📱

Get Our Mobile App

Take your business learning on the go!

Download on the App StoreGet it on Google Play

競技のやめ時についてどう考えていますか?

為末大学 Tamesue Academy7:53

Transcription

た大学の質問コーナーです。え、今日からですね、皆さん、あの音のことをすごくえ、聞きづらいとかですね、小さいっていうのがあったので、ヘッドホン買いました。で、このヘッドホンであの音のフィードバックを受けながら、私もチェックしながらやっていきたいと思います。

さて、今日の質問ですけれども、え、質問です。高校から大学へ進学する、就職する際に、競技を続けるかどうか悩む生徒・選手が多くいます。初めから続けるという選択をする場合が少ないように思います。競技のやめ時について、どのように考えますか。

はい、これはなかなか悩ましいどいですね。あの、競技を続けることで幸せな人生もありますし、え、競技をやめて違うことやるので幸せな人生もあるということだと思います。が、まず最初にですね、ちょっとお話をしたいなと思うのは、これま、日本語で書かれてます。日本の方でおそらく聞いてる方もほとんど日本の方だと思うんですけども、え、日本におけるスポーツの非常に大きな特徴にですね、え、やるかやらないかの2択っていうのがあるんですね。つまり、本気でやるか、本気でやらないか。

で、私はこれ、海外で暮らすことが結構元気の時にありましたので、え、最初に言われてちょっとびっくりしたことが、ま、オランダで練習をしてたんですけども、ま、どうもなんか本気っぽいので、君何やってんのって言うと、ハードルで、え、日本代表の選手なんですよっ て言うとその人が一言言ったのが、あ、チャンピオンスポーツやってるんですねっ て言ったんですね。で、そのとクラブをよく見渡すとですね、8割か9割の人はスポーツをしてるんだけど、別にえ、何かになろうと思ってないしま、ひょっとしたらうまく、なろうとすら思ってない人もいるという状況だったんですね。

で、考えてみるとですね、なぜ私たちはトレーニングをしなきゃいけないのか。スポーツにおいてですね、トレーニング別にいらないですよね。いきなり視野に出ちゃえばいいわけですし、え、テニスやってるとしたら、あのグランドについたらいきなり試合すれば、もちろん怪我のリスクあるんでウォーミングアップはいりますけど、トレーニングってでもいらないですね。別になんでトレーニングすんのって言うとうまくなりたいからなんですけど、なんでうまくなる必要があるのって言うと、ま、楽しいからであればそうなんですけど、実はあんまりうまく、なる必要すらないわけですね。あの、実際に私たちが何かレジャーする時に、うまくなろうとしないでやってるものたくさんありますよね。映画を見る時に映画を見るのうまくなろうなんて思ってなくて、ただただ喜びを教授してると。ま、それと同じで、何が良くないのっていうのはあり得ると思うわけですね。

で、つまりですね、そのスポーツをすることにおいて、かなり本当はグラデーションがあるはずなんですね。ま、週に4日5日やって本気で上を目指していく、え、うまくなろうとしていく世界から、週に1日2日、なんなら月に1日ぐらいやって楽しんでいくっていう世界があって、で、この世界のグラデーションの中で、どこに自分が今いるのか。え、競技者がレジャーに行ってもいいし、レジャーだった人が競技に行ってもいいわけです。あの、昔ドノバン・ベイリーというスプリンターがいましたけど、彼は24、5歳ぐらいまでレジャーの陸上競技をやっておりまして、100mも10秒45でしたかね。で、証券会社にいたんですけど、ま、ある時から競技本気でやってみようと思って、メキメキ競技力が高まって、最後金メダルを取るんですけどね。ま、そういうのもあるし、え、逆にオリンピアンだったんだけど、ま、ちょっとあの、本気でやるのはちょっと疲れたから、あとは楽しいスポーツでってやる人もいますよね。

