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君はこんな思いをしたことがあるだろうか。信じていた人に裏切られた。自分ばかり損をしている気がする。なぜあんな人と関わってしまったのだろう。それが友であれ、上司であれ、家族であれ、人との関係に悩み、心をすり減らしている人が実に多い。
けれど、私は言いたい。人を見る目がないことは人生を壊すのだと。人との縁は、人生そのものだ。良い人間と出会えば君は幸せになる。悪い人間と付き合えば君は必ず疲れ果て、運まで奪われる。人間関係の失敗は運のせいではない。それは選ばなかった、気づかなかった、自分の責任なんや。
私はこれまで経営の現場で何百人、何千人という人を見てきた。人を雇い、人を育て、人を信じ、人に裏切られたこともある。その中で確信を持って言えるのは、この言葉を口にする人とは縁を切りなさいという、たった一つの判断基準だ。それは学歴でもなければ肩書きでもない、見た目でも話し方でもない。その人が普段どんな言葉を使っているかだ。なぜなら、口にする言葉にはその人の心の根っこが出るからだ。感謝がない人間は言葉にも感謝がない。傲慢な人間は言葉にもトゲがある。人を見下す人間は笑顔でいても口調にそれが出る。そんな人間とどれだけ付き合っても、いつか必ず傷つけられる。
逆に言えば、言葉を見る目さえ養えば、人を見る目が養える。人間関係の失敗を繰り返している人は、相手の本性を言葉の端から読み取る訓練が足りていないのや。今回はな、私がこの人生で得た人を見る基準を7つの言葉として君に伝えようと思う。この言葉を口にする人と付き合ってはいけない。そう断言できる根拠と理由があるんや。それを知れば、人を見る目が変わる。人生が変わる。何より君自身の心が守られるんや。さあ、聞きなさい。縁を切るべき人間の7つの特徴を。
第1の教え。運がないと口にする人に運は来ない。
人付き合いで一番分かりやすく、そして一番危ない口癖。それが「運がない」という言葉だ。「運が悪かった」「ついてない」「また自分だけが損をした」。そういう人に君はどこか共感してしまうかもしれへん。優しい君ならなおさらな。けどな、私は声を大にして言いたい。運が悪いという人には、運は永遠に味方しない。それはただの偶然やない。そういう心の持ちようが運を遠ざけるんや。
例えば君が誰かに仕事を任せるとする。結果がうまくいかなかった時、その人が「すみません。僕が至らなかったです」と反省するか。それとも「いやあ、タイミングが悪かったんですよね。本当最近ついてないんです」と運のせいにするか。どちらの人間を君は次も信用する野郎か。答えは明白や。責任を引き受ける人間にしかチャンスは巡ってこない。ところが運がないと口にする人間は、失敗もトラブルも誰かや何かのせいにして済ませる。そこに成長もなければ学びもないんや。
私は長い経営人生で、どれだけ能力があっても自分は運が悪いと口にする社員は絶対に昇進させなかった。なぜか。その人間の周りに不審感が広がるからや。上司のせい、部下のせい、タイミングのせい、景気のせい、全部自分以外の何かを理由にする。そういう人間の周りは静かに人が離れていく。君も思い当たることはないか。なんだか疲れるなと思う相手の口から「俺って運が悪いんだよね」って言葉が何度も出てこなかったか。最初は冗談でも、2度3度と繰り返されるうちに、その人の本音が見えてくるんや。
しかも恐ろしいのは、その言葉は君にも感染する。最初は励ましていた君も、「もしかして自分もついてないのかな」と気づかぬうちに影響を受けてしまう。運の悪さを言い訳にする人の近くにいると、自分まで運を言い訳にする人間になる。だから私はいい運や。「運がない」と口にする人とは距離を取りなさいと。人付き合いは感情の交換や。感謝を持って生きる人と接していると、自分も自然と「ありがたいな」と思えるようになる。逆に自分ばかりついてないと思っている人と接していると、心の中に不満や嫉みが静かに芽生える。人間は環境に染まる。として最も強く染まるのが言葉や。だからこそ君には覚えておいて欲しい。「運がない」という人のそばにいては、君の運も離れていくということ。それが私の人生を通して学んだ最初の教えや。
