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質問コーナーです。大学で陸上競技をしているものです。熟達論も拝見しました。ありがとうございます。
陸上競技は考えていることをその通りに動くなど、主観と客観のすり合わせが難しいと思います。絵を書くという行為も考えたことを形にするものだと思います。そのことから行くと、絵を書くことが上達すれば、少なからず主観と客観のすり合わせがうまくなっていくのではないかと思いますが、どのような意見を持っていますか。
ありがとうございます。まずですね、これ2つ私定義しなきゃいけないものがあると思うんですね。1つは主観とは何かっていうことですね。もう1つは客観とは何かですね。
まず主観って何なのかって言うとですね、我々は、あるものを見てですね、それをこう、例えば、えっと、ここに携帯が時計がありますけど、これをそのまま私が見て、これを自分がイメージし絵を書くっていうこと。つまり目はピクチャーであるという風に捉えがちなんですけど、実際にはですね、私たちの目は相当に物事を編集していることが知られているんですね。つまり盲膜に移ってる、ま、そもそも盲点ってのはこの辺にあるんですけど、その盲点っていうところは実は見えてないんですね。だから私たちは常にある一角は見えてないんですけど、見えてないと思ってないですよね。それは勝手に我々の脳がそこを編集して埋めてんですね。多分こういうものが周りから見ると、こういうものが見えてんじゃないのってのは勝手に差し込んじゃってるということなんですね。
絵画では写実派と印象派ってのはありますけど、写実派ってのはまさに世の中でそう書かれている通り書くってことですけど、印象派ってのはそれを受け取った側の印象の方を書くという、ま、乱暴かもしれないですけど、そういう認識なんですが、ま、そういう風に考えて、だから私たちの世界は印象派の世界を生きてるっていう風に思うのがいいと思います。
なので、我々はいつも目の前に見えてるものをその通りは見れていなくて、勝手に編集されたものを私たちは見せられているという、え、ことなんですね。盲Discからそれを編集したものが脳に上がり見ていると。ま、この見ている私自体が脳の中のどこにいるんだってのは、これはこれでソサイエティオブマインドであの、ミンキーが唱えたあのエージェント理論みたいな話があるんですけど、つまりずっと入れ子になっちゃいます。脳の中枢に、え、目で見たものを見ている私が脳の中にいるとしたら、そのの目で見ているこの目を見てるさらにがいてっていう風にずっと入れ子になってっちゃって、最後中枢がなくなっちゃうっていう問題があるんです。つまりこの中に見ているという主体を持つ中枢はどこにあるのかって言うと、定義しようとするとそれがなくなっちゃうっていうのが非常に大きな問題なんですけど、ま、そういう意味で実は主観っていうのは、え、外の世界を私たちが受け取って、この私が見ているという認識のもに作り上げるある種のイメージみたいなものなんです。だから必ずしも、というか、ま、間違いなく明確なものではないという風に言っていいと思います。
で、もう1つ客観の方ですね。じゃ客観とは何かって言うとですね、客観っていうのはどこにも視点が立脚しないものだ、ものの見方になりますけど、そんなことが見るという時点ですでに立脚点ができてしまうんですね。ある点から見るということになってしまうので、私たちが客観と呼んでるものは実際のところはマルチパースペクティブみたいなもの、複数の視点、もう様々な視点、たくさんの視点があるので、どうも360度見てる感じがするという、ま、そういう客観のことなんですね。
ですので、主観と客観をすり合わせるっていう時も、主観も主体がないで、客観というものはそもそも存在しないっていう、これをすり合わせるって話になっていってしまうわけです。ディープに考えると。でもおっしゃりたいのはですね、おそらくこういう風に動こうと思うことを頭で描き、でそれが体でできるっていう、この間のギャップのすり合わせというのが大切なんだろうという風に思われてると思います。で、これは確かに、え、できるようになるとうまくようになると思っています。
で、基本的にはできるようになった方がいいし、その方向に向かう方がいいと思うんですが、私が結構トップ選手に会う中で思ったことは、これが全くない、全くまでいかないけどうまくないのにすごい選手ってのはいるわけです。つまり自分の姿が見えてないんだけど、とにかく早いとかですね、自分の側に客観的な視点がないんだけど、とにかくすごいっていう選手はいるんですね、一定する。で、こういう選手はむしろ自分を帰り見ない方が、帰り見ることですランプにはまったりするわけです。自分の動きを客観的に眺めようと思った瞬間に、え、なっていくと。ま、もしこの、おっしゃる方の主観と客観の整理でいくと、主観しかないからこそうまいっていう選手がいてです。この選手に客観を手に入れさせた方がいいのかどうか、ってのはこれ非常にコーチング上面白い問いなんです。私は手に入れた方がいいと思ってるんですけど、た手に入れるセスの中に私自身が名付けてた考え始めの谷って呼んでるんですけど、それは考えたことない選手が考え始めると大体スランプにはまって、そのスランプを抜けれないと次のステージに行けないと。でもこのスランプにはまってる間に引退しちゃうかもしれないわけです。高校生、大学生はそうすると考えない方がいいんじゃないの、っていう言い方もできて、ま、非常に難しいわけですけど、という気がしてます。で、絵はそのことと関係あることか分からないな、という風に思ってますか。
はい、なんかふわっとした問いにあれになりますけど、もし興味があったらこれめちゃくちゃ難しい本であるんですが、ま、ようやくされた本でもいいんですけど、あの心の社会っていう、あのマービンミンスキーって言う、人工知能とかですね、をあののアイデアを出したあの父と言われてますけど、彼が書いた著作なんか読むと、このエージェント理論は非常に面白いかなと思います。
はい、このこちらのコーナーでは皆さんのご意見、ご意見じゃないや質問でですね、解されてますので、もし質問があれば是非どしどしいただければと思います。