で、この概念になるとですね、引退とかですね、競技をやめるっていうことが不思議な感覚になってくるわけです。なぜなら競技やめるってのは0になるってことですから。え、本当に0にするのって、別に週に1日とか月に1日やるってやつにすればいいんじゃない?それすらやらないのって言うとなんか大変なことでもあったのっていう感覚になるわけです。ま、つまりですね、この日本においては、やるならやる、やらないならやらないっていうのは非常に強い、え、スポーツ文化でいって、ま、やるからほどほどにやる、ま、適当にやるみたいな派のグラデーションがあんまりないわけです。そして指導者の方も実は本気でやる以外の指導者がすごく少ない国ではあるわけです。

で、まずその前提があると、実は競技を続けるかどうかなんてどうでも良い話で、ま、やりたければ本気にやればいいし、本気でやる1年、適当にやる1年、本気でやる1年ってやったっていいわけですしま、そんなに変わらないわけです。で、なんででもそうならないのって言うと、ま、文化的なものはあるよ、スポーツ会の問題だよっていう風にも言えるんですけど、実は社会構造自体が、え、例えば就職で言えば、1社にフルタイム、フルコミットってモデルなわけです。そうすると、空いてる時間でしかスポーツできないとすると、ま、これをなるべく大きくしてやろうって就職しようとすると、もう競技やる前提の就職がなくなってしまうわけです。で、これがもし例えば週3日勤務で後の2日フリーランスですみたいなことがよくある文化であれば、じゃあそれ練習に費やすのか、他者の仕事に費やすのかってのは選択ですから、ま、毎年バランス変えればいいわけ。ま、そんな風に自分のライフステージに従って仕事量とか、え、そういうものをこう調整していくっていう文化があんまりないわけです。ま、学校においてもですけど、選択がないとあんまり。

で、そうすると入る瞬間に自分はどんなやり方をやるかをガチッと決めなきゃいけなくて、がゆえに、え、陸上競技全力で行きますっていう入学、入社かそうじゃないかっていうことになってしまうんだろうと思います。ま、ですのでですね、え、ま、一言で言うと、ま、その文化結構大きいので、日本はそういうちょっと前提に立った方がいいんじゃないかなっていうのはあります。

さて、質問は全然違いますよね。競技のやめ時なんですけども、ま、そうは言っても日本はそういう文化だから、今はねって言われたらそうなので、じゃあいつやめ時がいいんでしょうかって言うと、これはもう本当に正解がなくて、本人が納得する時なんです。ただ私が少し思うのはですね、選手たちに、え、やめるかやめないかを考えている自分が知っている知識の量っていうのがとても狭いわけです。ま、これほとんどの場合そうですね。日本のアスリートのセカンドキャリアっていうのを少しやっておりますけれど も、ま、ほとんどの選手は引退する時の情報量が少ないと。何と比較していいかすら本人が分かってないわけです。

で、世界は本当に広くて、世の中にはいろんな人生といろんな生き方があり、日本以外にも国があるという、ま、これを知ってみるとですね、必ずしもスポーツじゃなくてもいいんじゃないか、って思うわけです。だ是非ですね、この掘り下げは大事なんですけど、同時に知見を広げるとか、いろんなことを聞く、いろんな本を読む、いろんな人に会うってのをやっておいてほしいなと思うですね。そうすることによって、え、やめ時きっていうのは、ま、簡単に言うと競技やるやめるって話じゃなくて、次の夢ができるかどうか、え、ま、そういう話なわけです。それがま生まれてくるんじゃないかなという風に思います。

ですので、あの是非ですね、ま、やめ時について考える時には、自分はどのくらいのあの情報を持って、え、外のですね、競技と関係ないっていうのが、ま、関係してくるのかなという風に思います。あの、今しかできないことだからっていう風に、よく選手が引退する時には、ま、アドバイスし、とにかくやろうとするわけですけども、同時に今しかできない他のこともたくさんあるわけですから、ま、こればっかりは正解はないんですけど、本人が価値観を定めてです。そのためにはいろんなものを知って、その上で判断していくのが良いのかなと思っております。