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え、試大学の質問コーナーです。質問です。運動のコツと感についてお聞きしたいです。様々な書籍や文系を見ましたが、なんとなく腑に落ちない感じがしています。暗目地というものがありますが、原のプロのため生産がどう考えているか是非お願いします。
運動のコツを掴むってとこですよね。うん。これはなんか、えっと、どっちからいいかというんだ。まず、えっと、ま、コツとか感を掴むっていうことと、原化っていうことは、それをどうやって他者に伝達するか、または他者のコツとか感を掴むために言葉でどうアプローチするかというこのところ感、ま、そもそもこっちは何、コツとか感って何ですか?え、言葉にあるアプローチ何がありますか?てことだと思うんですね。
まずこのコツとかは何かって言うとですね、ま、やりたいことに対してこうこう動けばいいんだと分かる瞬間だと思うんですけども、ま、これ複雑なのは分かるっていうことが身体的にわかるって話と意識的にわかるって両方あってですね、ほとんどの場合は体が先ですよね。体が先にできてそれをあ、この感じかもしれないって思う。ちょっと掴んだかもしれないっていう。ま、それが通意していくっていう感じだと思いんですよね。で、これがま、運動習得の面白さですよね。運動のみならず歌がうまくなるとか、字がうまくなるとか、え、勉強もそうかもしんないし、何かが習得するっていうのは一見頭が先のように見えて身体が先のことВотが多いですよね。身体的にそんな感じがするとか、例え純粋数学の世界であってもですね、ま、純粋数学、あの、数学をやら れる方とか理系、ま、いわゆる量子物理とかああいうことやられる方たちは一般の人と比べてジャグリングとかですね、ああいう手先を使った運動が多いっていうデータがあの、すいません。正確じゃないですけど、確か昔教えてもらったことあった気がしてて、あとは有酸素運動とかですね、ウォーキングが多いんですけども、つまり先に身体的に直感が来てそれを記すっていうわけなんですね。頭に先に答えが書くっていうか、か、書くことが答えなわけじゃないんで、そういう意味でも身体的なんですよね。最初に、ま、脳も身体ですが、先に直感的にそうだと思ってることが表現される、またアウトプットする中で湧き出るものもあるでしょうけど、ま、いずれにしても身体っていうものは考える行為そのものにも近くですね。あの、まあ、なんでそれは結構影響してるんだろうと思うんですね。
だ、だからまず身体的にコツとか感を掴むっていうことが全てにあるってことなんですね。で、じゃあそれって何のか?コツとか緩和って言うと、ま、簡単に言うとやりたいことに対してできるようになってくってことなんですけど、これ脳の観点から見ると、ま、あの、これは研究であれありましたけども、簡単に言うと新しい運動をやりますよね。スキーとかスノーボードやるとしたら最初は脳のいろんなを使いながらそれを運動やってくんだけども最終的に熟達するとほんの一部が稼働するだけでその動きをうまく制御できるようになっていくということなんですね。これま、見方ありますけど、ま、元競技者の見方からすると簡単に言うと自分自身の体がチャンク化されるっていうかこうやって動けばいいんだっていうことが1つの球になってやれるようになっていくとうん。だからあんまり、ま、脳のリソース的にはボタンをピッと押せば動くようになると。ま、これが1つの考え方ですね。
で、もう1つはですね、周りの環境に対して例えば実験室みたいなもので同じ動きを繰り返すっていうことじゃなくてですね、ほとんどの技能は動き変わり周辺環境に合わせていくことでだけど結果がぶれないってのは大事なわけですね。例えばスキーも地面毎回違うわけなんだけども、ちゃんと滑れていくっ ての大事なんで、その変わりく周辺環境、決して安定しない周辺環境に対してパフォーダンス的に対応しながらだけれど もこう動きたいという、ま、最小公約数なんかこの辺だっていうターゲットにちゃんと当てに行けてるっていうのが重要だってことだと思うんですね。で、これができるようになっていくってことはコツを得てくってことで、その時のなんかブレなんかのブレイクスルーを起こす時がコツを得たっていう感じだと思うんですね。で、そういう一連の動きの中にここってそのレベルが上がっていくごとに感所があって、その感所を掴んでいくってことがコツを得ていく、勘を得ていくってことだと思うんですね。
で、良い指導者ってのはおそらくそれを見抜いて、あ、今のこの人のこのフェーズだとここに注意を向けた方がいいんじゃないかっていうことでコツとか感を、ま、それ自体が実はコツとか感じゃないんですね。良い指導者の私の条件はコツや感をダイレクトに言う人じゃなくて、コや感を身体が感じるように誘導する言葉を使える人なんですね。つまりこういう感じがするんだよ。ではなくて、こういう意識でやってみてくださいってやってみた時にあれなんかちょっと違う感じがしますと言って、あ、そうですか。それ何だと思いますかっていうこっちなんですよね。コツと感を誘導する人は。だ、自分の身体の中にある感覚を伝えるとこれもこれで参考になるんですけど、ちょっと感が必要なんですよね。それこそまさにあのこっち側のレベルの高さが必要でそうじゃなくてその人の動きの注意の向けどこれま人によって色々センサまめてなんですけどそれをやっていくことでその動きの中から身体的にあこもって感じさせるまこれができるのがいい人なんですけどま ともそれこれまた後ほど伝えます。伝達の話で
