Transcription
はい。あ、そうだ。あの、本当しょうもないんですけど、今日もですね、え、バケタン守り玉とですね、これなんだっけ?バケタンわべだ。こっちはね、喋りよるんですよ。もうね、途中で喋ったらすいませんで、こっちは光るだけなんですけど、ま、最近バケタン、バケタン言うてね、バケタンハマってるいう話したら、まさかのね、あの、開発者が知り合いという方がいらっしゃってですね、コメントをいただきました。ということでしょう。はい。
それでは、え、時間になりましたので、本日もバケタンと共に、え、おかウェビナーを始めたいと思います。よろしくお願いします。え、録画できています。こちらも大丈夫です。はい。
え、今日はですね、あの、アクティブな需要という、ま、あの、変なタイトルいつもそうなんですけど、けさせていただきまして、あの、以前やりました、あの、ゼノワークですね。ゼノワークを、え、もう少しこう変えたものというか、日常の中で、え、体感しやすくちょっと考えた別のバージョンみたいなものを、え、やってみたいという風に思いつきましたので、お願いいたします。アクティブな女。まずじゃあアクティブな需要じゃない状態の、え、日常の状態のところからですね、今回のイラストを始めていきます。ジんごゴご。最近こういう漫画文字みたいなの使えるようになってましてね。え、これがあの白い汗かいてるおかがま、本物のおかというか、実物のお感だと思ってください。で、え、顔の前にですね、こうすごい怒った顔のもう1人のお感がですね、こう顔の前におります。で、こう腕を組んでですね、すごいこう怒っております。で、えー、本物のおかの方はなんかこう嫌な気持ちになって汗をかいているごゴごゴというところなんですけれども、この、え、おかの頭からこうはみ出して描いているこの黒いギザギザの線ですね。これがあのクラウン回路という風に私たちは呼んでいます。これ私たちは呼んでいますと言いますが、私が勝手につけました。あの、そんな回路があるのかとかも何かこう医学的に分かっているかとかそういうことは全然ございません。私が勝手にあの話がしやすいので名前をつけた、こういう回路があるのではないかというものがクラウン回路です。
このクラウン回路は私の想定では、左脳のこの言葉を操る言語野と言われる辺りを中心に意識が働く時に働いている回路ではないかと思います。つまり、言葉であれこれ頭の中で考えるという形の意識ですね。そしてその意識にいろんなことを自動思考でああだこうだ考えろ考えろと言ってですね、どんどんどんどん思考を出してくるそんな回路のことをクラウン回路と、え、呼んでおります。勝手に名前をつけて呼んでいます。そのクラウン回路からニョキニョキニョキニョキと伸びてですね、この怖い顔のおかが目の前にこういるという風にこう仮定してるんですね。で、この目の前の怖い顔のお感が世界を色付けするフィルター人格と今回は呼んでみます。フィルター人格と呼んでみます。こんな風な感じでですね。私たちは自分の前にもう1人の自分がいて、そのもう1人の自分があんたのここが悪い、あそこが悪い。昨日失敗した。こないだやった。あれはまずかった。先の準備が全然できてない。どういうことなのっていうようないらんことをですね、細かいことをネチネチネチネチこう言うてくるような自動思考があるということをここにちょっとフィルター人格として今回は描いています。
このフィルター人格がああだこうだ言うてくることに対して私たちはこうな、何て言うんでしょう?言い訳とか、いやそんなこと言うけどあの時こう言われたからこういう風に言い返しただけでとか、いや今度ちゃんと準備はこれからしようと 思ってるとかですね、次々とこう考え出してしまう、載せられて思考が生まれてしまう、それに対してまた答えてしまう、そういう風なこう嫌な作用をする、え、思考のことを今回はこの顔の前にある、え、目には見えないですけど、もう1人の自分がそこにいて文句言うてくるみたいな、こういうフィルター人格として考えてみたいと思います。