Transcription
え、ため大学の質問コーナーです。
今日はですね、ちょっと思考が変わっていて、あの、私の会社でですね、えっと、一緒にプロジェクトに取り組みながらやっている、あの、アルガという会社があるんですけど、その中にビルドというサービスがありましてですね、アルガとビルドでちょっとややこしいですが、あの、スポーツチームに対してですね、えっと、目標設定と振り返りっていうのを選手がやることで、ま、選手の考える力、生き抜く力を、あの、育てていくのお手伝いするっていう、そういうサービスなんですね。
で、お客様があの指導者の方が多いもんですから、あの日頃指導者の方とのやり取りが多いんですけれども、ちょっといろんなご質問をいただくことがありまして、ま、せっかくですのでこちらで回答するっていうことを今日はやってみたいなという風に思っております。
で、休儀のですね、えっと、指導者の方からのご質問なので、それについてお答えしていきたいと思います。と、第2回ありまして、今回第1回ですね、ダブルゴールについての質問です。ダブルゴールってスポーツをやっている方だったら結構ご存知の方もいるかなと思うんですけども、ま、ゴールってのをこう2つ設定してやりましょうっていう、確かそんな考え方、テニスのメンタルコーチですかねが作った考え方だった気がするんですけど、ま、勝利っていうものとその奥にある人間的成長とか、ま、そういうものを追っかけていくんだという考え方だった気がしますけど。
はい。それについてのご質問ですね。え、「勝利と人間的成長を勝ち取ろうとしました。ダブルゴールという考え方に基づくものです。結果勝利だけを目指したチームに負けました。ためさんは両立は可能だと思いますか?その2ですね。「審判に見えなければ何をしてもいい。対戦相手は敵なんだからやってしまえ」というスタンスだったら勝てたと思っています。しかしこの考えはダブルゴールを目指していたから負けたという言い訳になってしまいます。さん、どう考えられますか?」
ちょっと私があのダブルゴールっていうのを厳密に理解してないので、えっと、あんまりそれについて言及するのはフェアじゃないなというので、ちょっとダブルゴールはちょっと分からないっていう前提でお話をしたいなと思うんですね。
で、これはあの指導者の方あるですし、選手もあるあるなんじゃないかと思うんですよね。やっぱり人間、え、なんて言うかな。ま、人としてはそれしちゃいけない。ま、しちゃいけないまで大き、ま、人としては普通それしないよねっていうことをやると、え、やった方が負けてそうじゃない方が勝つっていうことがあるよねというので、え、それを見る、あ、そういうのにこう出くわした時にですね、ちょっとある種の虚しさみたいなことを覚えますよね。あ、全然練習してない選手は小さな話ば全然練習してない選手は勝って毎日練習に来てる選手は負けちゃうってこともよくありますし、こういう中でなんか一体何が正しいんだろうってことを悩んじゃうってことは人はみんなあるんじゃないかなという風に思います。
で、じゃあ一体何なんだろうかっていうのをこう考えてみたいなと思うんですけど、まずですね。うん。あの全ては確率なんですよね。やっぱりスポーツは、え、どこまで行っても全部確率論なんですね。だからうん。なんて言うんでしょうね。正しいトレーニングやれば勝てますかって言うと勝てる確率が上がりますまでしか言えないんですよね。で、正しいことやったけど成長できなかったこともあるし負けちゃうってこともあると思うんですよね。逆に言うと間違えたことやっても確率論ですから勝つ時もあるんですね。で、長くやっていけばある程度収束はしていくと思うんですね。正しいことやっていくとか、間違えたことやっていくと。でもそれもやっぱ確率論なんですよ。
で、社会全般を見るとまだスポーツの方がこの辺の不条理は小さいと思うんですけど、ま、実際のビジネスとかに入ってくる社会実社会に入ってくるとなんかほ、かなり運に左右されてる印象ですね。え、もちろんこれも450年経っていくとある程度実力地に集約されることあると思うんですけど、ま、でも庭から石油が出てましたみたいな方もいるわけですから。それって運ですかって言うと、ま、運ですよね。あの、ですから、あの、で、それに元に金融ってやっぱ強いですからね。その元手があるとそれにレバレッジかけて勝負していくとやっぱ当然同じ10%を年間に回るにしてもね、え、1000円を回る人とね、100万円じゃ全然違いますから。ま、そういう意味で、え、ま、世の中だったら、ま、基本不条理なんだろうなということだと思うんですね。で、スポーツにおいても不条理だと思うんですね。