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【投資に増税?】社会保険料に投資の利益が反映され、資産運用の負担はどう増えるのか

投資の灯台28:51

Transcription

現在の日本で、1つの大きな動きが多くの人の気づかないうちに進んでいる。投資で得た利益に新しい負担を載せようという動きだ。

国はこの数年、声を大にして言い続けてきた。「新NISAを使え、投資をしろ。銀行で眠っている預金を市場へ送り出せ」と。多くの人がその声に答えた。新NISAの口座は今や成人のおよそ4人に1人が持つまでに広がっている。

ところが、その同じ国がもう片方の手で別の準備を静かに進めている。株の売却益や配当といった金融所得を社会保険料の計算に反映させる。つまり、投資で利益が増えた分だけ、社会保険料という負担を重くする。その仕組みづくりが霞ヶ関の中で着実に形になりつつある。

財務省の資料には、極端な一例としてこんな数字が出てくる。75歳で配当による収入が年に500万円ある人がいたとする。この人が確定申告をしなければ、医療の保険料は年におよそ1万5000円で済む。だが、同じ配当を申告に含めた場合、保険料はおよそ52万円まで跳ね上がる。その差はおよそ35倍だ。

ここまで聞いて、給与で働く多くの会社員はこう思うかもしれない。「自分には関係ないと」。だが、その油断こそが1番危い。なぜ危いのか?誰の負担が、いつから、どれだけ増えるのか。今日はそれを煽りでも安心でもなく、正確な線引きと共に見ていきたい。

オチャンネル投資の東大では、その解説には私個人の試観や解釈が多分に含まれている可能性がある。決して未来の利益を保証するものではない。投資に関する最終的な判断は、必ず君自身の責任において行ってほしい。

今日の動画で時間の都合上深く掘りきれない部分は、ノートという文章の場所にも書き残している。制度の話は声になって流れていくと、どうしても細部がこぼれ落ちる。どの所得が対象で、どの口座なら影響しないのか。会社員と自営業で何がどう変わるのか。そういう込み入った線引きを文字でゆっくり整理した記事を置いてある。今日の話を聞いて「自分の場合はどうなるのか」と気になった人ほど、後で読み返すと腑に落ちる作りにしてある。概要欄にリンクをまとめてある。声で一度通りすぎた制度の話を、もう一度自分の手元の数字に引き寄せて確かめたい人のために、その入り口を用意しておいた。

さて、まず最初に今何が起きているのかを正確に整理しておきたい。曖昧なまま不安だけを煽るのは東大のやり方ではない。

舞台は厚生労働省の社会保障審議会と与党のプロジェクトチームだ。そこで議論されているのは、金融所得を社会保険の世界に取り込むという考え方だ。金融所得というのは、株式や投資信託の売却で得た利益、配当、それに利子を指す。この利益を国民健康保険や後期高齢者医療制度、それに介護保険の保険料の計算や、医療の窓口で払う割合に反映させる。そういう方向だ。

なぜこんな話が出てきたのか。背景にあるのは1つの不公平だ。今の仕組みでは、同じだけ配当をもらっていても、確定申告をした人の保険料は重くなり、申告をしなかった人の保険料は軽いままになる。同じ所得なのに、手続きの違いだけで負担が変わる。国はこの申告の義務による不平等を是正したいと説明している。能力に応じて負担してもらう、いわゆる応能負担への流れだ。聞こえはいいが、「能力に応じて」という言葉は裏を返せば、持っているものからより多く取るという宣言でもある。

なぜ今この議論が熱を帯びているのか。背景にあるのは膨らみ続ける医療費と介護費だ。高齢化が進み、社会保障にかかるお金は年を追うごとに重くなっている。その財源をこれまで通り現役世代の保険料に頼り続けるのは、もう限界に近づいている。介護保険料は40歳になった月から生涯にわたって払い続ける仕組みだ。現役世代の方にはすでに重荷が乗っている。

そこで国の目は新しい財布へと向かう。資産を持ち、金融所得を得ている層、とりわけ豊かな高齢者だ。実際、国の議論の中ではこんな不公平が問題にされている。何億円もの資産を築いた高齢者でも、収入の柱が申告をしない配当であれば、医療費の窓口負担は1割で済み、保険料も低く抑えられたままになる。一方で、汗を流して働く現役世代は、給与のほぼ全てが保険料の計算に乗っている。同じ社会を支えるものとして、これは公平と言えるのか。国はそう問いを立てている。問いそのものは最もだ。だが、その矛先がいずれ君のような地道な長期投資家にも向いてくることを忘れないでほしい。大きな不公平を正すという正論は、いつの間にか小さな個人への負担増へとすり変わっていく。それが負担増の歴史が何度も繰り返してきたやり方だ。

