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【島を渡る】 島の記録編 MSC認証のカキ養殖の歴史

山陽新聞デジタル【さんデジ】13:16

Transcription

この地のところに生かしく、潤わしく、かに気づき立てとる過金の見なめ婚の日の思考と寄りつきえる瀬戸内神屋長を虫上げ特養殖器の恩友の大前とはるかう神小かきよの見り使えまるところの願い主はしも屋長、漁業共同組合代表理事、組愛長松本正をはめ地元にて食え漁の、ま、歴史的なことを書いた、ま、独本的なものを、え、作ったので、え、これによると、ま、あの、用縮70年以上この場所でやられてるんだなと。だから今その持続可能とかいう話をしてる中で昔から柿が続けてこれとのも、え、そういう、ま、この土地柄が、え、夏洋宿に適し取った地形であり、え、環境だったんかなと思ってます。そうです。あの、井又先生、井又俊尾先生という方らしくて、え、漁の、ま、あの、南川に検証費の方もあって、え、その検証費を立てたのも、ま、結構昔、え、先線代の組合町の時代だと思うんですけど、え、その頃立てられて、え、毎年そこでは、え、の生産が始まる前に、え、下、ま、牛神社から神女さん来てもらって、拝んでもらったりしながら、え、法量と安全を、ま、祈願して生産を始めるという形を前に毎年やってます。ですから最初から、ま、たくさんの用食業者がおったわけじゃないと思うので、え、試験的に始めてそういう形で、え、家を建ててみて、ま、いいものができて、で、その時代ってまだ過金養殖も少なかったから、え、需要があってということで、え、どんどんどんどん業業者も養殖の方を、え、やられて、今みたいな現状の、ま、ボリュームになったかなと思ってます。

なるほど。このエリアがあのどっちかといえば、ま、袋コ児みたいな作りになるとって観光的な人が来たりしない。隣の平瀬とか牛島というのはどうしても観光的な要素が強いから、え、一般の方が訪れることが多いと思うんですけど、この蒸し上げってのはその真ん中にあって、え、外部からの人が入ってこないエリアだったんです。だから昔はもう家なんかも鍵をかげずに寝たりとかいうのが当たり前の土地だったんだけど、え、だからそういうとこで、ま、ま、どうんですか?真面目に書き養殖をしてきた、え、産地だったんだなと思います。

なるほど。そうですね。コツコツとこう、ま、毎日毎日こう生産してそれが毎日お金に変わるというものなので、どっちかというと農業に近いものがある。あの、ギャンブル性が少ないというか。だから安定した収入が見込まれる部分で言うと、ま、火用殖はどちらかというと農業に近い、え、漁業かなと思います。

話があるまではMSCという言葉自体知らんかったんですけど、え、うちのあの加工業者の方に、ま、大手の両販の方から、え、ま、STGの絡みもあって、え、2030年までにあの、ま、エコマークがついたものを定番化したいので、え、どこかの産地はないかという問い合わせがあって、その業者が、ま、あの、調査したんです。広島、岡山、兵庫。で、そこで実際その認証に、え、合致するというか、取得できそうなのが、え、たまたまうちであったということでうちが、ま、取得に向けて挑戦を始めたということです。あのね、えっと、実際話があって、ま、1年半ぐらいは、え、その取得に向けた準備とかが始まったのは2019年の12月だったかな。そうですね。はい。に、え、取得できました。ですから実際申請してから、ま、取れるまでの期間はものすごく短かった。7ヶ月ほどで取ったのは結構記録的なもんだと言われてました。ちょうどコロナが前だったんでタイミングも良かったんかなと。で、ま、それが、ま、順調に取れた理由としたらMSC認証の、ま、取得するための条件が3つあって、え、その3つが、え、うちが昔からしてる活用職のやり方がそのまんまもうガッチしてた。で、あとはそれを証明していくことによって取得できた感じです。ですから、あの、要は自分ところの牡蠣が産んだ卵を採って卵を取ってそれを大きくして、またそれから生まれた卵ということなんで、え、このエリアで持続的に殖ができるというのが、ま、1つ大きなポイント。あと、ま、あの、自然環境に優しいということで、ま、昔から書きが続いていることもその、え、優しい業業をしてるんだろうと思うんですけど、その中で、ま、絶滅器具が、え、このエリアに、ま、いたり、え、あとは、ま、あの、訂正と言っても海底の状況を書きすることで荒らしてないかのも荒らしてないというのが分かったり、え、あとは、ま、記録管理はトレサビリティがちゃんとこうできるかどうか、え、その辺の、ま、大き3つの条件がクリアできて取得できたとなってます。あの、もう絶滅球として瀬戸内会では赤海ガと砂りの2種類が、え、リストに乗ってるということで、で、この付近には、あの、昔は亀がおったんですけど、私、ま、20年業して亀は見たことないんです。ただ、あの、砂めりはしょっち見ます。ですから、この会域には砂めりが生息しているのは昔から知ってました。

