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た大学のQ&Aコーナーです。質問ですね。質問です。いつも勉強させていただいています。地域のクラブで陸上競技のコーチをしています。対象は中学生で短距離・跳躍を担当しています。日々悩みながら指導方法を考えています。大学では遊びを研究し、シデトップをメインに、買やホジガの文献にも当たりました。すいません、シデトップを私知りませんでした。ちょっとこれは読んでみますね。ありがとうございます。
はい、質問は遊びと陸上競技についてです。例えば、全力を出しきるよう指示した練習で100mを3本、横一列で用意ドン!としても、練習後多くの選手はヘロヘロとしています。しかし、これをリレーに変えると、3on1状態になるほど夢中になる選手が出てきます。このように練習を工夫すれば、選手は夢中になり、意識的には到達できないであろうところまで到達できると思います。これこそ遊びの要素かなと思います。遊んでいるみたいだけど、ポイントを抑えていて、陸上競技が強くなっていくという循環を作りたく、ステレオタイプになりがちなドリルや体の使い方のトレーニングにも遊びの要素を取り入れて工夫しています。もちろん、効果や競技への紐付けまで指導しています。中学生の立場から考えると、まずは体で覚えて、高校以降で理論的なものが結びつければいいのかなと考えていますが、バリエーションも多くなく、悩みながら指導しているのも事実です。遊びと陸上競技指導は融合できるでしょうか。生産的なアドバイスが欲しいです。よろしくお願いします。
「努力は夢中には勝てない」は名言ですね。ありがとうございます。この「努力は夢中に勝てない」っていうのをですね、私が最初に書いたのってのが2000年、Twitterを始めて12年だった2009年か10年ぐらいなんですよね。で、結構これがいろんなところで使われていまして、あの著作権欲しいなと思ってますけど、それは冗談で。ま、時代の空気にあったんでしょうね、やっぱりね。このなんか自分で好きなものを選びましょう、みたいな時代にあった時に、これがやっぱりいいなということになったんだと思って、それはすごく嬉しく思ってますね。
さて、えっとですね、これお話のところで、ま、これ非常に重要な要素だと私も思いますね。やっぱり、え、何にもないところから夢中になれる人ってなかなかいなくてですね。ほとんどの人は外形的な設計ですね。その設計によって夢中になったり、遊びを生み出していくっていうことだと思います。じゃあ、それって何やればいいんだろうっていうところなんですけど、私はですね、あの遊びの要素ってのは結局、うま、特にトレーニングにおけるですね、設計の遊びの要素ってのは3つじゃないかなという風に思ってるんです。
まず1つは意外性ですね。やっぱり意外なことをやるってのは非常に重要なことで、え、ま、意外性ってのはその先が読めないってことも含めてですけど、この先に何が起きるかわかってるようなことをやると人は飽きてしまいますけど、どうなるかわからない。もしかしたらこのリレーっていうのは勝てるかもしれないし、勝てないかもしれないっていう、ちょっと競争的な要素ですね。アゴンでしたっけね、確かかが言った中では、そういう要素が入ってるんじゃないかなという風に思ってます。で、頑張れば勝てるかも。かもしれない。でも運によって負けるかもしれない、みたいなことが1つ、人が遊び的になるっていうことの大事な点かなという風に思ってます。
でもう1つはですね、あの風の余地があるっていう。これ結構大きいと思ってるんですね。それは、え、例えば陸上競技のドリルも面白がろうと思うとですね、こうやってやるんだよって言うと、それがうまくできるにはどうすればいいんだろうとかっていう感覚を掴むことでいくらでも遊ぶことはできるんですけど。ところがこれなかなかですね、そこまで完成が鋭い人っていうのは多くないわけです。で、そうするとある目的を相手に伝えて、「よし、今日は立葉飛びでここまて飛んでみよう」とかですね。「で、それができるにはどうやったらいいか考えてみよう」って言うと、ま、そうすると考えやすいみたいな人もいるわけです。ま、単純に腿だけ上げだけやってって言っても、腿上げをやってる中からどうやればうまくできるんだろうって遊び出す人もいるんですけど、動きの中で。でもこれ、ま、非常に少ないので、まさっき言ったように、え、10mから20m地点、ま、スタートから20m地点まで腿上げを30回を綺麗に収まるようにうまく調整しながらやってみようとかです。まな、こんな風に外形的にうまく収めることで、あの遊び始めるってのはあるかなという風に思ってます。
