Transcription
え、ため世代大学の質問コーナーです。
え、こちらはですね、えっと、色々とです ね、いろんなご質問とかご意見をいただい たものについて ちょっとまとめてですね、説明をしていき たいなと思うんですね。
で、それはですね 、あの、才能がある、え、子供たちがです ね、才能があるかないかによってスポーツ を続けるのかいうのどうなのかっていう 動画がありまして、それについてのご質問 なんですけども、 ま、才能がある子、背景として才能がある 子ないと言われましたと。で、それでうち の子才能がないのでスポーツをやめさせた 方がいいんでしょうかというご質問ですね 。
ま、このこういう私たちの動画を見て くださる方、比較的あのスポーツに対して 愛があって、ま、子供たちの可能性を信じ てる人が多いので、ま、好きなことやっ たり、え、楽しい子供が楽しんでるんだっ たら是非それを続けるべきだというご意見 があって、ま、おっしゃる通りという感じ はするんですけども、あの、ま、あえて ですね、それだけだとみんなそうですねっ てしまうので、え、冷静なんていうかな、 客観的な視点で物事見てみたいと思うん ですけど、あの、好きなことや得意なこと 、え、ま、楽しいことをですね、やって いくという世界とそれから得意なことやっ ていくという世界がありまして、得意、ま 、得意じゃないことは好きでもやめた方が いいんじゃないかっていうのをお話しされ てて、ま、一方で意見としては得意じゃ なくても、あの、好きであればやった方が いいんじゃないかというのあるんですけど 、もう1つは社会がやるべきだと決めて いることっていうのもあるわけですよね。
[咳払い] で、その中には得意じゃなくて好き じゃ ないことってのが含まれてる場合があると 。これ1番教育会においてさえてあるもの は学習指導容量ってのはありましてですね 。で、学校の中で教育はこういう風にやっ ていきましょうというものがあります けれども、例えば学校に行って強化を学ぶ で、これある種特殊なあの体制ですよね。 45分とか50分間の間に1つの部屋に、 ま、数十人が、椅子に座って前を見ながら 授業を受けてると。で、これ人類種の中で は本当にここ数百年で出来上がった ちょっと特殊な風景ですよね。だから人間 は少なく人ともそんな長時間座ることに 適用してないわけ。適用してないとは言え ないけど、そういう場面はなかったわけ ですね。我々ずっと歩いたりなんとかあの 多道だったわけで、で、狩猟最終時代が 非常ですから、そうすると座って授業を 受けるのが得意じゃなくて好きでもない人 っているんじゃないかと思うんですよね。
で、我々これ解釈、今スポーツ、これ加害 活動だというなんとなく認識あるから スポーツはこういうリソ論できますけど、 学校自体を行かないっていう選択をしたい と子供が行った時にこれを我々は同じよう に許可できるんだろうかっていうことなん ですね。で、理屈は一緒ですよね。その スポーツが、ま、好きで楽しいからやって るっていうのはま、こそなんですけど、ま 、仮にそれをひっくり返せば楽しくも好き でもないし得意でもないこうやめたいって 言ったらやめさせてもいいんじゃないかと いうことだと思うんですけど、それ学校に 行くのが好きでも得意でもなくて、え、 やめたいと言った場合に同じように言える のかと。うん。で、一応これは、ま、学校 教育として分けてるわけですね。で学ぶ ことはこれ加害活動はこれという風に分け ていて強化にもま色々ありますけど受験で 使う強化とかの重み付けを書いてるわけ ですけれどもでもそれがだんだんだんだん 本当にこの強化ってのは人間の学力に直結 してるんだろうかと。ま、そもそも学力 っていうのは何のためにあるのかって言う と、人間が生きていく力で、ま、文部科学 省もあの生きる力っての教育の大きな目標 に掲げてますけど、でも生きる力って何 だろうって考えていくと本当に座額でこれ 色々な授業に対して良い点数を取ることは 生きる力に関係あるんだろうか。
ま、我々 が社会に出てもっと感じるのは例えば友達 が困ってる時にその人を助けてあげたりと かですね。またはほがらかで周りの人と 一緒にコミュニケーション取れたり、また はなんか特殊にある1個のことだけを興味 持って追求してるとかで、こういう人たち があ、楽しそうに夢中で生きてんなとか 思いながら我々は生きる力があるなという 風に思ったりするわけですよね。で、そう 、そう考えていくとですね、ま、例えば ですけど友達を支援するって意味ではその 子がいると周りの子たちのテストの点数が 上がったと。その子が行くクラスでは周り の点数が上がるとなぜなら周りの子供たち に教えてあげたり支援してあげたりするん でそうなってるとこれ社会においてはま、 組織人の人であれば分かりますけど めちゃくちゃ欲しい人材ですよね。その 周りにいい影響を与えてリーダーシップを 発揮し良い文化を作ってくっていう。でも この人を評価する指標がないわけですね。 ま、内心点ってのはありますけどもそれ 学校の先生の試観評価になりますから。で 、統計的に見れば多分見られると思うん ですよね。その子が行くとクラスが色々 良くなると、ま、逆も見られて楽器崩壊 起こす子供もいたりするんでしょうけど、
