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心理学者たちの語る『頭が悪いとはどういうことなのか?』/「バカ」の研究

GabalaboCH-ガバラボ19:57

Transcription

突然ですが、皆さん。皆さんは日々、身の周りのバカな人の発言や行動に気づいていないでしょうか。ですが、そもそもバカとは一体どんな人のことなんでしょうか。

こう聞くと、このように思うかもしれませんね。「はあ、何言ってんだおめえ。バカってのは頭悪い奴のことだよ。容量が悪くて一人じゃ何にもできない。そういうやつをバカって言うんだよ。」ま、こんな感じで。

とは、頭が悪い人、というか、もしれません。ですが、頭が悪いとはどういうことなんでしょうか。容量が悪い人とは、なぜ容量が悪くなってしまうんでしょうか。

そんな疑問に対し、フランスの心理学者セルジュ・シコッティはこのように言います。「お前らさ、なんか勘違いしてねえか。バカってのは知能の問題じゃねえんだよ。バカってのは、誰もが騙されるバイアスに過剰に反応してしまう人のことなんだよ。」

このように、誰もが引っかかりやすい思考の罠、認知バイアスが過剰に反応してしまう人、認知バイアスに気づけない人。そういった人ほど、現代はバカと言われるようになると言いました。

例えば、ニチバイアスの1つと言われるシミュラクラ現象というものがあります。これは、三つの点が三角に配置されると人の顔に見えてしまうというものです。その現象によって、何か人の気配を感じ、何か視線を感じると怖がっている人がいたらどうでしょうか。多くの人は、「ただのボーリングの玉じゃん、バカだな」と感じます。つまり、セルジュ・シコッティは、まさにそういったバイアスに騙されやすい人、そういった人こそ現代「馬鹿」と言われる人だと考えました。

それでは、今日は心理学者たちの語る「バカとは何か」という話を雑に解説しましょう。ここで保険を貼っておきたいんですが、この動画では特定の特徴持つ人をバカと言っていますが、うp主はそういった人をバカなんて思っていません。今回参考にしいた1冊に書いてあったから言ってるだけで、うp主はこの動画を見ている皆さんは全員、いや9割ぐらい、いや、うーんと、とっても賢い人たちばかりだと思っています。

と、保険をしっかり張ったところで本題に入ります。バカ、アホ、マヌケ。これらの言葉の定義は考えるまでもありません。それは知性の欠如です。です。

そもそも知性とは何なんでしょうか。こう聞くと、このように思うかもしれませんね。「ああ、あれじゃね。合理的な行動ができるかどうかじゃねえの。将来考えて行動できないやつとか、ま、間違いなくバカじゃん。」ま、こんな感じで。合理性を考えられない人をバカと考えるかもしれません。

事実、心理学者でトロント大学名誉教授のキース・スノウはこのように言います。「知性には二つの種類のものがある。それがアルゴリズム的知性と合理的知性だ。」アルゴリズム的知性とは、いわゆるIQのようなものです。物事を論理的に考えたり、正しく文章の意味を読み取れたり、テストでいい点が取れるみたいな感じです。学生時代なんかはこのアルゴリズム的知性が高い人ほど賢いと言われ、いい点が取れない人ほどバカと言われてしまいます。

ですが、学生を卒業すると、テストでいい点を取れるからと言って賢いとは限らず、なんだったら勉強ができるけど頭が悪いなんてことが起こります。なぜなら、知性にはもう一つ、合理的知性というものがあるからです。

合理的知性とは、いわば論理的に物事を考えた時、考えたこと通りに行動できるのかという決定力のようなものです。例えば、タバコを吸っている高君がいます。そんな彼は、タバコの癌のリスクを知り、健康のためには禁煙した方がいいと論理的に考え、禁煙を決意します。ですが、そんな彼は決断通りの行動が取れるでしょうか。例えば、今の仕事をやめた方がいいと思ったとしても、不安のせいで一歩踏み出せないかもしれません。上司に聞いた方がいいと思ったとしても、怒られる可能性を考え動けなくなってしまうかもしれません。どれだけ論理的に正しいことが分かったところで、その通りに決断できるかどうは全く別の話です。だから、合理的知性がない人は、せっかく論理的に考えられたのに、その通りに行動できないという問題が起こります。