第2の教え。ありがとうが言えない人間の「アルト」路。
人付き合いにおいて、私が最も大切にしてきた言葉がある。俺は「ありがとう」や。人間というものは、感謝の心を持ち続ける限り腐らない。逆に、どれだけ優秀で、どれだけ能力があっても、感謝を忘れた人間は必ずどこかで落ちる。人間、感謝の気持ちを失った時から堕落が始まる。この言葉は私自身が何度も痛感してきた真実や。なぜなら、感謝というのは謙虚さの現れやからや。謙虚であること。それは相手を尊重し、自分を過信しないということや。そしてその根底には「おかげ様」という気持ちがある。
ところが、今の世の中には「してくれて当然」「気づいてくれて当たり前」という態度の人間が増えている。そんな人間の特徴は、どれだけ手を貸しても、笑顔で支えても、「ありがとう」の一言が出てこない。言わないだけちゃう。思ってもいないんや。「お前がやるのが当たり前やろ。こっちは頼んでないんやから、礼を言う必要なんかない」。こういう心の持ちようが、言葉の端し、態度の細部に滲み出る。君も野郎、困っている人を助けたのに、その後何もなかったように振る舞われて、なぜか自分が虚しくなった経験が。それはな、君の心が優しい証拠や。でもな、その優しさは感謝を返す人にこそ向けるべきなんや。感謝できない人間はやがて奪う側になる。与えることをせび、もらうことが当然になる。そして周囲の人間が疲れ果て、静かに離れていく。
私は経営の現場で、こういう社員を何人も見てきた。自分がやって当たり前だと思っている部下に限って、上司への報告も、お客様への言葉も、全部が雑になる。そうなるとどうなるか。信頼を失う。組織の空気が悪くなる。最後には自分も追い詰められる。感謝というのはな、言葉以上に生き方や。例えば、掃除をしてくれている人に「いつもありがとうございます」と声をかける。俺がその人の笑顔を生む。店で食事をした時、レジの人に「ごちそうさま」と言う。それがその人の1日を変える。そういう小さな感謝を大切にしている人こそ、私は信じられる。そういう人に私はチャンスを託してきた。逆にありがとうを言えない人間は、心のどこかに奪う癖がある。だからこそ君に伝えたい。感謝の言葉が出ない人とは、少しずつでも距離を置きなさい。なぜなら君の心が削られるからや。君の当たり前の優しさが利用されてしまうからや。そして何より、感謝のない世界に幸せは生まれへん。「ありがとう」を大切にする人と生きていこう。俺が君の人生を豊かにする確かな選択や。
第3の教え。でも無理じゃない。送り返す人とは距離を置け。
君が何か新しいことを始めようとする時でも、「それって無理じゃない?やめといた方がいいよ。現実を見なさい」そんな風に言ってく る人、周りにいませんか?一見すると心配してくれてるように見えるやろけれどな。私はそういう言葉に一番注意せなあかんと思ってる。できない理由よりできる方法を考える人と付き合いなさい。俺は私が若い頃から大切にしてきた考え方や。人間、何をやるにしても、できない理由なんか山ほどある。お金がない、時間がない、経験がない、年を取ってる。そう言い出したら何一つ始まらん。でもどうすればできるかと考える人間に道は開ける。運も味方する。
私が電気器具の製造を始めた時なんか、資金もなければ知識もなかった。学歴も中卒や。周囲の人間からは散々言われたよ。「電気なんて危ない。素人が手を出すもんやない。すぐ潰れるに決まってる」。けどな、私はこう思ったんや。「そうかもしれへん。でもだからこそやる価値がある」。全ての新しい挑戦は否定の声から始まる。君の周りにもおるやろう。何かを始めようとすると「デモさ」で返してくる人。その人たちは別に悪気があるわけやない。ただ自分ができなかったこと、君にもできないと思い込んでるだけなんや。そういう人の言葉を間に受けると、君の心に見えない鎖が巻きつく。挑戦しようとするたびに、「でも」という声が頭の中に響くようになる。その声は他人の声ではなく、いつの間にか自分の声になる。それが一番怖いんや。だからこそ私は言いたい。「無理じゃない」「送り返す」人間とは距離を取りなさいと。
