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スポーツの価値を高め、コーチを職業にするには?

為末大学 Tamesue Academy13:55

Transcription

はい。え、引き続きですね、このアルガと会社のビルドのサービスから頂いたご質問で回答していけたらいいかなと思っております。

え、これもチーム競技の指導者の方ですね。え、スポーツの価値についての質問。勝利だけ目指したチームにいた選手で社会で通訳しない選手を組みてきました。私はこれがスポーツの価値が日本で上がらない理由だとも考えています。競技レベルに関係なく尊敬されるスポーツ選手をたくさん育てることが大切と思います。このことについてさんどう考えられますか?

3に加えて海外で、え、ま、続きですね。海外でスポーツの価値は高いと思います。コーチが職業になりスポーツにお金を払います。日本は塾には高額な授業を支払いますが、スポーツはなるべく安くと いう感覚があるように思います。私は日本でのスポーツの価値を高めたいです。私がやってること、競技レベルに関係なく尊敬されるスポーツ選手をたくさん育てることはそれにつがっているのでしょうか?

はい。え、ま、あの、私はスポーツ、特にこれ指導ですね。スポーツで人を育てる上での価値が高いんじゃないかと思われてる。私も全くそう思いまして、ええ、大変共感をいたします。で、ま、その上でちょっと背景を説明していきたいなと思うんですね。で、私自分の経験では日本とアメリカが少し、それからネハーグというオランダの町ですね。で、ヨーロッパのスポーツも少し見て、あとアジアの途上国に少し行っています。で、そういう人間から見るとですね、え、ま、色々思うところがあるんですね。

例えばですね、アメリカではコーチの、え、収入が多いんですね。で、これも、ま、物にはよるんですけど、なぜ収入が多いかって背景を言うとですね、まず1つはプロスポーツがめっちゃ稼げるということなんで、それを育てるコーチのサラリー、なんていうかな、インカムが大きいんですね。で、もう1つはですね、実は入試なんですよね。アメリカの入試っていうのはですね、え、ま、いわゆる日本のように先体試験があるような感じじゃなくてですね、あれな何だっけ?GPなんとかとかありますよね。学力を図るものと。で、もう1つこっちが結構でかいんですけど、どんな風に、え、自分がこうこれまでやってきたかっていう自分のアピールみたいなものは結構でかいんですね。で、これがなんか問題だって最近言われてるんですね。なぜならばこんな経験してきましたとか、こんなリーダーシップを発揮しましたってことが評価対象になるんですけど、それって変えるんですよ。つまりこういうところでボランチア活動しましたっていうこともできるし、このチームでリーダーシップをし発揮しましたってのチームに対してお金払えるから経験できるわけなんで。で、この大学入試で受かるためのスポーツの結果を出すための塾みたいなもののがめっちゃ高いんですよ。私も言われたことあったんですけど、引退ぐらいにうちの子に陸教えてって言われて、確か月々で1500ドルなんで、当時の金額で15万ぐらいですね。え、これ56に教えたらめっちゃ儲かんじゃないみたいな思いましたけど。で、それはなんでかって言うと、トップ選手を育てたいんじゃないんですね。その選手たちがある成果を出して、ま、週でも何でも成績を出すとそのことを履歴書に書いて大学に入りやすいからなんですね。

で、これは非常に問題になっていまして、だからわざわざそれでマイナー競技狙う人もいますし、中にはちょっと成果を捏造しちゃったみたいなことあって、これはこのスキャンダルを描いた確かNetflixのドキュメンタリーとか、あの、本があるんで是非ご覧いただきたいんですけど、そんな感じになっております。

で、ま、もう1つはですね、アメリカは価値と価格がかなり近く近いと近くしようとする国だと思うんですね。一方で日本もヨーロッパもですね、そんなに価格と価値が近いとは思ってないですよね。みんな本当に価値があるものに値段がつかないことたくさんありますよね。ホームレスの方の支援をするとかですね。え、あんまりお金がない子供たちへのスポーツの教育やるってめちゃくちゃ価値があるわけですね。そこからそれを足がかりにあの自信をつけてくってあるわけですけどでも払えないわけですね。受益者がそれを受けてる本人が教育がさえ てあるもんですよね。この価値と価格がリンクしないもので。ちなみにあの価値と価格で言うとですね、ホームレス支援よりも確かペット支援のマーケットのが大きいんですよね。つまり人間の命よりはペットの支援の方が金額的にでかくなっちゃうっ てのがこれが資本主義でなぜならペット持たれてる方、不素の方多いですから。はい。ま、貧困層の教育よりもペットがでかいみたいなことはなってくわけですね。ま、中にはあの、えっと命を失うかどうかの病気よりも美容政権の方がマーケットがでかいと。これも、ま、いわゆる資本主義の仕組みです。だから価格に変ってくることは大変重要なんですけど、価格は価値であると思ってしまうと、あの、非常に難しい社会が訪れると思うんですね。これマイケルサンデルさんがそれをお金で買えますかっていう砲題で出されてる本があるんで、是非これを読んでいただきたいです。

