📱

Get Our Mobile App

Take your business learning on the go!

Download on the App StoreGet it on Google Play

先行研究がないとき、どうすべきか?

Ars Academica56:54

Transcription

はい、YouTubeの皆さんこんにちは。安倍広代です。

えっと、今回の動画はサムネにもタイトルにもあると思いますが、えっと外部の学部生の方が提供してくれた「僕のヒーローアカデミア」論を、うんと添削するという動画です。

で、その内容はこの後に続くんですが、これイントロダクションで。えっとですね、まずうんと、ま、俺の本務校であるところの筑波大学から、えっとついにですね、あの、業申請というのをしていたんですけれども、それの認可がおりまして、えっと筑波大学学内発ベンチャーという、えっと形で会社を、えっと建てられることになりました。

えっと、それで、ま、今日は10月19日。多分設立自体、その登記はその来月になると思うんですけれども、あの、ま、手続き上というか、その学内の手続きはもう全部終わったところです。

で、えっと株式会社アルスアカデミカという、うんと会社を立てるところです。ま、なので今、その立ててもいいってことになったのと、立てるその間にこうこれ取ってるわけなんですが、えっとを立てることになりました。

で、これはですね、えっとうんと、俺がもう博士課程の学生、学内、学内じゃないわ、えっと国内にいた頃から、えっと、ま、割といろんな人から添削の依頼を受けることが、ま、多々ありまして。

あの、もう博士の1年生からですね、個人事業主として、えっと、ま、活動していたんですけれども、それをあの筑波大学の先人の教員として、あの続けていくにあたって、ま、法人があった方がいいっていうのと、もう1つは、えっと、その依頼をいただく時にお金をいただくわけですが、それをですね、あの、経費で払うのが、相手が個人とかだと払いにくいということで、課金費で支払う、公費でね、払うのを、あの諦めるという事例がまつぎまして。

あの、ま、法人立てた方が、その要は、がその何ですかね、大学とかのその所属先になんていうか通りがと言いいますか、ま、払いやすいってことですね。

という事情があったということ。ま、などなどありまして、ま、法人化しようとずっと思っておりまして、それがあのやっとできるよ、できるということになりました。

あの、この動画のイントロでこれをなぜ言ってるのかと言と、その会社でその提供するサービスの、ま、中核にあるのが論文の添削なんですね。

あの、[音楽]

で、えっと、その例を、お見せするというのが今回の動画の趣旨です。半分ぐらいはって感じですね。

ま、なのでそのことを、冒頭でお伝えしたという次第です。

今後、あの、また設立したら、あの会社にの設立についての動画も撮りますんで、よろしくお願いし ます。

で、えっと今回のこの動画の中身はですね、えっと、ま、その後で全部詳しく喋っているんですが、ま、最初にその触りというか、1番重要なところだけ言っときますと、僕のヒーローアカデミアというその漫画で、その学部3年生が書いてくれた論文を添削するんですけれども、えっと先行研究がないんです。

つまり「僕のヒーローアカデミア論」という論文が過去にないと。

で、とがひこっていうキャラクターについて論じてくれてるんですが、えっと「とがひこ論」なんて当然ない。

にも関わらず、「とがひこ」の話をしたい。

で、どうすればいいか。

で、えっとこれを、その俺の、あの全く新しいアカデミックライティングの教科書では、何らかのこう既存のカンバセーション、会話に接続しないと論文は書けないんだ、というようなことを言っているわけですね。

なので、その「とがひこ」というキャラクターについていきなりなんか言っても論文にならないわけです。

にも関わらず先行研究はないと。とかミコについて、じゃあどうすればいいのか。

じゃあとかミコンについて書けません、ということにならないわけですよね、当然。

で、どうすればいいのかというと、あの、ま、簡単なんですけど、あの「僕のヒーローアカデミア論」以外の何か に接続しなきゃいけないんです。

で、それをどうやってやるかというのの1つの例をお見せしていて、であの、ま、根場と言いますか、あのそれができるようになるための勉強、普段の勉強というのはどういうものなのか、ということをえ、中心的に喋っております。

で、えっと今回は学部生編なんですが、すでに、えっと博士課程の院生の方からも論文を提供していただいておりまして、それについても、あの近日中に添削の動画を撮ろうと思っておりますんで、シリーズとしてね、あのそちらもよろしくお願いし ます。

え、これでいいかな。はい、というわけで、よろしくお願いし ます。どうぞ。

え、じゃあ、というわけでよろしくお願いします。

よろしくお願いします。

えっと、今回は、今回の動画は、えっと学部生、外部のね、学部生の、えっとレポートというか論文というかを添削するということで、やろうと思います。

で、えっと、今回Twitterで募って、えっと立候補してくださった、常智大学の上野さん、学部3年生ということで、よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

はい。で、哲学会に所属していらっしゃるということで、えっと3年生ですね。

で、これ何時ぐらいですかね、この文章は。

8075ぐらい。

はい、8000字ぐらいの、ま、論文で、えっと、ま、某某所の某媒体に出して、えっとリジェクトになったということで、ま、あの、俺は、えっと、サイドコメントもいただいているんですが、で、ま、そのことについて、えっと、そうだな。

なので、じゃ、簡単な自己紹介していただいて、で、その後、えっと論文の、はい、概要をざっくり喋って、で、そうだな、えっと、なんか困ってることというか、その、つまり独力では解決できないと思った点がどういうとこなのかなっていうのを、ま、あの、簡単に話していただけるとありがたいです。

はい、まず、じゃ、自己紹介から始めます。

えっと、常智大学文学部哲学科3年生の、えっと、上野大会です。

えっと、フィクションの批評に関心があり、えっと、卒業論文では川上未央子の小説を扱う予定です。

えっと、大学院の進学を検討しており、そこでは日本現代文学か文学研究を勉強したいと考えています。

うんうん。商業的な批評にも興味があって、ま、ゆくゆくは、あの、アカデミアとザヤの両方で活動していきたいと考えています。

ほほ。

で、えっと、論文の概要を説明した。

はい、はい、お願いします。

論文の概要は、えっと、この論文では、えっと、堀越公平の「僕のヒーローアカデミア」において、ビランの1人とされてる、とがひこの表彰を批判的に検討しました。

えっと、ヒアは、えっと、今年の8月に完結したんですが、そ論文を書いたのは今年の7月だったので、ま、まだその頃には、えっと、ヒアは完結していませんでした。

で、と、ヒアは、えっと、ヒアの内容は、えっと、え、世界総人口の約8割が、え、作品世界では「個性」とよばれる何らかの特立体を点々的に備えて誕生する超人社会を背景に、個性を悪するヴランとそれを鎮圧するヒーローとの構想、そしてヒーローを目指すミリア伊、あ、通称デクの成長を学物語でです。

