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僕は勉強が苦手だ。いや、正確には何を 言われているのか途中で分からなくなる。 授業を聞いていても最初は分かる。でも 途中から先生の言葉が頭の中で少しずつ 解けていく。国語の説明も数学の文章代も 多分同じ日本語のはずなのになぜか自分の 頭の中ではぼんやりした何かに変わって しまう言葉がちゃんと繋がらない。 ただ僕はそれを自分が何を分かっていないのかすらうまく言えなかった。
私たちはこのような社会問題に向き合っていく必要があります。行動心理学の世界では似た問題として集団の中で特定の個人を排除するような現象も知られています。 本文の内容は1 ずつなら聞こえている。でもそれがどういう関係で繋がっているかになると急に曖昧になる。
では本にあるこのような社会問題とは何のことですか?上木君答えてください。
えっと、集団の中で特定の個人を排除することですか?
うん、近いよでちょっと違うかな。今のは似た問題として出てきた例だよね。このような社会問題はその前に話していた本題の方をさしているんですよ。
あ、はい。言われれば違うんだろうけど、 その時の僕には何が違うのかがよくわから なかった。このような問題も似た問題も どっちもただの問題っぽい何かだった。 多分先生は難しいことを言っているわけ じゃなかった。ただ僕の頭の中では言葉の 細かい違いが最初からぼやけていたのだ。
き、今日の課題ちゃんとできそう。
えっと、今日家に帰ったらやります。
うん。やるかどうかじゃなくてできそうかどうかを聞いたんだけどね。
あ、すみません。
じゃあ次これやってみようか。 こういう問題が苦手だった。計算が嫌いというより問題分を読んでいるうちに頭の中が散らかっていく感じだ。 AとAさんが80mでBさんが320で 10分後にBさんが出発して Bさんの方が4倍早いからうん。数字は 並んでいる。言葉もそこに書いてある。で もそれが何を意味しているのかがうまく形 にならない。誰がどこからいつどこへ 向かっているかになると急に曖昧になる。
ちょっと確認しようか。Aさん どこからどこへ向かってる?
えっと、家から図書館。
うん。じゃあBさんは 図書館から家。
そうだね。じゃあ2 人は同じ方向に進んでる。それとも向い合ってる?
あ、言われてみればそんなに難しいことじゃない。でも自分 1 人で呼んでいる時の僕の頭の中ではそういう関係が最初から抜け落ちていたのだ。
神き君はね、数字でつまづいてるっていうよりうん。なんて言うかな。 ちょっと文章の整理から一緒にやろうか。 その時は分からなかったけど、多分先生も僕が別のところでつまづいていることに少し気づき始めていたんだと思う。
あの、塾長、ちょっといいですか?
はい。
上木君なんですけど、数学が苦手っていうのとも少し違う気がしてて。
どう違うの?
なんて言いますか?数字でつまづいてるというより文章の中で迷子になってるっていう感じですかね。
ふむ。さっきも誰がどこからどこへ向かってるかを整理したらちゃんと理解できるんです。でも最初からそれが自分では組み立てられないというか。
なるほどね。多分そういう子は言葉を大体で受け取ってる場合が多いね。
大体
うん。言葉の意味を細かく分けずになんとなく同じものとして処理してる感じかな。
あ、 今日学校の授業の話もしてたでしょ。このような問題と似た問題の違いがあの子の中では多分あまり分別れてない。
確かに。
でも本当は全然違うんだよね。このような問題は今話している本題をさしてるのに対し似た問題はそれに近い別の例だ。
はい。
当たり前のように思えるけど差がぼやけてる人って子供に限らず案外いるんだよ。
なるほど。
数学も同じだよ。あの子は数字が見えてないんじゃない?言葉の関係がちゃんと見えてないんだ。
関係?
Aさんがどこから出て、B さんがどこから出て、どっちに向かっているのか。そういうのってさ、数字そのものじゃなくて文章の中の関係でしょ?
そうですね。
でもそこが頭の中でちゃんと形になってないと問題分ってただの単語の集まりになる。
確かに。
だから本人は文章を読んでるつもりでも実際には単語だけ拾ってる状態になりやすいんだよ。
じゃあそれってやっぱり言語力の問題なんですかね。
まあ、そう言ってもいいんだけど、私はどちらかと言うと言葉の改造度って呼びたいかな。
改造度ですか?
うん。難しい言葉を知ってるかどうかじゃなくて、このと似たが違うとか、楽しいと嬉しいが違うとか、できるとやるが違うとか、そういう差をちゃんと別のものとして受け取っているかなんだ。
なるほど。
頭のいい子っていうのはさ、難しい言葉をたくさん知ってる子っていうより言葉の違いを雑に扱わない子なんだ。
じゃあそういうのって小さい頃からの差が大きいんじゃないですか?
まあね、こういう感覚は日常の会話の中で育つ部分が大きいからね。やっぱり家庭とか。
まあ、そういう側面もあるね。小さいうちは 1 番たくさん言葉を交わす相手の影響を受けやすいのは確かだからね。
でもそれは誰かを攻める話じゃなくって単に言葉の習慣は日常の中で作られるってことだよ。
なるほど。
逆に言えばそこに意識を向ければ後からでも少しずつ変わっていける。もちろん簡単じゃないけどね。
じゃあ上木君も 伸びる可能性は十分あると思うよ。少なくともただ数学が苦手で片付けるのは違うんじゃないかな。
分かりました。ちょっとそこを意識してみてみます。
うん。 まずは君自身も言葉を正確に扱う意識を持つことが大切だよ。じゃあ今日も数学やる前にちょっとだけ確認しようか。
はい。
まずはか上木君昨日の宿題終わった?
えっと昨日ちょっと眠くて
そっかでも今僕は終わったって聞いたんだよ。
あ、えっといいえ終わってないです。
そう。それでその後に理由を言えばいいんだよ。 昨日ちょっと眠くて途中までしかできませんでした。最初はこんなことにいちいち止められるのが少し嫌だった。でも先生はこういうところを毎回割とちゃんと止めてきた。
勉強ってね、実はそういう細かい違いを見逃さないことが大事なんだ。言葉を曖昧なまにしてなんとなく伝わればいいが続くとね、頭の中でもなんとなく分かればいいが癖せになるんだよ。 すると文章を読んだ時も正確に読むより先 に大体こういうことだろうで済ませるよう になってしまうんだ。それが積み重なれば 国語では読み違えるし数学では条件を 落とすし、理や社会では説明の違いが見え なくなることにつがるんだよ。
僕の中ではそれまでこういう言葉の違いは 正直かなり大体だったのだ。それでも先生 との細かい時には細かすぎるとも感じる やり取りにもなれ、僕はだ々と言葉をその まま流さなくなっていった。
多分こういう文章も中学生の頃はなんと なく読んでいたと思う。一致しないものを選べか。今でもすぐに全部分かるわけじゃない。前 より少しだけどこを聞かれてるのか 立ち止まって見られるようになった。 多分これからも難しい言葉とかやこしい 文章でつまづくことはあると思う。でも前 より言葉を雑に扱わなくなった。それだけ で見えるものが少し増えた気がする。