ま、一方で日本のスポーツはあまりにもそれを製品って言うんですかね、記憶貧しくっていう感覚が強くて、え、お金を取らないといいことするんだってやってきたんですけど、結果それで出来文化がスポーツにはお金を支払わないっていう文化になってまして、これが今現状日本のスポーツちょっと歪めてますよね。で、日本のスポーツはですね、成り立ちからして教育から来ているので、非常に教育者な方はスポーツ会に多くてですね、これ素晴らしいことな。だからこそスポーツで人を育てるんだっていうのはいろんな評価ありますけど、私は日本が1番強い国だと思うんですね。スポーツで人を育てるって感覚が。一方で、え、スポーツでに関わってる方たちは教育者で、教育者って基本的な公務員の方ですから。で、公務員の基本的なそうじゃない、いろんな方いるんですけど、公務員の方の基本的な考え方は、え、いわゆる人件費っていうのを計上しないでプロジェクトを見るって傾向が非常に強いんですね。で、自分のインカムってのは公務員として払われていて、このプロジェクトからは払われないと、え、国とか行政から払われていて、で、この陸とかサッカーレとかなんとかそういうとこから払われるもんではないと いうインカムと自分がやってることをこう分ける傾向に結構あってですね、ま、サラリーマンだとこの会社でやることは会社から払って会社の売上上がんないと売れに給与払われないみたいなこういうのありますけど、これがちょっと違うんです。しかも、ま、あんまりパフォーマンスと日本のあの公務員の方ってこう自分のあの給料が上下しませんから、リンクしませんから、これま、ずっと定期的に入ってくるもんだという。そうするとどういう発想に至るかって言うと、自分たちのこっちの活動はボランティア的になってきて、無償でやろうとだって大変で困ってる人もいるんじゃないかと。で、基本的にやっぱ日本の教育者の方ってものすごく熱意があられるので、ま、特に金パチ先生なんかの影響も私は大きいと思うんですね。の自分の職務を超えたところまでやってこそ教育者だっていうのをあれが日本の文化に非常に強く、え、寝づいたと思うんですけど、ま、そういう考え方から行くと、え、スポーツってのはボランティアで教えるもんだ。なぜならそうしないと格差が広がっちゃうからっていう。ま、それもなりなんですけど、あんまりにもそれが強く行きすぎていて、ま、正直私中国も行きますけど、中国より日本の方が平土主義的ですね。中国の方がもっと資本主義的にやっているわけですね。共産主義の国ですけど、え、まだ向こうの方が資本なんていうかな、資本の話が入ってるわけですね。で、ちょっとそれは持たないです。だって公務員じゃない人は入ってこれない世界になりますから。で、やっぱりそこの今ちょっと、ま、殺日本のスポーツ起きてる気がするんですけど、これは変わってかなきゃいけないと思います。やっぱり受益者の方がちゃんと払うと。ただ皮肉なことにこれ何で変わるかというと、私は受験が変わっていこうと今してますよね。少しずつ。昔はセンター試験1本でドンと入るやつだったものがちょっと自分たちのいろんな加害活動も評価対象になっていくと。そうすると高校とかが全く変わってくるわけですね。子供たちにもうちょっと加害活動やろうとそれでかけるようになろうとコラボとかにですね。コラボなんだ一生か。エッセに書いて出せると。で、そうなってくるとだんだんだんだんこの加害活動の比率が高くなっていき、この中に当然部活動とかスポーツが入ってきますから結果として、え、ま、例えば日本のいい大学に入る時にマイナースポーツの国体の経験者ってすごい入りやすいんですよ。だからちょっと、ま、マイナーとか競技人口は少ないって意味ですけどね。例えばナ向とかそういうスポーツをあえて選んでそれで国体で成績出してその大学に行くっていうのがこれ結構よくあるなんかパターンなんですね。みたいな感じで日本はそっち側で発展する可能性あると思います。アメリカと同じモデル。ただそれがどうなんだろうという気はちょっといたします。

