がる」「マイル、召し上がる」。

音声を使いながら覚えていきたい人は、今の部分を何回も繰り返していきながら、え、耳でも覚えるようにしていきましょう。なぜ黄色の枠で囲まれてるところが間違いやすいのかと言うと、まず「タモ」「立てまる」「マイル」に関しては、これは尊敬語の可能性もあれば、健常語の可能性もあるんです。え、文法事項に注意を払わないと、単語単体で尊敬語なのか、健常なのかを見分けることができないんです。そして「きこしめす」ってところに黄色を引いておきましたが、これですね、「きこえさす」とか「きこゆ」っていう健常語の方の聞こえシリーズと勘違いしやすいんです。ね。確かに互換的には聞こえる系統なので、間違いやすいんですが、「きこしめす」に関しては、「ききになる」「おほにゃららなる」という尊敬語の形なので、これは間違いないようにしましょう。

でも一度これ皆さん受験生が間違いやすいところなので強調しておきますが、「おほにゃららなる」っていうのは、これは尊敬語です。一方 で「おほにゃららする」これに関しては健常語です。これ日本語でもよく間違えてる人いますから、これは気をつけて意識的に覚えるようにしてください。もう一度繰り返しますよ。「おほにゃららなる」は尊敬語、「おほにゃららする」は健常語です。ここを勘違いしないように皆さん復習を必ずしてください。

続いては健常語と丁寧語の本動詞について解説をします。

これまたですね、黄色の枠で囲まれているところが尊敬語と近藤しやすいところ、そして水色で囲まれているところは一部の丁寧語にあたります。それではこれもまた読み上げますので、是非皆さん も音読しながら覚えてみてください。

それでははい、いきますよ。「申す、申し上げる」「着こゆ、申し上げる」「聞こえさす、申し上げる」「ソース、天皇に申し上げる」「ケース、中宮、東宮に申し上げる」「立てまる、差し上げる」「マイル、差し上げる」「マラス、差し上げる」「たる、いただく」「マイル、参する」「モズ、参上する」「まかる、退出する」「まかず、退出する」「受けたる、お聞きする」「受けたる、お受けする」「はべり、お使い申し上げる」「そろ、お伝え申し上げる」「使をまる、何々し申し上げる」「はべり、あります」「ソロー、あります」。以上になります。特に黄色のところは意識的に覚えるようにしてください。

はい、先ほどですね、「きこしめす」というのが尊敬語の方に出てきましたが、健常語の場合は「きこゆ」「きこえさす」です。ここは必ず勘違いしないように何回も何回も繰り返して覚えてください。で、これですね、「きこえる」なのになぜ「申し上げる」なのと、意味が合致してないように感じられる方が多いんですが、よく考えてください。例えば偉い人に自分が言ったことを理解してもらうためには何が必要ですか?そのためには自分たちの声をそんな偉い人に聞こえさせる必要がありますよね。つまり「きこえさす」というのは、自分の言葉を申し上げることとイコールなんですよ。で、これ「きこゆ」と「聞こえさす」っていうのはですね、「きこゆ」の「ゆ」と「きこえ」の「え」は同じ和行に当たりますから、ほぼ同じ単語なんです。なので「聞こえさす」、つまり大事な人に自分の意見を言うためには、相手に自分の意見を聞こえさせなきゃいけないよね。だから「申し上げる」って意味ですよって覚えると非常に分かりやすくなっております。

この「立てまる」や「マイル」「タモ」に関してはですね、この後差がつきやすい敬語表現としてまとめておりますので、最後までご覧ください。で、これに関してはですね、補助動詞について解説をします。先ほどの本動詞と補助動詞。補助動詞って何だよと思った方はいらっしゃると思うんですが、補助動詞とは本動詞の下につく動詞のことです。つまりメインの動詞が本動詞で、そのサブの動詞が補助動詞だと思ってください。で、これ全部覚える必要あるんですか?という風に聞いてくださる受験生の方もいらっしゃるんですけれども、別にこれ覚える必要ありません。なんでかって言うと、例えば尊敬語の「おわす」「いらっしゃる」っていうのは、そもそもこれ本動詞の尊敬語として存在するじゃないですか。「おわす」「いらっしゃる」と か。ということは、わざわざ補助動詞として本動詞と別に覚える必要ない ので、イメージとして掴めていればオッケーです。ただし、今回黄色に塗られている「タモ」「マラス」「立てまる」この3つの言葉に関しては、尊敬語になる時もあれば、健常語になる時もあって、非常にややこしいんですね。なので差がつく35については、この動画の最後にまとめてお伝えいたしますので、是非最後 まで動画をご確認ください。