で、えっと、論文で主に取り上げた、とがヘミは、他者の血を摂取することで一定時間その人間の姿や声になれる「個性変身」を持つ人物です。

え、その個性ゆえに戸川は幼少期から血に興味を持っ、また惚れっぽく、好きなものの血を吸いたいという欲望を持って、スメに直口をつけるなど異常とされる行動をとるようになり、両親から、え、強制を試みられるなどの抑圧を受け、亀をかぶっていたが、やがて生きにくい世界を壊し、ありのままの自分と子として生きるべく、デクヒーロと対峙するビラン連合の一になります。

論文では主に戸の理解者として振る舞うレクの同級生である、え、ヒーローら茶子との戦闘へたとみ子、が戦闘で傷ついたに、で、行く際の、と姫子の、新相風景に着目し、作品は、えっと、血を飲み干したくなる隙ではなく、血をあげたくのなるような隙に気づいていたら、世界はもっと行きやすかったかもしれないと、とひこに反省させ、それを内面的成長として描いていることを指摘し、けれど、も戸川ひこに生きにくい世界を壊そうと思わせたことの責任を、え、全て追わせる態度、は、とがひこを異常と片付け排除しようとした世界の悪イデオロギーを保存するものであり、否定されるべきだという風な主張をしようと試みました。

うん。えっと、困っていることと、えっと、論文の問題点がもまとめましたが、これはちょっと同時に言います。

うん。えっと、まず、えっと、論がうまくまとまっていないという気がしていて、はい。

えっと、どこでどの程度の詳しさでヒアの、あ、すの話や戸ひの概要の話をするのかが、詳しく分からなかかったっていうので、えっと、論文において、ま、そのフィクションの論文において、そのフィクションの、えっと、概要の説明と配置をどのようにすればいいのか、というのが困っている点の1つ目です。

で、えっと、えっと、全部で、えっと4つあるんですけど、もう1、えっと2つ目が、えっと、先行論を、ま、この論文では引っ張ってないんですけど、がなくて、えっと、論文の相対的な位置付けができていないという問題があるように思いました。

はい。僕が調べた限り、とがひこについての論文はなくて、また、えっと、一応クイアロンに接続しようとは思ったんですけど、作中で戸の異性や動物に抱く感情や態度、それ自体は否定されていないため、クイアロに接続することが難しいと思って断念した結果、先行論がなくなったという形になってます。

ほう、ほう。であともう1つが、えっと、論文が批判する対象が明確化されてないという問題があるように思っていて、えっと、論文の最後に、論文の結論の最後に、え、とが姫子に席を追わせる態度は、異常を消すべきなする一面的イデオロギーが、と姫子から自身の異常と向き合う機会を奪っていたことを隠蔽しているとあるが、と姫子に席をせる態度や、隠蔽の主体、え、隠蔽の主体ってのも明示できてないんですが、を問題視しているのか、それとも、と、と社会の緊張関係を切ることができなかった作者や、えっと、作品に批判しているのかが明知できてないように思っていて、ほう、ほう。えっと、ま、個人的には作品への批判として描きたかったのですが、その何らかの、え、作品が、え、のイデオロギーが悪いんだっていう場合に、どういうような、あの、形で批判をしていけばいいのかって いうのが、あの、ちょっと分からなかったです。

うんで、えっと最後はちょっと抽象的な問題になるんですけど、えっと、商業的な批評と、そのフィクションにおける学術論文の債がどこにあるのかが、ちょっとあまり分かってなくて、ま、厳密性に差があるよぐらいのこと は分かっているんですが、その厳密性って いうのは具体的にどういうことなのかで、そして学術論文を書くにあたり、え、気表ではあんまり気をつけなければいいけど、論文では気をつけないといけないところっ ていうのがどこにら辺にあるのかっていうのを教えていただきたいです。以上です。

なるほど。オー。えっと、ま、これ全部に綺麗に答えられるかどうかは、あの、さておき、あの順番に、順番にというか、重要なところからやっていこうと思います。

で、これ、あの動画の趣旨としては、一応なんというか、普段、あの、教える時に、えっと、どういう感じでやってるか、というのをデモンストレーするっていの が、あのはい、えっと、一応の趣旨なので、それと、あの、普段との違いをちょっとだけ説明すると、普段はです、その冒頭から一緒に読んでいくんですよね。

ま、つまり読者になったつもりではい、えっと、読んで、で、読者がどういう、どこを読みながら、どういうことを考えて、どういうリアクションで、どの辺でリジェクトだって思うか、どの辺でアクセプトだと思うか、みたいなことをこう、なんていうか、作者の脳内を見せるみたいな風にして、あの読んでいくということをすることが多いです。

で、そういう時は結構もう、なんていうか、割とうんと、ま、例えば、えっと、学会式出して、あの、すでに開口要求が来ていて、その開口がうまくいかないとか、あの、結構完成度が高いものにやることが多いんですよね。

なんでかというと、そういう風に読むと、細部、ここちょっとあれだね、みたいな感じで直していくっていうのに、これ向いてるんですよ。

で、えっと、今回のその、このヒロアカロの場合は、割とですね、なんていうか、結構でかい問題があって、あの、もうその、なんていうんでしょうか、ぱっと見で論文として成立してなくて、で、それなん でかていうと、あのクオリティの問題じゃなくて、これ先行研究の引用がゼロなんですよね。

うん。先行研究の引用がないと、えっと、論文として成立しない。

で、そのことは、えっと、上野さん本人も問題だと思っていて、先行研究がないんだけど、どうすればいいですかと。

で、えっと、これ知らなかったんだけど、クイアに接続しようと思ってたっていうのが、んですか。

で、さっきなんかクイアに接続しようと思ったけど、ダメだと思ったっていうのは、なんででしたっけ。

えっと、ま、僕の理解では、そのクイアクイア論っていうのは、その的な異に対しての、そのま、あの、をなんかこう良くないっていう風に言っていくものだと思ってるんですが。

うんうん。えっと、ヒアの中では、えっと、例えば、と子は、えっと、同性や異性やま、あるいは動物に対して、えっと、ま、えっと、好きっていう感じを、ま、性欲に近いような、えっと、欲望を持っているんだけれども、それに対しては別に周りからとやかく言われてるわけではなくて。