で、ま、まずこの確率論であるってことを非常に強く認識する必要があると私思ってるんです。それ言い換えるとですね、え、1年や2年、え、やったぐらいだと、まあ、10年やったぐらいだと想像してた結果が得られないことだってあるっていうことですね。不条理で言うと確率論ですから。ま、それでもまだなんて言うかな、ある、ある方向に向かっていくと思うんですけど、やっぱりでもそんなに必ず結果が出るっていうものじゃないんじゃないかなってのは私の思うところなんですね。だからまず、え、今出た結果を元に自分たちがやってることは間違いだったんじゃないかってこと、あんまりそう早くですね、判断しすぎない方がいいんじゃないかと思います。もちろん反省は大事だと思うんですけどね。
で、もう一つはですね、うん。相手が本当は何をしようとしてるかは正直外から分からないってことですね。ここに勝利だけを目指したチームに負けたとありますけれども勝利だけを目指していると確信を持てるのはその当人だけであって外部からは推測しかできないわけですね。選手見ていても推測しかできない。多分そうなんじゃないかという風に感じがしたとしてもですね。本当の意味では確信が持てないっていうところですね。で、そういう中で行くと、ま、なので回り回っていくと結局のところ自分のやれ、自分がやりたいこと、自分たちがやるべきことをやるしかないってとこに最後行きつくんだと思うんです。
相手、え、全ては確率であると。で、傾向でしか語れないと。正しいことやってもうまくいくとは限らないと。大体はこうしていると思ってもそれも分からない。本人でなければ分からない。え、外から見ていてはおそらくこうなんじゃないかしか確信が持ってない。これはライバルに対してもそうですけど生徒とかですね、え、先生に対してもそうなわけですね。人の心の中を確信持てることはないですから。障害においてその人の悲観体験の話にを確信を持つってことなんで、その人になる以外にはその人の本当の気持ちってのは分からない。
じゃあどうするんだっていうことなんですね。つまり何一つ実は確かなものっていうのは勝負ごとの世界にはなくて、じゃあその世界で何をするかって言うと結局のところ最後の最後は自分の信念を持ってこれをやるのがいいんだろうということやっていくしかないっていうことなんだろうと思うんです。なるほど。信念かという風に思ってこれで腑に落ちる方もいると思うんですけど実はこれの最大の難しさは何かって言うとですね人が自分はこうすればいいと思うっていうこうすればいいんだとこれをやってくんだって思うためのに非常に大事なあめなきゃいけないことありました。それ何かって言うと自分にとって大事なことは何かを決めなきゃいけないんですね。
で1番分かりやすいのはですね数値化できることを大事だと思い込むことだと思います。金銭の最大化が大事であると。で、スポーツであれば金メダルが大事であると。こういう風にKPIって言いますけど、なんか数値で測れるものの最大化が良いことであるっていう風に割り切っちゃうとですね、非常に計算式が楽になるわけです。悩みはほとんどないと思います。のどうすればうまくいくんだろうかって悩みがあったとしても何が正しいことなんだろうかっていう悩みがなくなるのでこれ簡単って言っても失礼ですけどまシンプルな世界を生きていくんですねあの売上10億より100億がいいよね。よりですね、1000億、1000億より1兆がいいよねと。林動メダルより銀メダルがいいし、銀メダルより金メダルがいいよねっていうと努力の方向がものすごい集約されるんで、やるべきことも全部その判断で、うどん食べるかそば食べるかも全部それで決めていけますから、ま、超簡単なんですよね。ま、やること は難しいとしても少なくとも何をすべきかで悩むことはないと。で、これは人間を楽にするので、だからこそどんな世界に行っても組織のってのは、ま、ほとんどビジョン、ミッション、バリューってとこに集約されるのはこの余計なことに悩まない状態に組織を持ち込んでいくとそのシンプルな軸に向かっていけるんだと。だからみんなでこれを決めとこうと先にっていう風に私は理解をあのしています。