もちろん、冷たく切り捨てる必要はない。ただ心の距離を置くんや。その代わりに、君の夢を「面白いやん。やってみたらええ」と肯定してくれる人をそばに置きなさい。そういう人が君の背中を押し、君の可能性を信じてくれる。それがどれだけ心強いか。私は身を持って知っている。人間関係というのは君の未来を決める。できる理由を探す人と付き合えば、君もできる人間になれる。否定の言葉ばかり使う人と一緒にいたら、君の人生は縮こまって終わってしまう。だから心に刻んで欲しい。「デモさ」という人の声より、「やってみたらええやん」という人の声を選びなさい。それが君の人生の方向を変える道なんや。
第4の教え。俺は悪くないという人間は必ず同じ謝ちを繰り返す。
君はこんな言葉を聞いたことがあるやろ。「俺は悪くない。ミスをしたのはあいつや。運が悪かっただけや。俺のせいじゃない」。耳に覚えがあるか。最初は軽い冗談のように聞こえるかもしれへんけれどな。私はこの一言ほど人間の本質を表す言葉はないと思ってる。失敗を人のせいにする人に成長はない。なぜなら人は失敗からしか学べへん。その失敗を他人のせいにしてるうちは、自分のどこが悪かったかを見つめることができへん。それはつまり、二度と変われない人間になるということや。
私は経営者として数えきれほどの失敗をしてきた。判断を間違えたことも、社員を苦しめたこともあるけれど、その度に私は自分にこう問いかけた。「俺は自分のどこが甘かったのかと」。そこに答えを見い出せたからこそ、次にいかせたし、成長できたんや。一見どんなに有能でも、「俺は悪くない」と言いはる人間は何度も同じ謝ちを繰り返す。なぜなら反省がないからや。失敗を自分の責任と考えず、常に誰かに責任を向けてしまう人間は、「次はもっとうまくやる」という発想にならんのや。それどころか、他人を責めることで自分を守ろうとする。その姿勢は周りの信頼を静かに失わせる。君もモール、何か問題が起きた時、真っ先に他人を責める人、自分の火を絶対に認めへんと。最初は堂々としてるように見えても、時間が経つにつれ、誰からも頼られなくなっていく。
そしてな、恐ろしいのは、そういう人間がそばにいると、君まで責任回避の癖が映るということや。人のせいにする人間は、その癖を空気のように周囲に伝染させる。チームの空気が悪くなる。「俺は知らん」「私の担当じゃない」と言い出すものが増える。気づけば全員が責任回避に走り、前に進めなくなる。それが組織を腐らせる。それが家庭を壊す。それが君の人生の選択を鈍らせる。だから私はいい運や。「俺は悪くない」という人間には要注意や。自分の弱さを直視できないものと一緒にいては、君の心まで鈍ってしまう。反対に、「申し訳ない。自分が悪かった」と素直に言える人。私はそういう人間に何度でもチャンスを与えてきた。なぜか。反省できる人は必ず進歩するからや。君もきっと、誰かから謝られた時、「ああ、この人は信じてええな」と感じたことがあるやろ。それが人間の根っこなんや。素直に自分の火を認められる人間だけが、本当の意味で他人と信頼を築ける。だからこそ忘れんといってほしい。「俺は悪くない」という人間は、その場をしのごいでいるようでいて、実は自分自身を壊し続けているのやと。そしてそんな人間と深く関われば、君の人生にも同じ毒が染み込んでくる。距離を取ろう。君の心を守るために。君の未来を守るために。
第5の教え。あいつは使えないと平気でいう人間の裏の顔。
「使えないやつだ」「あの人ってダメだよね。何やらせてもうまくできない」。こういう言葉を平気で口にする人間、君の周りにおらんか?会社にも学校にも、どこにでもおる。一見すると評価が高く、頭の切れる人間に見えるかもしれへんけれどな。私はそういう人を見るたび、静かにそっと距離を置いてきた。なぜなら、人をけなすものは結局自分をけなしている。人を、見下し切り捨てる言葉を使うものの多くは、自分の不安や劣等感を隠そうとしている。つまり、心の中にある弱さを他人を貶めることで隠してるんや。
私は経営者としてたくさんの社員を見てきた。人を育てるとは何か?人を見抜くとはどういうことか?その中で一つ確信したことがある。他人に厳しすぎる人間は自分にも甘い。自分ができたこと、誰もができて当たり前と思ってしまう。ミスを許さず、弱さを笑い、努力を認めない。そういう人間は組織の空気を壊す。周りの人間を萎縮させて、自分の意見しか通らない空気を作ってしまう。しかもな、他人を使える使えないで判断する人間は、最終的に自分の損得でしか動かへん。いざという時は持ち上げるが、いざになると真っ先に責任をなすりつける。そんな人、君の周りにもおるやろう。そういう人のそばにいてはいけない。なぜなら君もやがて評価される側になってしまうからや。今日までは仲良くしてくれてた人が、明日には「君も使えない」と言うかもしれへん。そういう恐怖と隣り合わせの関係は、心を疲弊させる。魂をすり減らす。
