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はい、質問コーナーです。
え、質問ですが、私は仕事において感謝をする、や、やる気を出す、のやり方が分からず困っています。感謝の言葉を伝える、や、やる気があるように見せるのは、自分の意識次第で実行できますが、本当の意味で感謝をする、やる気を出すというのは、自分の内側から湧き上がってくるものなので、コントロールできません。それぞれ大切であると頭では分かっているのですが、そう分かっているので、そういう気持ちを持ちたいのですが、どうすれば良いでしょうか。さんの考えをお聞かせください。
はい、えっとですね。まずこれ、え、ま、非常にですね、あの興味深いっていうか、面白いポイントなんですよね。おっしゃるようにですね、感謝をするっていうことと、ま、感謝の気持ちが湧き上がる、やる気を出す、っていうのと、やる気が湧き出てくるっていうのは、違う話なわけですね。つまり、内側から出てくるものなのか、自分が意識的にやるものなのかで。
意識的にやるっていうことは、ま、多くの場合、自分が意識的にしなければならないから、知るするっていうものはですね、内側にそうじゃないものが出てくる、間のコンフリクトを生んで、このコンフリクトがあると、人間ってのはやっぱどっかに、え、何か抱えるわけですね、ストレスを。で、それが意外な形で噴出してくるということがあり得ると思います。
なんか例えば、あ、感謝しなきゃいけないから、先生に感謝をするんだけれども、でも心のどこかで、あの、先生の言い方気に食わないとなんか、いつも上から言ってるな。だけど感謝しなきゃいけないって、この間に受け入れたくない自分の無意識、そうしなければならないと考える自分の意識、ってこの間に生まれる、このコンフリクトですね。この対立、心理的葛藤っていうものがそのまま出てドンと出てきて、ある日いつか先生に「お前なんで偉そうなんだよ」ってはけるのもあるかもしれないし、もう一方でこれがぐーっと出てきて、「なんか最近落ち込むよね」ってパターンもありますし、落ち込んでるよパターンもありますし、意外な形で意外な人に攻撃をするっていうのもあるかもしれない。
で、ま、人間って内側に抱えておける心理的葛藤の量って私は限界があると思っていて、あまりにも強い心理的葛藤を抱えると、それが違う形で、しかも長い年月をかけてでも湧き出てくるという風に思ってます。ま、これが幼少期の頃にですね、心理的葛藤を抱えざるを得なかったような子供たちが、ま、トラウマ的なものを大人になって出してくる一番の理由かなという風に思ってますね。ま、お母さんのことを許せないと思いながら、お母さんに存しないと生きていけないから、「お母さん大好き」って言っていた子供たちが、大人になった時にこの気づいていく何かみたいなところですかね。
さて、ま、そんなことがあるん前提ですけど、まま、このここにフォーカスをするとですね、ちょっと感謝に私はフォーカスをしてみたいと思うんですけど、まず第一に、え、これ日本の特性だと思うんですけど、心の底からそう思っていることが大事だっていう風に考えると思うんですけど、結構私はフりでもいいんじゃないかって気もするんです。フりのままやり過ごした人生ってのもまあありなんじゃないかと思うわけです。つまり、感謝をしている風で行って、結局そのまま最後まで行きましたって言って、それなりにうまくいったら、それはそれでいいんじゃないかと思うわけです。あ、必ずしも何もかも心の底からそう思わなくてもいいんじゃないかってことなんです。
ま、もうちょっとこれ踏み込むと、心の底から本当に思うことなんてどのくらいあるんだろうか、って言い方かもしれないですね。だからまあ、そんな風な感じがすればそれでいいんじゃないかな。なんかそんな風に見えればそれでいいんじゃないかっていう、あの、感謝をしているように外から見えていて、最後までそう見えているんなら、それは本当に感謝をしていることと違わないんじゃないか、みたいな考え方もあるわけです。
あの、私はあの自閉結構ある子供たちになんか教えてたりしたことあるんですけど、先生がすごい面白いことを教えてくれて、あの、やっぱり人の心読み取るのが苦手なんで、相手の気持ちを考えたら普通そうなるでしょっていうのは分からないわけです。なぜ相手の気持ちが分からないので、ま、自分もそうじゃないし。で、そういう時に世の中はみんな演技してるんだと。だからあなたも同じように演技しなさい、って真似しなさい、って言うとうまくいったっていうこと言って、ま、そんなアプローチも一つあるんじゃないかなと思ってます。
ま、その前提で、でも結構心根がピュアな方だと思うんで、いやそうじゃなくて本当にそう、もう湧き上がってくるものを掴みたいと、ま、そうでありたいって思われてるような気がするので、そこを見つけるとした時にですね、突き詰めると感謝もやる、ま、やる気はちょっとあれですけど、感謝は落差だと思うんです。ま、よく私感謝のことありがたさっていう風に説明をしていますけれども。