簡単に言えば、アルゴリズム的知性がエンジンだとしたら、合理的知性はどの方向に進むかを決めるパイロットって感じです。

例えば、仕事で何かミスをする人がいます。そんな人をバカと呼ぶでしょうか。大抵の場合、一度ミスしたぐらいではバカとは言いません。では、どんな人をバカと言うかと言えば、何の改善もせずに同じミスを繰り返す人です。なぜミスが起きるのかを考えられない人ではありません。考えて、自分で分からなくても、分からないなりに他人を頼れる人であれば、バカとは言いません。バカとは、なぜそのミスが起こったのかを考えようとせず、なぜか「今度は大丈夫」と思って同じことを同じように繰り返し、同じミスを起こす人のことです。記憶力がどれだけない人でも、記憶力がないことを理解し、記憶力を必要としない仕事を選べる人は、馬鹿どころか賢い人と言われます。

例えば、いい大学を出ていい会社に務める光彦君がいます。そんな彼が、ある日通勤の電車に乗っていると、目の前の女性に興奮してお尻を触ってしまいます。その結果、女性が声をあげたことで痴漢として捕まってしまいます。なぜそんなことをしてしまったんでしょうか。他人から見れば、いい大学に出ていい会社に務めるという、それらを捨てるリスクを追ってまで痴漢をするなんて、頭がおかしいとしか思えません。光彦君自身も、リスクとリターンの見合わない行為なことも分かっているでしょう。

心理学者として初めてノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンは、このように言います。「人にはさ、自分の意思とは無関係に勝手に引き起こされる思考上のミスがあるんだよ。そのミスでバカとしか言いようのないおかしなことをしてしまうんだよ。」つまり、彼は人がバカなことをしてしまう理由には、非合理的な判断をしてしまう心理現象、認知バイアスがあるといい、そのせいでどれだけ賢い人でも非合理的なことをしてしまうと言いました。

例えば、ラカバイアスというものがあります。これは、いわば「自分だけは大丈夫」と思ってしまう心理です。先ほどの光彦君の例で言えば、「自分だけはバレない」と思い込み、それによってリスクリターンの見合わない、バカとしか言いようのない行動をしてしまうんです。

アメリカの心理学者、ダニエル・ギルバートはこのように言います。「私たちはさ、他の人たちと同じように、自分が他の人たちと同じであることが分からないんだよ。」例えば、最近ではSNSで著名人を誹謗中傷し、損害賠償を請求されたなんてニュースが話題になります。そんなニュースが広まってもなお、誹謗中傷を繰り返す人が大勢います。なぜそんなバカなことをする人がいるんでしょうか。赤の他人の悪口を書くことが、損害賠償を請求されるリスクと見合うわけがありません。それはまさにラカバイアスにより、「自分だけは大丈夫」と勘違いしてしまっているんじゃないでしょうか。

セルジュ・シコッティは、馬鹿さと知性はそれほど関係ないと言います。彼はこのように言います。「そもそも人間は誰でも時折りバカみたいな行動を取ってしまうんだよ。バカかそうでないかの差は、誰もが引っかかりやすい思考の罠を認識してるかどうかなんだよ。」つまり、彼は誰もが簡単にバカになり、バカみたいな行動を取ってしまうことがある。バカとそうでない人の差は、そういった認知バイアスを自覚しているかどうかだと言いました。

例えば、SNSなんかを見ていると、部活でサッカーをやった程度、もしくはテレビで見ているだけの人々が、プロの監督の戦術を批判します。例えば、トップYouTuberの動画を見ていると、コメント欄には「もっとこうしたらいい」というアドバイスが届いています。これは、いわばプロの専門家にろくな知識もない人が、その分野のアドバイスをしているようなもので、すごくバカな現象に見えます。なぜこんな現象が起きるんでしょうか。

そんな疑問に対し、アメリカの心理学者ダニングとクルーガーはこのように言いました。「能力が低い者は自分を過大評価し、他人に平気でその価値観を押し付ける。なぜなら、能力が低い人は自分が能力が低いことに気づけないからだ。」このように、彼らによると、バカな人は自分を過大評価するだけでなく、能力が高い他人を過小評価する傾向があると言います。その理由は単純です。自分がバカなせい で、自分の馬鹿さに気づけず、能力が高い人の能力の高さにも気づけないからです。