ああ、なるほど。

は、なので、ちょっと、ま、その好きなものの血をすうっていうことに関しては、ちょっと気持ち悪いとか、うん、いう風に言われてるはいるんですけど、はい、なんかそういうところで、ちょっとどういうようなクイア論が、ちょっと合致するのかが分からなかった。

う、なるほど。分かりました。

はい。で、えっと、ま、少なくともその、えっと、ま、全く新しいアカデミックライティングの教科書にも書いているし、あの、そこに書いてなくても、あの、上野さん本にも分かってると思うんですけど、なんかに接続しないとダメなわけですね。

で、えっと、この先行研究がないって言う悩みは、えっと、特に卒論とかで、えっと、なんていうか、自分が好きな作品扱うタイプ の、えっと、文学部の学生のほとんどがあの直面する問題なんですよね。

で、なんでかというと、当然のごとく先行研究がないから です。

で、これは結構大きな問題というか、あの、なんていうか、典型的なというか、あの、どこ の文学部でもこういうこと教えなきゃいけないと思うんですけど、あの、例えば東大の文学部英文化とかでは、すごいなんていうか、キャノカルな超有名作家、ね、超有名作家論じた方がいいです、っていう指導があるんですよ。

例えばシェイクスピアみたいなやつです、ね。

で、絶対先行研究がもう大量にあって、読み切れないぐらいあるわけです。

で、この場合は、えっと、で、この先行研究がすっごいあるサッカー作品を扱う場合と、先行研究が全くないものを扱う場合のさって、えっと、なんていうか、どっちにも問題があって、えっと、先行研究がいっぱいあるものの場合は、例えばシェイクスピアにおける、ま、それこそクイアでやるとしたら、えっと、シェイクスピアとクイアの論文って多分めちゃくちゃ大量にあるわけですよね。

で、その中で、えっと、なので、先行研究を見つけるのはすごく簡単だけど、その先行研究と最下して新しいこというのは難しくない、難しくなりますよね、議論がすごい進んでるから。

で、これが1つの問題で、もう片方には、例えばヒアみたいな、あの、現在進行系のそのポップカルチャーというか、みたいなものを扱おうとして、当然、あの論文はないわけです。

あるかもしれませんよ、あるかもしれないけど、あの、たくさんはないし、シェイクスピアにいっぱいがある、いっぱいシェイクスピアの先行研究がいっぱいあるっていうのとは、もう全く状況が違うわけですね。

で、こういう時にどうする、どうすればいいのかって言うと、まずさ、さっきの逆のことが起こっていて、あの、何を言っても新しいこと言ったことに なるんですよ、この場合は。

さについて論じた人がいないから。

で、その代わり、えっと、その、えっと、このね、全く新しいアカデミックライティング教科書 のどこですかね、実践編 の先行研究を引用するか、先行研究を引用、あ、違うわ、えっと、あれだね、アカデミックな価値を作るってとかね、アカデミックな価値を作るっていうところで、えっと、カンバセーションに既存の対話会話に接続する、して、で、えっと、そこにはなんか一種の問題があって、で、それを超えなきゃいけないんだ、という風にして、その現行の、現在進行系の会話を一歩進めるんだよ、っていう風にして、アカデミックな価値が生まれると。

なので、えっと、突如として奇抜なことを言ってもダメだ、というようなことをま、書いてあるんですね。

で、なので、えっと、先行研究がないからといって、えっと、せ、全く何も引用しないということはありえないわけですよ。

で、この場合は、で、だったらヒーローアカデミアについて論文書けないじゃん、って思うかもしれないけど、もちろん書けるわけです。

じゃあどうするのかっていうと、今言ったように、かな、こいやと何かしらの、えっと、何でもいいんですけど、僕のヒーローアカデミーアロンではない何かで、その、えっと、カンバセーションに接続しなきゃいけないんです。

で、その、この場合、この、えっと、上野さんのロンの場合はどうするか、というのを、ま、今日は中心というか、1番大きいトピックとして、多分すごいいろんな人が悩んでる問題だと思うので、ま、それをとりあえずはやろうかなと思っています。

はい。で、これをこっち持ってきて、これ多分上野さんには見えないんだけど、こうして、今その画面上には、なんだこれ、あ、上野さんの論文がこれ、どうすれば、えっと、えっとね、野さんにスクリーンをシェアすればいいかな。

シェアスクリーンして、こうして、こうすると、すると、上のさにはこれが見えている。

あ、見えてます。

はい。自分の論文が見えてますね。

はい。はい。で、これ選択もできると。

よし。で、これ、で取れてる。

取れてるな。はい。

で、えっと、ま、タイトルと、がひこのスキーを阻むもの、僕のヒーローアカデミアに受けるとが秘表彰、ということで、えっと、まずですね、イントロダクションが1、2、3、4、5、5パあると。

で、えっと、セクションが1個、2個、で、3個、こがヘコの最後について、で、4、ま、結論と、ま、4、4パラグラフあると。

で、ま、1番最後のこの中を見ると分かるように、えっと、ヒアからの引用しかないということですね。

で、えっと、そこどうするかという問題を、とりあえず冒頭のイントロ、そんな長く ないんで、全部読もうかなと思います。

えっと、まず第1連絡からか。

えっと、あなたたちが好きな人とキスするように、私は好きな人の血をするの。

えっと、ヒーローとヴィランの好戦を描く堀越公平「僕のヒーローアカデミア」において、ビランの1人であるとかひこは自身の欲望をこのように語っている。

端的に言えば、とがひこの欲望とは、好きな対象の血をすすることで、その対象そのものになりたいという欲望である。

うん。その対象そのものになりたい。

で、えっと、とをナフ臨時で対象を指し、目を上に向け、頬をあめながら、甲骨とした表情で、その傷口から地押する。

地押する際の、その表情から、は、とが姫子は地押することで性的な解読を得ていることが伺える。

このことは、とがひこ自身が地押する行為をキスに例えることからも例えていることからも裏付けられる。

で、えっと、えっと、ですね、普段の指導では、えっと、こうやって冒頭から読みながら細かい指摘をしていくんだ。

今日はあんまりやらないで、ただ1回だけやっとくと、この対象そのものになりたいという望っていうのは、ま、俺は知ってるんですが、えっと、とがひこがその相手の血を吸った相手に、なんか返信する、ことができるんですよね。