時期についても正確に抑えておきたい。この話はもう検討の段階を抜けている。2025年の秋、自民党と日本維新の会は、2030年度頃から金融所得を保険料と窓口負担に反映させる方針で一致した。まずは75歳以上が入る後期高齢者医療制度からだ。そして2026年5月29日、その仕組みを盛り込んだ健康保険法などの改正法が国会で成立した。証券会社などの金融機関に配当などの支払いの記録を保険の運営側へ直接届けさせる。確定申告をしてもしなくても、金融所得が把握される。その土台が法律として決まったということだ。ただし、実際に保険料へ反映が始まるのは、仕組みの整備を待って2030年度頃になる見通しだ。つまり、もう取られ始めたわけではない。だが、取るための法律はすでに出来上がっている。ここは誤解しないで欲しい。

ただし、反映が詐欺だからと言って、他人事ではない。なぜなら、似た構造の負担増は形を変えてすでに始まっているからだ。それを次に話したい。

ここからが今日1番大事な線引きだ。この負担増は一体誰に降りかかり、誰には降りかからないのか。ここを曖昧にしたまま、全員が損をするかのように語る発信は正確ではない。まず、はっきりさせておきたいことがある。新NISAは対象外だ。新NISAの中で得た利益は非課税で、そもそも確定申告をする必要がない。今回の議論は、申告の義務による不公平を正すことが目的だから、申告そのものが不要な新NISAは議論の土俵にすら乗っていない。国も現時点ではNISA利益は対象に含めないという方向を示している。だから、新NISAだけでコツコツ積み立てている人は、この一点については過度に怯える必要はない。

次に会社員だ。会社の健康保険、いわゆる被用者保険に入っている現役の会社員は、基本的に今回の検討の対象に入っていない。会社員の保険料は給与を元に計算される仕組みで、株の利益で保険料が上下するようには、今のところ作られていない。

では一体誰に降りかかるのか。ここは時間の軸で分けて考えると混乱がない。まず、今回成立した新しい仕組みが最初に直接かかってくるのは、75歳以上が入る後期高齢者医療制度だ。だが、新しい法律の反映を待つまでもなく、今のルールのもとですでに負担が動き始めている層がいる。中心になるのは、2つの条件が重なる人だ。1つは新NISAの外。つまり、特定口座などで投資をしていて、その利益を確定申告する人。もう1つは、国民健康保険や後期高齢者医療制度、介護保険に入っている人だ。具体的には、自営業・フリーランスの人、定年で会社をやめて国民健康保険に移った人、そして年金で暮らす高齢者がここに当てはまる。

具体的な姿を思い描いてみて欲しい。長年真面目に会社員として働き、新NISAと特定口座の両方でコツコツと資産を育ててきた人がいる。定年を迎え、会社の健康保険を抜けて国民健康保険へと移る。年金と特定口座から受け取るわずかな配当で、つつましく暮らしている。ある年、保有していた株で少し損が出た。それを取り戻そうと、損益通算のために確定申告をする。すると、その配当が所得として計算に乗り、翌年の国民健康保険料と介護保険料が静かに上がる。所得税はいくらか戻ってきたのに、保険料の増加がそれを上回っていた。気づいた時には後の祭りだ。こういうことが、特別な富裕層ではない、ごく普通の退職者のミニシナリオだ。これは遠い未来の制度の話ではない。今のルールのもとですでに現実に起きていることだ。

後期高齢者医療制度では、医療費の窓口で支払う割合も所得によって1割から3割へと変わる。金融所得が増えれば、保険料だけでなく、病院の窓口で払う割合まで重くなる。年を重ね、体のあちこちにガタが来て、病院にかかる回数が増えていく時期に、その負担はのしかかってくる。資産を増やしたはずなのに、増やしたからこそいざ守りに入りたい局面で、手元から出ていくお金が増える。これが金融所得を保険の世界に取り込むという案の具体的な重さだ。

先ほどの35倍という数字も、ここで冷静に見直しておきたい。あれは75歳で配当だけで年500万円という、かなり恵まれた高齢の投資家を例にした極端な試算だ。配当が年に数十万円という多くの人の現実に、そのまま35倍を当てはめてはいけない。数字のインパクトだけが一人歩きすると本質を見誤る。そして、ここが最も見落とされている点だ。金融所得で保険料が上がるという現象は、未来の話であると同時に、実はもう今でも起きている。仕組みはこうだ。特定口座で源泉徴収を選択していれば、その利益は確定申告をしなければ国民健康保険料の計算には含まれない。ところが、損をした年に損益通算をしたい、あるいは配当控除で税金を取り戻したいと考えて確定申告をすると、その利益が所得として保険料の計算に乗ってくる。所得税は取り戻せてても、国民健康保険料や介護保険料が増えて、結局戻ってきた税金が相殺されてしまう。そういうことが今この瞬間にも起きている。