ありがたさっていうのは、あることが難しいって書きますけれど、つまり珍しいことが、そのようなことが起きたっていうことに対しての感謝っていう感じなんです。なんかこの点って英語でセンキューとか、あの言語で言うありがとう、って言われている、なんかやってもらったことに対してのこう話ってよりも、なんかもうちょっと私たちて自然への感謝とか、日本語の場合ってですね、そういう言い方しますけれども、それは要するになんか、あ、このような日常があることていうのは、あの非常にレアなことだっていうか、このような日常が成立するなんてかなり珍しくて信じがたいことだ。で、今そのような世界私は生きているんだ、ってことから湧き上がってくる意の念とか、え、ままさにありがたさですね。レアさです。
あの、このような信じがたいことが起きているってことに対し湧き上がる、これが日本的ありがたさの根源のような気がするんです。ま、私これを描写してる一番周一なのは三浦バイエという方が江戸時代のま哲学者って言っていいと思いますけど、おっしゃった「生気に花咲よりも、あ、枯木に花咲よりも生気に花咲を驚け」。つまり枯れた木に花が咲いて、枯れた木に花が咲いた魔法のようだって驚くよりも、木に鼻が咲いているっていうこのこと自体が非常になんでそんなことになるんだろうっていう、この世界の不思議さに対して、え、感謝の念をも、ま、なんていうか驚きの心を持ちましょう、ってのが三浦バイエが言ったことです。
あ、で、ま、こういう話すると日本にしかない感性だっていう風になりがちなんですけど、でも私は同じようなものを、あのレイチェルカーソンですかね、が表現したのはセンス オブ ワンダーっていう言葉で、なんか自然の世界にある当たり前のようにあることに対して驚きを持って感じ取る心っていうのを、これをセンス オブ ワンダーっていう風に彼女名付けるわけですけども。私は日本的ありがたさってセンス オブ ワンダーにかなり近いんじゃないかなっていう風に思ってるわけです。
い今まで全く当たり前のように見てきたものがまるで違って、あ、なんて世界ってのはこのこう、あ、ありがた、ありがたい形で存在してるのか、って存在しがたい形で存在してるのか、どうしてこのような地球のような存在とか、こういうものがあったんだろうか、って。ま、それをそこに意図を見出すとおそらく神の意図ということになって、世界がデザインされてるような、ま、宗教的刑事ってことになるんでしょうけど、ま、そうじゃない場合は、やはりそこにありがたさみたいなものが感じ取れるんじゃないかなと思うんですね。
で話はちょっと飛びましたけど戻ってきて、つまりないことを想定できるかっていうことだと思うんです。ありがたさってのは逆に言うと、それがあるってことを意識することなので、ないことを想定するとこれが、あるなんて、っていうことなわけです。ま、咲いたるものは命ですよね。私の命がないことを想定した私が生きてるなんて、っていうことをまず驚くことができますし、ま、自然環境、地球ってのに驚くこともできるでしょうし、宇宙に驚くことも可能なわけです。
あの、苦しみに驚くこともできるでしょうし、喜びに驚くこともできるかもしれないです。ま、なので感謝ってのはやっぱりありがたさ、レアさっていうか、その曰く形容のしがい、こんなことが存在するなんて、っていうこと、こんな気持ちがあるなんて、っていうことに対しての驚きなんじゃないかと思っていて、ですのでやはり感謝の背景には想像力というか、こうそうじゃないものをイメージできる力ってのも私は重要なんじゃないかなと思ってます。
あの、是非一度ですね、もしも何々がなければってことは考えてみて欲しいと思うんです。もし水がなけば、電気がなければ、この仕事がなければ、この人がいなければ、え、ま、こいつさえいなければ、って気持ちになるかもしれないですけどね。でも社会自体がいなければ私も存在しないとかですね。ま、そんなこと。
ま、日本的多分こういう感覚をたどっていくのって、先祖に帰っていって、今の自分がいるということはこの人たちがいなければって戻っていくっていう、あ、感じで自分自身に自覚させるっていう手法が結構、アジア的な感じがするんですけれども、ま、それでもいいですし、ま、やっぱ感謝っていうのはいかにこの生きてる当たり前に生きてる世界が当たり前ではないかって感じ取る心なのかなと思ってます。
までも非常にですね、あの興味深くて色々考える幅があるようなことをご質問いただいてとてもあの感謝しています。あの、これ私はそう考えてるって感じで、皆さんもいろんなご意見とか感じることあると思うので、是非え、色々これで意見してもらえたらありがたいなという風に思っております。
あの、こちらの動画こんな風にですね、あだこうだ話しながら、あのきっかけとして皆さんの質問がありますので、この質問いただけるのは非常にこちらも感謝しておりますので、是非ご質問いただければありがたいです。