はい。で、それが彼が、彼女がやりたいことで、で、そのことが書いてないんで、その血をするっていうことと、対象そのものになりたいっていうことだって、いうのが、ここヒア読んでない人はここ読んだ時わかんないので、はい、ここで彼女の個性について、ちょっと説明しないと、あの、読みにくいですね、っていうのがすごい1番ちっちゃいレベルの指摘ね。

ま、今日はこれはあんまりやらないんですけども。

で、ま、ここ でとりあえずうんと、彼女が血をすする、という、あの、性癖があるということが分かる。

はい、次。

で、ヒアにおいて、とがミは欲望を満たそうとする自身のあり方を異常とする規範と退治することになる。

硬骨とした表情で吸血する様子が恐怖感や不気味な印象を与えること、また、えっと、人を指し吸血するという非合法の暴力により欲を発露することなど、が、とが日美子が異常とされる遊園である。

例えば、とが日美子に襲われた人物は、とが日美子をクレイジー、何この人と表す。

まだ階層では、両親からスズメの血をすっていたところをやめなさい、何してるの、まるで異常者だととめられ、カウンセリングで強制が必要だと告げられた過去が明かされる。

そうした経験から、とミコは自身のあり方を人間じゃないって言われちゃうと認識するようになり、自らの欲望を否定する生きにくい世界を壊し、生きやすい世界にするべく、ヴィラン連合の一員として暗躍することになる。

とが姫子は自らの欲望を否定する規範に不満を抱き、その規範に抵抗するキャラクターとして設定されている。

はい。はい。ま、ここまではいいでしょうね。

で、とがひこというキャラクターを考える上で、とがひこが自身の欲望や生き方を普通であると強調しているとも見逃せない。

私も普通に生きるのです。

ちょっと待ってよ。

えっと、私は恋して生きて、普通に死ぬの。

なぜとが美子は異常とされている自身を普通であると強調しているのか。

それは単純に幼少期に両親から、えっと、どうして普通になれないの、と言われたことへの反発として捉えることもできるが、私は私が当たり前に生きるだけと主張するとがひこにとって、自身が普通であると強調することは、規範に抵抗する上で重要な意味を持ってるように思われる。

とがひこにとって自身を普通だと強調することは、自身が自分として普通に生きようとするだけで、ヴランとみなされてしまうと、いう、うんと、生きに生きにくい世界への意義も押したてに結びついている。

そのことは、とが姫子がヴラン、ヴラン名を名乗らず、とが日美子として、本名ってことだね、と子としてヴラン連合に所属していることにも現れている。

ととが子はヴランとして生き生きるのではなく、私が当たり前に生きることを望んだのである。

ふんふん。

あとニパだね。

作中ヒーローとの決戦を経た、とか美子は、その命を落とすことになるとが子は好き な人の1人であるヒーロー、うららかお茶子と の決戦を経た後、おちゃこちゃんがいなく なるだけはやっぱり嫌という理由での出血 をしたおチコに、え、輸血し、最後を迎える。

決戦最中の、えっと、セリフの欧州において、お茶子はとがひこに対して一定の理解を示し、えっと、とがひこはそのことに感謝している。

ありがとうね、お茶子ちゃん。嬉しかったよ。本当嬉しかったな、ちゃこちゃん。

えっと、そのため、とが姫子の最後を肯定的に捉える読み方もある。

うん。ふんふん。

実際にとか姫子の最後が描かれる395話のタイトルは幸せの上にであり、作品はとが姫子の最後を肯定的に捉えるよう誘導している。

ほほう、ほう。なるほどね。

けれども、とが姫子が生きにくい世界の破壊を目指していたことを踏まえれば、うんと、とが姫子が世界を壊すことなく最後を迎えたことを肯定的に評価するのは難しい。

なるほど。

これに反論したいわけですね。

で、これらを踏まえ、本校が検討したいのは、とか姫子の最後の描かれ方を肯定することは何を深し化してしまうのだろうか、という問いである。

なるほど。

ちょっとハイライト使っていくか。

ま、こ問があると。

とが姫子の最後の描かれ方を肯定することは何を深し化してしまうのだろうか、という問いだと。

本校では最後を迎えるとが姫子の心理描写を、とが姫子の内面的成長を表すものとして、かな、表すものとし、定的に捉える読み否定し、ふんふんふん。

これだね。

で、こうした読みが規範に抵抗しようとしたとがひこの姿勢を否定するものとして機能し、なおかつ、とが姫子の成長を阻む要因を隠蔽し、結果的に規範を温存している。

ふんふん。

広岡は、とが姫子に自分は間違って いたと反省させさせることにより、最終的にと秘を抑圧していた規範を温存してる。

あ、これ言い換えてますね。いいね。

えっと、とがひこに自分は間違っていたと反省させることによって、最終的にとがひこを抑圧していた基範を温存しているのだ。

異常とされる人物の反省により話を閉じる物語は、うんは、その人物を異常としてきた要因から目を背けさせる機能を持っているのである。

ま、つまり、とが姫子にとってこれハッピーエンドじゃないって言いたいわけですね。

で、ま、ここを読んで、まずすぐに思うのは、ま、上野さんもさっき言ってたように、あのクイアなんですよね。

で、あの、ま、それほとんどクイアだって言ってると思うんですよ、この、あの、ローマなクイアってのが念頭にあったから、あの、そ、あの、当たり前だと思うんですけど、えっと、まずこれセクシュアリティの問題ですよね、ここの話って。

で、えっと、とが姫子にとって、その他人の地押すっていうことは、性的快楽を得る手段になっている。

なので、多分うんとですね、これは、あの、俺だったらまずは、えっと、プアでどうに かできないか、いうことをまず考える。

まず考えるんですけど、で、どうするかって言うとですね、あの、ま、いろんなやり方があるんですが、まず、えっと、1つは血なので、あの、クイアで血の話になってますよね。

で、クイアで血の話で、で、かつ、えっと、とがひこの、その血をするっていう行為が一種の暴力に なってしまう。

噛みついてというか、どうやって吸うのか、あんま覚えてないけど、ナイフやシジで対象さすのね。

なんかこれ、あの噛みつくこととかもあるんですかね。

噛みつくことは、いや、基本ナイフで、その後はえっと、なんか特地の駐車機みたいのもらって、う、投げて、さ、噛みつくはなかったと思います。

なるほど。

えっと、ま、けどあれだよね、ドラキュラみたいな存在で、で、えっと、彼女に とってはそれは、えっと、つまり彼女の、えっと、愛情表現みたいなことは、相手、えっと、その好きな相手に対する加行為になってしまうと。