で、このフィルター人格というのが、ま、どんな風に普段作用しているのかということなんですけれども、え、ま、本当に見えるわけじゃないんですけれどもね、まるでそことこ自己対話しているかのように結構思考があるんじゃないかと思いますね。例えば、道の向こうを歩いている若いお母さんと小さな女の子、え、親子だと思うんですけれども、ま、歩いている。それを見たらですね、このフィルター人格がほら、あの母親、若いお母さんスマホばっかり見て子供の方全然見てなくて、あれは絶対虐待してるに違いないとかいうわけです。そういう風なことを頭の中でこう勝手に言うてくるわけですね。本当に自分がそう思っているかどうかじゃなく、このクラウン回路が思考させたいから勝手に被せてくる、色をつけてくる。そういったこう機能のことを、え、お話ししています。だ、そんなこと言っても本当は分かりませんよね。でもそういう風に言われると、え、そうやろか、最近なんかそういう虐待多いとか言うけども、いや、でもあの母親はそんなことないと思うけどなとかって結局載せられてしまう。え、そんな感じです。で、こちらの、え、方、え、あんたのお友達と昨日あんた喋ってたけど、あの人絶対腹立てたと思うわとかいうわけですね。今頃すごいあなたのことをこうむかついて起こってると思うみたいなことをこの顔の前のフィルター人格がですね、見たんかいと見たんかいって言いたいんですけど、そういうことを勝手に決めつけてこう言うてくるわけですね。
って言うてくると、それに対してどうしても私たちはいやそんなこと言うけど怒ってるかもしれんけど、でもあの人の方からこういうこと言うてきたから私こういう風に言い返したんやんかみたいにですね、載せられて結局こうそれに対する言い訳とかを思行してしまう。そしてあちらいらっしゃるあんたの上司。あんたの上司はあんたのことを仕事ができへんやつやと思ってるよとか言うてくるんです。うるさいちゅうねんね。そんなん知らん。そんなん知るわけないのにそういうことを言うてきませんか?勝手に決めつけてなんかそれっぽいことを急に頭の中で言い始めると、こちらもですね。いやそういうけれどもうちの同じ部の人はあれだわ。何回も今月休んでるけど私は今月は1回も休んでないしとかね。ようわからん言い訳をしなきゃいけない。そういうことがこう次々とこのフィルター人格が顔の前にいるがゆえにこう世界と私たちとの間に勝手な色付けが起こってくるんですね。そんな身近な人だけで住んだらまだいいんですけどはですね、ワイドショーでやってたあの芸能人のあのスキャンダルとかですね。あれはいかんとかね。知らんがな。誰やねん。そんなぐらいにですね、次々と私たちがこう目の前に見る世界に対して、え、思考として勝手な色付けをしたり、勝手な決めつけをしたりして、私たちがついそれに載せられて、あの、いろんな思考をしてしまうというような働きがありませんかと、あの、皆さんが考えようと思わなくてもですね、そういった思考が勝手に浮かんできて、で、そう思うとだんだんその上司も自分に対して怒ってるように見えてくるとか、そんな風にこう世界が歪んでしまう。そういう存在が、え、仮に自分の顔の前にですね、こういう怖い顔をしておって、いつもうるさいことを言うてきてる。で、そんな風に仮定するところから今日のこのアクティブな需要じゃない状態を、え、表現してみたいと思います。
で、これ結局ですね、1つ1つに言い訳をしたり、それが正しいのかどうかということを思考してもクラウン回路に栄養が流れ込むだけなんです。これが、ま、あの、三能でいつも言う、ま、自動思考はすぐに気づいて、そして違うことに意識を向け、体に意識を向けて、あの、迂回路を作ってくださいっていうようなお話をしていることの、え、1番元ですね。え、今回は基礎編ですので、この1つ1つ生まれてきたいろんな勝手に出てくる自動思考に対して言い訳の思考をしたり、そうじゃないよって一生懸命それをあの正そうとしてもですね、その全部が、この元であるクラウン回路に栄養が流れ込んで、さらにその回路が発達して太くなってですね、大通りみたいなこう太さになって元気になって、さらにどんどんいらんことを言うてくるようになるっていうのが、この今の現代社会に生きてる私たちの苦しさの元ではないかという風に思っています。