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鏡の自分は好きなのに、写真や録音した声が「気持ち悪い」のはなぜか?

神のみぞ知る12:36

Transcription

鏡に映る自分は結構行けてる。でも誰かが撮ってくれた写真に映ってる自分はなぜだか思っていたよりブ細工でへこむ。そういった人はかなり多く存在し、一説には80%くらいの人が写真に写った自分の見た目が好きではないと答えているという話もあります。

特に最近の若者は外見市場主義ルッキズムに支配されている人が爆発的に増加しているため、この問題はより深刻な社会問題につながっていくことが予想されます。声も一緒です。録音された自分の声を聞くとなんだか違和感があって気持ち悪い。こう感じる人の方が圧倒的に多いですよね。俳優や歌手でさえこうした現象に苦しんでいます。グラミー賞を15回以上獲得した歌手のアデルは、録音された自分の声が別人のように聞こえ耐えられないと言いました。俳優のキアノ・リーブスも自分の映画を見るのを避けます。今回はこうしたミスマッチがなぜ起こるのかをお話ししましょう。それを知ることでもしかしたらこの現象に心から苦しんでいる人も解決の糸口が見つかるかもしれません。

あなたは覚えていないかもしれませんが、3歳くらいの頃はまだ自分の見た目を気にしてはいませんでした。初期の自己認識を研究した心理学者によれば、6歳未満の子供は自分の外見に不満を表すことがほとんどありません。4人に1人未満。これがこの頃自分の見た目に不満を感じる割合。存在しているだけで十分だったのです。しかし成人になる頃にはその割合は10人中8.4人にまで増えます。子供時代から大人になる家庭のどこかで私たちは自分に視線を向けることを学びますが、それは決して優しい視線だけではありません。その変化の一部は生物学的要因によるものであり、一部は文化的要因によるものです。

子供は成長するにつれて脳の前頭前野が発達します。自己認識や社会的比較を担う部分です。こうして他者から見られている自分というものを意識し始めますが、この認識が一度働き出すとそれ以降ほとんど止まることはありません。そして同じ頃、脳の報酬中枢である側坐核が活性化します。あらゆる視線、あらゆる音、あらゆる反応が突然重要になります。ここで最初のずれが発生します。

あなたが普段見ている自分の顔は鏡の中の顔です。しかし鏡に移るその顔は左右が反転しています。つまりあなたが見慣れている顔は現実とは逆の顔ということです。心理学では人は見慣れたものを好む現象が知られています。これは単純接触効果と呼ばれていますが、その延長として鏡で慣れ親しんだ自分の顔を好む現象は鏡映効果と呼ばれたりもします。これによって鏡に映った自分の顔はいい顔に感じられるようになります。一方で写真は違います。写真は反転していない、他人が見ているそのままの顔です。あなたは写真の中で見慣れない自分を見ることになります。この時点で違和感が生まれます。1977年のロバート・ザイアンスの研究では、参加者に通常の写真と鏡で反転した写真の2枚を見せました。彼らは圧倒的に鏡のバージョンを好みましたが、彼らの友人は通常の写真を好みました。

ここで少し余談ですが思い出してみてください。インフルエンサーたちの投稿を見ていると、実は結構画像を反転させて投稿しているものを見かけると思います。これはまさに鏡に移った自分を投稿している状態なのです。色々と思考錯誤した結果、反転すると何だか盛れている気がする。反転した画像を乗せがちなインフルエンサーたちは、この心理に本能的に気がついているのです。

ですがこの問題はそれだけではありません。人間の見え方とカメラの見え方はそもそも仕組みが違います。人は両目で立体的に顔を認識し、脳が無意識にバランスを補正しています。一方でカメラは複数のレンズや処理を使っても、最終的には2次元の画像として顔を記録します。今のところはその過程で奥行きや立体感の情報は圧縮されます。その結果、顔の印象が実物とずれることがあります。つまり写真は現実の再現ではなく、別の条件で再構成された顔なのです。

声についても同様で、録音された自分の声が気持ち悪いと思ってしまうのは、自分がいつも聞き慣れている声と実際に他人が聞いている声が異なっているからです。音は2つの経路で耳に届きます。空気を通じたものと、骨伝導を通じたものです。骨伝導は声を低くし、より温かみのある音にします。つまりこれまであなたが聞いてきた自分の声は、音響的に強化された存在です。録音を聞くとその声の共鳴が消え、より細く高い声だけが残り、それは当然ながら馴染みのないものに感じられます。なるほど。僕の声ももっといいはずなんですけどね。僕の耳で聞く範囲では。皮肉なことに2013年のジャーナル・オブ・ボイスの研究では、参加者が誰の声か知らずに自分の録音を聞いた場合、他の人の声より自分の声の方が魅力的だと評価しました。嫌悪感はそれが自分だと気づいた時にのみ現れるんです。