で、治をするっていうのは当然、えっと、基本的に、ま、ナイフで刺すんであっても、駐車機で刺すんであっても、その、なんていうか、加害行為なので、ま、問題であるという風に、この世間では見なされるという問題になっているんですけど、クイアと血の問題って言うので、まず考えるのは、えっと、エイズの、うん、クイアスタディズにおけるエイズ表彰の問題です。

で、これ全然詳しくないんですけど、今ググってるんですが、エ、例えば、エイ、カルチュラル、あ、本が出てくるな。

これとか、例えば、今、えっと、画面に出しますんで、はい。

うん、と、クアスタディズ。

うん、となんだろうな。

うん、ま、これで、ってみるか。

はい、はい、はい。

で、今、えっと、ググって出てきたものを見てるんですが、ま、これ別に全部に出さなくていいか。

あ、けど、大きくした方がいいから、えっと、です、ね。

まず、まず、というか、これね、えっと、これは、俺もちょっと見たことある本なんだけど、ここ確かね、ベルサーニが論文を書いている論集だったと思うんだけど、えっと、エイズカルチュラルアナリシス、カルチュラル、ちょっと古いけどね、88年の本なので、ちょっと古いんですが、えっと、これ、とか、今、今、本当、エイズ、エイズ、クイアスタディズとか、カルチュラルスタディズとかでくぐって出てきたものを見てるだけです。

で、なので、今、えっと、つまり、えっと、ヒアを読んで、えっと、とがヒミコについて論じたいと思って、これクイアの問題だなと思って、で、クイアと血液とといえば、えっと、あの、あの、エイ、アクティビズムとかあるよね、っていう、ま、これ、あの、あれですね、普段俺があのよく、えっと、ん、ですかね、えっと、あ、これ、この話後でするか、ま、ともかく、ここまで、ここまで見たとして、ちょっとこっちも見たいな。

これも開いて、これ何かわかんないけど、AARCommunication ofHIVinthelgbtq community。

うん、ま、なんかこういう論文とか、これなんな、なんだこれ、媒体は媒体なんだか、あ、本だね、多分ね、これ書籍ですね。

ま、これとか、えっと、これはね、えっと、デクユニバーシティプレスで、ま、普段こういうググり方あんましないんですけど、あの、デクユニバーシティプレスに行って、エイズで、あの、調べただけていう、これね、プロジェクトミューズに行って、ま、何でもいいんですけど、エイズとか検索して、何が出、あの、出てこなくてもいいんです。

出てくるに決まってんだけどね、あの、どういうのが出てくるかな、みたいな感じで、これ本、これも本だね。

で、ま、エイズについての研究がめっちゃあって、みたい、な、みたいなことをこうザザと見て、その要は、クイアスタディズにおけるそのエイズと、ま、血液の問題みたいなことを考えようとしたら、どういう先行研究があるかな、みたいなこととかで、大量にあるっぽいので、あの、ま、それどうやって、どうやってやっていいかわかんない、どのようにしてそれを絞って いくかは、ま、さて置きですね、あの、とりあえずこうやって、なんていうか、市場調査をするわけですね。

orders testimoniesofHIVA exclusionandmigrant detention。

はい、マランデンシ ンって言ってるけど、あとイといえば、あとアメリカだと、うんと、エイズフォビアと、えっと、ゼノフォビアだね。

えっと、例えば、なんかトランプがあの配置から入ってくる難民、配置から入ってくる難民をこう排除したいんですけど、配置から、あの配置の難民はエ持ってるんだって、よくあの差別的な発言をトランプしたりしてるんですが、ま、そういうのとかと結びつけられないかな、みたいな、あの、ヴランってみんな割と作中で差別されてるキャラクターとして出てくるので、ま、例えばそういうこ、そういうのも使えないか、な、みたいな感じで考えていくと、もしかすると、えっと、とが姫子から広げて、うんと、ヴランが、ヴランがいかにして差別されているのか、っていう話にもしかしたら広げられるか、もしんない、わかんないですけどね。

とかって言う、なんていうか、ブレインストーミングみたいなことを、えっと、やっていくというわけですね。

ちなみにこれなんかAKIND、これ多分ね、これちなみにこのリストは本当、えっと、論文のアーティクルと本と、えっと、アンソロジーのチャプターがこ全部バーって出てくる、あの、検索をしてるんですけど、このラディカルヒストリーレビューの、同じ5にあ、ここ飛んじゃうのか、同じ5に、ラディカルヒストリーレビューという、その前はね、つ、あの、えっと、このジャーナル オブヘルスポリティックスとか、ちょっとその文化研究とは若干遠い、あのジャーナルがこう並んでいて、こっからラディカルヒストリーレビューっていう、割と有名な人文系 のやつに、そのから2本出ていって、で、そういう時はこの媒体がもしかするとエイズ特殊なのではないか、みたいな、theAGCrisis isnotover、ていう特集だね、これね。

ま、なので、これ2021年とかなので、例えば、こういうのを手に入れて、えっと、目次を見て、アブストラクト全部見て、で、えっと、この、この媒体にどうやって行けばいいんだ、これ2021、あ、こここだね、ここに行くと、えっと、theAGCrisisis notover、ていう特集が2021年にラディカルヒストリーレビューで組まれてて、で、ま、そこに、どういう論文があって、みたいなのとかがあるので、ま、こうやって、こう、最近のクイア、そして、えっと、エイズスタディーズについて、こう調査する、という感じだね。

asARES andMemory。

うんなるほど。

ま、そこに使えるのがあるかどうかわかんないんですけど、ま、こうやってざっくりと調べるだけでも、かなりいっぱい見つかるという感じだね。

はい。で、えっと、それが1つやることで、でもう1個は、えっと、そのクイアで、つまりクイアスタディズと、えっと、エイの問題と、つまりエイズの問題って多分ここでは、えっと、つまり性行為が相手にその病気を移して、加害行為になってしまうかもしれないって いう、あの話なので、で、そのことと、とひこがその相手を愛するという行為が治すするということ で、であの、それが加害行為になってしまうっていうことと、ま、騒動的にこう考えて、なんか言えないか、みたいなこととか、例えば考えるっていう、で、それそれでどう、どのよう に論じていくかは、本当いろんなやり方があるし、えっと、そのエイズの、あの研究について、ちょっと調べないと何とも言えないんですが、ま、ともかく、えっと、まず今日言い たいことはですね、えっと、俺が普段その、なんていうか、えっと、ですね、なんか中くらいの規模のその理論とかについて、いっぱい勉強しておきなさい、みたいなことを結構言うんですよ。

