📱

Get Our Mobile App

Take your business learning on the go!

Download on the App StoreGet it on Google Play

叱ることは大事ではないでしょうか

為末大学 Tamesue Academy13:33

Transcription

え、世代大学の質問コーナーです。

今日はですね、あの、これだという、え、質問ぐらいの質問があるわけではないん ですけども、え、いくつか質問をいただい たものをちょっと統合してですね、あの、 お話をしてみたいなと思います。

で、それはですね、あ、随分前の動画なんですけど も、叱られると消防弱くなるという質問、あの、撮ってまして数年前ですかね。ま、 それがあのYouTubeのアルゴリズム で最近に上がってきておりましてですね。 で、それについて色々とあのご意見やあの お話をご質問いただいてるんですけど 多かったのがですね 、う、ま、そもそも叱ることがいいのか 悪いのかっていうのでしの大事じゃないか と。ま、しけの局面なんかを叱りますから ね。それは大事じゃないかっていうことと でそれから、え、叱られても勝負強くなる という話があったんですね。で、ま、これ 多分個別さで行くとですね、そういう人も いるだろうし、そうじゃない人もいるけど 漠然と全体の傾向としてどうなのかって いうのが、ま、こういう場合は適切な話な のかなと思うんですけども、私はあのこの な、何て言うんでしょうね。え、おそらく これが意味してるところはですね、え、叱 るっていうことそのものよりも子供たちが ですね、一定程度の困難とか、え、それ から難しいことに取り組んで悩んだり 苦しむことは子供たちを強くして、え、 それは教育的にいいんじゃないかという 外意があるという風に理解をしてるんです ね。

で、ま、この教育議論っていうのは常 にその間を依頼がするんですね。つまり 子供たちは自由にやったらいいよとで、嫌 なこともやらずに楽しいこと、好きなこと やっていこうと。え、数年前に YouTubeがキャンペーンでですね、 好きなことに生きていこうという キャンペーンを貼りましたけども、ま、 そういう感じの世界観ですね。極端に言え ばですね。で、それぞれは個性があり、 個別さがあるんだから、それを確実的に 当てはめるのやめていこうと。で、もう1 の世界観ってのは、いや、そうは言っても 社会ってのは人々の協力で成り立っていて 、1人だけが全然違うことやなわけには いかないしで、プラス人間っていうのは、 え、色々困難を乗り越えて強くなっていく んだと。で、だから、え、綺麗ですね、 あの、安全なところだけ整えてあげても 子供たちは強くなれない、え、から やっぱり困難も大事なんじゃないかという 考え方ですね。

で、これどちらも正しいんだろうと思うん ですね。で、スポーツの現場においても どちらもあるんだろうと思うんですね。の 大変な思いもするし、それから楽しい スキラーでやることもあっていくと、え、 傷つきやすいアメリカの大学生たちって いう本がありましてですね、まさにあの 子供たちがアメリカのま、教育領域がです ね、その大学生の子供たちにが子供たちの 頃にですね、ま、そういう、え、比較的 こっち寄りですね、え、色々困難とか他者 とぶつかってお互いをこうすり合わせ るっていう経験はあんまりやらないで育っ た、あ、子供たちがですね、それが大学生 になった時に大ね、こう傷つきやすいあの 子供たちになっていて、で、1つの特徴と して暴力という言葉がありますけども、 暴力っていうのは基本的には肉体的な、え 、なんか機害を加える、加えられ るっていうものだったのが、え、その人に よって感情が傷つけられたことも暴力の 定義に、え、なっていったと。で、それに よってアメリカの大学内で誰かがスピーチ をすると、それによって私は気分を傷つけ られたと、気分を害した。え、心が傷つけ られたってことは暴力を振られたってこと だっていうことで、え、それらを 取り締まることができるようにするって いう、ま、大学内のいわゆるキャンセル カルチャーですね。で、これにつがって いき、だんだんだんのアメリカの大学生 っていうのが傷つきやすくなり、そして、 え、大学内の、ま、言論空間ってのが ギスギスしていったっていう、そういうお 話なんですね。ま、こういうのって アメリカの大体この数年間の振り返りを見 てみると、ま、主にはリベラルサイドって 言うんですかね。ま、民主党系の人たちが それがすごく多かったっていうことを、ま 、書いた本なんですけども、え、ま、 アメリカの大学なんて大学の先生の比率 って共和党民主党の指示者が、ま、55 ですよね。アメリカねなんですけど、それ が9割ぐらいが民主党なんで、アメリカ内 の政治的思想も偏ってんじゃないかっての も本に書かれてたんですけど、ちょっと話 は長くなりましたが、つまり教育論っての はこの間にあるように思うんですね。