それでは続いては最高敬語についてです。

最高敬語とは何かと言いますと、二重敬語のことで、地の文だと天皇や一条中宮など、非常に身分の高い人にしか使わないという原則がありますよということです。助詞の一番最初のところに「スサSIMプラス尊敬語」をやったの覚えていますか?「セタモ」とか「させたも」は多くの場合尊敬の意味ですよという風な話をし ましたが、そのような「スサシプスタモ」とか「わします」これは二重敬語と言って最高敬語になるわけです。

またですね、他にも二重敬語と言って、天皇陛下や一条中宮などに対する敬意を示す表現というのを作ることができて、それが2個目、「ボス」や「おす」「ご覧ず」などに対して「ルーラル」をつけるパターンです。これ「レタモラレタモ」は尊敬の意味にならないというのをやったのは皆さん覚えていると思いますが、上の本動詞の尊敬語プラス下に「ルーラル」ということであれば、下の「ルーラル」は尊敬の意味になることがあります。これは抑えておくと周りの受験生に一気に差をつけられると思います。

そして最後、一単語でそもそも最高敬語だよというものがありまして、これはですね、全て覚える必要ありませんが、明らかに形的にですよ、非常に敬意がこってそうだなというのは皆さん推測つくところだと思います。「たす」「おわします」「おぼしめす」の「たすきす」「ご覧ず」「オートのゴモ」。特にですね、僕自身が高校生だった時は「ご覧ず」とか「オートのゴモ」とかっていうのは、もうまさしく最高敬語のような感じがしたので、簡単に覚えることができました。なのでここら辺はそこまで時間をかけなくても理解はできると思いますが、二重敬語っていう可能性があるんだという のは頭に入れといてください。

そして最後の米印。これ結構重要でして、「ソース」「ケース」というものは、その言葉があるだけで対象に天皇やあるいは皇后などがいるのではないかという推測をつけることができるんです。まず「ソース」というのはですね、これは絶対敬語と言われていまして、天皇や上皇、法王といった身分の高い天皇の直系にあたるような人に対して使う「申し上げる」という風な意味になります。「ソース」というのはですね、天皇や上皇、法王に対して申し上げるという風な意味で使うことのできる絶対敬語に当たります。一方で「ケース」に関しては、中宮や皇后、交代後や交代子といった直接的 には天皇ではないんだけれども、そのナンバー2として非常に近い関係があり、かつ身分の高い人たちに対して使うことが できるのが「ケース」という絶対敬語です。この「ソース」や「ケース」があった場合は、え、本文の中に必ず天皇やあるいは皇后などが含まれておりありますから、それをチェックする癖は必ずつけておいてください。

それではここから は差がつく敬語を復習していきましょう。

まず「タモ」です。この「タモ」という動詞については、余談活用の時は「玉はたまい、たまふ、たまふ、たえたまえ」という風に活用します。一方で下二段活用の時は「たえたえ、たふ、ふる、たふれ」という風に活用します。実はです ね、「玉はたまい、たまふ、たまふ」については、これは余談活用の動詞にしかありえませんから、もし「玉はたいたまふ」の形を見つけたら、これは必ず尊敬の意味での「玉う」になります。一方で「玉ふるたふれ」という形を見つけた場合は、これは尊敬の意味には絶対にならず、必ず健常の意味になります。

じゃあ一体何が問題な のかと言うと、余談活用の已然形、命令形の「たえたえ」と、下二段活用の未然形、連用形の「たえたえ」が形として一致してしまっている のでもし「たえ」っっていう言葉を見つけたら、これが尊敬語なのか、健常語なのかは自分たちで文脈から判断しなければならないんです。こうした時にですね、え、もしですね、文章中に「玉え」という言葉を見つけたら、その前後のえ、接続を見るか、あるいは文脈から判断する必要が出てくるんです。で、実際にですね、それらを見分けるためのコツとして は、米印のとこが非常に重要になります。健常後の「タモ」は左の動詞と一緒に使われますよということで、思いや知りや見る、聞き、あるいは覚えなどと構えというものが非常に神和性が高いんです。なんでかって言うと、健常語を自分が使う場合というのは、自分が動作主なわけですよね。自分の動作を低く下げることで相手に対して敬意を伝えるわけです。ということは、自分の動作のうち、かつあえて自分の行為を低く見せる必要があるものだから、自分の心の中の心情とか、あるいは知覚に関する動作が多くなるのは当然です。なので「思い」や「知り」や「見る」や「聞き」や「覚え」というのがあった場合は、多くの場合には下二段だから健常の意味になるよってことです。しかし必ずしもそうでもなくて、え、例えば尊敬の中に書いてある具体例で見てください。「今日の方を見たもう」と。これ「見たもう」と書いてあるから、「見る」というのが入ってるじゃん。じゃあなんで現状じゃないのって言うと、そもそも「タモ」ていう「玉フ」の形で終止形になっていますので、その時点で余談活用なんですよね。で、そういう風に引っかけもありますが、多くの場合には「思い」や「知り」や「ミリ」や「聞き」や「覚え」っていうのは覚えておいても損はないかなと思います。