えー、そういったことはおそらく多くの人にあるんじゃないかと思います。もちろんもっとね、あの、世界っていいよねっていうような明るい思考があることもあります。でも多くの場合はなんでか知らんけど、こうこういうネガティブなことをね、いろんなことをネチネチ言うてきて、ああ、しんど、何もししてないのにすごい疲れてる、脳が疲れてますみたいな状態になっている方が多いように思います。
実は私このことについて、え、3年半ほど前、2021年かなぐらいに、あの、1回もうノートにこう記事で書いたことがあるんですね。で、これはあのネドノートよりすいません。え、変容カード、え、005番、え、思考バリアというタイトルで書いております。これちょっとアップにしてみます。え、これがですね、あの、思考バリアアって言ってその時なんですけれども、顔の周りに大きさちょっとどのくらいか分からないんですけど、一定の大きさで丸くこう透明なドームのように包み込んでいる空間があるって言うんですね。で、この空間の中で、私たちは世界を見ているつもりなんですけど、先ほどのようなフィルター人格のようなものにこう阻まれてですね、見てるようで見ていないという形になっています。これがなぜかと言いますと、左脳ってあの世界をですね、名前とか文字とか文章で言葉で把握するんですね。だからそれは水面で行われてるんで、私たちは普段自分の家にいる時に壁がある、天井がある、電気がついてるとか、ここに棚があってとか、あんまりそういうことは考えないですよね。もう自分の部屋だからなんとなく歩きますし、なんとなく手を伸ばしたらドアの部があって、なんとなくドアを開けて何も考えず廊下を歩いています。この時実はですね、本当に家の中を見ているかっていうと見てないんですね。あの、それを実際にやってしまうと左脳はめっちゃ疲れるんですよ。全部に言葉を水面に置いて、そして把握しよう、把握しようとしますので、見ちゃうとしんどいんですね。だから見ないようにしているっていう1つの距離があるんです。その距離まで行ったらこうくるっと反転して視野が後ろに帰ってくるみたいな、私の方へ帰ってくるみたいな感じで、その代わりに頭の中の記憶にあるぼんやりとしたイメージをはいこの辺ベッドはいこの辺壁は私の部屋ですっていうイメージをですね、して見ないようにしてるんですねというのが、この思考バリアというあの透明な顔の周りにああるバリアの意味なんです。それと同じようにフィルター人格が私たちの顔の前にあって、え、それ以上の世界を正しく見ないようにこうイメージであの人は私のことを嫌がってる。あの人は私に怒ってる。私は何にもできない。あのいろんなこと失敗したとかですね。そういう過去のイメージや未来のイメージ、そして、えー、クラウン回路が勝手に作り出した文句ですね。そういったものに取り囲まれて、実際の世界をこう見れてないというような意味なんです。これまた後でリンク貼っときますので、え、よかったら変容カードの方もまた見てみてください。あの、今思えば色々面白いカードがあります。この時はですね、私朝起きたらこれを書きなさいっていうこのイメージだけが頭の中にボーンとこう書き込まれてたんですね。本当変な変な人生だなって思うんですけど。で、それを書いてTwitterとか、え、当時のTwitterですね、Twitterとかノート、ノートとかに出さないともう気持ちが悪いんですよ。かけって言われてるから。だからもう朝から一生懸命書いて、そして毎日、え、こういった情報をアップして、ああ、よかった。今日はちゃんとできたみたいな感じでこうすっきりしてたというような、え、情報であります。だから私が考えたんじゃなく、こう勝手に頭に書き込まれてこれを今日出しなさいよと言われたものを一生懸命書いていた。それがこの変容カードなんですね。そのうちの5番目、え、思考バリアというカードであります。