で、ま、私は基本的にはこの自由にやったら いいじゃないかと思いながらですね、 私自身の人生は、ま、多くの困難と共に ありましたし、それが結構自分を育てて くれたっていう実感があるんですね。ただ 1つの特徴はですね、私はほぼ大人に叱ら れたことがない人生なんですね。ま、大人 になってから、え、色々変なこう発言で 叱られたりってのはありますけど、子供の 時にはあんまりないんですね。もちろん 友達に機害加えたとかそういう感じでは 叱られましたけど競技においては自由に どうぞと。で、もう1つの私の経験はです ね、やっぱり海外に行くことも多くて、 引退した後、現役中もそうですけど、引退 した後にも行きましたけども、1つ日本の 特徴というのはですね、大変起立を文じて 、え、秩序もありますし、それから忍耐力 もあるんですけども、あ、驚くほどですね 、日本人は守る方の忍耐力あるんだけど、 攻める方の忍耐力、あの、あの、なんて いうかな、我慢っていうかな。え、ま、 耐える力っていうレジリエンスですかね。 それがないですよね。ま、それを証拠に あの海外留学をしていく比率ってのは日本 はどんどんどんどん下がっていってますよ ね。で、スポーツ最近でこそ海外に行く人 増えましたけど、我々の頃ってのは、ま、 極団に少なかったわけですね。でも行って みればですね、ベネズレアだとか、ま、 いろんな国から1人であの試合に来てたり してたわけですけど、それ何が言いたい かって言うとですね、私たちはいろんな 困難を体験して強くなってほしいって言う んだけども、強くなった人間には2つの 方向があるという風に整理できるんじゃ ないかと思うんですね。乱望かもしれない けど。それ何かって言うと、やってくる 困難に対して、え、耐えられる強い人間に なってほしいと。つまりその場所で いろんな困難がやってくるけどそれを処し ながらですね、ちゃんと最後まで やり抜けるそういう人間になってほしい。 で、もう1つは何かって言うと、心境地を 開拓、リスクを取って新境値を開拓し ながらそこでな何とかやっていける人間に なってほしいと。で、この2つの性質が 結構私は違うと思ってるんですね。で、 いわゆる共合校とか厳しい環境で、え、 備った人間はですね、こっちは結構 いっぱいいて、で、これ日本企業にとって 大変重要なことなんで、ま、不利理不尽間 ってのはですね、育てるんだけど、一方で 自分で起業したり海外に飛んでいったり、 ま、会社内は改革したりっていうリスクを 取った状況でレジデジェンスをはっきり する人間はやっぱり統計的に見てもですね 、ま、我々の実感としても少ないわけです よね。なんでこっち少ないんだろうと。ま 、比較的我々の世代の頃はスポーツでです ね、そういう厳しい環境を与えられてるん だけど、スポーツからですらこっちの人間 ってのはあんま出てないわけですね。これ を、ま、我々スポーツ会っていうのはよく 考えるべきなんじゃないかと思うんですよ ね。[咳払い]一般的にはスポーツっての はそういう、え、自分でリスクを取って ですね、新しい道を切り開ける人間を 育てるんだという風に言ってますけども、 お、ま、そんなに決出してですね、 スポーツやった人間があのリスクを取った 行動取ってるってのはあんまりない。ま、 最近は別ですね。最近の方、ま、 素晴らしくてあれなんですけどないと。 これやっぱり日本のスポーツの教育システ ムってのは何かしらそこに対して課題が あったんじゃないかっていう気も私はする わけですよね。