彼らは人の知識や経験と、それによる自信をこのような表にしました。この表を見て分かる通り、人が一番自信を持つ時というのは、ちょっとだけ知識を持っている時です。なんなら、少しの知識の時が、何年も継続した熟練のプロよりも自信が持てます。これはダニング・クルーガー効果と呼ばれ、有名な割に研究対象が少なかったり、信憑性はちょっと怪しい部分があるんですが、うp主としてはすごく分かる部分があります。というのも、うp主自身、YouTubeを見ているだけ の時は、他人のYouTube動画を見ても「もっとこうしたら伸びるのに」と、まるで自分がトップYouTuberのような視点で他人の動画を見ていました。そんな自信があったからこそ、「俺なら余裕で勝てる」と思ってYouTubeを始めました。その結果、このチャンネルの前にやっていたチャンネルは、「もっとこうしたら伸びるのに」を詰め込んだ結果、半年やっても全く伸びませんでした。

人はそのものの深みを知らないほど、物事を単純に考えます。サッカーで言えば、トッププロの監督にはありとあらゆる可能性が見えます。一方で、素人にはその可能性が見えません。可能性が見えないから、自分の考えが正しいもののように感じてしまい ます。もちろん、そういった少しの知識で自信を持てるからこそ、人は無謀な挑戦ができます。ですが、その思考を過信してしまうと、いつの間にか自分だけが正しいと過信し、バカな行動をしてしまうんです。

他にも、ダニエル・カーネマンはこのように言います。「人はさ、難しい現実に直面した時、深く考えずに理解するためにあらゆるものを0か100か、全か悪かの二つに単純に捉えてしまうんだよ。」つまり、彼は人が物事を簡単に理解しようとする、いわば全てを「0か100か」「全か悪か」で考えてしまう。これを単純化バイアスと呼びました。

例えば、つい先日、ポケモンに似たゲームがポケモンのパクリとして大炎上していました。ですが、なぜあれは炎上したんでしょうか。それは多くの人が物事を単純に考え、「楽をして稼ぐことは悪いこと」と単純に決めつけて考えるからです。

というのも、基本的に真似というのは、消費者にとってはしてもらった方がいいことです。例えば、米を作る農家があります。その農家が儲かっている姿を見て、別の農家もそれを真似て米を作ろうとします。すると、「日本一だからダメだ」と怒られます。そうして真似をやめてしまえばどうなるでしょう。米の生産が増えずに、ごく一部の人しか米を食べられなくなってしまいます。確かに、最初に始めた人からすれば、真似されたら自分の取り分が減ります。ですが、損をするのはその人だけであり、真似してくれればくれるほど、消費者には米が行き渡ります。だから本来、良いものは色々な人が真似てくれた方が、数が増え、競争が生まれ、世の中には良いものが増えます。ポケモンが面白いゲームであれば、それ に似たもっと面白いゲームを他者が作れば、世の中には面白いゲームが増え、私たちにはいいことしかありません。真似られたクリエイターも、真似られるからこそ一度の成功にあぐらをかかず、もっと良いものを作るしかなくなります。結果的に、世の中には面白いものが溢れるようになります。なんだったら、消費者は真似を怒るよりも、真似に怒ってるクリエイターに怒る方が流れとしてはすごく自然です。

例えば、無職なくせに生活保護で贅沢生活している人を見ると、多くの人は怒り出します。ですが、これも変な話です。働かずに生活したいと考える人はかなり多いはずです。であれば、無職で贅沢できる世の中の方がいいはずです。それを怒って、そうしようとする行為は、働かなければ贅沢できない世の中を作ろうとしているようなもので、自ら自分の首を絞めているにほかなりません。多くの人は「ずるい=悪いこと」と単純に考えます。ですが、誰かがずるをした結果、私たちに利益が増えるのであれば、ずるを許される世界の方がいいはずです。ですが、単純化バイアスによって物事を全か悪か、0か100かでしか捉えられない人には、そういった「なぜ全か」「なぜ悪か」の思考がありません。「いいものは良い」「ダメなものはダメ」。そこで思考停止してしまうせいで、物事の理解がどんどん浅くなります。つまり、単純化バイアスにより単純化された時点で思考をやめてしまう。それ以上深みを考えようとしなくなってしまう。そのせいで、人はどんどんバカな思考になってしまうんです。

文学教授であるパトリック・モロは、バカと言われる人の言葉には一つの特徴があると、言います。彼はこのように言います。「バカの言葉ってのはさ、あまりにも誇張されすぎて、意味も定義も曖昧になり、全てがいい加減な言葉になってるんだよ。」このように、バカと言われる人の言葉は、意味や定義が曖昧で、全てがいい加減な使われ方になっていると言いました。

