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た大学の質問コーナーです。え、質問です。いつも興味深く拝見しています。孤独あるいは孤独感が人にもたらす成長があるとしたら、どんなものでしょうか。
シンプルなご質問ですね。ま、一般的には孤独って良くないことだとされてますね。あの、ハーバードかどっかですかね、なんか研究されていて、ま、人間の健康に一番良くないのはタバコよりも良くないのは孤独だとかですね。え、ま、確かに幸福感も下げますね。ってのもあると思うんですけど、ま、私もそう思いますね。さしガリアなんで、孤独ってのはあんまりえ、良くないな。
ただ、一方で私自身の人生を振り返ると、孤独が自分を成長させたなって思いますね。やっぱり、特に私との1番孤独感が強かった。これ、孤独と孤独感が違うという風に思ってますね。私は何が違うかと言いますと、孤独というのは実質的に孤独であると、え、一人であると、寂しいと、という感じも抱いていると。え、もう一つは孤独感っていうのはですね、むしろ集団の中で感じるものだと思うんですね。例えば、パーティーの中にいながら馴染めてないとか、人の間にいる時に一番孤独って実感しやすいですからね。そういう意味で、そこは孤独感だろうと思ってます。この二つをまず分けて考えたいですが。
ま、なので、私の孤独感っていうのの1番最初の気難しは18ぐらいの時にですね。それまで、え、私、中学校の時に日本一だった、ま、トップ選手だったんだけど、その後競技力が伸びなくなって、ま、だんだんだんだん怪我もしてこう注目を失われていく時に、みんなの興味が離れていって、それが寂しいと辛いと。で、世間が自分から離れてくのは辛いと、注目が離れてくのは辛い。そしてそれを友達に話しても分かってもらえない。「お前、1回でも日本一になったからいいじゃないか」としか言ってもらえないわけですね。おっしゃる通りなんだけれども、そのことと自分のこの辛さ、関係あれば客観性があるわけじゃないんでね。辛さっていうのは、ま、それが分かってもらえない、この分かってもらえない辛さっていうのがありました。この時に別に一人じゃないんですね。友達もいて、いっつも一緒なんだけど、いっつも一緒にいて、いっつも話しながらだけど、誰も自分のことは分かってくれない。この感じ、この孤独感っていうのは辛かったですね。これが孤独感の私は最初だと思います。
で、二つ目の孤独の方ですね。ま、孤独感に近いかもしれないですけど、私は大きいなと思うのは、あの、なんて言うんでしょうね、自分の方にベクトルが向かって、それに答えなきゃいけないっていうことですかね。あの、普通はですね、生きてると日々人間と多分、生物って基本的な外的環境に適応するように生きてるわけですよね。ま、もう成り立ちのこのぐらいの小さな多胞生物の時から、え、人は基本的に生き物ってのは基本的に摂取する、されるっていうんですかね、捕食する、されるの関係で、ま、目もないのにこのうろとしてこれパクッとして一体になるとか、それから逃げるとか、ま、そんなことなわけです。基本的に外的環境からどうやってカロリーを得て自分の体内に入れるかとか、どうしてそのそうならないように逃げるかとかっていう、ま、この繰り返しなわけですな。常に外的環境に対して私たちは働きかけをあの、してきたわけですね。
あの、この辺興味ある方、フランシス・バレラ、バレラだっけな、て書いてたモンとかモータリゼーションみたいな理論があるんですけど、これす動きの中に自己という認識が生まれていったんだっていう話で、ま、非常に興味深いま、ちょっとディープな話ですけど、ま、興味持たれる方は読んで見られるといいと思いますが。なので、基本的に私たちの意識ってのは外に向くわけですね。で、一番分からないのは自己であると。で、生物、人間のすごい特異なとこ、私たち の体って見渡せますよね。でもほとんどの生物は自分の身体が見渡せないわけでです。自分の体が見えないまま、なぜなら体の方がどうでもいいんだね。外的環境にあの脅威がないか、え、向こうで食べられるものはないか、っていうのを観察するのが生存には大事だったわけで、こっちが別にいらないわけです。ま、そういうことをやってきた中で、え、人間それをストップして、ま、自分とは何か、っていうのを考え出すようなきっかけが私は孤独じゃないかと思います。