[咳払い] ま、みたいなのは1つあるわけですね。だ から何て言うんでしょうね。ま、話は だいぶましたけども、この好きなことや 得意なことを、ま、好きだからやればいい んじゃないかと。それはもう本当に人生 大事なことだったの、ま、全くおっしゃる 通りなんだけれども、好きじゃないのに 学校に行くのは強制するってなると、その 辺僕は子供の場合だったら理屈で責める ような気がするんですね。お母さんを おかしいじゃないかと。好きなことなら やっていい。好きじゃなければやめて いいって言ったのにどうして学校だけ行か なきゃいけないんだと。で、おそらく親と しての回答はそれはそういう風になってる んだ以外に言いにくいと思うんですよね。 あの、将来困るからと。でも不登校で将来 大人になって困ってない人いっぱいいます から、その事例出してきますね。私であれ ば多分ね。で、困ってないじゃないか。ま 、あの、そうすると不当、ま、最近であれ ばね、オルタナティブスクルとか色々あり ますんで、大してあれじゃないでしょう けど、昔はそれも結構大変だったような気 がするんですけど、ま、何が言わんとし てるかって言うとですね。うん。
本当に 我々が1歩引いてみて国の仕組みとかから すら1歩引いてみると好きなこと得意な ことをやっていくってこととやるべきこと やっていくってことのバランスはどうある べきなんだろうかっていう感じなんですね 。無意識に我々が活動はスポーツや音楽や アートとかそういうやつですねと。で、 学校でやってるこのきっちりした強化って いうのはこれやっぱやんなきゃいけなくて 、で、これをやることで受験がありで、 受験によっていろんな学校に入り、で、 その後大学とかその後も繋がっていき、ま 、それはまあ一応色々あるかもしんない けど頑張ろうじゃないかと。熟産業も発展 してるしみたいななんかそういう枠組に あるわけですよね。一方で一定程度大人に なって指揮者の人が何ているかって言うと 本当に学校あの学校のあの受験システムっ ていうのは意味があるんでしょうかって いうのは大変盛に議論されていますよね。 で、企業人の方もそれあんまりいらないん じゃないかということをおっしゃってる。 で、一方で統計データ見てみるとですね、 詰め込め教育って悪物にされがちですけど 、ま、中国、韓国、日本なんかそのさえ たるもんだって言われますけど、まあまあ 成績がいいと言われますよね。で、 アメリカとかはそれやらずに自由でいい ねって言うんですけど、統計的見ると そんなにアメリカの教育は、ま、世界では あのすごい優れてるわけではなくて、で、 歩行なんだやっぱりって言っても歩行の 教育、ま、日本の教育とはあんまり水準 変わんないですよね。で、規模が違います けど、やっぱり数百万の国と1億超えてる 国の教育仕組みの難しさって全然違います よね。
[咳払い] ま、そんな風に考えていくと一体何がいい んだろうかよくわからないんですけども。 でも、まあ、申し上げたいのは私は比較的 学校教育とスポーツと音楽とか文化活動、 社会活動っての全部同列に見てる人間なの で、これ同列に見て何は本当にすべきこと で、何が好きなことで、何がその子にとっ て得意なことかっていうのはこうここは別 と学校は別とそれぞれあれ分けるんじゃ なくて、全部を並列並べた上でで、それを 自分自身で、ま、選べないうちは、ま、 ある程度一て強制なんだけど、いずれ選び ながらですですね、どういうことを学び ながら自分は成長していけばいいんだろう かってことをやっていくのが大切なんじゃ ないかなと思ってるわけですね。
で、さらに言うとですね、この 人間が成長していく中で教育のプロセスで あ、良かったなと思うことは自分で選択し てないことも結構多いっていうのは ポイントだと思うんですね。つまりセレン ディピティっていうか、向こうからやって くるとか、あの、すでに所の底にあった ものを受け取ることによって自分自身が うん、な、何て言うかな、 目覚めたっていうか、そういうものが多い わけですよね。スティーブジョブソン コネクティングだどつって言ってるように ですね。で、この偶然で食わす何かって いうことをどう評価するかってのも、また 大変真なテーマじゃないかなと。ですよね 。
[咳払い] ま、一般的に言われる子供たちに好きな ように選ばせるってことは子供たちの人生 に大事なんだっていうものはある 種セレンディ の警視でもあるわけですよね。警視って いうと強いかな。ま、そういう意味では 本当の意味で うん。良い教育環境何だろうかってのは ちょっと考えさせられるテーマだなって いうのはこのテーマなんですね。ま、です ので答えはない話なんですけど、ま、大人 になるとするアドバイスですよね。お前 それ好きなことは分かるんだけども、 もっと自分の得意なこととか生活の方に なることやった方がいいんじゃないかと。 ただ40歳で例えばあの自分の夢を 追いかけていって結婚もしたんだけど家族 がちょっと大変でで定職にもつかずって いう時にはま古いかもしれないけどでも そういうアドバツことありますよね。 やっぱりお前もうちょっとなんか生活の こと考えた方がいいんじゃないかとか。ま 、それでも何歳までなんだろうとかですね 。その辺は大変私は興味深いなという風に 。小学生じゃ早い気がすると。でも大学生 だとどうなんだろう。30歳だとどうなん だろう。このそろそろ冷静に見られるん じゃないかっていうのはどうなんだろうと かですね。その辺はちょっと思うところは ありますかね。まあ、ただ私も全体掃除で 言うと好きは才能だと思うので何かが好き だっていうことを思う気持ちがあるんで あればそれをその分に発揮させてあげるの がいいんじゃないかなと思ってますね。
はい。とつらツらとお話をしました。 こちらため世代では皆さんのご質問があれ ばそれを応受けする形でですね、回答していきたいなと思っております。是非質問を お用してください。