で、ここからですね、じゃあこの頭の周りにあるこうドームのような本当の世界を見ないようにして、え、左脳がこう視野がUターンして帰ってくるような、その代わりに勝手なイメージを世界に貼り付けて本当の世界を見ないようにしているというこの左脳の機能、クラウン回路の機能をですね、突破することをこれから、え、やっていきたいと思います。もうなんとなしでいいんで、あの、簡単なんで見ていていただいたら大丈夫です。星座とかしないでいいですね。飲み物飲みながら気楽に見ていただければいいんですが、まずはですね、この価値観とか世界に対する確信みたいなもの、こういったものをできるだけ一旦仮にでいいんで手放す必要があります。あの、決めつけをちょっとやめるんですね。どうしてもそういう決めつけは左脳のクラウン回路が働くようにできているので。いや、分からんよ。クラウン回路が見せてる幻かもしれんやん。だから一旦分からんという風に置いてみようというですね。そういう態度をちょっとこう取ってみる。これがあの第1歩目です。え、私の上司は私のことを仕事ができんやつやと思ってるなんていうのは昨日まで考えてたけど、今日は一旦それを仮に手放してみよう。このアクティブな需要っていうのを体験してみようじゃないか。そんな風に考えてみてください。これが1歩目です。
そして先ほどの顔の前のこのフィルター人格、怖い顔をしてまたいろんなことを言おうとしております。え、これがですね、え、どういうものかというのをちょっとご説明してみたいんですが、多分ね、元々は野生で生き残るための自然な機能だったんじゃないかなと私は思っています。つまり大型の獣なんか虎とか狼とかですね。え、そういったものがあの藪の向こうにいるような気がするというような野生の感とか、危険を察知するような、え、能力があったかと思います。自然の中で生きていた頃ですね。で、私たち人間もその野生だった頃に、ま、そこはちょっと危ないから、え、何か怖いことが起こりそうな気がするから、あ、そこは通らないでおこうという風なことが自然な、こう予測として、え、自分をこう律する、自由にそこで走り出したりせずにですね、自分をぐっと抑制するような機能としてこの、えー、想定して想像して予測するという機能があったんじゃないかと思うんですね。でもそれがですね、野生じゃなくなって、今人間社会になっております。するとこの人間社会では生きるということがですね、この社会を勝ち抜くということだという風に拡大解釈されてるような気がします。その頭の中でというか、この今の社会の中でですね。それでこのクラウン回路が生き残るための機能だった、この自分を抑制して予測を立てるというこの乗っ取られた機能、予測という能力ですね。これを勝手に使ってるんじゃないのかなと私は思っています。ですからですね、単にあの上司は私のことを怒ってるとか嫌ってるとかいう勝手なこの予測、クラウン回路の予測も私たちにとっては実は命がけであるように感じられるものだったりするんですね。この社会でダメになってしまうんじゃないかしら。私は生きられないんじゃないかしらというような命がけの機能の部分にうまくこうリンクさせられている、だからあの安直にあのこれを打ち消すというのはなかなかこう難しいわけです。だってそんなんどうでもいい会社でなんて思われようといいなんてことはなかなか言えないですよね。だってそれで本当に食べれなくなっちゃうかもしれないし、今までの人間関係を失うかもと思ったらやっぱり怖いですよね。そういったものは実はこの元にあった、え、能力とこのクラウン回路の乗っ取りが結びついて、そして予測世界を色付けるというような形で今私たちの人生に展開しているんじゃないかというところもちょっと覚えておいていただいて、そしてこれを超えていこうと思います。