私は逆の人を大切にしてきた。人の弱さを見てもそれを責めずに支えようとする人。例えば「誰々さんはちょっと時間かかるけど丁寧やねん」「誰々君ミスは多いけどほんまに一生懸命やで」。そうやって人の価値を見ようとする人間は信じられる人。人は機械やない。誰にだって得手不得手がある。それを使える使えないで切り捨てる人間は、いずれ自分も誰かに切り捨てられる日が来る。だからこそ君に伝えたい。「あいつは使えない」という人間の裏には、冷たさと計算が潜んでいる。それがいずれ君を刺す刃になるかもしれへん。人を語る言葉にはその人の人間性が滲み出る。君の周囲に誰かを貶める言葉ばかり口にする人がいたなら、その人は心のどこかで誰よりも上に立ちたいと思ってる人間かもしれへん。そういう相手とは付き合い方を考えなあかん。人を支える人と生きよう。人を信じる人と繋がろう。そうすれば君の心も柔らかく温かくなれる。俺がほんまに幸せな人間関係なんや。
第6の教え。見返りを求める人との関係は、いずれ壊れる。
この前手伝ってあげたのに、俺礼もなかった。貸したのに帰ってこない。自分ばかり損してる気がする。そんな風にしてあげたことに対して見返りを求める人間がおるやろ。最初は優しく見えるんや。親切な人やな。よく気づいてくれる人やなって思う。でもな、そういう人が突然ある日を境に冷たくなることがある。なぜか。それは返してくれるはずという期待が裏切られた時、その人の本音が現れるからや。私はこれを何度も見てきた。そして確信してるんや。損得よりも先に善悪を考えよう。これは何が得かではなく、何が正しいかで動ける人間こそ本物やという意味や。つまりな、見返りを期待して動く人間は、損得でしか人を見ていない。その本性はやがて表に出る。
君も経験があるやろう。最初は優しくて親切だったのに、少しでもその期待に答えられなかった瞬間、まるで別人のように態度が変わる人。こんなにしてやったのに、俺がどれだけ尽くしたか分かってるのか?そうやって恩を押し付けてくる。恩は感じるものや。押し付けられるものやない。私は経営の中で、貸の関係だけで繋がっていた人たちがどれだけ簡単に決裂するかを見てきた。「俺だけの仕事をやったんだから当然これくらい帰ってくるだろう」。そう思っていた人間が、期待通りにならなかった時に「裏切られた」と勝手に怒る。その怒りは相手を傷つけるだけやない。自分自身の心も壊していく。私は思うんや。本当に強い人間は、してあげたことを忘れられる人間や。見返りを求めず、ただその時必要やと思ったからやった。それだけで。そういう心で人と接する人は、最終的に信頼を勝ち取る。逆に、見返りを求める人間は、信頼ではなく取引の関係しか築けへん。それはな、ぬくもりのない冷たい人間関係なんや。
君がそういう人と深く関わってしまうと、君もまた損得で動く人間になってしまう。「この人には得があるから。この人は損だからもう合わん」とこう。そんな風に人を価値で選び始める。それは人間としての感性を鈍らせる道や。私は言いたい。損得で動く人よりも正しさで動く人を選びなさい。君が親切にした時、感謝されなくても笑顔でいられる人になろう。その強さこそが君の人生を守る。そして見返りを期待しない関係こそ、長く続く深い信頼になる。人間関係の中で静かに毒になるのは、恩を武器にする人や。だからこそ気をつけなさい。返してくれないと怒る人。自分ばかり損をしていると嘆く人。そういう人とは少しずつ距離を取っていくんや。それが君自身の心の自由を守る道なんや。
第7の教え。人を見る目を養うために必要な唯一の習慣。