しかも、令和5年分の所得。住民税で言えば令和6年度分からは、上場株式の配当や売却益について、所得税と住民税で別々の課税方式を選ぶことができなくなった。以前は所得税では申告し、住民税では申告しないという使い分けで、保険料への影響を抑える余地があった。その抜け道が静かに閉じられたのか。表だって増税と呼ばれないまま、負担の前提だけが書き換えられていく。これが見えない負担増の正体だ。

ここまで聞いて、給与で働く君はやはりこう思うかもしれない。「やはり自分には関係ない」と。だが、ここからが今日の核心だ。なぜ会社員も関係ないと思ってはいけないのか?理由は1つしかない。君もいつか会社を離れるからだ。今は会社の健康保険に守られている君も、定年を迎えればその傘の外に出る。多くの人は退職と同時に国民健康保険へ、あるいは75歳で後期高齢者医療制度へと移っていく。つまり、今は対象外の場所に立っているだけで、人生の後半で誰もが対象になりうる場所へと歩いていく。若い会社員にとっての他人事(たにんごと)は、30年後の自分の話なのだ。

むしろ、若い内から新NISAや特定口座で長く投資を続けてきた人ほど、退職する頃にはそれなりの金融資産と、そこから生まれる配当を抱えていることになる。今真面目に積み立てている君ほど、将来この議論の当事者になりやすい。なんとも皮肉な構図だ。そして、制度というものは一度向きが決まると、静かにしかし止まることなく広がっていく。最初は国民健康保険や高齢者の医療から始まったものが、やがて介護へ、その先へと対象を広げていく。「能力に応じて負担を」という言葉は、一度受け入れられれば再現なく拡張できる言葉だ。今日の例外は、明日の標準になりうる。

ここで私が読み取っている見立てを1つ伝えておきたい。国は片方の手で新NISAという非課税の優遇を差し出しながらも、片方の手で社会保険料という見えにくい果実を君の資産に静かに伸ばしている。表で配り、裏で取り戻す。この二面性こそが、今の日本の制度を読み解く鍵だ。

「投資をしろ」という国の声の裏には、もう1つのメッセージが隠れている。「将来、年金だけには頼るな」というメッセージだ。それは、年金制度のこれまでの歩みが物語っている。公的年金の実質的な価値は、長い時間をかけて静かに目減りしていく設計になっている。額面の年金が増えても、物価の上昇には追いつかないよう、伸びをあらかじめ抑える仕組みがすでに組み込まれている。受け取る年金の実質的な力は、これから先、緩やかに細っていく見通しだ。国は自分たちだけでは君の老後を支えきれないと、案に認めているのだ。だからこそ、投資を促す。だが、その投資で君の資産が増えれば、今日はそこから保険料という形でいくらかを取り戻そうとする。

国に過度な期待を寄せることがなぜ合理的でないのか。その答えがこの一連の動きにくっきりと現れている。ここに多くの人がうまく言葉にできずにいる1つの違和感がある。収入は少しずつ上がっているはずなのに、手取りは増えた気がしない。新NISAを始めて口座の数字は確かに膨らんでいるはずなのに、暮らしが楽になった実感はいつまで経っても湧いてこない。働いても、増やしても、なぜか自由に使えるお金が増えていかない。その正体の一部がこれだ。税金という名前で取られる分だけではない。社会保険料という、税金より静かで、税金より気づかれにくい負担が、君の家計の底に開いた穴から少しずつ水を抜いている。

なぜ社会保険料はこれほど抵抗されにくいのか。理由は、その姿の見えにくさにある。税金を上げるには、国会での激しい議論と国民の反発という、いくつものハードルをくぐらなければならない。増税という言葉は、時に政治家の命取りになる。ところが、社会保険料は増税とは呼ばれない。「保険」という安心を思わせる言葉をまとっている。しかも、給与は天引きで、自分の手を通らないまま差し引かれていく。痛みを感じる神経が、初めから鈍らされているのだ。だから、税金がほとんど上がっていないように見える年でも、手取りだけは静かに減り続けてきた。過去数十年、日本の社会保険料はほとんど一本調子で上がり続けてきた。今回の金融所得への課税強化は、その長い流れの中の最も新しい一手に過ぎない。社会保険料こそ、国にとって最も反発を受けずに伸ばせる「なだ」なのだ。