そしてこちらで最後になります。差がつく敬語最後は「マイル」と「立てまる」です。

で、この「マイル」というものに関しては、多くの場合は健常の意味になります。なので意味2つ書いてありますが、「参上する」や「差し上げる」ということで、ほとんどの意味がカバーされます。しかしこれ尊敬の本動詞として「召し上がる」という風な意味にもなります。で、この「召し上がる」という用例が使われることは非常に珍しいので、あえてこの意味が出るということは試験であえてこの知識を通ってるんだということですよね。で、例えばここ に2つ具体例を乗っけておきましたが、まず右側「祭りたうことをのみなおぼし急ぐめでば」ということで、これに関してはですね、具体的な目的語が存在していませんので、「参上する」ということですよね。つまり「参上すること」を急ぎすぎたということを言っているわけで、逆に左側の方「心地誠に苦してれば物つゆばかり参らず」ということで、「物つゆばかり参らず」なので目的語が「物を」ってこと で存在してるわけです。「物を食べる」ってい風にですね、「召し上がる」という言葉が使えるように、その直前目的語がある場合は限定的に尊敬の本動詞になることあるんですけど、これはですね、本当に文脈上明らかに食べ物食べてるようなとか、何か飲み食いしてるようなというシーンでない限りは、非常に分類が難しいので、皆さんは「マイル」というのを見たら、基本は「参上する」であったり、「差し上げる」ってことで健常の意味なんだけど、例外的に尊敬な意味になることもあるんだよというのは押さえておいてください。

で次 に「立てまる」についてもこれ同じことが言えて、基本的には健常の動詞です。なので「差し上げる」とか「申し上げる」というものが基本なんですが、文法によっては「召し上がる」という風な意味になることがあるわけです。で、これも具体例載せておきました。これを「立てまらん」と言いたる誠の心ざしたると いうことで、これをですね、「差し上げよう」という意味で使われています。で、このような「差し上げる」や「申し上げる」というのが通常の用例ですが、一番左に書いてある具体例ですけれども、「中宮様は白き温度どもにからく ないのカ王神に祭りたる」という風に書かれております。このこの文章に関して、「差し上げる」や「申し上げる」という意味を代入してみると、非常に不可思議な意味になってしまいますよね。今回は「神に縦まりたる」という風に書いてありますから、これは本動詞の役割ですね。「立てまる」の上に動詞があるのであれば、この「立てまる」は補助動詞になりますが、今回 の場合はその上が助詞の「2」になっておりますから、え、この「立てまる」は本動詞だと分かります。なので、じゃあ「差し上げる」か「召し上がる」だけれども、この「音像」っていうのは、これはえ、着物ですから、これを「召し上がる」っていうのは不思議な話ですよね。ですから正確にはこれは「召し上がる」のではなく て、「お召しになる」という風に切るという動作の尊敬語だという風に解釈する必要があるような問題です。

この「参り」や「立てまる」という のは非常に厄介な動詞でして、どういった意味であっても余談活用なので、文法によって意味を絞るということが不可能なんです。そのため文脈に応じて、例えば「参上する」「差し上げる」という単語も変えなければいけないかもしれないし、健常なのか尊敬なのかも判断しなければならないわけです。そのため皆さんに特に勉強上のアドバイスとしては、前や立てまれが来たら尊敬の可能性もあるし、健常の可能性もあるし、意味が少し幅が広い可能性もあるということを念頭に置いた上で、例えば選択肢問題を解いてみるとかすると、自分たちの理解は深みやすくなるのかなと思います。

さあ、ここまでいかがでしたでしょうか。ここまでですね、助動詞と敬語表現についての解説を行ってきました。皆さんはこの動画をここまでインプットで見 て終わりではないですからね。動画の冒頭でも言いましたが、今回学んだこと、特に整理したいことに関しては、必ずコメント欄でアウトプットして、皆さんの古典の実力は伸ばせるように頑張りましょう。

またですね、今回のように古典文法を簡単に解説した動画は、文法バージョンをパスラボの動画でアップロードしております。まだ見たことないよという方はですね、是非ご確認 ください。共通テスト対策やあるいは古典の勉強の仕方で悩んでるよという方いましたら、パスラボの動画からですね、共通テスト古典で確実に9割以上を狙うための勉強法の対策動画も公開しております。もしですね、ご関心ありましたら、その動画もこの動画の概要欄貼っておきますのでご確認ください。

もしこの動画良かったよっていう人は、高評価とチャンネルの方、え、チャンネル登録の方もよろしくお願いします。これからもパスラボは受験生に寄り添った受験の動画をたくさん作成していきますので、ご要望があれば是非コメント欄にいてお伝えください。

それではここまでご視聴ありがとうございました。一緒に受験勉強頑張っていきましょう。それではまたお会いしましょう。バイバイ。