そうですね。これもあのMSCの、ま、認証を、え、要は続けていくための、ま、必須的な部分があって、ですから年に3回、3月、6月、11月と、え、言い方がある時期ない時期、え、全く置かない場所、置く場所を分けて停点で、え、要はドローを取って、その中の生物がどういう変化をしてるかを調べてきました。で、今までもあの5年続けてきてもう15回以上調査した結果としたら書き方がある下の方があの訂正が活性化している、え、いろんな生物が、え、多いというのがはっきり分かりました。そうですね。ですから、ま、いろんな、ま、生物が増えること自体は本当に海にとって豊かに戻っていく1つの条件だと思うので、え、その辺では貢献できてる部分もあるのかなと思ってます。え、最終的にはもう屋長という名前がついた鍵を売ってもらうのが僕らの目的であって、え、岡山県さんではなくて岡山県の虫上げさんの柿という名前で販売してもらうことがもうやっぱり流通が安定しますから、そうすればもできる。が安定できれば業科の経営も安定できるんで、え、そういう流れを作っていきたいなと思ってます。

なるほど。そうですね。あの、もう今どこの産地に行っても多分牡蠣の身入りとか身の具合とかいうのはあまり大なくて、その背景ですよね。どういった考えで漁業漁業漁業者さんたちが作っているのか。そして、え、その、ま、作る場所を持続的に守ってきるような取り組みをしてるかどうか。その辺はやっぱり重視されてますから、え、できるだけその辺りをお伝えしたいと思ってます。

お休憩中ですか?

昼休み。

昼休み中。

すいません。お休み中に。

いやいや、今日ちょっと組町の取材で

うん。

来てた。ついでによらしてもらったんですよ。

あ、寒いっすね。

寒い。寒い。もう年取ったんで。

いやいや、年を取らんでも寒も寒いっすから。

いや、焼きはできるし。

梅分にはウナギが取れたりな。うん。

へえ。

あの辺ウナギが今でもウナギの壺をやったりしとろ。

ああ、竹ずつの可能。

はいはいはいはいはいはい。

へえ。

ええ、じゃけかなりいい魚情だったんですね、あそこ。

そう、そう。

でか途中からなんかもう魚が曲がって魚が取れたりな。

へえ。それつ頃ですか?いつ頃やろうかなあ。それもわれがやってちょっと経ってからだったからな。

ああ、50年ぐらい50年前だろうな。

ああ、ちょっと魚がおらんだったな。

ああ、もが減ったわな。

もが減った。

もが減ったな。

ああ、あの辺やこでももう網へつけれんぐらい

うん。

塩がいたらもがう上に出てから

うん。うん。

船が作る上もが巻いて走れへんぐらい。はい。うん。

甘ですか?

うん。も、甘がへえ。

ここら辺の前や子供もそこのここら辺の沖から朝が1つ帰ってきた。袋へ巻いてから

うん。

ロで帰ってで帰る作りをあ

昔の船だから作りをちょっと持ち上げてな。

はいはいはい。

兵隊で死んだおっさんやが青年学校でなろうって。

へえ。青年学校

青年学校かな。昔の

だから井先生からなろう。

そう。そう。

へえ。へえ。

教え子語だったんだ。

教え子語だったんですか?

やろう。

へえ。

で、その頃はなんかその頃の話は聞いてますか?そのおじさんから。

いや、おじさん、おじさんのもわしも知らんのじゃ。

あ、知らんの。

戦士で死んでるから。死んでるから。

が戦後に生まれたから。

ああ、なるほどなるほど。

なんかじいさんの話聞くのには昔は竹を切ってきてそこら辺ある竹を切ってきて

はい

やったんじゃろそしたらその真けじゃ倒れるんじゃああ

よせえから

うん

なるほど

それからそれで会えんな言って

うん

その組んだんだろ竹を組んで今の方みたい

ああ、

あ、巣の巣の亀って言っとこのぐらいの巣の亀があったりするとこ入れとった亀が

ほほほ。

それを下入れて作やったらしいわ。の子供の自分にはもう1月か2月かこうやってトントンと見て家の前で向く感じでな。

ああ、なんかそんなさんやってねえわけね。

そう、そう。

それってもその漁師さんがま、その副業みたいな感じでやるわけですから。予選漁業が中心

有の間に今なんか仕事ができんからいうことでやれた。

それ冬の内仕事ができんういのは荒れるかな?

荒れるから言って寒いし魚も取れんし。あ、魚取りとで風には取れんからな。

ああ、もう並行してやれよったから。うん。ずっとやりったからな。

ほんなま半々ぐらいだったらきっと

そうそうわぐらいできったかな。

でけ息子の台になったらもう網はもうえんで

うん10年ぐらい前から行きましたよね。砂りが

そうそう。10年ぐらい前から来たってな。

うん。な

んでなんでしょうね。12人何十年も網田で取っていこんかってのは

10年ぐらいだから来る。

いや、昔はめるよったんよ。

ああ。

それで木の腕でトントン走れったら同じように並行して

うん。

そのイルカがテレビ役でやるがいるがバタバああいうような調子ついてきった。

ついてきったんですか?

った。京っ

ほらが分け自分にやな。

ああ、そうですか。

うん。

相性の沖の方へ出てったらもうついてきちゃった。

へえ。

海目は昔に流し用しおる人がとよったわな。

ああ。

生きとるやつ帰って拝んでもおきを伸ばして返しちゃったわ。

へえ。そう。

でからもしか死んだったりしたらお坊さん呼んで

ああ、

拝んでもろて。

へえ。

もう生きちゃったかな。亀だけは。

ああ、演技の分だろうな。