あの、非常に、え、オランダのハーグ、覚えてるのはサンフランシスコ、それからイタリアもいましたかなんか、とにかく一人だった場所はやっぱすごい覚えてますね。そこで考えたの、街の風景もですけど、やっぱ自分は何で走るんだろうかとか、え、どうして先ほどの言ったような、え、世間に振り回されるんだろうかとかですかね。そういうことをすごい考えたわけです。で、これやっぱり辛いけど手が出せないわけですね。人にセーブできない。さらに当時良かったらインターネットがなかったので、インターネットで寂しさも癒せないという中で、自分と向き合わざるを得なくて、その時に一個一個自分に質問しては自分がそれに、次の日の回答する仮のですね。で、回答するんだけども、さらに追っかけて自分に質問するっていう、このまある種ちょっと精神がむきりぎりみたいなところをくるくる回したのが、ま、今の私の自己認識の根幹になってると思いますよ。
で、よく一人旅しろとかっていう言ったりとかですね、いや、自分探しの旅なんて絶対自分なんていないんだとか、色々なこと言いますけども、やっぱり私は一旦ストップする効果って非常に大きいと思うんですね。つまり、人生ってのは何にも起きないとです。基本的にはこう回転してるものが死ぬまで回転し続けて、徐々に回転が弱まって死んでいくと。一度もピタッと止まって見ることがない人生ってのは方が多いと思うんですね。だけども、ま、いろんなイベントがあって人生がピタッと止まる人がいる。うつになったり、ま、大変なイベントが起きたり、え、ま、昔で言えば大病する、投獄する、戦争に行くかな、この三つが大経営者になる大事なイベントだって言いますけど、ま、こういうことかもしれないけど、つまり強制的に自分の人生がストップさせられて、自分とは何なのか、生きるとは何なのか、っていうのを考えさせられる、え、こういうことが起きる場合があるんですね。で、これは私はポジティブだけじゃなくて、このことによって精神が病む人はむしろその方が多いと思うんですけど、そうならなかった場合に何か自分の中で底打ち体験のような、もう生きるしかないんだとか、ま、自分はこれなんだっていう、ある種の心理を自分なりの心理を掴むと、その後の人生ってのはもう生き返ったも同然ですからね。で、命よりももっと大きなものをそこで自分が掴むわけですから。そうすると、その後はもうとにかくそこに向かうしかないと、それを追求するしかないって いう人生が始まっていくんだろうと思うんです。
ま、ですので、私は孤独感や孤独がもたらす一番大事なことっていうのは、自分と向き合い、そして自分、自分なんてないんですけども、でも自分なんてないんだけど、自分の使命っていうか、自分っていうのはこうやって生きていくんだとか、世の中にある心理はこれなんだみたいな、自分なりの納得を得る、え、プロセスなんじゃないかと思ってます。
あの、私もいろんな知り合いの方いますけど、とっても社交的でいろんな人と話して楽しい人なんだけど、少し客観的に見てみると、孤独から必死で逃げてるように見える人もいるわけです。なぜなら、孤独になった瞬間に一番肝心かめのずっと人生共にきてきたこの私と向き合わなきゃいけなくて、こんなに恐ろしいことがないっていう人もいますから。それぐらいだったら必死で走り続けた方がいい。これ成功者にもとても多いですけども。で、ま、あるイベントが起きて孤独が生まれ、自分と向き合わざるを得なくなった時に、これまでやり過ごしてきた私との対面が始まるという風に私は考えています。
はい、以上となります。またご質問あればいただければと思います。