今目の前にこのあの怖い顔をしていらんことを言う、え、フィルター人格がありますが、その向こうには人々がいて社会があって、そしてあのビルや建物があるこの、え、今私たちが生きている現実社会がありますよね。この社会の方までこのフィルターを超えて本当のことを見たいわけです。え、本当のことを見ると、え、さらにすごいことが起こりますので、一旦そこまでちょっとこうやってみたいと思います。思い込みのフィルター人格を超えてこの瞬間に広がっている本当の世界を受け入れようと、え、やっていきます。この瞬間世界はすでにありてある。これもゼノワークの時にあったかと思いますが、私たちが目で捉えた時点でもうそこにあの分子や原子のレベルで結びついた物質があって、もう世界というものはここにドーンと存在するわけですね。もうすでに存在しています。それを私たちは見ながら、その上にいらん予測をこのフィルターが掛けてくるわけです。でも物質世界はすでにドーンとここにありてあります。すでにあり、なんとなく感じられますでしょうか?もう目の前の世界はありてある。ありすでにあり世界をありのまま移すレンズが私。この、え、顔の前から胸の辺りまでですね、え、透明な大きなレンズがあるようにイメージしてみてください。このレンズはですね、鏡に映し込むように本当に目の前の世界ありのままがそこに移ります。鏡に移るように、え、何も変わらず映り込みます。このレンズが私、え、全く予測のいらない本当にありのままこの原子や分子で構成された世界が映り込むレンズです。透明なレンズです。このレンズが私なんだとちょっと想像してみてください。世界はありてある。ありをただ移す透明なレンズ。え、このようにイメージしてみます。これだから呪文みたいなもんです。1番下の2行だけあのよかったら覚えてみていただければいいです。上は別にいりません。え、この瞬間世界はすでにありてある。すでにありてある。ありのまま移すレンズが私。世界はありてある。ありをただ移す透明なレンズ。これがあの呪文のようなものです。え、これを唱えながらですね、世界をありのまま見る。え、目の前のフィルター人格のいらんことを超えてですね、今この瞬間にあるそれをそのまま映し込んでいるというイメージをします。
えー、目の前に世界があります。そして今までのうるさい人格を通り抜けてですね、え、目の前に透明なレンズをイメージして、そして世界がそのまま映り込んでいる。鏡のように映り込んでいる。そこにはもっと変えなきゃいけないっていうことはありません。ただ移り込んでいる、え、ありのままを、え、積極的にこれアクティブに需要しているということになると思います。目の前のフィルター人格があれはダメだ、これはダメだということに耳を傾けず世界を移り込ませるこの透明なレンズが私で、それ以上でも以下でもない。それ以上何もしなくていい。ありてある。ありてある。私はただの透明なレンズだ。そう思って世界を見る時、私たちは、この瞬間の世界を完全にアクティブに、え、ありのままを需要しています。ゼノワークで言うところのぜ、ぜと言いながらこの瞬間瞬間は完璧なんだ。これ以上変えることはないんだと言って捉えているのを今回はレンズを使ってやってみている感じですね。そしてお分かりでしょうか?私たちが世界をありのまま捉えますと、私たちの背中の後ろにある、え、神が誠殿が私は本体さんと呼んでいますが、この私たちの魂っていうんでしょうか?本当の、え、大きな繋がり合う意識である私の部分は、え、愛のレンズを持って私という存在をありてあるありと言いながら毎瞬毎瞬ありのまま受け入れてくれてるんですね。愛を持って受け入れてくれています。私たちが目の前に私というレンズを作り、世界をありてあるありとえ変えようとせずにそのまま映し込む時、私たちの後ろのこの本体さんのレンズと共鳴します。両方がありであ、ありと言ってありのままをアクティブに需要しますので、私自身も後ろの本体さんからそうだよ。お前はありてあるあり、ありのままでいいんだよ。そのままで愛しているんだよという視線がですね、後ろから私を追い抜いて私の目の前に今作った透明な世界を見るレンズ。本当の私のこの透明なレンズのところまで、え、後ろから出てきます。そして私をすっぽりと包んで共にありてあるありと言ってこの世界をありのまま捉えています。この時、え、左脳のクラウン回路は黙ります。