で、で、ビジョン、ミッション、バリューっていうものは実は似合わないようなところ、似合わない場所もありました。それ何かって言うと、国家なんですね。国みたいなでかいもんで複雑な人がたくさんいる世界ってのはビジョン、ミッション、バリュー決めた瞬間にですね、それは他国からも見えてますからイコール弱点ですから。え、なんかビジョンでイノベーションをって言うと、あ、この人たちはちょっとイノベーションの方に寄っていくんで、まあ、なんて言うかな、え、ま、社会の格差とか開きそうだなって、じゃ、そこのついて認知線でも仕掛けるかみたいなことが容易に想像できてしまうんで、国家っていうのは表向きにですね、大きな戦略があったとしても、ま、ま、要するにサイズがでかくなればなるほどビジョン、ミッション、バリューっていうものは抽象化していってしまい、ま、その最もが宗教なんだろうと思うんですね。そこまで行くと、あの、全ての人の幸福を願うってところまで行かない限りは放括できないので、みんなを包み込めないので、小さいほどビジョン、ミッションバリューは際立てられると、なぜなら、あの、多くの人包み込まなくていいんでね。ま、ちょっと話は飛びましたけども、ま、ですので、え、シンプルになると楽なんですね。
ところがや今やられようとされてる方は勝ちたい一方で、え、この子たちにより良い人生を送ってほしい、そのための大事な経験をここで積んでほしいと思うわけですよね。で、負けるってことが実は人生において非常に重要な経験であるっていうことも言えますよね。私は競技人生で最悪だったことは自分が負けたことだと思ってます。ま、もちろんある程度ね、活躍した上でですけど、でもそれによって非常に自分が学んだことはたくさんありますから、失敗する、負けるっていうのはとっても用意できることなんですけど、そのためにわざわざ負けに行きますかって言うと、ま、ちょっと難しいですよね。ですから矛盾してるんですよね。人を育てるってことと勝つっていうことはですね。で、この矛盾してるものを矛盾しないように1つのKPIに集約するのか、それをなんとか折り合おうとしていくのかっていうことを、ま、どっちを選ぶんですかっていうのが、ま、結局私たちに問われてることなんだろうと思うんですね。指導者もそれを問われていって、いや、割り切って勝つんだ。で、勝利こそが人を育てる1番大事なことだと思う人もいるかもしれないですし、一方でそれじゃあダメなんじゃないかと思う方もいるかもしれないです。
で、もう一つ我々の非常に切ない現実はですね、自分の人生で、え、本当に評価されるかどうか分からないってことなんですよね。いくら正しいことやっていても、まだスポーツはマシですけど、アートの世界なんかはもうほ、ほとんどそれを期待できない感じですよね。自分の人生でやったことが、え、評価されるかどうかったのは死後評価されるっていうのを期待しながら自分の人生では報われないわけですね。現在利益はないわけですよ。の現在ではですね、でもそれでもやるんだっていう世界なんだと思うんですね。で、私ある種のスポーツのみならずですね、人間が何か1つのことをやっていくっていう風に宅感するにはこの現在利益の放棄っていうんですかね、それが必要なんじゃないかと思うんですね。あの、教育においても本当の教育のインパクトが出る時には自分の人生終わってる可能性高いですから。年齢幅が230年あると。だけどきっとこれはこの人にとって良いことをもたらしてくれるんじゃないかと期待しながら。そして本人も なんて言うかな、本人が分かるのも自分が死んだかもしれないんですね。ずっと文句言われててあの指導を受けたからとか言われながら最後にもしかしてこれ大事なことだったんじゃないかと。何が大事だったかはその人の状態が決めますから。え、今わかんないことも将来わかるってあると思うんですよね。
というこの切なさを受け入れながらやるっていうことなんじゃないかと思います。で、一方で即実すぐ成果を得るような方法もあって、それはまさに勝利を求めるって方法ですね。でもこれもこれで喜びが大きいし、実際にやってる人たちにとって見てもなんかやった会もありますしね。あの、分かりやすいんですね。モチベーションもあるし で必ずしもそれは悪いことじゃないと思いますし でどこを選ぶんでしょうかっていうことも何が正しいかも分からないということなんじゃないかと私は思っています。まあ、人によっていろんな考え方あると思いますけど、ただ私は、ま、年齢もあると思いますけど、自分の人生を超えた時間軸で、え、何か価値をもたらしたいと、次の世代に何か残したいと、ま、それを本当にやろうと思うと自分の人生での評価は一言一体諦めなきゃいけないとかもしれない。ま、評価されるかもしれないですけどね。
という感じはしています。あんまりいいこと答えにならなかったかもしれないですけど、でも負けたけれども10年後にああ、やって良かったなと思うこともあるかもしれないですね。生徒さんたちの、え、大人になっていった姿を見て ということでございました。え、あの、ビルド使われてる方はですね、そ、そ、ちょっと質問、あれどうなってんのかサービス内わかんないですけど、ま、あの、質問ができるところがあればしていただけるとこんな風に回答していきたいなと思っております。