で、3つ目はですね、これが非常に遊びの、え、ま、めちゃくちゃ面白いところで、アイロニックで、え、非常にディープなところなんですけど、無意味なことをやるっていうことだと思うんです。つまり、遊びの中にこういう動きをして欲しい、こんな能力を手に入れて欲しいってものを潜ませようとすればするほど、それは遊びからちょ離れていってしまうんですね。遊びってのは無意味なものである。ただ楽しいものである、っていうのが、ま、これはホ人が言ったことだと思いますけど。なので、練習の中の遊びの取り入れるものの中にこれを潜ませるってのは私非常に重要だと思ってるんです。例えばですね、あの練習中にですね、え、ま、走ってきて、で、中間地点でですね、手を動かせないようにして走って、で、最後にまた手を振って走るっていうことを練習でよくやってたんですね。大学生の選手たちに当時教えたりしてたんで。で、それやってた時、「これすごい何の意味があるんですか?」て言ったら、「うん、普通にやるの飽きたからやってみた」っていう風に言ったんですけど。で、こういうものが3、4割潜ませた方が私はいいと思います。
あの、陸上競技はあのゴールが非常にはっきりしてるので、このタイムを出したい、で、そのためにこんな動きをしたい、そのためにはこういう練習が必要だって風に非常にはっきり作れるんで、ともするとですね、全部作業的にできるわけです。でもこれつまんないわけです。これが面白い人ってのはそんな多くないと。だから途中に遊びの要素を入れるんだけど、その中も全部あるターゲットに向けて遊びを設計すると、ま、普通にやるよりは違うんだけど、でも結局似た形になってしまうわけです。だから3割ぐらい無意味なことをやる、または方向が違うことをやってみる。ただ楽しい。これやったら面白くなっちゃうような空気大事にしてみるってのは大切なわけです。
あの、よく私子供たちに、あの競技者じゃないですけどね、あのハードルの授業とか、カッコの授業やるんです。ま、大体途中にやるのはですね、右手後ろに回しながら左手を前に回す、こう、こういう風に回しながらスキップをしましょう、っていう風にやったりします。するんです。ま、ほとんどのかこれできないんですけど。で、時々ですね、先生がいや、「あの、これ分かりますよね?右手と左手をこういう風に目の前で横に回転させながら、それをちょっとずつずらすと、実はさっき言った右手後ろ、左手前回転の実現できちゃうんですけど」これをアドバイスしてくれよ、と、いう先生がいるんですね。なぜならば、よかれと思ってうまくできようと、あのうまくできたという感触を与えたいからやってるんですけど。でも実はこの練習の意図っては全然違っていて、みんなうまくできないんです。これやるとほとんど。みんなうまくできないのをお互いが笑い合った状態で次の練習に入るってのは非常に重要で。なぜなら、うまくできない、うまくできるか、ずっとうまくできて、うまくできないか、うまくできなくてそれを見られるのが嫌だ、ってのは一番の心理的ハードルなんです。なので、みんながうまくできないこと、みんなが国家になることをやることで、心理的ハードルを下げて、「失敗してもいいんだ」「うまくできなくたっていいんだ」。その中でどうやってやるんだろうって、他人からどう見えるかじゃなくて、自分がどうやるかってことに集中するんだっていう風に意識がふっと変わる瞬間があるんですね。それを、作るために全くことには意味のない練習を、それ入れてるんです。
ま、そんな風にですね、人間の心っていうのは、ま、どんな世界でも社会性をはんでますから、この外部からの目とかを意識するので、それをうまく遊びの中ですらしながらですね、楽しい空気にしながら、でもぎゅっと締めて夢中になる瞬間を作ったり、最後にスーデンリレーやるぞってやったり、また解放したりっていう、多分そういうリズムをですね、練習中に、おそらく感じられながらやってらっしゃるんじゃないかと思うんですね。それ自体が非常に私は、あのはちょっとなんてかな、入れ子のようですけど、あの大人になって一番の遊びってのは、この子供たちに向けて指導するってこ自体が大人の最大の私遊びだと思ってるんです。あの難しいですしね。子供は正直なんで。で、形式的にやれば飽きちゃうしと。で、その中で自分の持ってる力をやって、人事件もないですしね、子供に対しては。でもそのことを遊んでいくっていうことが私はとても大事で。ま、なので最後の、アドバイスとしては、あの自分自身がその状況を遊んでいくっていうことが、子供にもつわり生徒たちもみんな遊んでいくと。で、みんなで遊びながらだけど、ぎゅっと締める時に大事なポイントを抑えるっていう、ま、感覚的には5割ぐらいが大事なところで、4、5割ぐらいが遊びっていう。で、その中の3割ぐらいは無意味でもいいんじゃないかなというのが私が思ってることです。はい。ま、でも非常にディープなご質問ありがとうございました。これが私は陸上競技を楽しんでいく上でも、上達していく上でも根幹にあるんじゃないかなと思っております。