ここまでこういう言葉を口にする人には気をつけなさいと伝えてきたけれど、じゃあどうすればそういう人を見抜けるのか。そう思った人もおるやろ。君がもし人を見る目がない。いつも人間関係で失敗してしまう。そう悩んでいるとしたら、最後にこの言葉を送ろう。人を見抜くには、自分自身を見つめよ。これはな、人間関係の本質や。人の心を見抜く力は、君の心の状態に比例する。人を信じすぎて傷つく人も、疑いすぎて孤独になる人も、全ては自分自身の心の癖や状態に原因があるんや。
私が若い頃、この人は信頼できると思って仲間に入れた人に裏切られたことがある。会社の資金を持ち逃げされたこともある。どうしてこんな人を信じてしまったのかと、悔しさと情けなさに何度も涙を流したけどな。ある時こう思ったんや。「この人が悪かったと思っても何も変われへん。大事なのは、なぜ自分がその人を選んだのかや」。その日から私は他人を責める前に、自分の心を深く見つめるようになった。自分の焦りがなかったか、自分の欲が判断を曇らせていなかったか、この人と組めば得をするという計算で心のサインを無視してなかったか。全部自分の中に答えがあったんや。
人間というものは不思議なもんでな。自分の心が整ってくる と、相手の本質がよく見えるようになる。例えば、自分が素直な心を持っているおれば、相手の不自然な言葉遣いや態度の感にも自然と気づけるようになる。逆に心が濁っていたら、相手の優しささえも疑ったり、逆に優しそうに見える悪意を見抜けなかったりする。つまりな、人を見る目とは、自己との対話から始まるんや。私はこれを「素直な心を持つ」という言葉で解いてきた。素直とは、まっすぐということ。偏見も欲も怒りも置かない状態で、ただ相手を静かに見ること。その姿勢で人を見れば、どんなに言葉がうまくても、どんなに取り繕っていても、その人の心の底がちゃんと見えてくる。
だから君には、もっと人を見る目をつけたいと願うなら、まず自分を磨くことから始めて欲しい。無理に疑う必要はない。見破ろうと決む必要もない。ただ自分の心がいつも整っているように、日々静かに見つめ直していけばええ。そうすれば、怪しい言葉、嘘の笑顔、軽すぎる3、そういうものがだんだん透けて見えるようになる。君の心の目が曇もらなければ、きっと信じられる人にも出会える。人との縁を見極めるために一番大切なこと。それは自分自身の心の透明度を高めることや。それさえできれば、君の人生に間違った人は入り込めなくなる。縁を選ぶとは、自分の人生を選ぶこと。
ここまで聞いてくれた君に、最後にどうしても伝えたいことがある。俺は誰と付き合うかは、君の人生そのものを決めると言うことや。人は環境に染まる。その環境の1番の影響は人や。付き合う人間、交わす言葉、共に過ごす時間。それが君の思考を作り、習慣を作り、人生の方向を決めていく。だから私は行為痛い。付き合う人間を変えれば人生は変わる。そのためには勇気がいる。この人とは合わないなと感じても、昔からの中だからとずるずる関係を続けてしまう。でもな、君が付き合っている人が君を否定してばかりいるのなら、君の努力を笑い、希望を奪うのなら、君に感謝せずしてくるのなら、君の人生を守るためにその縁を手放して燃えや冷たくする必要はない。ただ心の距離を置く。それで。その代わりに「ありがとう」と言ってくれる人を大切にしよう。「できるよ。やってみたらええやん」と背中を押してくれる人を信じよう。そういう人こそ君の人生を明るく照らしてくれる縁や。私はそういう人たちに囲まれてきた。決して特別な人ばかりではないけれど、素直な心を持ち、感謝を忘れない人たち。あった。だからこそ今の私がある。君も今日からその目で人を見て欲しい。言葉を見て欲しい。その人がどんな言葉を口にしているか。それはその人の心のもののな。
この一言を口にする人とは縁を切れ。そう伝えてきた7つの教えが、君の人生を守る道になればこれ以上の喜びはない。最後に、君の周りにはどんな言葉を使う人がいるやろうか。どんな言葉に君の心は震えるやろうか。心に残ったことがあれば、コメントで「100」と書いてみて欲しい。気づいたこと、感じたこと、思い出した人のこと、どんなことでも構わへん。君の一言がまた誰かの心を動かすきっかけになるかもしれへん。そしてもしこの先、人の言葉が君のこれからにとって意味のあるものやと思ったら、チャンネル登録と通知のベルを是非押していって欲しい。また青君の未来が明るい人との縁で満ちていくことを私は心から願っている。ここまでご覧いただきありがとうございました。