で、それは、あの、どういうことなのかっていうと、こういうのを見た時に、えっと、エイズ、エイズじゃないわ、えっと、クイアでいけそうだと。

で、クイアと血といえば、えっと、エについてのその研究っていうのが、クイアスタディズの中で結構大きな分野であるはずだ、という風に当たりをつけて、で、そこでこう、その線で論じられるんじゃないかっていう、その調査まで、とりあえず進め、進むこと ができる、っていう領域をいっぱい作っておくのが大事なんですよ。

これはなんか、アンテナを伸ばすみたいなことを俺よく言うんですけど、これこうしよう。

えっと、アンテナを伸ばすみたいなことをよく言うんですけど、なので、その絶対それでやんなきゃいけないわけではなくて、そのトピックを見つけた時に、こういうその、なんていうか、学問的な背景とかがあって、この線で行けるかもしれないなって思えるようなものをいっぱい持っておく方がいいんですよね。

で、俺はクイアスタディズに全く詳しくないんですよ。

で、けどそれでも、これを、これを読んで、えっと、クイアと、えっと、エイズスタディズってのがあるので、その線で、なんか、えっと、繋げられるんじゃないかっていうことは考えるわけですね。

で、こういうアンテナをいっぱい持っておくっての、すごい大事なんですよ。

で、結局その、あの、ま、自分は、ちょっと、あの、イとかHIVとか、例えば、さらには、えっと、クイアとか、ちょっと難しいかもしれないしれないなと思ったら、あの、別の路線で行くっていうのは、全然いいと思うんですけど、ただ、あの上野さんはここま で書いていて、であの、クイアが年頭にすでに、あって、で、クイアでいけないかもしれないと思ったのであれば、あの、ま、学部生という ことなので、あの、この機会にクイアについて、ちょっと勉強して、それでこれを、その、クイアに接続しながら、このローンを書き直して見るということは、あの、確実に、将来クイアスタディズをやるかどうか、全く別の問題として、あの、そのことについて調べ て、あの、なんていうか、理論的なこう、な、なんて言うんですかね、あの、支柱を持って、この、とがひこの異常さと、その世界における普通さに、ついて論じるということに挑戦するのは、あの、確実になんていうか、右になることだと思いますね。

なので、是非やって欲しいと思います。

はい。で、そういう路線がもし決まれば、例えば、あの、そのそれで論じなくてもいいし、将来やんなくてもいいんですけど、あの、クイアスタディズの古典も読んで、えっと、ま、例えば、だから何ですかね、えっと、バトラー読んで、セジウィック読んで、あとなんか、屋根裏のなんとかっていう有名な、あの、やつがありますけど、それ、それとか読んで、その要は、クイアスタディズの古典、ま、特に上野さんの場合はフィクション分析をやってるんで、その、もう死ぬほどありますの で、そういうのを読んで、ま、あと、そう いう超古典の難しいやつと同時に、えっと、新書とかね、あの日本語で書かれたライトのやつも読みながら、あの、ま、あと、さらにはその学術論文ってね、あの適用例とか、そのクイアを使って論じると、どういう論に なんのかな、みたいなこととかも、ま、見ながらやって、で、そのまま真似してみると いうこととかをやると、すごい勉強になると思いますね。

で、その多くの人は結構、えっと、ヒアやるんだとか、例えば何でもいいですけど、シェイクスピアやるんだと思ったら、そのシェイクスピア論をめっちゃ読んじゃうんですよ。

で、それはそれ自体はいいんだけど、けどそれは論文額ために読んでるだけなのであって、それ、それその勉強によってて、詳しくなる対象っていうのは、シェイクスピアの何かだけなんですよね。

で、そうじゃなくて、で、それはそれでやればいいんですよ。

けど、それは調査なんですよ、サーベイなんだね。

で、普段やるべき勉強っていうのは、そのある分析したい対象から離れて、あの、今後なんなんか、何かこういう、つまりヒアの、とがひこみたいな、分析したい対象が出てきた時に、[音楽]、あの、いくつも切り口を持っているというか、あの、こういう話だったら、こういう方向にいけるよね、っていう、ま、勘みたいなものです、ね。

ま、勘って、勘っていうのはただの知識もの問題なんですけど、っていうのをいっぱい持っていくというのが、あの、普段やるべき勉強だと思ってるので、それを、ま、特に学部性とか収支の人には、あの、強く言いたいですね。

その自分がすでに選択した研究対象につ、ついて書かれた論文っていうのは、1番末端のサーベイなの で、それを普段一生懸命読むっていうよりは、それは論文書時にガーって集中して読めばいいのであって、ま、いいんですよ、もちろん、あの、いいと思った論文があれば、それをじっくり読むのは全然いいんですけど、ただ、それだけでは結構ダメで、どんどんちっちゃくなっていっちゃうんでね、論がね。

なんか質問ありますか。

今んとこ、えっと、えっと、さっき先生がおっしゃってた、この、とひこの地押する行為が加害行為なんだっていうような、ま、ちょっとした飛躍みたいなものっていうのは、どのようにしてこう生まれるんでしょう。

ああ、なるほど。

いや、それはなんかあんまり俺が踏み込んだ解釈だと思ってないんですけど、だってナイフと か駐車機にで対象さつんでしょ、これ。

はい。で、えっと、なんか俺その、ま、広途中まで読んでて、最近というか、もう何年か読んでなくて、あんまり分かってないんですけど、なんか途中で、えっと、えっと、あれ、とがひこって、これ、あ、これだ、連続失血士事件の容疑者。

これって彼女が犯人ではないんですか。

いや、多分おそらく犯人なんですけど、ちょっと多分おそらく犯人です。

あ、そうなの。

えっと、ま、その相手が死ぬかどうかに 関わらず、基本的にその、好きな人のにこう、な、何らかの形で傷をつけ て、その血をすってのは、ま、ど、どう考えてもか、か、こいですよね。