で、コツとか感の話は私は概ですね、まず3D化されたビジュアルさライズされた動きでもあるんだけど多分ですね。つまりこのタイミングでここに力加えてここでこのぐらいっていう音のなんて言うんですかね。こうミュージックになっていく感じなんですね。で、それがつめた瞬間にあ、これかもって思えるとこだと思います。ま、正確には2つですけど、ま、ある局象的に向けてこの辺の力入れんのかってことと動きは基本的にあの時間と一緒ですから時間ないってことは動かないってことですから、あるこの動きをしていく中にこうこうこうとかですね、たタとかですね、タンタンとかそういう風にそれぞれの動きの中に抑えなきゃいけないリズムがあって、それを掴んだ瞬間にあ、ブレイクスがあるとかですね。または意識の向けところで例えばうん、なんか車の運転曲がるのもこっちかこっちかっていう時に首を向けて首向けてくださいってやると自然に曲がるとかですね。ま、ちょっとそういうことを意識をどこに向けるかってこととリズムをどういうリズムを身体内でるかっていうこの2つがうまくはまった時にえとかコツを得てんじゃないかと思うんです。だから監督とかコツの話をする人のほとんどがそのどこに意識を向けるかってこととどういうリズムでやるかっていう、ま、校舎は小マトペで言う人多いですけどね。なんじゃないかと
で、肝心のこれどういう伝達ができるんですかってことなんですけど、これはさっき言った通りダイレクトに言うんじゃなくてやっぱり外的環境からその動きを引き出すことは大事なんですよね。で、人間の動きっていうのは、あの、ま、考えてみたら当たり前ですけど、私たちが、私たちホムサペースになったので、ま、せいぜこの数万年とかですかね。だと思いますけども、ま、基本的に生物っていうのは向こうから脅威がやってくるし、え、向こうのカロリーを獲得しに行くっていうこの外界と自分がどう向き合うかってことだけですね。だから身体を眺められる生き物ってあんまりいないわけですよ。我々のように毎日鏡みたりしたりして自分の体をチェックしてる生物になっていませんから。ま、だから私はちょっと人がビシュって言うんですかね。美しいとか見にくさにに対して過剰に執着するっていうのは身体を見すぎてしまった初めてのキモいのからじゃないかと思うんですけど自我ってのは芽えちゃってまそれちょっと余談としてあれとしてだから基本的には動くっていうことは外的環境に向けられる時に自然になるんだと思うんですね。だからあんまり動きが得意じゃない人の動きをさらに混乱させるのは簡単で自分の体のことばっか言うといいんです。肘はこうです、肩がこうですとかって言ってくともう混乱してきてそんな回路ないですから。我々のなんか内側に意識を向けるっていうのは人間だけがあることで猿もなんていうかな馬もないんだよ。なんか私は結構自分に意識を向けるってことは言語が生み出したものじゃないかと思うんですけど自我っていうものがですね。それで初めて肘を意識するとか色々できたと思うんですけど、む割して動くってことはできたと思うんですけど、ま、それが、ま、やっぱ不自然なことなんですよね。で、時々動きを修正する時にはそれ大事なんだ けど、基本的には外的環境に自分が合わせに行く、まさにアフォードしに行く時に人間の身体ってのは自然に動いていくととなると良い指導者の言葉ってのはその人がそういう動きをするような外的環境をいかに言語で設計するかということなんですね。
ま、例えばですね、私がうん、なんだろうな、え、スタートダッシュでうまく走れないっていう子がいた時に、え、ま、じゃあ言うとしたらうん、スタートダッシュの最初の50cmの間に穴があると思って、その穴をまずは飛び越えて走ってみましょうとかで後から、え、3°ずつ傾いてる坂道です。それを下るように走ってみましょうとか、え、スタートした瞬間に後ろに引っ張られてるゴムがパッと一気に離れるんで、そのゴムを、ま、ゴム引っ張ってるんで、そのゴムを引き切って飛び出しましょうと。それ外的環境から自分の身体感覚を生み出してきて、それをやった瞬間にあ、この感じって思う感じを本人がどうやって受け止めてるかなっていうのを言葉や表情から推測して次の設計をしに行くっていう風に、ま、外的環境からで、ま、さっきの話を言えばスタートダッシュでもっと、え、地面を蹴って前に飛びましょうとかですね。の穴を減るっていう糸はですね、それからゴムで言えばスタートの時にもうちょっと股関節を前方に進展させながら飛び出しましょうとかそういう話になるんですけど、その言われてもピンとこないわけですね。私たちが生きてる世界ってのはこういう物質的な自分の身体と周りの環境との関係の世界なんで、この関係性の中で引き出される動きを体験させることで、その体験の中にコツや感の気差しが見えたら、その気差しが見えたことをこっち側に指摘し たりするんですけど、でも1番いいのは本人がその気兆しを見つけた時にそれを逃さずにその感じをもうちょっとこうせっかくいた穴をこうやって切開ていって自分の身体に、え、浸透させていくっていうことをやっていくんです。だと思うんですね。
ですので、ま、あの、整理しますと骨っていうのは、ま、自分の身体がなんて言うのかな、関係に対してうまく動くことであると。で、それはおそらく、え、どこに意識を向けるかってこととリズムのこの2つによって得られていくんじゃないかと。で、それらを伝達する人の良い表現の方法ってのは、ま、ダイレクトに骨感を言うよりもこのような感覚とかですね、し、ま、暗を設計してその人に実際に感じさせるっていうことが大切なんじゃないかという風に思ってますね。
はい。というのが私にはコや官と言語感にあたりのお話でございました。え、試世大学ではですね、え、こういう皆さんのご質問に回答する形でお話してますので、え、なんか質問があればこちらどんどんおせください。