ですので、ま、何しる?心理が違いますよ ね。こう、つまり自分がやっていることに やるってことに対して、まあ、なんて言う んでしょうね。リスクを取ってや るってことに対して、あの、ま、簡単に 整理するとですね、人間が何かリスクを取 るってことは少なとも不確実な道に乗り出 すってことなんですね。どうなるか分から ないとやってみるみないとでもそういう ことやってみようじゃないかっていうのが ま、ある意味リスクを取るってことだと 思うんですけどそれに対してどのような 態度を取るかってことは大事なわけですね 。リスクを取ったことへの奨励も大事な ことだと思うんですけど1つ我々が ポイントにしなきゃいけないのはリスクを 取った行動に対して褒めるって行為自体も 実はネガティブに働く可能性があるわけ ですよね。なぜなら褒める、けなす、え、 叱るりってのはジャッジが、え、ジャッジ をする側にあってその人がその人を評価し てるんですね。つまりリスクを取ると褒め られるんですねっていうことにな、ま、ま 、それ自体はあの比較的にドライブすると は思うんですけど。で、このその人が何か やった時に評価をするのが指導者側にある んだというこの軸が私はこの叱るのがいい のか悪いのか問題の1番本質にあるんじゃ ないかと思ってるんですね。で、そのこと によって、あの、ある人のですね、価値観 がチーム全体に広がって、あ、これはいい こと、悪いことっていう風に全体が秩序が 保たれていったり、ま、みんなの起が保た れて比較的倫理的な人間が育つってことは あると思うんですね。一方で誰かがリスク を取って行動するってのはある種の逸脱 行為なんですよね。これなんだ?文化人類 学の方が書かれてた本ちょっと忘れました けど実は、え、なん起業するみたいな リスクを取る行為と群れから逸脱して、え 、なんか、え、規範から外れる行為って いうのは本質的にあんま変わらないんだっ ていう規範から離れる行為なわけですね 。で、この規範から離れる行為の症例って いうことはこの起立を守る、あの、言われ たことをきっちりやる、倫理感の中で生き ていくっていうのとちょっと外れちゃっ てるわけですね。で、やっぱり教育会は どうしてもですね、この規範から離れる 行為を評価する仕組みを用いにくいわけ ですね。だから多くの企業家とかですねが 学校教育ドロップアウトりしたりするのは 規範からあまりにも外れる人間なんで、ま 、記業は全てじゃないですけどね。ま、 政治家も含めてそういう人が多いと。で、 この規範から離れるような機質を、ま、 一定持ってる人がいることで社会ってのは イノベーションを起こして発展してくわけ ですけど、こっち側を育てることはどうし たらいいんだろうっての私の興味なんです 。そして、ま、トップ選手の世界に行くと 、ま、トップ選手を育てるためだけにある わけじゃないですけど、トップ選手の世界 に行くと、ま、簡単に言うと規範の中で 生きていってる間は平均値に収まってます から例外値なんですね。その突破スリート になるってことで、その世界の勝負強さに ね、もう持っていくってことに考えていく と、やっぱりこの規範からどこのぐらい まで離れていくことを許すのかっていうの は私は大変重要なことなんじゃないかと 思います。

で、もう1つ大事な観点がです ね、この困難は人を強くするってのは確か なんだけれども困難が人災か天才かっての は大変重要なところだと思うんですね。 つまり人によってもたらされた困難はです ね、理不尽なわけですよね。ところが天才 ですね。その誰かが意図的にもたらした わけではないもっていうのは不条理って 我々呼びますよね。[咳払い]この不条理 に対しての体制ってのは大変大事なわけ ですけども、理人っていうのはその人の 理屈が通ってないわけですから、それは あんまり私は引き受けちゃいけないん だろうと思うんだ。

ま、会って先ほど申し上げました通り、え 、敷かれるってことは子供よりも大人の方 が物事をしているんだと前提に立ってます けども、必ずしもそうじゃない限らない こと大人はよく知ってますよね。[鼻息] あの、子供の方がよっぽど賢い局面って ありますし、ま、うちも子供とはだんだん 怪しくなってきてますけど、叱れるほど 賢く、自分が子供より賢くない場合、どう やって叱ったらいいんだろうっていうん ですね。まだ倫理感としてもですね。で、 このやっぱり基本上下がないと叱 るっていうことがうまくできないんだ けれども、もちろんその中でも人として これやっちゃいけないねってみんなで合意 したことを注意してくってのはできると 思うんですけど、この人に上下がないとし てどちらが正しいか、何を正しいか分かっ てるわけでもないっていう前提において、 我々はどのように人を評価し、どのように 人を育てればいいのかってのが私は1番 本質的な問なんじゃないかという風に思っ ているわけですね。ま、人類を見ていくと 必ず次の世代は前の世代より賢くなって いってる、あの、少なく人も巨人の肩の上 に乗っていくという意味ではですね、なん じゃないかなと私は思っているので、ま、 その点において、え、本当にどういう スポーツ指導ってのがあり方がいいのか なってのは私はちょっと色々考えるわけ ですね。ま、1番いいのは、あの、人間を 1番成長させるのは自ら選んだことによっ て、え、いわゆる天才型ですね。選んで しまったことによっていろんな困難が自分 にやってきて、なんでこんなこと選んで しまったんだと悩みながらでもその中で ストラグルしながら一生懸命やっていく 中で困難に対して強い人間が出来上がってい くってのは私はやっぱ理想なことで、その ために1番大事なことはその最初のリスク を取って一歩踏み出すこの旅に出ていく この一歩を踏み出そうとする気持ちにこれ 踏み出させては強制なんでね自分が自主的 にこうというのをいかに後するかってこと が大切なんじゃないかなという風に考えて おります。

え、ま、これ試役では皆さんの ご質問によってですね、いろんなお話をし ておりますので、是非質問があれば どしどしお知らせください。