いや、そう。

いや、だからなんか、えっと、そうなんですけど、やなかそのエイズの話と結びつくっていうのが、ちょっと発想として出てこなくて。

はい、はい。エイズの話と結びつけることができたのは、えっと、まず上野さんもこの話はクイアの話なんじゃないかとは思ってましたよね。

はい。で、はい。で、ここでポイントになってんのは、えっと、そのセクシュアリティとして、えっと、ヘテロノーマティーディー、[音楽]、なセクシュアリティだっていう解釈がまずあって、はい。

つまりその、通常、通常というか、その我々が考えるのは、あの、我々が考えるクイアスって別に血を吸わないじゃないですか。

はい。で、この場合、彼女は、その血を吸っていうことに特化した、あ、だからあれですよ、なんかあの、連続殺人鬼が殺すことに快楽得るみたいな、そういうのにちょっと似てますよね。

で、彼女の場合は血をすっていうところがポイントで、で、そのトピックが血なので、クイアで血の、血の問題って言うと、エイの問題があるよね、っていう発想があ、あるっていうことですね。

ああ、なるほど。

はい。そういう連想でした。

分かりました。

はい。で、それはクイアスタディズといえば、結構エズのエイズがトピックとしてでかいよ、ね、ってことを知ってないと出てこない話なので、うん、そういうことが。

で、これは全く、なんていうか、オリジナルで、その面白い発想では全然ないんですよ。

クアやってる人だっ たら、一瞬で思いつくわけ、そういうことを。

で、そういうベーシックな各領域における、ベーシックなトピをどんどん仕入れていこうね、っていうのが、普段の勉強なんだよ、ってのがさっきの話でした。

はい。分かりました。

はい。ま、なので、そのもしこの論文を直したいんですけど、っていう指導が、もしあったら、今の話をして、で、さっきその一緒に見たこの論文とかを、もっと詳しく見て、この論文から始めたらいいんじゃないですかね、みたいなこととかも、多分言います。

今日はやんないですけど、ま、それが1つ。

でもう1個は、えっと、そのロンの、なんていうか、構造として、えっと、一種のクリアネスが抑圧されてしまいました、っていうだけの話に結構なっちゃってて、なんか広でこのすするのが性癖だって言う、結構尖ったキャラクターにわざわざ着目するっていうことのインパクトが割と、その、その結論だと薄れちゃうのかなって いう、えっと、ある作品の、えっと、キャラクターの描かれ方を、その、うんと、その理論というか、まあなんか多翼的な理論を用いて批判するような、あの、文章っていくつかあるかと思うんですが、はい、そういう場合っ ていうのは、こうどうどういう風にこう批判していくんですか。

例えばクア論で批判するっていう風になったら、はい、どういうのだといい批判で、どういうのだと、まあ、今回のこれは取り上げなくて良かったんじゃないか、みたいな評価になるか。

あ、そう。結構なんていうか、あの、毎回考え、論じるたびに考えなきゃいけない問題だったりして、あの、結構難しいんですけど、あの、ま、この場合はそうだな、あの、クイアに接続してやるっていうことになると、その、クイア理論における、えっと、クイア理論とあと血の問題について の議論に、その、とがちゃんのこの作品内で、とがちゃんに起こるもの、出来事、そして、とがちゃんのラストを考えることによって、その、えっと、クリアネスと血の問題について の、な、なんて言うんですかね、えっと、ま、カンバセーションですよね、この俺の言葉で言うと、に何らかのこう、コントリビューションをもたすっていう、ことを考えるといいすね。

であの、コントリビューションてつまり貢献とか、えっと、っていう考え方、かなり大事で、あの、こういう話をすると、あの、とがちゃんのこと がよくわかるっていうのは、こ、当然なんです よ、これ、これ、あの論として、しっかりしてなくても、とがちゃんについて学ぶことが、あるわけですよ。

で、それ、それだけだと少なく て、あの、この場合は例えばクイアに接続するんだったら、あの、クイア理論における、えっと、セクシュアリティとクリアネスと血の問題に、つて、とがちゃんという事例を考えると、こういう新しいことが分かりますよ、っていうようなことを言えないかって考えるの は大事ですね。

ああ、そうすると、えっと、とヒアと、とがちゃんに興味がある人だけじゃなくて、あの、クリアネスに興味がある人にも届きうるっていう、論文になりうるので、その、なんていうか、ま、常にそれができるわけではないんですけど、そういうことを目指すといいですよね。

ああ、分かりました。

で、そう、もう1個言うと、その、あの、これじゃダメなんだ、っていう時っていうのは、あの、今度出る、ナラティブの被害学っていうやつの、イントロでも書いてるんですけど、あの、つまり、えっと、異常とされる何かがあって、で、世間の規範があって、その規範の方が、この異常さ、つまり個別性みたいなものだよ、ね、を潰す、っていう話でするの。

これで、それが今、上野さんがおっしゃってた、なんか左翼っぽいやつを使って、その何かをダメなん だっていう、ていうやつの構造だと思うんですけど、それ、こういう風に、あの、ここでは抑圧が起こってるんで、て言だけだったら簡単なんですよね。

あの、いろんな、それはいろんなとこで起こってるので、で、なんでその抑圧が起こってるってことが問題なのか、っていう風に、一歩この論を進めようとすると、進む。

で、その時に、元々自分はなんでそういうものを否定したいと、そもそも思ってるのか、っていうことについて考えておくと、結構いいですね。

そうすると、あの、つまり、また規範が1つの個別性を潰してしまいました、っていう論になるんじゃなくて、まずそれを前提として、ここではこの規範が、とかちゃんのそのクアな、セクシュアリティを抑圧することになってしまっている、っていうのがまず分析として終わって、それが何を意味するのか、っていうところ に論が立つんですよ、今度は。

うん。そうなると、あの、なんというか、ロが大きくなるというか、というか、何のためにその分析を行ったのか、っていうことが、あの、割とクリアになっていって、うん、読む方も書く方も、なんという か、面白いというか、学ぶことがあるというか、ね、っていう論になりやすいですね。

うん。えっと、それが何を意味するのかって いうのは、その研究的な、さっき言った、例えばクアの、クイアとちの問題に、どのように関係していくのか、みたいなことはい、それでもいいですしま、あるいはその上野さんが、その、クア理論にどれくらいコミットしたいと 思ってるのかわかんないが、もしクイアで、あの、いろんな論文書きたいと思ってるんだったら、あの、普段からなんで自分はクイア理論にコミットして、で、えっと、広かっていう、その、そのクイア理論にコミットすることの、なんていうか、自分なりの意味みたいなこと考えて、で、なんでその中で、そのヒアをじることが大事なのか、っていうこと、ていう、その、なんていうか、大枠のその目的意識みたいなものを持っていると、あの、結論が生まれてくるんですよね。