で、もう1つのですね、え、ま、スポーツ尊敬されるスポーツ選手を育てようという感じなんですけど、これは日本のスポーツ選手のほうがですね、私は世界で色々見てきて、え、エリートは別ですね。ま、スポーツによって色々違うんですけど、え、一般的にはちゃんとしてます。え、ヨーロッパのサッカー選手の不祥時のなんか事例を見るととんでもないですよ。もうあの詐欺だかなんとかもう本当にとんでもないですね。アメリカのプロスポーツ選手の、え、アメリカンフットボールの、ま、数字に色々違いはありますけど、大体6割から8割は2年間の間に経済的困窮か経済破綻です。バンクラプをするという風に言われてますね。で、なのでな、何て言うんでしょうね。うん。まあ、大変あの、う、なんていうかな、言い方ちょっと変ですけど、器が小さいって言っていいわかんないけど、ま、ある一定のなんかニスポーツ選手収まってて、で、それで問題も起こすんだけど、なんかそんなとんでもない、え、強盗したりとかそう いうことはそんなに多くないっていうのが、ま、インカムが多くないのもあると思うんですけどね。と思ってます。

で、え、ま、なのでちょっと、え、フェアにですね、日本のスポーツを見るとまあまあ、あの、ちゃんとスポーツ競で人を育てていますし、え、ま、頑張ってると私は思うんですよ。ただその中でもいろんな課題があって、それがあのおっしゃるように勝利主義みたいなもので選手を勝利に向かわせていいからやれ的な指導でやって結果社会で通用しないみたいなことが起きてる可能性は私はあると思うんですね。

で、で、私は思うのはですね、ただあのスポーツ指導で私の理想はやっぱり考えるスポーツなんですね。で、みんなが心からそれをやりたいと思うことをやろうというスポーツなんですけど、一方で社会が期待しているスポーツ選手の像っていうのは、あの、社会で理不尽とか不条理ってもう避けられないもんですから、でも最初理不尽不理にあった時に人ってどうしても拒否反応示すっていうか、こんなのおかしいと思うわけですね。で、あと辛いことがあった時に、ま、これも耐えられないっていう。で、そこに耐えられ るってことは結構期待されてるんですね。私はこれまあまあ信内だと思っていて、えー、スポーツだけじゃなくて大変な思いをした人ってのはある程度心が安定しているんで、なんか色々文句言ったりしないわけですね。

だ、なんかこのうん、それがベースにあるってのはこれでも古い大会でだからパワハとかあったんだとか言うんですけど、ま、そういうものは覗く にしてもやっぱりスポーツやってると一生懸命やっても負けることがあるし、自分を立さなきゃいけないし、トレーニングが辛いし苦しいこともあるけどその中でもコツコツやっていった人が社会に出た時にその部分を評価されて実際にパフォーマンス発揮するってのは悪いことじゃないと思うんですね。仮に考えられなくてもです。で、その上にさらに自分の考えで戦略をやったり、チームの中で自分何の役割れるべきだろうとか色々やってく のはこれもこれで素晴らしいことなんですけど、私はこっち側が先行しすぎてこのなんかベースにある理不尽や不理や勝ち負けに対して体制があるっていう報われない努力でも続けられるみたいなことをあんまり削んなくていいと思うんですね。やっぱこの2層になってると。で、そしてもちょっと非常にセンシティブなあれなんですけど、ここだけを強調してやった方がいいようなパターンもあって、あんまりにもこの理想主義の考えるスポーツだけでやろうとするとこれやっぱりどうしても結構いろんな能力が必要になりますから、気合根性だってやってみた方がいいことも あるんじゃないかと思うんですね。もちろんそれだけじゃなくて、その前に是非考えるスポーツ乗っけて欲しいんだけど、でも比率がやっぱり人によって違うなと思っていて、で、それはあのスポーツ全体のバランスとして見ていくべきなんじゃないかなと思います。

で、あの、社会で通用する選手をスポーツを通じて育てたいっていうことのお考えだと 思うんで、私も非常にこれは賛同あのいたしますし、で、それが勝利市場主義だけではあのできないし、ま、もうちょっと言うとスポーツは嫌いになっちゃうとかですね、嫌な思いをする人も出 てくるのは、これは1番避けなきゃいけないことだと思うので、これは是非やらないようにしながらですね。でもやはりこれをみんなで考えていくってことなんじゃないかと私は思いますね。個別のスポーツチームはどうしても勝ちたいってとか出てきますけど、それをやめましょ うっての難しいんですけど、でもスポーツ全体でこれでいいんでしょうかって投げかけながらですね、みんなで、え、次の世代に対に良い未来を残していくってことが大切なんじゃないかと私は考えています。

以上です。