え、一瞬かもしれません黙ります。え、この愛の中に入っているとあれがダメだ、これがダメだという余地がないんですね。私たちはありのまま今目の前にあるこの原子や分子でできた世界を、え、ありてあると捉え、それをただ映し込んでいる自分だというレンズを持って世界をアクティブに需要します。そうすると後ろのレンズと、え、本体さんの愛のレンズとこれが共鳴しまして、私たちの前まで、え、本体さんが出てきます。え、自分がそのまま受け入れられていて、自分もまた全然何もこの瞬間変えなくていいんだという感じがするのではないでしょうか。この感覚をですね、例えば電車に乗って外を見ている時や、えー、窓から外を見ている時、それから、えー、家の外を、え、散歩している時ですね、歩いている時なんかをありてある、ありてあると言いながら透明なレンズである自分をイメージしながらやってみてください。え、この感覚である時、少なくともクラウン回路には栄養が流れ込んでいません。ですからこの愛に包まれている私、も世界をありのまま受け入れているし、そのことによって後ろの本体さんは私が私をありのまま受け入れてくれていることを受け入れられるという感じですね。ここに共鳴が起こります。この状態のままずっと生きてていいんですよ。このまんまでいいんです。で、え、このまんまで言いますと、やがてあの、いろんなあじゃこじゃ言う目の前のフィルター人格はどんどん薄くなっていきます。え、いろんなことをありのまま映し込むように見ていればそれでいいんです。本当のことが知りたかったら上司に聞いてみましょう。私のこと嫌いです?なんか嫌ですか?と向こう多分ポカンとされてると思います。本当のことは聞いてみればいいんです。全然あの恐ることなくですね、ああだこうだ考えるフィルター人格がある方がしんどいです。でもこうやって自分自身をありのまま受け入れている時、他の方から見てもあなたは愛に見えると思います。え、ですから、え、あなたのことこうどうのこうの言う人ってのは寄ってこれなくなっていきます。自分も、え、世界の全てをその瞬間瞬間ありのまま受け入れているて、そうだ。世界がある。世界があるよ。そして私もある。私もあるんだよというこの感覚ですね。この感覚で、え、いろんなことをこう生き ていけたらいいと思うんです。あの、シンプルに見えますが、実際は本当はこうじゃないのかなって思うんです。そしてこの愛の本体さんの目の中で私たちは、え、本当のことを、え、直感で受け取り、え、愛で受け取り、自分がすべき愛の行為をイメージで与えてもらう。そしてそれをやっていく。そんなシンプルな生き方になっていくことができます。
はい。え、先ほどの呪文をもう1回出しますね。この瞬間世界はすでにありてある。すでにありてある。ありのまま移すレンズが私。世界はありてある。ありをただ映す透明なレンズ。この下の2行をですね、いろんな場面で世界を本当にこう、え、見つめながら、視線が当たるまでその世界を見ながらですね、遠くまでずっと受け入れながらそれを透明なレンズとして移し出すということをやってみてください。はい。
ということで、今日はアクティブな需要。単に頭の中でこうああだこうだ言うてくる、え、ことにあの耳を傾けるのではなく、そのフィルター人格を超えてですね、積極的に世界のありのままを受け入れることによって、後ろから本体さんが、え、積極的に私を受け入れてくれているということの中へ入っていきます。世界を受け入れれば、後ろから本体さんが自分を受け入れてくれています。そのことを感じられると思います。え、ということでアクティブな需要というタイトルで今回は基礎編の07回お送りいたしました。え、次回、え、また2週間後ですね、4月23日水曜日夜19時から、え、同じあとおかウェビナーを行いたいと思います。ご予定ください。ということで、本日は、え、以上になります。え、どうも見てくださってありがとうございました。あえ、それからアーカイブでご覧いただいてる方もありがとうございます。そしたら失礼いたします。ありがとうございます。