ま、なので、そういうことを、その作品分析と同時に、あの、普段からその研究の大目的みたいなことを考えておけるといいかな、みたいな、ま、結構この、あの、学部3年生に要求するようなことではないんですけど、ま、けどね、それは結構この、上野さんの論を見ると、割と上野さんが今つまづいている大きな要因の1つではあるかなと思う。

ま、印信を考えてるっていうこともあるしね。

そこを考えておくのは、別に早すぎることはないと思いますんで、ま、なので、分析部分は、クイアていう視点を入れると、だいぶ書き換わると思うんですよ。

で、だだったら、この要素も重要な、だからおチコとの同性合の、問題とかね、だったらこういう要素も出てくるな、みたいなのが多分いくつも出てくると思うんです。

ま、あるいは他のキャラク ターってこうだよね、とかね、その要は、あの、ま、例えばビランってみんな差別されてるキャラクターで、その、とがちゃんの非非差別っていうのは、セクシュアリティに対する差別として始まってるわけですけど、他のキャラクターについてはどういう差別から始まってるのか、とか、ま、例えばそういう他の、他のヴランとの、他のヴランとの比較があんまないっすよね、このロンはね。

はい。それとも、かもやりたいよね、多分その、おチコと、て、でくと、とがちゃんの話だけになってるので、ま、そういうことができると、多分若干立体化してくると思う論がね。

で、その、それはその末端の個々の事象の分析で、それ、それを分析した後に、あの、とがちゃんのセクシュアリティが最終的に、あの、血すすることが肯定されるわけではない、終わり方をするっての、ま、確実ですよね。

で、そのことについて、あの、最終的に上野さんがどういう意味付けをする論を提出したいか、っていうことは、ちょっと別の問題なので、はい。

はい。いろんなここの場面をうまく、面面白く分析できるってことと、最終的にそれらをまとめて、どういう結論を導き出すか、っていうことは別の問題として考えなきゃいけないんで、その校舎については、さっき言った、あの、クアの話するするんだとして、あの、とがちゃんに注目するんだとして、自分はどう、最終的にどういうことが言え たらいいと思ってるのか、ということについ、てん考え るっていう、はい、ことができると、すごい良くなるんじゃないかと。

ていうこの2点があの、とりあえずこの論文が初回の、あの指導の依頼だったとしたら、その2点について考えてみて欲しいっていう指導をして、えっと、その次のセッションでは多分その、えっと、クイアについての論文いいくつか紹介して、それについてど思ったかっていうのと、で、それをそのヒアのこの個々の事象に、その適用すると、どういうトピックがあり、ありいると思ったかってやつと、で、1番最後の結論について、どういう風にしたいと思ったかっていう、3つをま、宿題にして出すかな、と思いますね。

はい。ま、なので、この文章は相当、もうなんか根底から書き直されることに、なると思うので、あの、小さい、この文章、ちょっとここの分分かりにくいね、みたいな、こと、はこの文はあんまやんなかった、という感じですね。

やってもらいましたけど。

えっと、どうでしたか。

いや、結構楽しかったです。

楽しかっ たい。なんかその理論の話をこうなんか、ま、そのなんかしない方がいいのかな、と思ったんですけど、結構してもいいんだってのが、はい、分かったんではいましちゃいけないっ てことは、もちろんないすよね。

どうやってや かいう。

あと必然性がないと結構きついので、この場合はもう、とがちゃんのその問題が、セクシュアリティの問題だってのは、もう作中からほとんどダイレクトに言える話ですよね。

なので、そこから、あの、セクシュアリティとクリアネスの問題なんだ、っていう風につげるのは、全く無理がない話だと思うので、ま、そこで血の問題とつげて、エイアクティビズムとかの話にするっていう、ところのところに、ちょっと注意しなきゃいけないと、ますけど。

ああ、また、だとがちゃんは血の問題っていうところまでは、もう確実なので、ま、そこのブリッジぐらいは多分できるんじゃないかなと思うんではいま、それで本当にね、ロンがまとまるかどうかわかんないんですけど、ま、ともかく、エイズ、あ、違う違う、セクシュアリティとクリアネスと血といえば、っていう、さっきのね、っていうのをいっぱい持っておくっていうのが、ま、今日俺が1番言いたかったこと ですね。

はい。はい。あとはどうでしょうか。

あとは確かに結論が弱いっていうので、結局なんで平を持ってきたのかが分からないと、いうか、ま、その金定の性がないっていうところだったんですけど、はい、なんか僕もなんかこさっき先生がおっしゃってたよに、今とかが好きなので、そっちの方だと確かにあまり作品の必然性が、うんなんでこの作品を論じてるのかが分からないとこが結構あって、そこにあまりこう記憶がってなかったんですけど、どだと確かにうん、ないといけないなっていうのが分かっで、大きな収穫だ。

はい。ありがとうございます。

ま、なぜその枠組で、その作品を論じて、それを言わなきゃいけないのか、っていうことを考えると、そういう次元に話がいくって、ま、卒論だったらいいんだけどね。

ま、これ卒論じゃないんだと思いますけど、卒論とかだったら、ま、ぶっちゃけね、ぶっちゃけこの作品のこれにつまり、僕のヒーローアカデミアにおける、とが日美子の問題みたいなので書いてもいいんですよ。

いいんだけど、ま、上野さんもうちょい話が進んでるんで、ま、その人にね、卒論だ、こんなのやんなくていいよ、っていう、いうのは、あ、意味がないんで、あの、進められるだけ進め、進めればいいと思うんだ。

ま、卒論としてはちょっと高級な話でしたけども、ていうか学部性としてはね、高級な話だったけど、はい。

そんな感じかな。

はい。はい。じゃあ、終わり ますか。

はい。はい。じゃあ、今日は、あの、なんていうか、そもそも申し出ていただいて、あの、本当にありがとうございました。

えっと、ま、またなんかあったらよろしくお願いします。

で、あの、今後、あの、ヒアロがうまくいくことを願ってます。

で、俺もね、あの、うち書きますんで、あのYouTubeに遊びに来ていただいて、YouTube上で書こうと思ってるんでね。

はい。あ、はい。よろしくお願いします。

はい。じゃあ、えっと、本日はどうもありがとうございました。

終わりということではい、ありがとうございました。

ありがとうござい ます。

失礼します。

ありがとうござい ます。