例えば、数年前、コロナで世界中が大混乱だった時、よく「コロナは風だ」「いや、風ではない」という言い争いがSNSで頻繁に起きていました。おそらくこれは、「コロナは大変な問題だ」「いや、大した問題ではない」という言い争いなんでしょうが、そもそも風はジャンル分けの話で、大変な問題かどうかは関係ありません。なぜそんな言い争いが起こるのかというと、風の定義すらも曖昧な状態で、双方共に言葉の使い方がいい加減だからです。これもまさに単純化バイアスの一つと言えるでしょう。

他にも、認知バイアスの1つにスリーパー効果というものがあり ます。スリーパー効果の提唱者カール・ホブランドはこのように言います。「人はさ、信頼できない情報源から得た情報でも、時間が経つことで言がどこだったかを忘れ、インパクトの強い情報だけを覚えてしまうんだよ。」つまり、スリーパー効果とは、信頼できない情報源から得た情報でも、時間が経つことでどこで見た情報かを忘れ、情報だけが頭に残り、信頼性が高まっていく現象のことです。

実際、私たちは何か情報を話す時、「どこで見たか忘れたけど」なんて前置きで話すことがあります。それはまさに、情報源の信頼性を忘れてしまっている状態なことです。これは特にSNSなんかで気をつけないといけないものなんですが、例えばXのポストで、ある芸能人が差別的な発言をしたなんて情報が流れます。ですが、そのポストした人を見てみると、フォロワーが0人で、情報としてはかなり怪しいものだと気づきます。ですが、数ヶ月経ち、たまたま友人との会話でその芸能人の話題が出ると、ポストした人のことは忘れ、情報だけが残ってしまい、「あいつ、こんな差別的なこと言ってたらしいぜ」と話してしまいます。そうして、その発言を聞いた人も、どこでその話を聞いたのかを忘れ、頭の中にはその印象だけが残ってしまいます。実際、この効果はデマが広まる時なんかに良く起きる現象だと言われています。

フランスの心理学者セルジュ・シコッティはこのように言います。「結局、バカってのはさ、知能の問題じゃないんだよ。バカってのは、誰もが騙されるバイアスを一切疑わずに信じてしまう人のことなんだよ。」つまり、彼は誰にでも認知バイアスに騙される可能性があり、それがバイアスの仕業だと気づけない人ほど、どんどんバカになってしまう。それがバイアスの仕業だと認知することで、思考の罠を避けることができ、バカにならずに済むと考えました。

例えば、人は過去の嫌な体験は忘れ、いい思い出ばかりが残ってしまう傾向、感情弱化バイアスがあると言います。しる君はまさにそのバイアスに騙され、数年前に別れた元カノを思い出します。その元カノは、実際には会う度に喧嘩をし、辛いことばかりだったはずの人です。ですが、年数が経つほど嫌な思い出が忘れ去られ、いい思い出だけが思い出されてしまいます。その結果、復縁を切り出し、うまくいったとしても、また何度も喧嘩をし、全然楽しくない日々を過ごすことになります。ですが、復縁を切り出す前に、「もしかしたらバイアスの仕業かもしれない」と気づけばどうでしょうか。冷静に考えれば、「全然いい思い出ないな」と思い返し、復縁するべきではないと思えます。

例えば、楽観バイアスによって、「自分だけは別」とSNSで著名人を誹謗中傷してしまう人がいます。そんな時になんで「俺だけは大丈夫」って思ってるんだろうと思い返せば、リスクリターンの見合わない行動をせずに済みます。つまり、心理学者たちは結局は誰もが馬鹿になる可能性はある。重要なのは、「自分は馬鹿ではない」と思い込まず、自分もバカなことをしてしまうことを理解し、それを常に自覚しておくことで、バカにならずに済むと考えていました。

ということで、今回は心理学者たちの語る「バカとは何か」という話です。私たちはバカと聞くと、すぐに生まれ持った頭の悪い人のように感じます。ですが、そもそも頭が悪いとはどういうことなんでしょうか。勉強ができない人でしょうか。容量が悪い人でしょうか。それを決めつけること自体、ある種の馬鹿の考え方と言えるでしょう。結局、人というのは、どれだけ学歴が高くても、どれだけ仕事ができても、ある日突然バカになってしまうこと、バカなことをしてしまうことはあります。そう考えると、バカにならないための方法は、常に「バカは自分の方かもしれない」と考えることしかないのかもしれませんね。

なんかさ、バナナ食うとバカになるらしいんだよな。なんでかって言ったら、バナナに食べてたらバカになんつって。君の隣でだ。白い花寄せて、若し揺らぐのは夢だ から恋をしたねと。