では、この見えない負担とどう向き合えばいいのか。商品を変えろとか、この口座に乗り換えろとか、そういう話をするつもりはない。提示できるのは、もっと地味でもっと根本的な3つの構えだ。

1つ目は、新NISAの非課税という枠が持つ「守り」の意味を正しく知ることだ。新NISAが今回の議論の対象外であるのは偶然ではない。非課税で申告がいらないという性質そのものが、保険料の計算から君を遠ざける強い盾になっている。新NISAはただ税金がかからないお得な箱なのではない。社会保険料という見えない負担からも距離を取れる、守りの装備なのだ。その意味を理解している人と、なんとなく使っている人では、これからの数十年で立っている場所が変わってくる。

2つ目は、特定口座での確定申告を税金の損得だけで判断しないことだ。配当控除を使えば所得税は戻ってくる。その数字だけを見れば、申告した方が得に見える。だが、その申告によって国民健康保険料や介護保険料がいくら増えるのか、そこまで含めて初めての損得が見える。特定口座には、損益通算や繰り越し控除という、損を未来の利益とぶつけて税を減らせる守りの装備が備わっている。その装備は強力だが、使い方を誤れば保険料という別の負担を呼び込む。税の世界と社会保険の世界は繋がっている。片方だけを見て喜ぶのは、後で後悔するようなものだ。申告をする前に、自分が今どの保険に入っているのかをまず確かめる。会社の健康保険ならば、株の利益で保険料が動くことは今のところ少ない。だが、国民健康保険の側にいるのなら、税の還付と保険料の増加を両方の天秤にかけてから決める。その一手間を惜しまない人だけが、見えない負担に足を救われずに済む。

3つ目は、国は制度を書き換える前提で学びを止めないことだ。今日話したルールも、数年後には形を変えているかもしれない。インデックス投資は「買ったら忘れていい」と言われる。それは概ね正しい。だが、自分の資産を取り巻く制度まで忘れていいわけではない。経済も、税も、社会保険も、絶えず動いている。その動きを年に1度でいいから、自分の目で確かめる。その小さな習慣が、見えない負担に静かに削られ続ける人生と、それを見越して構えを取れる人生とを分けていく。

この3つはどれも派手な必殺技ではない。新NISAの非課税という盾を正しく握る。特定口座という両刃の剣を慎重に扱う。そして、制度という怪物が書き変わっていないか、年に1度自分の目で見直す。地味だが、これが全てだ。長い目で見て生き残るのは、一度の大勝ちをしたものではなく、見えない出血を静かに止め続けたものだ。資産を増やす技術と、増えた資産を守る技術は全くの別物だ。世の中には攻めの知識ばかりが溢れ、守りの知識は驚くほど語られない。その空白こそが、国にとって最も都合のいい場所なのだ。

君が今夜、自分の口座を開いて確かめるべきは、含み益の数字ではないのかもしれない。自分がどの保険に入っていて、どの利益がいつ誰の負担になるのか。むしろ、その地味な一点だ。君がこの先どうするかは、君が決めることだ。怒って国を責めることもできる。気にせず今まで通り積み立てを続けることもできる。どちらも君の選択だ。だが私は、この見えない負担から目をそらさないことを選ぶ。私は制度を恨んで立ち止まるより、その仕組みを知って構える側に立つことを支持する。国は片方の手で投資を進め、もう片方の手で負担を取りに来る。それがこの国の現実だ。恨んでも嘆いても、その手は止まらない。止められないものに怒りをぶつけて消耗するより、その手の動きを冷静に読み、自分が守れるものを守る側に回った方がいい。新NISAという盾を正しく握り、特定口座という両刃の装備を慎重に扱い、制度の変化に目を開いておく。たったそれだけで、10年後、20年後の君の手取りは静かに分かれていくと、私は考えている。

霧の中で見えない潮の流れに逆らうのは難しい。だが、潮がどこへ向かっているかを知っている船は流されない。国が伸ばしてくる見えない果実の存在を、君はもう知ってしまった。知ってしまった以上、無防備なまま流される側にはもう戻らなくていい。

ここまで見てくれた君に、もう少しだけ付き合ってほしい。今日話した制度の話は、私はノートにも書き止めている。動画では追いきれなかった、自分の口座のどこをどう確かめればいいのかという、もう一歩具体的なところまで文字で落とし込んだ。概要欄にリンクを置いてある。声が消えた後に手元に残る文字を、自分の負担を点検する道具として使ってくれたなら、それで十分だ。