ここまでお話ししてきた通り、私たちが反応しているのは音や映像そのものではありません。自分が思っている自分と、外の世界が認識しているバージョンとの不一致。私たちは皆、自分の中に自分の精神的モデル、アバターを構築しています。自分がどのように動き、話し、どんな風に見え、どう見られているのかですが、現実がそのモデルと一致しないと違和感が生じます。心理学ではこれを自己不一致と呼びます。私たちの中には一つの自己だけが存在するわけではないという考え方ですね。現在の自己、つまり今の自分。そして理想の自己、つまりなりたい自分。そして他者認識。これは他人が見ていると自分が思っている自分。それらが一致しない時、私たちは不快感、周知、さらには自己嫌悪を感じます。

私たちの多くはその不一致をさらに強く感じられるようになりました。言うまでもなくソーシャルメディアです。1世紀前の人が1年で自分の顔を見た回数より、現代人が1週間で見る自分の顔の回数の方が多いんです。メタ分析では、Instagramのような視覚プラットフォームの使用時間と身体的不満の高さの間に一貫した関連が示されています。あるレビューでは、ただスクロールするだけの自動的な接触でさえ、自己対象化や不安の増加を予測することが示されました。それは終わりのない鏡の回廊のようなもので、そこでは誰もが少しずつ加工され、少しずつ理想化され、少しずつ現実から離れています。何度もスワイプしているうちに、それらは次第に普通に見えてきます。自分の中の基準が無意識に引き上がっていく一方で、自分の顔だけがどこかおかしく感じたままそこにとまり続ける。

視野が狭くなっていたり環境が悪いと、この比較が絶望につながり、時として最悪の結果を招くことすらあります。しかし私たちが身につけてきたこの自己批判の声には役割もあります。声が気持ち悪いと感じたり、自分の笑顔が気になるという働きは、社会的なフィードバックから進化したものです。他人が自分をどう見たり聞いたりするかを意識することは、生存に関わる能力でした。他者から肯定的に受け入れられ、集団の一員となることが厳しい世界で生き延びるために必要だったからです。しかし今ではそのフィードバックの仕組みはテクノロジーによって過剰に強化され、止まることがありません。

自分の声の録音を繰り返し聞く人は、時間と共にそれをより肯定的に評価するようになることが示されています。写真でも同じことが起こります。これは鏡映効果が逆方向に働いている状態です。鏡ではない、外側からの自分の姿に何度も向き合うほど、それは異質なものではなくなっていきます。そしてその感覚は時間と共に変化していく可能性もあります。2021年の身体イメージに関する研究では、40代以降の成人は外見へのこだわりが相対的に弱まり、外見や自己イメージに対する満足度がわずかですが徐々に高まることが報告されています。これを成熟効果と呼びます。自己の認識の向く先が外見的なものから自己の経験に置き換わっていくようになり、その結果、自分の体がどう見えるかではなく、何をしてきた体なのかという観点で捉えるようになります。見せるものから使うものに、自分の顔や声が変わってきたことに気づきますが、それらを通じて様々な経験を積み重ねてきたことにも気づきます。失恋、友情、悲しみ、そして成功。それらはもはや鏡ではなく、これまでの道のりを示す地図と言った方がいいでしょう。

一瞬の反射や加工された映像ではなく、変化し続ける存在として自分を見ることが重要です。なぜならあなたが持っているあなたの姿は、他の誰も持っていない特別なものです。骨と血を通して聞くその声も、年を重ねるのを見てきたその肉体と、その使い心地も、あなただけしか知り得ないものなんです。この世界は一つの側面からあなたを見ています。そしてあなたはまた別の側面からあなた自身を見ています。この不一致の中にこそ、本当のあなたが存在するのかもしれませんね。

どうもありがとう。このチャンネルでは人類や人体に関する情報や興味深い研究について取り上げています。ニュースもね。面白かった人は高評価とチャンネル登録をお願いします。コメントも待ってますよ。もしね。最後までどうもありがとう。鏡に裸の博士けないようで、たくましくもある。